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第三十七話 プリンを作るぞ!

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「よーし、卵黄をつかったスイーツ――その名もプリンをつくるぞー!」

 数日後、ぼくはアランとカミーユを引き連れて城の厨房を訪れていた。
 そう、アランはぼくの護衛騎士になると決心したのだ。トゥーレット領で、ナミニの実を大量生産するとも約束してくれた。
 
 だからそのお礼に、今日はプリンの作り方を教えるのだ。

「それにしてもよかったんですか、実の兄から護衛騎士を奪う形になって」

 厨房を見渡すぼくに、アランがそっと耳打ちしてくる。

「いーのいーの、アランはもうおにいちゃまとはなかなおりがむずかしーでしょ? ならぼくがつかうの。おにいちゃまにごえいもそばづかえもいないのは、おにいちゃまのもんだいだし」

 ぼくにはまだ護衛騎士がいなかったし、シルヴェストルお兄様の護衛をしていたアランなら充分強いと思ったのだ。
 ……それに、ぼくとシルヴェストルお兄様はいつも一緒だから、ぼくの護衛をしていればシルヴェストルお兄様のことも守っていることになるし。

「さらなる新しいスイーツのレシピを教えていただけるとは、殿下には感謝しかありません」

 カミーユがにっこり目を細めている。
 どうせならヨクタベレール商会にプリンを作れるようになってもらいたくて、カミーユも連れてきたのだ。
 
 それにしてもカミーユの笑顔、湿っぽいな。真夏の押し入れの中ぐらい湿気てるじめっとした笑顔だ。最初はもっと爽やかなひとだったと思うんだけれど、なんか雰囲気変わった?

「きょうのレシピはしっぱいするかもしれないから、そんなにきたいしないで」

 プリンの作り方は極めて単純だ。
 だが、もしかすればこの世界ではプリンを作れないかもしれない。
 だから今日はわざわざ厨房まで来たのだ。これは人任せにできない。

 卵が熱すると固まるのは、卵のたんぱく質が熱凝固の性質を持っているからだ。
 朝食に目玉焼きが出てくるから、ルコッコの卵も熱凝固の性質を持っていることは判明している。

 プリンがぷるんぷるんになるのは、砂糖の成分であるショ糖がたんぱく質の間に入ることで、たんぱく質同士の間隔が広がるからという理由がある。

 この世界でも物理法則が同じように作用するかどうか、わからない。ナミニの実はショ糖なのか、そもそもショ糖が存在する世界なのか確かめなければならない。

 ぼくは気合を入れて、厨房に集っている料理人たちを見つめた。

「まず、カラメルソースをつくるよ!」

 片手を天高く突き上げると、料理人たちが返事した。

「はい!」

 カラメルソースの作り方は、前もって伝えてある。
 料理人たちはあらかじめ潰して果汁だけにしておいたナミニの実を、一斉にフライパンで熱し始めた。

 ショ糖でなければ、カラメルソースにはならないはずだ。つまり熱してみることによって、プリンができるかどうか確かめられることになる。
 カラメルソースができなさそうなら、諦めてクッキーかパウンドケーキ作りに移るつもりだ。卵黄だけで作ったクッキーやパウンドケーキは色が黄色くなって味が濃くて、美味しいのだ。

 料理人たちの傍らには、お湯が用意されている。少量ずつ加えながら熱するためだ。砂糖と違って最初から液体だから、もしかすれば必要ないかもしれないが。

 やがていい匂いが漂い始める。
 アランに抱き上げてもらってフライパンの中身を見て見ると、ナミニの果汁は見事に美味しそうな茶色に変貌していた!

「カラメルソースだ、やった!」

 諸手を上げて喜んだ。

 味見もしなくっちゃね。
 カラメルソースが出来上がったら、ふーふー冷ましてもらって、ほんの小さじ一杯分ぐらいをぺろりと舐めてもらった。

 濃厚な甘みに、少し焦げたような独特の風味! これはカラメルソースだ!

