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8 暗黒帝って……何?
8 一番大切なことって、だいたい思い出せないよね
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8 一番大切なことって、だいたい思い出せないよね
彼の人は、玉座にゆったりと腰掛けて、私たちの到着を待っていた。艶のある黒髪、清潔な白衣、見覚えのある姿そのものだ。
「良く来た、カナデよ」
「カルロス様、覚悟を」
私とカルロス様が短い言葉を交わし合うと、アマテリが慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待って! あんたがカルロスね! あたし、あんたに言っときたいことがある」
カルロス様は目だけアマテリに向けると、続きを促した。
「どうしてアムニスをあんなボロボロになるまで強化したの? あなたは生体科学魔法の使い手、限界を超える魔法は使用者に負担になることくらい、あなたなら知っていたはずでしょう?」
いつもとは違って、冷静な口調だ。ついこの間までは感情を爆発させて泣いたり怒鳴ったりしていたのに。……それほど怒りが大きいということか。
「それは彼の意志だ。『誰にも負けない魔法使いにしてくれ』、『そのためなら命などいらない』、そう言ったのはアムニス自身だ」
「……!」
カルロス様の回答に、アマテリは息を呑んだ。カルロス様は立ち上がると、私たちを見渡して言う。
「アムニスが不幸な死に方をしたのは、本当に生体強化のせいか? そもそも何故アムニスは私を頼った? それは、マテリア家が腐っていたからだ。それ以外に理由はないだろう、マテリアの娘よ」
「…………」
アマテリは何も言えずにただうつむいた。身に覚えがあるのだろう。現にアマテリは、マテリア家から逃れるために家出をしてきたのだ。言葉に詰まってしまった私たちを確認すると、カルロス様はさらに続けた。
「他の者もそうであった。カナデ、お前もだ。お前は病気がちで外に出ることすらままならなかった。サイラスは障害で歩くことができず、親に捨てられた。エミリアは病気の治療で髪が抜け、愛されなくなった。そんな子供たちに自由な体と高度な教育、そして生きる希望を与えたのだ。これの何処が責められようか」
カルロス様の言葉に最初に切れたのは、ラビスだった。
「調子のいいこと言ってんじゃねーよ! お前は弱者を救ったように見せかけて、ただ利用しているだけじゃねーの! どうして各地方を侵略する? どうして武力で街を荒らす? お前が救った子供たちのせいで、さらに救いようがない子供たちも増えるんだよ!」
トニファがそれに続く。ラビスとは反対に、冷静かつ凍えるような怒りを帯びた口調で責め立てた。
「学問の使い方を完全に間違えているよね。あなたみたいな人間は心底辟易するよ。……あなたに出会っていなければ、クラム君は多くの人を救っていただろうに」
アマテリも強い口調で叫ぶように言った。
「アムニスの件はマテリア家にも問題はある。でも、あそこまで酷い最期を迎える必要はなかったじゃない! アムニスが言ったって? 強くなりたい、命もいらないって? それを諭すのが大人ってやつでしょ! 少なくとも、ここにいる盗賊はそうだったわ!」
突然自分のことを話され、ラビスは照れくさそうに頭を掻いた。そして私も、カルロス様の目を真っすぐ見据えて言う。
「すべての強化人間たちを解放しろ。これ以上、侵攻はさせない」
そして、抜刀する。私の刀はサイラスとの戦いで折れてしまったため、これはサイラスのものだ。だが、驚くほど手に馴染んでいる。いくらでも戦えそうだ。
「さあ、どうする?」
私たち四人の言葉を聞き、カルロス様は漸く口を開いた。
「……君たちのようなキレイゴトを吐く人間は好きではないな。社会というモノは、毒がなければ良くならないのだよ!」
最後まで言い終わらない内に、何か固いものが私の足を掠めた。血が噴き出して床に染みができる。歯ぎしりしながら見ると、カルロス様の左腕が変形していて、機関銃のようになっていた。そこから発せられた銃弾が足元に突き刺さっている。
「私は社会を変えねばならないのだよ。弱者が切り捨てられ続けるこの社会をね。君たちもその礎となってもらおうか!」
機関銃は火を噴きながら、私たちに襲い掛かった。
俺は咄嗟に身をかがめた。銃弾なんざ向けられたこともないが、恐らく伏せてやり過ごすのが正解だろう。伏せ遅れたトニファに足をかけて転ばせたのもそのためだ。トロいトニファなんて、銃弾に対抗できないだろうし。カナデの方を見ると、カナデはアマテリの背中を押して転ばせていた。考えていることは同じなようだった。
「おいトニファ、銃って何に弱いんだ?」
「うーん……ブローバック式? 反動利用式? あれの構造がわかればなぁ……まあ、機械全般は精密なパーツの組み合わさりでできているからね。その辺に歪みを起こすか、エネルギー切れを狙うか……」
「あのおじさん、魔法をエネルギーにしてるよ。だからエネルギー切れは難しいかも。多分あの人、魔法は無尽蔵くらいにはあるから」
アマテリの言葉に頷きながら、カナデが俺に言う。
「ギリギリまでカルロス様に近づいてくれ。カルロス様は多分、それを処理するために銃口の角度を下げる。その瞬間に私とアマテリで動きを止める。トニファは銃を壊す。できるか?」
「うん」
「おう」
「あー、自信ない」
「そうか、でもお前学者先生だろ。やれ」
「無茶言うなぁ」
俺は短剣をお守りのようにギュっと握ると、カルロスとの距離を詰める。カルロスもそれに気づき、銃口をこちらに向けてきた。
(なるべく銃口を下に誘導して……動ける体勢をキープしつつ、身をかがめる……!)
