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小話 アンドレ視点 アンドレとザックの恋模様 前編

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 ザックに告白された。

 彼のことはただの同僚としか思っていなかったから、俺は動揺した。
 彼が俺のことをそんな風に思っているだなんて全然知らなかった。
 一体全体どうすればいいのだろう。



 それはたまたま休憩が重なってザックと共に昼食を摂っていた時のことだ。
 彼と他愛ない世間話を交わしていた。

「しかしまさかこんな片田舎に住むことになるとはな。人生とは何が起こるか分からないものだ」

 俺はしみじみと呟く。
 もちろん主であるロベール様の行くところには何処にでも付いていくつもりではあったが、まさかこんな場所で主人がダンジョン村の経営をすることになるとは。

「僕としては、田舎なのは別に構わないのですけれど。ダンジョン村のことなんて勉強したことがなかったので、ついていくのに必死です」

 眉を八の字にしたザックは何かに怯えているかのような弱々しい表情に見えるが、それは彼が微笑みを浮かべている表情である。彼と出会った当初はそのことが読み取れず、何をビクビクしているのだろうと心配したものだ。

「田舎でも一切構わないということはないだろう。ほら、色々と何かしら不便があるだろう?」
「例えばどのような?」

 彼はきょとんと目を丸くしている。
 書類仕事さえできればいつでも幸せだ、と零していたことのある変わり者のザックは本気で思い当たらないようだった。彼は羊皮紙にペンで文字を書く感触が好きで堪らないらしく、それはそれは美しい文字を書く。
 だがだからといって書類仕事さえできれば幸福とは……。書き物が大の苦手である俺には一切理解できない感覚であるのと同時に、だからこそ俺は彼を尊敬していた。

「ほら、ええと……欲しい物が買えないとか」
「元々僕は物欲が薄い方なので」

 ザックは困ったように笑う。

「遊ぶ場所もないし」
「そういうこともあまりしたことがないので……」
「酒場も少ない」
「下戸なので」

 俺が不便に感じていることのすべてがザックにとってはどうでもいいことのようだった。彼には欲というものが存在しないのだろうか?
 節制に生きる修道士よりも慎ましい生き方をしているように見えた。

 俺は必死になってこの片田舎に住むことの明確なデメリットを挙げようと頭を巡らせる。別にそんなに必死になってこの田舎を貶す必要はないのだが、何か一つくらい彼と共有できる感覚はないのかと思ったのだ。

「ええと……こんな場所じゃあ結婚相手も見つからないじゃないか!」
「…………」

 彼は否定しなかった。
 初めて彼にも頷けることを挙げられたんじゃないかという気がした。

「ほら、社交の場にもまともに出れないだろう。こんな田舎で汲々としているうちに時間ばかりが矢のように過ぎ去っていってしまう。それともザックには既に婚約者が?」
「いえ、いませんが……」

 ザックはいかにも何か物言いたげに言葉を濁す。奥歯に物が挟まったような口ぶりだ。
 彼のその様子を見て俺はピンと来た。

「まさかこの城に想い人が?」
「……っ!」

 彼は答えなかったが、その顔色がさっと赤く染まった。
 そんなあからさまな様子を見れば流石の俺も図星だったのだと分かる。
 ザックは俯いて手元に視線を落とす。

「そうか。年も近いし、やはりライクが相手か?」

 ライクのような伊達男ならば性別を問わず誰からもモテるだろう。隠者のように欲のないザックでもやはり美しさには逆らえないのか。

「いいえ、違います……」
「何だと? ではメルランか?」

 首を傾げつつ尋ねる。
 奴は謎の多い男だが密かにザックとは仲良くなっていたのかもしれない。

「いいえ、違います」
「では相手を教えてもらっても?」

 俺が尋ねると、彼は恥じらいながら耳まで赤くする。

「……あなたには絶対に言えません」
「俺には、絶対に?」

 その言葉にハッと頭の中を一つの可能性が駆け巡った。
 盲点だった。まさかザックに限って、と思っていたのだろう。だが逆に彼のような人こそそういう恋に惹かれるものなのかもしれない。

「まさか――――ロベール様に懸想しているのか!?」

 俺の言葉に顔を上げたザックは、愕然とした顔をしていた。
 今思えば『ここまで察しが悪いとは思わなかった』という驚きだろう。

 彼の表情はすぐに怒りに変わり、パチンと頬を張られた。ひ弱な彼にビンタされたところで大した痛みではなかったが、その後に告げられた言葉に俺は強く打ちのめされた。

 即ち、僕が想いを寄せているのはあなたです、と。

 踵を返して食事部屋から去る彼を俺は呆然と見送るしかなかった。
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