「カラメルソースができた、やった! カラメルソースができたっていうことは、プリンができるっていうことだよ!」
「よくわかりませんが、そのプリンで俺の故郷が豊かになるのですか……?」
「うん、きっとね!」

 ぼくのスイーツは短期間で城の貴族たちの間に広まり、シルヴェストルお兄様やオディロン先生やカミーユを魅了している。
 ナミニの実を作りまくってスイーツを量産しまくれば、必ずや名産品となるはずだ。

「じゃあ、つぎはいよいよプリンづくりだよー!」
「はっ!」

 料理人たちが答え、プリン作りに取りかかった。
 牛乳、卵黄、ナミニの実の果汁が混ぜられていく。クッキーやパウンドケーキと違って、さっくりと混ぜる必要はない。均一な液体になればオーケーだ。

 ちなみに余った卵白はシフォンケーキにしてもらう予定だ。シフォンケーキのレシピも、すでに書いて教えておいた。

 それらを混ぜ終わったら、普通はバニラエッセンスを入れる。だが、この世界にはバニラエッセンスはない。ならば、どうするのか?

「ナム酒をいれるんだよ、ふっふん!」

 バニラエッセンスを入れるのは匂い付けが目的なので、匂いさえつけばバニラエッセンスでなくてもいいのだ。
 だからナム酒を入れる。ナム酒の匂いが、意外にプリンに合うのだ。
 ああ、ナム酒は万能だ。

 料理人たちがナム酒を数滴入れて、液体を混ぜ合わせる。それからカラメルソースを底に張った容器に、プリンの元を注ぎ込んでいく。
 今度は鍋に水を張り、沸騰させる。
 それから蓋をしたプリンの容器を鍋に入れ、容器越しに茹ででいく。

 茹で終わったら、プリンができあがるはずなのだ。
 ぼくは固唾を飲んで見守った。
 
 体感時間で十分ぐらい経ったころ。
 この世界には時計がないし、時間の単位も前世とは違うので、正確には何分経ったかわからない。

「殿下、チェックをお願いいたします」
「うむ」

 プリンの容器を一つ取り出し、蓋を外してみた。卵黄だけを使った、満月みたいに黄色いプリンの表面が見える。容器を揺らしてみると、表面がぷるんと揺れた。
 ぷるぷるのプリンになっていそうだ。
 それは嬉しいけれど、容器を少し揺らしたくらいでこんなにぷるんとしてしまうのは、まだちょっと液体に近すぎる。

「あともうちょっとだけ加熱して」

 ぼくは偉そうに命令した。
 
「かしこまりました」

 もう少し温められてからチェックし直したプリンは、しっかりと表面が固まっていた。
 あとは氷室でプリンを冷やせば、完成だ。

 シルヴェストルお兄様がいれば、魔術ですぐに冷やしてもらえたのにな。
 いきなりアランと顔を合わせたら気まずくなるかなと思って呼ばなかったけれど、お兄様も呼んでおくべきだったかもしれない。

 ちょっとお兄様が恋しいな。

 ぼくらは部屋に戻り、プリンが冷えるのを待った。
 その間にアランは手紙を書いている。故郷にスイーツのレシピを送るためだ。ぼくの監修を受けて、レシピを書いている。

 アランがペンを走らせている途中、プリンが部屋まで運ばれてきた。筆記セットが片付けられ、お茶会用に素早くテーブルの上が整えられた。
 ぼく、アラン、カミーユの三人のために皿とカップとスプーンが並べられる。
 お皿の上に、プリンの入った冷え冷えの容器がことりと置かれた。蓋が開けられ、ぼくはスプーンを構える。

 果たして、プリンになっているのか。
 プリンになっているはずだ。だって、カラメルソースはできたのだから。

 黄色いプリンにスプーンの先を刺すと、ぷるんと震えて一口分すくい取れた。
 期待を込めてプリンをつるんと飲み込んだ。

「プ、プリンだぁ……!」

 ぷるんとした食感、優しい甘み、ナム酒の風味。とても美味しいプリンの味が、口の中に広がった。
 スイーツだ。また一つ、スイーツ度が高いものを作れてしまった。ぼくは感動のあまり、涙を零した。

「似たような材料なのに、クッキーやパウンドケーキとは全然違いますね」

 カミーユもにこにこだ。頭の中では、金勘定でもしているのかもしれない。

「これは……トゥーレット領を救える味だ……」

 プリンを口にしたアランが、ぽつりと呟く。
 
 スイーツがあれば領地興しの一つや二つくらいできるって、身をもって理解してくれたみたいだね!
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