一発、銃弾が腕をえぐった。痛みでどうにかなりそうになるが、グッと堪えて仲間を待つ。
(これが終われば、全て終わるんだ! あと少しの辛抱だ……)
俺は短剣を落とさないようにさらに強く握ると、もっと距離を詰めるべく足に力を込めた。
あたしとカナデは目で合図を送り合うと、同時に飛び出した。カナデは刀を振りかぶり、カルロスの腕にめがけてふるう。カルロスは反応し、それを銃で受け止めた。ギリギリと金属が削り合う音が聞こえる。あたしは右手に魔法を込め、炎でもって銃に攻撃を仕掛けた。銃のほとんどは金属でできている。熱膨張で手元が狂うかもしれない、その期待を込めた炎だ。あまり勢いをつけすぎると、近くにいるカナデとラビスに当たってしまう。加減を上手くとりなしつつ、トニファを待った。
(学者先生でしょ、早くちゃちゃっとやっちゃってよ!)
何度か被弾し、その都度血をまき散らす前衛の二人を見ながら、早くしろとトニファに祈った。
三人が位置に着いたのを確認し、僕はポーチから工具を取り出した。スパナにドライバー、ケーブルカッターに電動ナイフ。カナデの指示である「壊す」というのは僕には少し難しそうであった。だって金属って固いんだもん。そう、だからぼくは、分解することにした。これでも一応、機械工学をやっていたんだ。負けるわけにはいかない!
いまだに銃弾は発射され続けていて、銃口は下向きに固定されているものの跳弾でラビスとカナデにダメージが入る。もう二人とも、腕や足が真っ赤に染まっている。
(急げ、急げよ僕!)
僕は跳弾に気を付けながら機関銃に手を伸ばす。しかし、カルロスの足に蹴飛ばされてしまった。
「おい学者! 早くしろ!」
「ごめんって……」
僕は蹴られたすねをさすりながら、もう一度近づこうとする。しかし、カルロスの足も右腕も健在で、近づこうにもか弱い僕には難しそうだった。
(くそっ……このままじゃ、全員銃弾で削り取られる!)
僕は一度距離を取り、いい方法はないかと考えた。
(考えろよ、僕! 仮にも学園都市に在籍していたんだろ! 学者先生なんだろ!)
その時、ふと頭に浮かんだものがあった。必死でポーチをかき回し、目当てのものを探す。
「あった!」
僕は水酸化ナトリウムの瓶とクエン酸の瓶を取り出した。そして力いっぱい叫ぶ。
「アマテリ!」
アマテリはすぐに理解してくれたらしい、炎の魔法から氷の魔法に瞬時に切り替えた。そして僕は二つの瓶を投げつける。
「吸熱反応いけー!」
アマテリは前衛の二人に離れてと叫ぶ。二人はボロボロの足で勢いをつけ、何とか後ろに下がった。二人が抑えていた銃口がまたこちらを向く。間に合え、間に合ってくれ! 僕は二人の手当をするためにまた混沌としたポーチに手を突っ込む。ガーゼはどこだったかな? 消毒液は……。そうやってガサガサしていると、爆発音が鼓膜にこびりついていた。
腕も足も顔も胴体も、血で濡れていない部分はなかった。ラビスも同様だ。アマテリの離れろという指示を聞き、何とかカルロス様から距離を取ったが、銃口を向けられるだけであった。おいアマテリ、どういうことだ? 文句の一つでも言ってやろうかと思ったその瞬間、爆発音が部屋中を貫いた。見ると、カルロス様の機関銃が爆発し、機能しないまでに壊れていた。
「クエン酸に発火物質を入れたのがよかったのかなぁ……入れたっていうか、僕の整頓が雑すぎて入っちゃったんだけど」
なにやら怪しげなことを呟きながら、トニファが軽く手当をしてくれた。そして痛み止めをもらう。
「これでまだ戦える」
私は顔にべっとりとついた血を拭うと、刀を握りなおした。
カルロス様は不機嫌な顔で私を睨んだ。
「おとなしく殺されておけば良いものを……こざかしい!」
カルロス様は失った左手に右手を這わせた。すると、今度は鎌が生えてきた。
「ウソ! 無限に生えてくるわけ?」
アマテリはそう叫ぶが、機関銃よりかはまだマシに見える。私はラビスをちらりと見た。一番被弾が多そうだったが、まだ動けるだろうか。ラビスは私の視線に気づくと、「心配いらねーよ。最後くらい、無理にでも動いてやろうじゃねーの」と笑った。いや、無理に動く必要はないのだが……ここは彼の善意に甘えようか。
「私がカルロス様の左腕を止める。アマテリとラビスで奴の心臓を止めろ。トニファは再生を防ぐ方法を考えろ。準備は良いか?」
「わかった!」
アマテリの元気の良い返事を合図に、私たちは再び飛び出した。
機関銃よりはましだと侮っていた鎌も、非常に厄介なものであった。刀で受け止めようとするが、その瞬間鎌が溶けるように変形し、私の首筋を狙ってくるのだ。機関銃は攻撃がよめたが、これは予測が不可能に近かった。
(趣味悪い奴!)
