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番外編 転生したら悪役王太子コンスタンだった件

第十三話 終幕

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 その日、王都は湧いていた。

 広場のあちらこちらで出し物が行われ、芸を披露している者がおり、所狭しと露店が並ぶ。色とりどり旗が空にたなびき、賑やかな音楽が奏でられている。
 
 豊穣祭の日が訪れたのだ。

 国王である父は、お抱えの劇団の公演の、王族専用の観客席に笑顔で着いたところだった。

 国王お抱えの劇団の公演だ。
 バルコニーから見下ろす通常の観客席には、王都中の貴族や富豪が詰め寄せている。

「今年の芝居は、楽しみだ」

 父は隣の母と顔を見合わせ、満足げに笑った。

「今年のは傑作ですよ、父上。なにせ、僕が自ら監修しましたから」

 同じく父の隣の席に着いている僕は、笑いかけた。

 そう、僕が芝居の内容にあれやこれやと指示をし、演目を決めたのだ。担当文官から仕事を奪い(担当文官はテオフィルを虐待していた者なので、良心の呵責はない)、僕が今日の公演の準備を進めていたのだ。

「演目は『精霊の呼び手』です」
「ほほう、初代国王の物語か。楽しみだ!」

 父は顎を撫でながら、目を輝かせている――王位から追われる羽目になるとも知らずに。

「もうすぐ開幕ですよ」
「うむ」

 そして、芝居が開幕した。

 初代国王役の役者が出てきて、その生涯が演じられる。

 初代国王は、海の向こうの離島の王国で生まれた。
 離島の王国でも、精霊が見える人間は普通ではなく、初代国王は取替子チェンジリングだと疑われた。精霊と入れ替わったから、精霊が見えるのだと。

「私の子を返して、この化け物!」

 当時の女王に迫害された初代国王は、海を越えて国を出ることにした。
 精霊の力を借りて海を越えた初代国王は、精霊神の託宣を得た。精霊神の託宣は全て真実。
 そうして、今の王都があるこの地に辿り着き、国を興したのだ。

 ここで初代国王を演じる役者は舞台上から去り、代わりに次の役者が姿を現す。

「おや……?」

 新しく登場した役者は、他の役者に「第二王子殿下」と呼ばれた。

「随分と、アンリにそっくりな役者を用意したものだな」

 父がぽつりと呟くのが聞こえた。

 白銀に煌めく色素の薄い金髪。非人間じみて整った容貌。青空を映したような、キトンブルーの瞳。

 似ているのもそのはず、舞台に立っているのはアンリ本人だからだ。

 アンリは決められた台詞を読み、彼が初代国王と同じく精霊の呼び手であることが、観客たちに提示される。

「なるほど、芝居にすることによって、アンリを王にしなくても、王族には精霊の呼び手が生まれ得ることをアピールできるわけか……! でかしたぞ、コンスタン!」

 僕がこの演目を選んだのは、国のためだと父は思ったようだ。
 僕は何も答えず、ただ唇に人差し指を立てた。

「そうだな、公演中は静かにせねば」

 父は舞台に向き直った。

 芝居は進み、アンリととある辺境伯が運命的な出会いを果たし、二人は恋に落ちる。
 辺境伯との結婚の許しを得ようと、アンリは国王に話に行く。

 舞台が転換し、玉座の間になる。
 アンリは観客に背を向けて、正面の玉座に、国王に結婚の許しを得る台詞を朗々と読み上げる。

 その様子を、父は訝しむ。

「国王役の役者がいないではないか」

 呟きに、僕はほくそ笑んだ。

「今に、現れますよ」

 僕の言葉通り、玉座に人影が現れた。
 人影はゆらゆらと揺らいだかと思うと、半透明な青い影になった。青い影が模しているのは、父の姿そのものだ。

 僕がこれを見るのは、やり直し前と合わせて二度目だ。

 半透明な父の影は、口を開いた。

『獣人はいかんぞ』

 国王そっくりな影が発した獣人差別の言葉に、観客はざわついた。

 『獣人を王太子の伴侶にするのはいかん。そんなことをすれば、獣人どもがこの王国を自分のものだと思うようになるだろう』

 精霊神の託宣だ。

 父が僕に向かってした発言を、王都中の貴族と富豪が集まるこの場で、暴露してやったのだ。

 この国では獣人差別が横行しているとはいえ、表立って差別発言を行えば、嬉々として非難の材料に使われる。

 父の政治生命は終わりだ。

 精霊の特徴をアンリから聞き出していたエヴラールが発案し、そこに僕がやり直し前の記憶を加えて手直ししたのが、今回の計画だ。

「これは、本物の精霊神の託宣では……?」
「では、国王陛下は本当にあのように思われているということか?」

 観客たちのざわめきは収まらない。
 芝居の中で精霊神の託宣について説明をしておいたので、観客たちは皆ピンと来たようだ。

 そこに、もう一つの半透明な影が姿を現す。
 その影は僕の姿をしていた。

『獣人どもが自分の国だと思うようになるって、なんだよ! 実際にこの国に住んでる獣人にとっては、この国が自分の国なんじゃないのか!』

 僕がかつて発した言葉を、影は発した。

 観客たちから見れば、国王がアンリの結婚に反対し、僕がアンリの味方になったように見えるだろう。

 僕の発言まではいらないのではないかと思ったが、これはエヴラールの入れ知恵だ。国王を退位させたあと、王家の交代などせずに、速やかに僕に譲位されるようにとのことだ。

「な、なんだこれは……! こんなものは、出鱈目だ! 即刻、この不敬な芝居を中止させろ!」

 父が騒ぐが、動く者はいない。
 護衛の騎士らは、既に買収済みだ。

「父上。慌てて中止させれば、実際にあったことだと認めているようなものですよ」

 僕は父の顔を見て、ほくそ笑んだ。

「コンスタン……?」

「父上はもう終わったんですよ。お認めください。ならば、僕に大人しく王位を譲った方が、まだ父上にも恩恵があるとは思いませんか?」

「は……?」

 父は口をあんぐりと開けて、唖然としている。

「このあと、病気かなにかを理由にして僕に譲位してください。それだけでよいのです」

「し、しかし……」

「呑み込んでいただけないというのであれば、隣国の軍がなぜか・・・転移魔法陣から現れて、父上を打ち倒すことでしょうねえ」

 転移魔法陣の位置と使用法を隣国に漏らすと、脅しているのだ。
 この脅し文句も、エヴラールの考案だ。

 僕の言葉に、父上は脂汗を流している。

「僕の提案はどうでしょうか、父上」
「…………わかった。王位を譲ろう」

 父上は僕に屈した。

 大切な跡取りを、脅して従わせようとするから、こうしてやり返される羽目になるのだ。

 僕は絶対に父のようになりはしない。
 養子に取るジェロームは大切に育て、この国から獣人差別をなくすのだ。

 アンリとその一家の幸せを脅かすものも、もう何もない。
 そしてなにより大事なのは……もうエヴラールと僕の結婚を邪魔するものは、何もないということだ。

「めでたし、めでたし」

 舞台の上でアンリが最後の台詞を口にし、幕は下りた。


_________________
 
皆様、番外編も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
これにて悪役王太子コンスタン編もおしまいです。
楽しんでいただけましたなら、幸いです。

皆様のおかげで、当作品のいいねがついに十万を超えました。
私にとって、初めてのことです。
それもこれも全て、ここまで応援してくださった皆様のおかげです。本当に感謝しています。

今後の予定ですが、あと一個、あと一個だけ、テオフィルとギンのSSを更新させてください!
それさえ投稿すれば、完結ボタンを押しますので!
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