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第29話 それぞれの転機

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 王国の侵略戦争は膠着状態に陥っています。

 宣戦布告なしに勢いよく攻め込んだ王国ですが、隣国の3分の1程を攻略したところで軍と民衆の強固な抵抗に遭って進撃は頓挫しています。

 通常の王族達の遊技の延長の戦争であれば、十分な戦果であり大勝利と言えるでしょう。
 今頃は捕虜とした大物貴族を通じて終戦工作と身代金の交渉が始まっていてもおかしくありません。

 ですが、ここに来て宣戦布告なしに開戦したことが響いています。
 その上、王国が進軍にあたり手当たり次第の挑発と略奪を繰り返したことや無軌道な兵隊達が貴族や有力者をも勢い余って殺害してしまったことで、隣国の貴族と民衆を完全に敵に回してしまい、交渉の基盤となる信頼と人脈が喪失してしまった状態です。

 そしてまた、戦争だけではない新たな問題が持ち込まれています。

「くっ・・・無能どもめ!私の足を引っ張ることしかできんのか!」

 王子は指揮卓が壊れんばかりに拳を叩きつけました。
 テントの中には貴族達もいますが、いつものお追従はありません。なにしろ今度の問題を持ち込んだのは王国首脳部、すなわち国王その人なのですから。

「国内で難民が出たから、こちらで面倒を見ろだと!?ばかな!今は戦争中なのだぞ!」

 今回ばかりは王子の怒りは全面的に正しいのです。

 ただでさえ戦争という巨大な消費行動は補給線に膨大な負荷を与えているというのに、非戦闘員を万人単位で前線に送りつけてくるなど、政戦両略に多少なりともまともな知見がある為政者の考えることではありません。

「そんな連中など、放置すれば良いではありませんか。勝手に飢え死にでもさせれば良いでしょう」

 おべっかが得意な貴族が王子が喜びそうな進言をします。
 しかし、王子は眉間に皺をよせて面罵します。

「バカが!そんなことをすれば兵士達の反乱が起きるわ!そんなこともわからんのか!!」

「も、申し訳ありません!」

 思わぬ王子の剣幕に追従が得意な貴族も怖れをなして引き下がってしまいました。
 王国から渡ってきた難民達は兵士達の妻や母親であり老親であり息子や娘です。

 兵士達は隣国の民衆に対して山賊のような真似こそしていますが、家族のために戦っていることも事実なのです。
 彼らの眼前で家族を見殺しにしたら兵士は反乱を起こしかねません。

「王子、彼らを占領地に入植させましょう」

 進言したのは、以前王子に進言し遠ざけられていた将軍です。

「だが収穫ができるまで奴らに食わせる分の食料はないぞ」

「・・・他国から買い付けるしかないでしょう。背に腹は代えられません」

 進言の正しさが理解できるだけに、王子は苛立ちを隠せません。

「民を食わせるための食料を奪いに来て、結局は他国から買うのか。間抜けな話だ。さぞ足下を見られて高く買わされることだろうな」

「ここは敵地であり、戦争中であります。今は兵士の忠誠を買うことだけをお考えください」

 感情を落ち着かせるためか、大きくため息を吐いた王子は将軍に向かい合いました。

「将軍の言は正しい。せいぜい高価な食料を大量に買い込んで請求書は本国に回すとしよう。問題を放り投げてきたのは奴らだ。尻拭いの代金ぐらい払わせるのだ」

「殿下、進言を容れていただきありがとうございます。それと、もう一つ・・・」

「言うな。あの雨女の巫女のことであろう」

「ご賢察、痛み入ります」

「あの雨女がいなくなってから干魃が続いているのは事実だ。何か王国に仇なす呪いの儀式でも行っているのかもしれんな」

 王子はテントの中で所在なげにしている貴族を呼んで命じます。

「あのカビ臭い雨女の巫女を連れて参れ!事情を聞くまでは殺すな。軍船を使ってもよい。速やかに捜索し拘束して来い!人数は・・・そうだな。逃げ隠れされると面倒だ。一個大隊(100人程度)も連れて行けば十分であろう」

「はっ。必ずや女を拘束し連れて戻ります」

 命じられた貴族が張り切ってテントを出て行くのを将軍は黙って見送ります。

「私とて、たかが巫女一人がいなくなったことが国難を招いた、などという与太話を信じてはおらん。だが民と兵士達は信じている。ならば彼らの迷妄を覚ますためにも、王国に災厄をもたらした魔女の処断という儀式は必要なのだ」

「生け贄、ですか」

「王国の勝利は全てに優先する」

 建国の理念をつぶやいた王子は、カビ臭い巫女が半月もしないうちに目前に引き据えられてくることを全く疑っていなかったのです。

 ◇  ◇  ◇  ◇

 ピラミッドの地下空間には、運び込まれた泥炭で巨大な山ができあがっていました。
 その山を片端から土地神様が大きなボイラーに力強く放り込んでいきます。

「お水は大丈夫ですか?」

「雨水 ヲ 貯メタ。問題ナイ」

「必要になったらいつでも言ってくださいね」

「理解シタ」

 ここまで来ると、あたし達に出来ることはほとんどありませんが、土地神様の仕事は見ているだけでも、とても面白いのです。

 土地神様は、最初に大きく腕を広げて泥炭の山に両腕を突きこみます。
 そのままぐんっと腕を持ち上げると、不思議なことに竜車一台分ぐらいの巨大な泥炭のブロックが出来上がって両腕に抱え込まれます。
 そのまま腰をぐるんと回転させてボイラーに投げ込むのです。
 不思議で、力強く、無駄のない動きです。

「不思議ですねえ・・・」

「本当ですね。泥炭ってすごく崩れやすいのに、あんなに軽々とまとめて運んで」

「いえ。私が不思議なのは、この施設の目的です。もう相当量の泥炭を燃やしているはずですが、未だに動き出す気配がありません。こんな巨大な蒸気エネルギーを一体に何に使うのでしょう?」

 聞かれてみれば、確かに不思議です。

「ええと、土地神様のお家とか・・・」

 われながらあやふやな答えです。土地神様がお家を持ってどうするのでしょう?
 そもそも神殿に土地神様が安置される場所はあったわけですし。

「まあ、動いてみればわかりますね」

「そうですね!土地神様がやりたいことですから!きっと悪いことじゃありません!」

 土地神様は繰り返し繰り返し、まるで蒸気機関の機械のようにボイラーに泥炭を放り込み続けています。

 そのとき、カチリ、と歯車が動く音が聞こえた気がしました。

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