心の中でそう罵りながら、仲間の動きを待つ。ラビスは行動を最小限にとどめ、ピンポイントで首や心臓などの弱点を狙った。アマテリは後ろから、魔法の雷を浴びせかける。しかし、ラビスの攻撃は右手で防がれ、アマテリの攻撃は弾かれてしまった。
「トニファ! いい案は?」
「考え中!」
トニファはポーチから色々出しては投げつけている。謎の白い粉や紫の絵具、ホルマリン漬けの何かまで出てきても、カルロス様はびくともしない。
「もう諦めたらどうだ? お前たちは私に勝てないんだ」
カルロス様の声が耳をちくちく刺す。それを振り払いながら、私は攻撃の手を緩めなかった。
「あなたには確かに恩がある。だけど! あなたは間違っている! 侵略や虐殺を繰り返していたら、会いたい人にも会えなくなるんだ!」
「会いたい人? そんなもの、忘れてしまえばいいだろうが。私の技術ならそれができる」
「嫌だ!」
私は鎌をなんとか押しのけて、カルロス様の肩を斬りつけた。手ごたえは確かに感じたが、そんな傷でさえも、すぐに再生してしまった。
「ほら、私は不死身だ。決して殺すことはできないのだ」
私は舌打ちをしながらなんとか攻撃の手を緩めぬようにと踏ん張った。それは皆も同様だ。もう、生きるとか死ぬとか、勝つとか負けるとかは関係なかった。ただもう、目の前のことに必死であった。
「さて、いつまで続くかな」
カルロス様はどこまでも、余裕な笑みを崩さなかった。
頭がくらくらする。ぼんやりとしてきた視界が開けてきた。どうやら自分は眠っていたようだ。なんとか立ち上がり、辺りを見渡す。目の前には折れた刀が落ちていた。その時、ようやく思い出す。ああ、俺は負けたのか。カナデに。いや、カナデたち四人に。油断していた。勝ったと思い込んでいた。またカナデと友だちに戻れる、しかももう三人、友だちが増えるんだ。そう思って舞い上がっていた。
「やられたなぁ……」
まだ頭はガンガンするが、壁を支えにしてノロノロと歩き出す。上の階から戦闘音が聞こえる。恐らくは、カルロス様とカナデ達だろう。戦況はどうだろうか。決着はついたのだろうか。
(カルロス様を、援護しなきゃ)
俺は重い体を引きずりながら、階段を昇って行った。
(エレベーターつかないかなぁ……)
ラビスが壁に叩きつけられた。口から血がダラダラと流れている。口を切っただけか、内臓がやられたか。そんなことが一瞬頭によぎったが、心配している余裕もなかった。私はカルロス様の鎌攻撃をなんとか受けきり、反撃しようと前のめりになる。先ほどから炎や雷で援護してくれていたアマテリは魔法の力に限界が来て、手当などの援護に回った。代わりにトニファが攻撃に移る。といっても、金属の工具で鎌を受け止める程度である。運動神経は決して良くはないが、土壇場で覚醒したのか、まだ首は繋がっている。
(マズい、本当に負けるのか……!)
私もそろそろ限界だ。というか疲れた。もう動きたくない。でも、動かないと殺される。ならば動き続けるしかない。
(勝てるビジョンが見えない……!)
口の中に鉄の味が広がる。目の端に星がちらつく。ああ、もうダメだ! 倒れたい! やめたい! 眠りたい!
そんな思いを吹き飛ばすかのような声が、後ろから響いた。
「カナデ……!」
間違いない、サイラスだ。ここで敵が追加だなんて、なんてついていないんだ! ふとトニファを見ると、絶望的過ぎて無表情になっている。顔を上げたラビスは、嫌な顔をしてがっくりと肩を落とした。アマテリはサイラスには目もくれず、いそいそとラビスを手当している。
「おお、サイラスよ。良く来た。さあ、手伝っておくれ」
カルロス様の呼びかけに応じ、サイラスはゆっくりと近づいて来た。
(ここまでか。ここまでなのか。……まだ、あの子に会えていないというのに!)
