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7章 さびしんボーイ再び
7 それでも俺は、君と戦うことを選ぶ
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7 それでも俺は、君と戦うことを選ぶ
黒城の中は気味が悪いほどに静まり返っていた。見張りや巡回兵もおらず、人感のアラート音も鳴らない。まるで、招き入れられているかのようであった。俺たち三人は、城の中をカナデを探してぐるぐるとうろつく。もしかしたら、もう既に別の地方に侵略に行っていてここにはいないのかもしれない。トニファの話によると、俺を血まみれの死にかけにした挙句に防衛軍へ差し出したサイラスとかいう奴が、カナデにもう一度生体強化を施し記憶も消してしまうと言っていたらしい。流石は俺を防衛軍に突き出した上に強化人間に勧誘しようとした奴らだ、考えることがえぐい。
「ねえ、もしさ……」
アマテリが不安そうに口を開く。
「もしカナデが、あたしたちのことを覚えていなかったらどうする?」
その問いに、俺もトニファも黙ってしまった。俺たちが出会ったのも、バラバラになってなおもう一度集ったのも、全てはカナデという存在があったからだ。カナデが俺たちなんの関係も所縁もない三人を結びつけた。その中心たるカナデが戻らなかったら? ……考えられない。
「僕は戦うよ。カルロスとね」
トニファがポツリと言う。
「だって、既に僕らの顔はわれているんだ。ここでやめたところで、僕らが狙われるのは変わりはないからね」
「あたしだって、アムニスの仇を討つの! 絶対に許さないんだから!」
息まいて言うアマテリを見て、少し嫉妬心が湧き上がってくる。この嬢ちゃんは親と仲直りができた。俺は……考えるのはよそう。嬢ちゃんが道を踏み外さずに済んだんだ、それでいいじゃねーの。
「俺も戦うさ。今更スキトーリ湖に戻ってもやることねーし」
冷めた口調で言う俺を、心配そうに二人が見る。まあ、お前らは気が楽だよな。帰る場所があるんだからさ。だけど俺は違う。そもそもこの旅だってここまで来れるとは思わなかったし、今生きていることも奇跡のようなものだ。……まあでも、ここまで来たんだから、最後までやってやろうか。
しばらくぐるぐる彷徨っていると、廊下の向こう側から誰かがやってきた。俺たちは息をのんで立ち止まる。間違いようがない、カナデであった。しかし様子がおかしい。刀をこちらへと向け、ピクリとも表情を変えない。まるで、俺たちがただの駆除すべき害獣であるかのような目を向けている。
「ウソでしょ!」
アマテリの悲痛な叫びを知ってか知らずか、カナデは俺たちに襲い掛かってきた。
ラビスが前に出て相手を翻弄し、アマテリが魔法で仕留める。僕は全体の援護と傷の手当。いつもと同じだ。ただ一つ違うのは、いつもは攻撃手として切り込んでいく存在が、今回は敵であること。いつも通り、着実に敵を削っていく。しかし、着実に僕たちの心も削れていく。
「ねえトニファ、学者先生なんでしょ? カナデの記憶を戻す方法とかないの?」
「知らないよ。僕は学者先生でもなけりゃ医学生でもない、ただの機械工学の徒だよ!」
「はぁ? 頭良いんだから何とかしろよ!」
「そんな無茶な……記憶喪失の人には名前を呼んだり、逆に名乗ったりするのが良いって聞いたことがあるよ。それで駄目なら頭でも殴ってみたら? 脳の問題なんだしさ!」
僕のめちゃくちゃな提案にいち早く反応したのはアマテリだった。突然叫びながら自己紹介を始める。
「カナデー! あたしだよ! アマテリ・マテリアよ! 家出したあたしを、あなたが救ってくれたのよ! 思い出して!」
言い終えると、ラビスに次を促した。ラビスもカナデの刀を防ぎながら叫ぶ。
「カナデ! 俺だ、ラビス・ストールだ! スキトーリ湖の盗賊だったが、お前に脅されて旅に同行した! お前が俺の運命を変えたんだ! 責任を取れ!」
そして、僕の番が回ってくる。僕はポッケからライオンの絵を取り出しながら叫ぶ。
「カナデ! トニファ・テクトロだよ! 画家である僕のライオンの絵を猫とか言ったのは君だったよね! 訂正しなさい!」
口々に叫ぶが、カナデの刀は止まりそうもない。それどころか、段々と切れが良くなってくる。
「こりゃあもう……頭を叩くしかないんじゃねーの?」
ラビスの言葉に、僕たちは頷いた。そして、ラビスがカナデの刀を止め、アマテリが魔法でそれを維持している間に僕はカナデの後ろに回る。ポーチから作業用のトンカチを取り出すと、大きく振りかぶった。
(ゴメン……!)
ガチン!
鈍く大きな音とともに、カナデは目を回して倒れた。
何だかずっと、夢を見ていたような気がする。あの日目を覚ました私は、思い出した。そうだ、カルロス様のために戦わないと。傍にいた親友は言う。この城に、三人の刺客が攻めてくる、相手は君に任せるよ。ああ、任せてくれ、サイラス。そう言って城内を警備していた。サイラスの言う通りであった。本当に可笑しな三人組だ。何故か私の名前を知っていたし、何故か自己紹介まで始めた。そして、彼らの自己紹介には決まって私が登場する。何を言っているんだ? 私はずっと黒城で暮らしてきたんだ。そりゃ、地方侵攻のために離れたこともあったけどさ、私が思い出を語れるほどの相手なんて、サイラスとかカルロス様とか、他の強化人間仲間くらいしか……。そこで、奇妙な記憶がモヤモヤと頭を覆いつくす。黒城の防衛システムと強化人間を生み出す手術室に時限爆弾を設置し、城を飛び出した日。以外にも簡単にバレて、他の強化人間たちから総攻撃を受けていた。それでも何とか逃げ出して、森の傍まで行って……ああ、そういえば、サイラスのぼんぼん坊主が何か言っていたっけ。「止まれカナデ! 止まるんだ!」、そう言って私を引き留めようとしていた。親友の声をも振り払うほどの原動力、それは何だったのだろう? 私はどうして、カルロス様に牙を向いたんだ? どうして……そうだ。妹だ。生き別れの妹に会いたかったんだ。カルロス様が侵攻を繰り返していたら、妹も巻き込まれるかもしれない。それでカルロス様に歯向かったんだった。あれ、あの子の名前はなんて言ったっけ? ……うーん、思い出せないや。……いや、それよりも!
