異世界転生した僕、実は悪役お兄様に溺愛されてたようです

野良猫のらん

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スピンオフ

番外編 フィル視点 2

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 視力が回復すれば復帰するという約束の元、僕はパーティを一時離脱することになった。

「フィルが怪我をしたのは俺たちが警戒を怠っていたせいだ」

 そう言ってパーティの共有財産の中から治療費と当面の生活費をもらった。

 だが僕は焦っていた。
 一時的な離脱だと思っていたら補欠メンバーの方が気に入られてそのまま……という話は珍しくはない。

「フィルさん、お加減はいかがですか」

 誰かが部屋に入ってくる気配と共に、イザイアさんの声が聞こえた。
 目が不自由なのとイザイアさんが定期的に様子を見る必要があるため、今は教会に泊まらせてもらっているのだ。

「大丈夫です。イザイアさんの礼拝の様子を聞きながら寝ていました」

 この部屋で大人しく寝ながらイザイアさんが主日礼拝……この国で太陽の日に執り行う礼拝の様子を耳で聞いていたのだ。
 壁で隔てられているからどんな説教を行っているのかハッキリとは聞こえなかったけれど、低く響く彼の声が耳に心地よかった。

「あの、今日は教義によって定められた安息の日なんですよね? それなのに僕が泊まってるばかりにお仕事をさせることになってしまって……」
「謝らないで下さい」

 僕が謝ろうとしたのを、イザイアさんの低い声が遮る。
 彼が椅子を引いて近くに座った気配がした。

「ボクは休日に友人の見舞いに来ただけです。それを労働とは呼びません。そして見舞いに来たのであればこうして怪我の様子も確認するでしょう」

 彼の手がそっと僕の顔に触れる。
 巻かれた包帯を解いているのだ。
 包帯が取れるとほんのり目の前が明るくなったような気がした。明かりは感じ取ることができるのだろうか。

「目を閉じてください」

 イザイアさんの声に瞼を閉じる。
 閉じた瞼に彼の指がそっと触れた。
 それから仄かに瞼が暖かくなる。彼が回復魔術を使用してくれているのだ。

「僕の目の具合はどうなんですか? イザイアさんからはどんな風に見えているんですか?」
「外傷はとても綺麗に塞がっています。瞳にも特に傷が付いているようには見えません。とても綺麗な瞳です」
「じゃあなんで僕の目は見えないままなんですか?」

 焦りから思わず語気が強くなる。

「呪いです」
「呪い?」

 イザイアさんの言葉をオウム返しに繰り返す。

「ええ。フィルさんたちが襲われたのは何か呪いを操る魔物だったようですね」

 何の魔物に襲われたのか、パーティのみんなにも分からなかったそうだ。見たことのない魔物だったと言っていた。

「少しずつ解呪を進めているのですが、難航しています。呪いを解くのに何か条件が必要なのかもしれません」
「解くのに条件が必要な呪いなんてあるんですか?」

 初耳の事実だった。

「こういう類の御伽噺を聞いたことはありませんか? 姫がカエルにキスをしたら呪いが解けて王子様にもどりましたという」
「じゃあ僕もキスをすれば治るんですか?」

 飛びつくように尋ねれば、ふふっと笑いが零れる音が聞こえた。どうやらそういうことではないようだった。

「いえ、今のは例えの一つです。今挙げたように何かの条件を満たせば呪いが解けるというのは決して御伽噺の中だけの話ではないということです」

 早とちりしてしまった。
 恥ずかしくて顔から火が出そうになる。

「でもそんな呪いをかけてくる魔物の話など冒険者仲間から聞いたことはありません」

 恥ずかしさを誤魔化すように話を差し向ける。

「相当珍しいことだと思います。せめて何の魔物なのか分かればいいのですが」
「パーティメンバーの話では大蛇の魔物だったそうです」
「大蛇……不吉ですね」
「不吉なんですか?」

 僕はきょとんと首を傾げた。

「フィルさんは隣国の出身でしたね。太陽を飲み込む大蛇の神話についてお教えしておきましょう」

 彼が低く穏やかな声で神話を語り始めた。

 何故太陽が夜になると沈み月と交代するのか。
 何故太陽が昼も夜も照らさないのか。
 それは世界の裏側に星をも飲む大きさの大蛇が出現し、夜になると主神たる太陽はその大蛇と戦うからだという。
 その大蛇の正体は地獄から這い上がって来た大悪魔が化けたものなのだとか。

「地獄というと、悪い方の黄泉の国のことですか」

 ごくりと唾を飲む。
 僕の国では黄泉の国に区別などないけれど、この国の死生観ではいい人と悪い人は死後に行く黄泉の国の場所が違うらしい。
 天国よりも地獄の方が僕が抱いている薄暗くて湿っぽい黄泉の国のイメージに近い。

「ええ、ですから大蛇というのは不吉の象徴なのです。それはともかくとして、その大蛇の魔物を見た冒険者が他にもいないか聖務の時にでも聞いてみましょう」
「ありがとうございます」

 よく分からない魔物にかけられた解呪方法も不明な呪いなんて、一体いつになったら解けるのだろう。
 もしかしたら僕は一生このまま目が見えないままなのだろうか。不安に襲われる。

「ああ、それと。さっきのフィルさんの提案、駄目元で試してみますか?」
「僕の提案……?」

 提案などしただろうか。
 何もピンと来ない。

「試しにキスをしてみましょうか? 減るものでもありませんし」

 彼の低い声が耳朶を擽るように耳に飛び込んできたのは、きっとあまりにも驚いたからだろう。

「ひゃっ!? そ、それは、イザイアさんの何かが減ってしまうのでは!? 聖職者であるイザイアさんにそんなことはさせられません!」

 僕は目が見えないながら頑張ってぶんぶんと首を横に振った。

「おや、誰もボクと・・・とは言っていないのですが」
「あっ!?」
「フィルさんがボクとのキスをお望みなら仕方ないですね」

 チュッ。

 リップ音が響き、頬に柔らかいものが触れた気がした。

「残念。王子様の呪いは解けなかったようです」
「い、今のはキスしたフリですよね!? 何か別の物ですよね!?」
「さあ、どうでしょう」

 彼の表情は見えないけど、イザイアさんはきっと僕が不安を感じていることを見て取って冗談で気を紛らわせてくれたのだと思う。
 だってあの柔和で優しい模範的な神父様のイザイアさんが僕にキスなんかするはずないもの。

 今のはキスじゃない、キスじゃないから恥ずかしく思う必要なんかないのに。……なのに、どうして頬が熱くなるのを止められないのだろう。
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