私は無理やり腕を動かし、サイラスを斬りつけようとした。しかし、本能的な絶望感が勝ったのだろう、腕も足もどこもかしこも、まったく動いてはくれなかった。
サイラスはカルロス様の前まで来ると、ちらりと周りを見渡した。まずは満身創痍なラビスに目を向ける。そして魔法の使えない魔法使いアマテリ、さらに運動音痴の前衛トニファを見る。最後に私と目が合う。
「カナデ、本当にもう、戻るつもりはないんだね?」
「最初から言っているだろう……」
サイラスはそれだけ聞くと、満足そうにカルロス様に向き直った。そして……。
俺は持っていた折れた刀を袖口から取り出すと、素早くカルロス様の目に突き立てた。突然のことにカルロス様は対処できず、ただ後ずさって右手で目を覆った。
「サイラス貴様! 血迷ったか! この裏切り者め!」
「だって仕方がないでしょう? 親友が……親友の意志が堅かったのですから……」
カルロス様は怒りの表情で俺に刃を向けた。しかし、今の俺は体力も回復しているし、何より四人がカルロス様を弱らせてくれたおかげて、かすりもしなかった。
「サイラス! 何でお前!」
「だって、そういう約束だったろ? 勝った方に従う、とね」
「でも、私たちはずるをしたぞ! 一騎討なのに、四人でとどめを刺した」
「勝ちは勝ちだし負けは負け。そういうことだよ」
俺はもう片方の目にも、刀を突きさす。カルロス様は雷鳴のような悲鳴を上げながら、その場に崩れ落ちた。
私はその時、初めてカルロス様の再生の秘密を知った。どうやら生体科学魔法を体中に循環させ、傷口が出来ればすぐに魔法が発動するようになっていたらしい。まあ、メカニズムを説明されても私にはさっぱりなのだが。アマテリは理解できたようであったが、一つ疑問を呈した。
「でも、そんな強力な魔法、ずっと使っていたら体がもたないでしょ? どういうこと?」
「それが、カルロス様の目の秘密だよ。カルロス様は人間の数十倍もの魔法の力を持つ『竜の目』を自分に移植したんだ。それで無尽蔵の魔法を得た」
「ほう、お前、何でそんなに詳しいんだ?」
「この前聞いたからだよ」
サイラスは一番重症なラビスを止血しながら言う。憑き物が落ちたような爽やかさに、私は少々困惑した。
「……どうして君は、僕らに味方してくれたんだい?」
核心的な質問をするトニファをちらりと見て、そして考えながら答える。
「うーん、どうしてだろうね。自分でも良くわからない」
「なんじゃそりゃ」
アマテリの突っ込みを受けてもなお、サイラスは首を捻っている。
「いや、想像したんだ。カルロス様と友だち、どっちのが一緒にいて楽しいかなって。カルロス様には恩があるし褒めてくれるけど……最近は戦いや侵略の事ばかりだったし、それだったら友だちがいた方がいいかなって……」
ラビスの止血を終えたサイラスは、次に重症である私の止血にかかる。しかし、私も強化人間のはしくれだ、軽い傷なら簡単に治るようプログラムされているため、たいして時間はかからなかった。
「で、これからどうするんだ?」
トニファの手当に移った彼に、そっと問いかける。サイラスは頭を捻りながら言う。
「とりあえず、強化人間たちは俺が責任をもってまとめる。侵略はやめさせるし、防衛軍や地方有力者に掛け合って、それなりの待遇が得られるようには善処する……とはいえ、侵略をしていた事実は消せないし、厳しいことになりそうではあるが……」
「だったら、学園都市の学園長に支援を求めると良いよ。カルロスの生体科学魔法の技術と引き換えにすれば、生命は保証してくれるはずさ。やっていることはマッドだけど、カルロスの研究は素晴らしいからね。今後の医学の発展を考えれば、学園長はきっと受け入れてくれるだろう」
トニファがそう言うと、サイラスは嬉しそうに頷いた。
ああ、全てが終わったんだ。この戦いも、地方への侵略も、カルロス様の野望も、全て終わった。しかも、誰一人、サイラスですらも欠けていない。最高じゃないか!
「さあ、あたしたちはどうしようか? とりあえずラビスは病院に放り込まなきゃだし、アルマテリア領に寄ってく?」
アマテリがそう提案し、頷きかけたその時、地響きのような声が背後から聞こえた。
「お前の好きにさせるか……!」
その瞬間、私の耳の後ろに鋭い衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
俺はハッとして振り返ると、ナイフを投げたカルロス様と目が合った。目、といっても、ただぽっかりと空洞があるだけであったが、むしろ恐怖を引き立てた。カルロス様の投げたナイフはカナデの耳を直撃し、カナデはばたりと倒れる。
「こいつ……!」
ラビスが怒りに任せて短剣を投げ返すと、それが眉間に刺さり、今度こそカルロス様の最期を見届けた。しかし……。
「カナデ!」
「ねえ、起きてよ! さっきまでぴんぴんしてたでしょ!」
カナデは倒れたまま動かなかった。ただ、口がかすかに震えている。
「皆待って、静かに」
俺の言葉を合図に、静寂が訪れる。カナデはうつろな目でぼそぼそ語り始めた。
「思い……出した……ノドカ、ノドカだ……。私の妹……」
カナデは俺を見上げると、消え入るような声で懇願した。
「ノドカのところへ……連れていってくれ……」
「ああ、必ず」
俺の返事を聞くと、カナデは目を閉じた。そして、最後の一言が耳に残る。
「頼んだぞ……親友……」
こうして俺の親友は、深く永い眠りについた。
彼の人は、玉座にゆったりと腰掛けて、私たちの到着を待っていた。艶のある黒髪、清潔な白衣、見覚えのある姿そのものだ。
「良く来た、カナデよ」
「カルロス様、覚悟を」
私とカルロス様が短い言葉を交わし合うと、アマテリが慌てて口を挟んだ。
「ちょっと待って! あんたがカルロスね! あたし、あんたに言っときたいことがある」
カルロス様は目だけアマテリに向けると、続きを促した。
「どうしてアムニスをあんなボロボロになるまで強化したの? あなたは生体科学魔法の使い手、限界を超える魔法は使用者に負担になることくらい、あなたなら知っていたはずでしょう?」
いつもとは違って、冷静な口調だ。ついこの間までは感情を爆発させて泣いたり怒鳴ったりしていたのに。……それほど怒りが大きいということか。
「それは彼の意志だ。『誰にも負けない魔法使いにしてくれ』、『そのためなら命などいらない』、そう言ったのはアムニス自身だ」
「……!」
カルロス様の回答に、アマテリは息を呑んだ。カルロス様は立ち上がると、私たちを見渡して言う。
「アムニスが不幸な死に方をしたのは、本当に生体強化のせいか? そもそも何故アムニスは私を頼った? それは、マテリア家が腐っていたからだ。それ以外に理由はないだろう、マテリアの娘よ」
「…………」
アマテリは何も言えずにただうつむいた。身に覚えがあるのだろう。現にアマテリは、マテリア家から逃れるために家出をしてきたのだ。言葉に詰まってしまった私たちを確認すると、カルロス様はさらに続けた。
「他の者もそうであった。カナデ、お前もだ。お前は病気がちで外に出ることすらままならなかった。サイラスは障害で歩くことができず、親に捨てられた。エミリアは病気の治療で髪が抜け、愛されなくなった。そんな子供たちに自由な体と高度な教育、そして生きる希望を与えたのだ。これの何処が責められようか」
カルロス様の言葉に最初に切れたのは、ラビスだった。
「調子のいいこと言ってんじゃねーよ! お前は弱者を救ったように見せかけて、ただ利用しているだけじゃねーの! どうして各地方を侵略する? どうして武力で街を荒らす? お前が救った子供たちのせいで、さらに救いようがない子供たちも増えるんだよ!」
トニファがそれに続く。ラビスとは反対に、冷静かつ凍えるような怒りを帯びた口調で責め立てた。
「学問の使い方を完全に間違えているよね。あなたみたいな人間は心底辟易するよ。……あなたに出会っていなければ、クラム君は多くの人を救っていただろうに」
アマテリも強い口調で叫ぶように言った。
「アムニスの件はマテリア家にも問題はある。でも、あそこまで酷い最期を迎える必要はなかったじゃない! アムニスが言ったって? 強くなりたい、命もいらないって? それを諭すのが大人ってやつでしょ! 少なくとも、ここにいる盗賊はそうだったわ!」
突然自分のことを話され、ラビスは照れくさそうに頭を掻いた。そして私も、カルロス様の目を真っすぐ見据えて言う。
「すべての強化人間たちを解放しろ。これ以上、侵攻はさせない」
そして、抜刀する。私の刀はサイラスとの戦いで折れてしまったため、これはサイラスのものだ。だが、驚くほど手に馴染んでいる。いくらでも戦えそうだ。
「さあ、どうする?」
私たち四人の言葉を聞き、カルロス様は漸く口を開いた。
「……君たちのようなキレイゴトを吐く人間は好きではないな。社会というモノは、毒がなければ良くならないのだよ!」
最後まで言い終わらない内に、何か固いものが私の足を掠めた。血が噴き出して床に染みができる。歯ぎしりしながら見ると、カルロス様の左腕が変形していて、機関銃のようになっていた。そこから発せられた銃弾が足元に突き刺さっている。
「私は社会を変えねばならないのだよ。弱者が切り捨てられ続けるこの社会をね。君たちもその礎となってもらおうか!」
機関銃は火を噴きながら、私たちに襲い掛かった。
俺は咄嗟に身をかがめた。銃弾なんざ向けられたこともないが、恐らく伏せてやり過ごすのが正解だろう。伏せ遅れたトニファに足をかけて転ばせたのもそのためだ。トロいトニファなんて、銃弾に対抗できないだろうし。カナデの方を見ると、カナデはアマテリの背中を押して転ばせていた。考えていることは同じなようだった。
「おいトニファ、銃って何に弱いんだ?」
「うーん……ブローバック式? 反動利用式? あれの構造がわかればなぁ……まあ、機械全般は精密なパーツの組み合わさりでできているからね。その辺に歪みを起こすか、エネルギー切れを狙うか……」
「あのおじさん、魔法をエネルギーにしてるよ。だからエネルギー切れは難しいかも。多分あの人、魔法は無尽蔵くらいにはあるから」
アマテリの言葉に頷きながら、カナデが俺に言う。
「ギリギリまでカルロス様に近づいてくれ。カルロス様は多分、それを処理するために銃口の角度を下げる。その瞬間に私とアマテリで動きを止める。トニファは銃を壊す。できるか?」
「うん」
「おう」
「あー、自信ない」
「そうか、でもお前学者先生だろ。やれ」
「無茶言うなぁ」
俺は短剣をお守りのようにギュっと握ると、カルロスとの距離を詰める。カルロスもそれに気づき、銃口をこちらに向けてきた。
(なるべく銃口を下に誘導して……動ける体勢をキープしつつ、身をかがめる……!)
