69 / 84
第六十二話 夜の散歩
しおりを挟む
二年。僕が領主になってから丸二年が経った。
明日は遂にロベールと僕の結婚式だった。
「ロベール、村の見回りに行こうよ」
満月が慈愛に満ちた微笑みを投げかける夜だった。
僕は何となく外に出たくなって彼に声をかけた。
彼は何も聞かずに頷き、僕らは春用の薄手のコートを纏って外に出た。
僕は茶色い馬に乗り、ロベールは黒っぽい馬を選んだ。
馬にはそれぞれロベールが付けた名前が付いているそうだが、僕は名前を覚えていない。
馬をカッポカッポと歩かせ、僕たちはゆっくり村を巡る。
まずはこの城から村の出口まで真っ直ぐに引いた一番大きな道を歩いていく。
酒場の前を通るとまだ飲んでいる者たちがいるようで、賑やかな喧噪が聞こえてきた。
広場を通り過ぎ、各種装備品店の前を通る。武器屋に防具屋、道具屋にグロスマン商会支店。今ではそこに鍛冶屋も加わっている。冒険者に必要な品を揃えた店が軒を連ねるダンジョン村特有の光景だ。
村の出口が近づいてくると、僕らは道を曲がる。
村の奥へと進む道だ。
パン屋や青果店などが見えてくる。食べ物を扱う店も増えてきたのだ。
もう少し奥へ進むと一軒家がぽつぽつと建っている。高い市民権を買ってこの村に住むと決めた移住者たちの新居だ。
この村で出会った相手と恋に落ち、永住を決めた冒険者カップルもいたらしい。
グロスマン商会の建てた集合住宅もある。
こうして見ると村には随分と人口が増えたのが分かる。
「僕らでここまで発展させたんだね……」
「ああ」
この村はまるで生き物のように毎日少しずつ大きくなっていく。
この村は言わば僕たちで大事に育ててきた子供のようなものだ。
そう思うとこの村が一際愛おしく思えた。
少し外れに赴くと、川とそこで回る水車小屋に行き当たる。
この村で農作業に勤しんだところであまり作物が獲れないため、この村の水車は製粉ではなく主に木材の製材のために使われている。木材はいくらあっても困らない。
川のせせらぎの涼やかな音を楽しみながら、村の中央へと戻る道を進む。
村をほぼ一周して最後に見えてきたのは教会だ。
夜だからか流石に扉は閉まっている。今頃明日の準備をしていることだろう。
僕らは明日、この教会で式を挙げるのだ。満月に照らされた教会を眺めているとじんわりと込み上げてくるものがあった。
「……少し前まで」
ロベールがおもむろに口を開いた。
「私はある思い上がりをしていた。即ち、私だけがアンの支えになれるのだと。けれども、多分違うのだろう」
彼は月に語りかけているかのように空を見上げている。彼の横顔を月光が照らしていた。
僕は黙って彼の話に耳を傾ける。
「君の支えになれる人間は私だけではない。だが君は私を選んでくれた」
「うん」
静かに頷く。
「だから私は君の支えにならねばならない。選ばれた者の責務として」
「……それだけ?」
「……あと、私自身の意思で君のことを守りたいと思っている。あらゆる不幸を撥ね退けたい。それは、私が君に幸福になってほしいからだ」
月に向かって所信表明した彼の顔はほんのり赤く染まっているように見えた。
「ふふ」
彼の言葉がどれだけ嬉しかったか。
残念ながら彼は気恥ずかしくて僕の顔を見ることができなかったようで、喜びに綻んだ僕の顔を見ていたのは満月だけだった。
明日は遂にロベールと僕の結婚式だった。
「ロベール、村の見回りに行こうよ」
満月が慈愛に満ちた微笑みを投げかける夜だった。
僕は何となく外に出たくなって彼に声をかけた。
彼は何も聞かずに頷き、僕らは春用の薄手のコートを纏って外に出た。
僕は茶色い馬に乗り、ロベールは黒っぽい馬を選んだ。
馬にはそれぞれロベールが付けた名前が付いているそうだが、僕は名前を覚えていない。
馬をカッポカッポと歩かせ、僕たちはゆっくり村を巡る。
まずはこの城から村の出口まで真っ直ぐに引いた一番大きな道を歩いていく。
酒場の前を通るとまだ飲んでいる者たちがいるようで、賑やかな喧噪が聞こえてきた。
