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第五十話 頼りになる伴侶

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「どうしよう、こんなのいらないよ……」

 僕は結局媚薬の蜜を部屋まで持ち帰ってきていた。
 さてなんと言って従者に処分させようか。
 この蜜って結構有名なものなのかな。この蜜がえっちなものだってみんなが知ってたら従者に処分させるのも恥ずかしいな。
 自分で捨てようか……一体どうやって?

 クライヴは紅茶に一杯混ぜるだけで充分だと言っていた。
 そんなものを瓶一本分も無造作に川に捨てたりしたら何か悪影響があるかもしれない。
 不用意に始末するわけにはいかなかった。

「アン? 一体何を眺めているんだ?」
「うわぁぁぁあ!?!?」

 突然後ろからかけられた声に僕は絶叫した。

「ろ、ロベール! なんで勝手に部屋に入ってきてるんだ! ノックしてよ!!」
「驚かしてすまん、だがノックはしたのだ! 返事がないから何かあったのかと心配になって……」

 どうやら僕が考え込んでてノック音を聞き逃したらしい。
 僕はごめんと頭を下げた。

「ところでそれは何だ?」

 ロベールの視線が僕の手の中にある瓶に向く。

「え、えと、これは……」

 えっちな媚薬だとバレただろうかと心臓がバクバクと跳ねる。

「ふむ、見覚えのないものだな。一体なんだ?」

 良かった、ロベールはこれを知らないらしい。
 これなら誤魔化しようはある。

「えっとね、特別な花の蜜だってもらったんだ」
「花の蜜? ロゼワインのように美しい色をしているではないか。どれ、少し香りを嗅がせてくれないか」
「だ、だめ―っ!!」

 僕は必死で止める。
 一滴で効果があるものだ、匂いを嗅ぐだけでも何か影響があるかもしれない。

「嗅ぐだけでも駄目なのか?」
「だ、駄目。あまり空気に触れさせちゃいけないんだっ!」
「そういうことなら仕方ないな」

 ロベールは納得したようだった。
 ふう、危ない危ない。

「そうだ、部屋を訪れた用件を忘れていた。村の運営についてだ」
「話を聞こう」

 僕は頭を切り替えて椅子に腰かけた。

「これはボニーから上がってきた意見だ。何でもこの村に学校を建ててほしいそうだ」
「学校を?」
「ああ。隣村にも文字を教える小さな学校がある。この村にも子供を教育する場があればいいのではないかと」

 僕はしばし考え込む。
 確かにある程度の規模になればそういう施設は必要になってくる。だがダンジョン村の繁栄には直接の関係はない。すぐには儲からないタイプの施設だ。

「君が悩むのも分かる。学校は金を生まない」
「ああ。少なくとも短期的にはね」

 ゲーム内では十年間だけ村を運営すればそれで良かったが、僕は十年間の保護期間が終わった後もこの村を運営していくつもりだ。
 この村の未来を考えると学校がないのは不味いだろう。

「だが金を生まない施設だからこそ公費で建てねばならない。何より隣村にすらあるものが我が村にはないというのは悔しいじゃないか。建てよう、学校」

 僕の言葉に驚いたようにロベールは目を見張った。

「意外だな。君は金を得ることしか考えていないのだと思った」
「僕が守銭奴みたいな言い方だな」
「言い方が悪かった、すまん。だが君は儲けるだけ儲けてそのすべてを村の運営に注ぎ込んでしまう。その君が学校の設立に賛成してくれるとは」
「その言い方だと君はボニーと同じ意見だったみたいだな」

 口ぶりにロベールも学校を建ててもらいたがっていたようだと察する。

「ああ。文字が読めればそれだけ平民でも就ける職が増えるだろう。今までそんなことは気にしたこともなかったが、この村を見ていて気が付いたんだ。同じ平民でも単なる肉体労働よりも商人やギルド員など、学がある者が就ける職の方がより多くの金を得られる。この村の子供たちが文字を読めるならばそれに越したことはない。また、大人でも文字が読めるようになりたいと思っている者は学べるといい。ボニーやその二人の兄のようにな」

 僕はロベールの言葉に目を見張る。

「なんだ。ロベールの方が僕なんかよりずっと村の未来を見据えているじゃないか」
「そ、そうか?」
「ああ。僕は即物的な物にばかり視線がいってしまう。だがロベールならそうではないものにも視線を向けられる。だから、これからも僕はロベールに頼りたい」

 ロベールは僕の言葉を耳にすると、ニッと力強く笑った。

「ああ、もちろんだとも。私のことを大いに頼ると良い。全力でアンのことを支えてやる」

 僕の伴侶がこの人で良かった。
 僕は心からの安堵に包まれたのだった。
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