一発、銃弾が腕をえぐった。痛みでどうにかなりそうになるが、グッと堪えて仲間を待つ。
(これが終われば、全て終わるんだ! あと少しの辛抱だ……)
俺は短剣を落とさないようにさらに強く握ると、もっと距離を詰めるべく足に力を込めた。
あたしとカナデは目で合図を送り合うと、同時に飛び出した。カナデは刀を振りかぶり、カルロスの腕にめがけてふるう。カルロスは反応し、それを銃で受け止めた。ギリギリと金属が削り合う音が聞こえる。あたしは右手に魔法を込め、炎でもって銃に攻撃を仕掛けた。銃のほとんどは金属でできている。熱膨張で手元が狂うかもしれない、その期待を込めた炎だ。あまり勢いをつけすぎると、近くにいるカナデとラビスに当たってしまう。加減を上手くとりなしつつ、トニファを待った。
(学者先生でしょ、早くちゃちゃっとやっちゃってよ!)
何度か被弾し、その都度血をまき散らす前衛の二人を見ながら、早くしろとトニファに祈った。
三人が位置に着いたのを確認し、僕はポーチから工具を取り出した。スパナにドライバー、ケーブルカッターに電動ナイフ。カナデの指示である「壊す」というのは僕には少し難しそうであった。だって金属って固いんだもん。そう、だからぼくは、分解することにした。これでも一応、機械工学をやっていたんだ。負けるわけにはいかない!
いまだに銃弾は発射され続けていて、銃口は下向きに固定されているものの跳弾でラビスとカナデにダメージが入る。もう二人とも、腕や足が真っ赤に染まっている。
(急げ、急げよ僕!)
僕は跳弾に気を付けながら機関銃に手を伸ばす。しかし、カルロスの足に蹴飛ばされてしまった。
「おい学者! 早くしろ!」
「ごめんって……」
僕は蹴られたすねをさすりながら、もう一度近づこうとする。しかし、カルロスの足も右腕も健在で、近づこうにもか弱い僕には難しそうだった。
(くそっ……このままじゃ、全員銃弾で削り取られる!)
僕は一度距離を取り、いい方法はないかと考えた。
(考えろよ、僕! 仮にも学園都市に在籍していたんだろ! 学者先生なんだろ!)
その時、ふと頭に浮かんだものがあった。必死でポーチをかき回し、目当てのものを探す。
「あった!」
僕は水酸化ナトリウムの瓶とクエン酸の瓶を取り出した。そして力いっぱい叫ぶ。
「アマテリ!」
アマテリはすぐに理解してくれたらしい、炎の魔法から氷の魔法に瞬時に切り替えた。そして僕は二つの瓶を投げつける。
「吸熱反応いけー!」
アマテリは前衛の二人に離れてと叫ぶ。二人はボロボロの足で勢いをつけ、何とか後ろに下がった。二人が抑えていた銃口がまたこちらを向く。間に合え、間に合ってくれ! 僕は二人の手当をするためにまた混沌としたポーチに手を突っ込む。ガーゼはどこだったかな? 消毒液は……。そうやってガサガサしていると、爆発音が鼓膜にこびりついていた。
腕も足も顔も胴体も、血で濡れていない部分はなかった。ラビスも同様だ。アマテリの離れろという指示を聞き、何とかカルロス様から距離を取ったが、銃口を向けられるだけであった。おいアマテリ、どういうことだ? 文句の一つでも言ってやろうかと思ったその瞬間、爆発音が部屋中を貫いた。見ると、カルロス様の機関銃が爆発し、機能しないまでに壊れていた。
「クエン酸に発火物質を入れたのがよかったのかなぁ……入れたっていうか、僕の整頓が雑すぎて入っちゃったんだけど」
なにやら怪しげなことを呟きながら、トニファが軽く手当をしてくれた。そして痛み止めをもらう。
「これでまだ戦える」
私は顔にべっとりとついた血を拭うと、刀を握りなおした。
カルロス様は不機嫌な顔で私を睨んだ。
「おとなしく殺されておけば良いものを……こざかしい!」
カルロス様は失った左手に右手を這わせた。すると、今度は鎌が生えてきた。
「ウソ! 無限に生えてくるわけ?」
アマテリはそう叫ぶが、機関銃よりかはまだマシに見える。私はラビスをちらりと見た。一番被弾が多そうだったが、まだ動けるだろうか。ラビスは私の視線に気づくと、「心配いらねーよ。最後くらい、無理にでも動いてやろうじゃねーの」と笑った。いや、無理に動く必要はないのだが……ここは彼の善意に甘えようか。
「私がカルロス様の左腕を止める。アマテリとラビスで奴の心臓を止めろ。トニファは再生を防ぐ方法を考えろ。準備は良いか?」
「わかった!」
アマテリの元気の良い返事を合図に、私たちは再び飛び出した。
機関銃よりはましだと侮っていた鎌も、非常に厄介なものであった。刀で受け止めようとするが、その瞬間鎌が溶けるように変形し、私の首筋を狙ってくるのだ。機関銃は攻撃がよめたが、これは予測が不可能に近かった。
(趣味悪い奴!)