広場を通り過ぎ、各種装備品店の前を通る。武器屋に防具屋、道具屋にグロスマン商会支店。今ではそこに鍛冶屋も加わっている。冒険者に必要な品を揃えた店が軒を連ねるダンジョン村特有の光景だ。
村の出口が近づいてくると、僕らは道を曲がる。
村の奥へと進む道だ。
パン屋や青果店などが見えてくる。食べ物を扱う店も増えてきたのだ。
もう少し奥へ進むと一軒家がぽつぽつと建っている。高い市民権を買ってこの村に住むと決めた移住者たちの新居だ。
この村で出会った相手と恋に落ち、永住を決めた冒険者カップルもいたらしい。
グロスマン商会の建てた集合住宅もある。
こうして見ると村には随分と人口が増えたのが分かる。
「僕らでここまで発展させたんだね……」
「ああ」
この村はまるで生き物のように毎日少しずつ大きくなっていく。
この村は言わば僕たちで大事に育ててきた子供のようなものだ。
そう思うとこの村が一際愛おしく思えた。
少し外れに赴くと、川とそこで回る水車小屋に行き当たる。
この村で農作業に勤しんだところであまり作物が獲れないため、この村の水車は製粉ではなく主に木材の製材のために使われている。木材はいくらあっても困らない。
川のせせらぎの涼やかな音を楽しみながら、村の中央へと戻る道を進む。
村をほぼ一周して最後に見えてきたのは教会だ。
夜だからか流石に扉は閉まっている。今頃明日の準備をしていることだろう。
僕らは明日、この教会で式を挙げるのだ。満月に照らされた教会を眺めているとじんわりと込み上げてくるものがあった。
「……少し前まで」
ロベールがおもむろに口を開いた。
「私はある思い上がりをしていた。即ち、私だけがアンの支えになれるのだと。けれども、多分違うのだろう」
彼は月に語りかけているかのように空を見上げている。彼の横顔を月光が照らしていた。
僕は黙って彼の話に耳を傾ける。
「君の支えになれる人間は私だけではない。だが君は私を選んでくれた」
「うん」
静かに頷く。
「だから私は君の支えにならねばならない。選ばれた者の責務として」
「……それだけ?」
「……あと、私自身の意思で君のことを守りたいと思っている。あらゆる不幸を撥ね退けたい。それは、私が君に幸福になってほしいからだ」
月に向かって所信表明した彼の顔はほんのり赤く染まっているように見えた。
「ふふ」
彼の言葉がどれだけ嬉しかったか。
残念ながら彼は気恥ずかしくて僕の顔を見ることができなかったようで、喜びに綻んだ僕の顔を見ていたのは満月だけだった。
87
お気に入りに追加
2,637
あなたにおすすめの小説
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜
紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。
ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。
そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
悪役師匠は手がかかる! 魔王城は今日もワチャワチャです
柿家猫緒
BL
――北の森にある古城には恐ろしい魔王とその手下たちが住んでいる――……なんて噂は真っ赤なウソ!
城はオンボロだけど、住んでいるのはコミュ障で美形の大魔法使いソーンと、僕ピッケを始めとした7人の弟子たちなんだから。そりゃ師匠は生活能力皆無で手がかかるし、なんやかんやあって半魔になっちゃったし、弟子たちは竜人とかエルフとかホムンクルスとか多種多様だけど、でも僕たちみんな仲よしで悪者じゃないよ。だから勇者様、討伐しないで!
これは、異世界に転生した僕が師匠を魔王にさせないために奮闘する物語。それから、居場所を失くした子どもたちがゆっくり家族になっていく日々の記録。
※ワチャワチャ幸せコメディです。全年齢向け。※師匠と弟(弟子)たちに愛され主人公。※主人公8歳~15歳まで成長するのでのんびり見守ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる