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第六十二話 夜の散歩

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 二年。僕が領主になってから丸二年が経った。
 明日は遂にロベールと僕の結婚式だった。

「ロベール、村の見回りに行こうよ」

 満月が慈愛に満ちた微笑みを投げかける夜だった。

 僕は何となく外に出たくなって彼に声をかけた。
 彼は何も聞かずに頷き、僕らは春用の薄手のコートを纏って外に出た。

 僕は茶色い馬に乗り、ロベールは黒っぽい馬を選んだ。
 馬にはそれぞれロベールが付けた名前が付いているそうだが、僕は名前を覚えていない。
 馬をカッポカッポと歩かせ、僕たちはゆっくり村を巡る。

 まずはこの城から村の出口まで真っ直ぐに引いた一番大きな道を歩いていく。
 酒場の前を通るとまだ飲んでいる者たちがいるようで、賑やかな喧噪が聞こえてきた。
 広場を通り過ぎ、各種装備品店の前を通る。武器屋に防具屋、道具屋にグロスマン商会支店。今ではそこに鍛冶屋も加わっている。冒険者に必要な品を揃えた店が軒を連ねるダンジョン村特有の光景だ。

 村の出口が近づいてくると、僕らは道を曲がる。
 村の奥へと進む道だ。
 パン屋や青果店などが見えてくる。食べ物を扱う店も増えてきたのだ。
 もう少し奥へ進むと一軒家がぽつぽつと建っている。高い市民権を買ってこの村に住むと決めた移住者たちの新居だ。
 この村で出会った相手と恋に落ち、永住を決めた冒険者カップルもいたらしい。
 グロスマン商会の建てた集合住宅もある。
 こうして見ると村には随分と人口が増えたのが分かる。

「僕らでここまで発展させたんだね……」
「ああ」

 この村はまるで生き物のように毎日少しずつ大きくなっていく。
 この村は言わば僕たちで大事に育ててきた子供のようなものだ。
 そう思うとこの村が一際愛おしく思えた。

 少し外れに赴くと、川とそこで回る水車小屋に行き当たる。
 この村で農作業に勤しんだところであまり作物が獲れないため、この村の水車は製粉ではなく主に木材の製材のために使われている。木材はいくらあっても困らない。

 川のせせらぎの涼やかな音を楽しみながら、村の中央へと戻る道を進む。
 村をほぼ一周して最後に見えてきたのは教会だ。
 夜だからか流石に扉は閉まっている。今頃明日の準備をしていることだろう。
 僕らは明日、この教会で式を挙げるのだ。満月に照らされた教会を眺めているとじんわりと込み上げてくるものがあった。

「……少し前まで」

 ロベールがおもむろに口を開いた。

「私はある思い上がりをしていた。即ち、私だけがアンの支えになれるのだと。けれども、多分違うのだろう」

 彼は月に語りかけているかのように空を見上げている。彼の横顔を月光が照らしていた。
 僕は黙って彼の話に耳を傾ける。

「君の支えになれる人間は私だけではない。だが君は私を選んでくれた」
「うん」

 静かに頷く。

「だから私は君の支えにならねばならない。選ばれた者の責務として」
「……それだけ?」
「……あと、私自身の意思で君のことを守りたいと思っている。あらゆる不幸を撥ね退けたい。それは、私が君に幸福になってほしいからだ」

 月に向かって所信表明した彼の顔はほんのり赤く染まっているように見えた。

「ふふ」

 彼の言葉がどれだけ嬉しかったか。
 残念ながら彼は気恥ずかしくて僕の顔を見ることができなかったようで、喜びに綻んだ僕の顔を見ていたのは満月だけだった。
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