心の中でそう罵りながら、仲間の動きを待つ。ラビスは行動を最小限にとどめ、ピンポイントで首や心臓などの弱点を狙った。アマテリは後ろから、魔法の雷を浴びせかける。しかし、ラビスの攻撃は右手で防がれ、アマテリの攻撃は弾かれてしまった。
「トニファ! いい案は?」
「考え中!」
トニファはポーチから色々出しては投げつけている。謎の白い粉や紫の絵具、ホルマリン漬けの何かまで出てきても、カルロス様はびくともしない。
「もう諦めたらどうだ? お前たちは私に勝てないんだ」
カルロス様の声が耳をちくちく刺す。それを振り払いながら、私は攻撃の手を緩めなかった。
「あなたには確かに恩がある。だけど! あなたは間違っている! 侵略や虐殺を繰り返していたら、会いたい人にも会えなくなるんだ!」
「会いたい人? そんなもの、忘れてしまえばいいだろうが。私の技術ならそれができる」
「嫌だ!」
私は鎌をなんとか押しのけて、カルロス様の肩を斬りつけた。手ごたえは確かに感じたが、そんな傷でさえも、すぐに再生してしまった。
「ほら、私は不死身だ。決して殺すことはできないのだ」
私は舌打ちをしながらなんとか攻撃の手を緩めぬようにと踏ん張った。それは皆も同様だ。もう、生きるとか死ぬとか、勝つとか負けるとかは関係なかった。ただもう、目の前のことに必死であった。
「さて、いつまで続くかな」
カルロス様はどこまでも、余裕な笑みを崩さなかった。
頭がくらくらする。ぼんやりとしてきた視界が開けてきた。どうやら自分は眠っていたようだ。なんとか立ち上がり、辺りを見渡す。目の前には折れた刀が落ちていた。その時、ようやく思い出す。ああ、俺は負けたのか。カナデに。いや、カナデたち四人に。油断していた。勝ったと思い込んでいた。またカナデと友だちに戻れる、しかももう三人、友だちが増えるんだ。そう思って舞い上がっていた。
「やられたなぁ……」
まだ頭はガンガンするが、壁を支えにしてノロノロと歩き出す。上の階から戦闘音が聞こえる。恐らくは、カルロス様とカナデ達だろう。戦況はどうだろうか。決着はついたのだろうか。
(カルロス様を、援護しなきゃ)
俺は重い体を引きずりながら、階段を昇って行った。
(エレベーターつかないかなぁ……)
ラビスが壁に叩きつけられた。口から血がダラダラと流れている。口を切っただけか、内臓がやられたか。そんなことが一瞬頭によぎったが、心配している余裕もなかった。私はカルロス様の鎌攻撃をなんとか受けきり、反撃しようと前のめりになる。先ほどから炎や雷で援護してくれていたアマテリは魔法の力に限界が来て、手当などの援護に回った。代わりにトニファが攻撃に移る。といっても、金属の工具で鎌を受け止める程度である。運動神経は決して良くはないが、土壇場で覚醒したのか、まだ首は繋がっている。
(マズい、本当に負けるのか……!)
私もそろそろ限界だ。というか疲れた。もう動きたくない。でも、動かないと殺される。ならば動き続けるしかない。
(勝てるビジョンが見えない……!)
口の中に鉄の味が広がる。目の端に星がちらつく。ああ、もうダメだ! 倒れたい! やめたい! 眠りたい!
そんな思いを吹き飛ばすかのような声が、後ろから響いた。
「カナデ……!」
間違いない、サイラスだ。ここで敵が追加だなんて、なんてついていないんだ! ふとトニファを見ると、絶望的過ぎて無表情になっている。顔を上げたラビスは、嫌な顔をしてがっくりと肩を落とした。アマテリはサイラスには目もくれず、いそいそとラビスを手当している。
「おお、サイラスよ。良く来た。さあ、手伝っておくれ」
カルロス様の呼びかけに応じ、サイラスはゆっくりと近づいて来た。
(ここまでか。ここまでなのか。……まだ、あの子に会えていないというのに!)
私は無理やり腕を動かし、サイラスを斬りつけようとした。しかし、本能的な絶望感が勝ったのだろう、腕も足もどこもかしこも、まったく動いてはくれなかった。
サイラスはカルロス様の前まで来ると、ちらりと周りを見渡した。まずは満身創痍なラビスに目を向ける。そして魔法の使えない魔法使いアマテリ、さらに運動音痴の前衛トニファを見る。最後に私と目が合う。
「カナデ、本当にもう、戻るつもりはないんだね?」
「最初から言っているだろう……」
サイラスはそれだけ聞くと、満足そうにカルロス様に向き直った。そして……。
俺は持っていた折れた刀を袖口から取り出すと、素早くカルロス様の目に突き立てた。突然のことにカルロス様は対処できず、ただ後ずさって右手で目を覆った。
「サイラス貴様! 血迷ったか! この裏切り者め!」
「だって仕方がないでしょう? 親友が……親友の意志が堅かったのですから……」
カルロス様は怒りの表情で俺に刃を向けた。しかし、今の俺は体力も回復しているし、何より四人がカルロス様を弱らせてくれたおかげて、かすりもしなかった。
「サイラス! 何でお前!」
「だって、そういう約束だったろ? 勝った方に従う、とね」
「でも、私たちはずるをしたぞ! 一騎討なのに、四人でとどめを刺した」
「勝ちは勝ちだし負けは負け。そういうことだよ」
俺はもう片方の目にも、刀を突きさす。カルロス様は雷鳴のような悲鳴を上げながら、その場に崩れ落ちた。
私はその時、初めてカルロス様の再生の秘密を知った。どうやら生体科学魔法を体中に循環させ、傷口が出来ればすぐに魔法が発動するようになっていたらしい。まあ、メカニズムを説明されても私にはさっぱりなのだが。アマテリは理解できたようであったが、一つ疑問を呈した。
「でも、そんな強力な魔法、ずっと使っていたら体がもたないでしょ? どういうこと?」
「それが、カルロス様の目の秘密だよ。カルロス様は人間の数十倍もの魔法の力を持つ『竜の目』を自分に移植したんだ。それで無尽蔵の魔法を得た」
「ほう、お前、何でそんなに詳しいんだ?」
「この前聞いたからだよ」
サイラスは一番重症なラビスを止血しながら言う。憑き物が落ちたような爽やかさに、私は少々困惑した。
「……どうして君は、僕らに味方してくれたんだい?」
核心的な質問をするトニファをちらりと見て、そして考えながら答える。
「うーん、どうしてだろうね。自分でも良くわからない」
「なんじゃそりゃ」
アマテリの突っ込みを受けてもなお、サイラスは首を捻っている。
「いや、想像したんだ。カルロス様と友だち、どっちのが一緒にいて楽しいかなって。カルロス様には恩があるし褒めてくれるけど……最近は戦いや侵略の事ばかりだったし、それだったら友だちがいた方がいいかなって……」
ラビスの止血を終えたサイラスは、次に重症である私の止血にかかる。しかし、私も強化人間のはしくれだ、軽い傷なら簡単に治るようプログラムされているため、たいして時間はかからなかった。
「で、これからどうするんだ?」
トニファの手当に移った彼に、そっと問いかける。サイラスは頭を捻りながら言う。
「とりあえず、強化人間たちは俺が責任をもってまとめる。侵略はやめさせるし、防衛軍や地方有力者に掛け合って、それなりの待遇が得られるようには善処する……とはいえ、侵略をしていた事実は消せないし、厳しいことになりそうではあるが……」
「だったら、学園都市の学園長に支援を求めると良いよ。カルロスの生体科学魔法の技術と引き換えにすれば、生命は保証してくれるはずさ。やっていることはマッドだけど、カルロスの研究は素晴らしいからね。今後の医学の発展を考えれば、学園長はきっと受け入れてくれるだろう」
トニファがそう言うと、サイラスは嬉しそうに頷いた。
ああ、全てが終わったんだ。この戦いも、地方への侵略も、カルロス様の野望も、全て終わった。しかも、誰一人、サイラスですらも欠けていない。最高じゃないか!
「さあ、あたしたちはどうしようか? とりあえずラビスは病院に放り込まなきゃだし、アルマテリア領に寄ってく?」
アマテリがそう提案し、頷きかけたその時、地響きのような声が背後から聞こえた。
「お前の好きにさせるか……!」
その瞬間、私の耳の後ろに鋭い衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
俺はハッとして振り返ると、ナイフを投げたカルロス様と目が合った。目、といっても、ただぽっかりと空洞があるだけであったが、むしろ恐怖を引き立てた。カルロス様の投げたナイフはカナデの耳を直撃し、カナデはばたりと倒れる。
「こいつ……!」
ラビスが怒りに任せて短剣を投げ返すと、それが眉間に刺さり、今度こそカルロス様の最期を見届けた。しかし……。
「カナデ!」
「ねえ、起きてよ! さっきまでぴんぴんしてたでしょ!」
カナデは倒れたまま動かなかった。ただ、口がかすかに震えている。
「皆待って、静かに」
俺の言葉を合図に、静寂が訪れる。カナデはうつろな目でぼそぼそ語り始めた。
「思い……出した……ノドカ、ノドカだ……。私の妹……」
カナデは俺を見上げると、消え入るような声で懇願した。
「ノドカのところへ……連れていってくれ……」
「ああ、必ず」
俺の返事を聞くと、カナデは目を閉じた。そして、最後の一言が耳に残る。
「頼んだぞ……親友……」
こうして俺の親友は、深く永い眠りについた。
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