私は目を見開いて、勢いよく体を起こした。傍で見守っていたであろう三人が驚いて飛び上がる。
「か、カナデ! えーと、あたしのことわかる?」
「アマテリだろう? 何言っているんだ?」
アマテリは目をまん丸にして、両隣の背中をバシバシ叩いた。
「え、じゃあ僕は?」
「トニファだろう? ライオンを描いたら猫になるトニファだろう?」
「ぐぅ……」
トニファは苦い顔をして肩を落とした。
「じゃあ俺は?」
「お前はラビス。盗むことしか考えていない奴だな」
「……何も言えねぇ」
ラビスも肩を落とす。ここは黒城の小部屋のようであった。小さなベッドと冷蔵庫が一つあるだけの部屋で、巡回兵が仮眠室として使っている。
「なあカナデ、覚えているか? お前の旅の目的を」
「旅……」
段々と頭がはっきりしてきて、答えが鮮明に浮かんでくる。
「ああ、覚えているさ。カルロス様をぶっ倒す」
「カルロス様、かぁ……」
何か言いたげなアマテリであったが、それを諫めてトニファが言う。
「まあ良いじゃないか。目的がはっきりしているなら呼称はどうだっていい。さて、僕らは準備できてるけど、君はどうだい? もう少し休んでく?」
「いいや、行こう。暴れたい気分なんだ」
私は小部屋の扉を開けると、意気揚々と歩き始めた。
カルロス様がいる部屋は、黒城の最上階にある。そこにたどり着くまで、五十階分の階段を上らなければならない。まったく、カルロス様も強情なお方だ。さっさとエレベーターをつければよいものを。二十階ほど上がったところで、まずはトニファがばてた。
「もう、もう無理だよ……休憩しようよ……」
「あたしもちょっときついかも。休もう?」
私たちは階段の踊り場に座り込み、休憩を取ることにした。その間、私は皆に何があったのかを聞いた。
「防衛軍に捕まってよ、そしたらお前の仲間が勧誘に来たんだ。髪が長い奴」
「ああ、エミリアか。あいつは抜け毛が酷くて、いつも掃除係を困らせるんだ」
「そんなこと言ってやるなよ……でもよ、敵を勧誘するだなんて、カルロスも余裕がなくなってきてるんだな」
「いいや、違うさ。お前はもともと腕が良いし、精神的に参っていて狙いやすかったんだろう。カルロス様は世の中や環境に不満がある者を招き入れているからな。病気で見放された者や孤児、お前みたいに将来性がない奴など。アマテリも危なかったかもな。私たちと出会っていなかったら、お前もいい感じに言いくるめられて強化人間になっていたかもしれない」
「うん、実際にあたしみたいに苦しんでた子は、そうなってしまったしね……」
アマテリは少しうつむいた。
「それに比べ、僕はなんともないよね。一度サイラス君に助けられているわけだし」
「それが意味が分からない。サイラスはカルロス様の右腕だ。反抗する者を生かしておくほど、甘い奴じゃない」
私はお茶をコップに注ぎ、それを飲み干した。そしてアマテリが持っていたサンドイッチに手を付ける。
「お父様が持たせてくれたの。あ、トマト抜きのやつはあたしのだからね!」
皆、それぞれにサンドイッチをかじりながら駄弁る。これが最後の食事になるかもしれない。どこか明るく振る舞うラビス、対照的に押し黙るトニファ、アマテリはサンドイッチに夢中で表情が読み取れない。そして私は……私はどうだろう? 別に怖くはない。ずっと、死と隣り合わせで戦ってきたんだ。恐れることなんてない。けど……。
(サイラスがどう出るか……)
サイラスは必ず、私の前に立ちはだかる。カルロス様の右腕として、親友として、宿敵として。
(私は、あいつを斬れるだろうか)
いや、斬るんだ。何としてでも。ここまで来て戦う勇気がないだなんて、そんな空しい終わり方なんてするもんか。休憩を終えた私たちは、再び階段を上り始めた。
黒城の四十階まで来た時、やはりあいつは待ち構えていた。私たち四人の前に現れたサイラスは、刀を突きつけながら言う。
「本当に、本当にここまで来るとは……呆れてしまうよ。あの時トニファ君を始末していれば良かった」
「その節はどうも」
くぐもった声でそういうトニファに、サイラスは冷たい視線を向けた。
「言ったはずだよ、命を粗末にするなと」
「粗末にしているんじゃないよ。命を懸けても良いと思える人に出会ったのさ」
なんとも学者先生らしくないセリフに、私とラビスは噴き出した。耐えられなくなったのか、アマテリはゲラゲラ笑いながらトニファの背中を叩いた。トニファは不機嫌そうな顔で「何なんだよ」とぼやいた。
「仲が良さそうでなにより。しかしそれもここで終わりだ。残念だけど、俺は君らを殺さなくてはならない」
サイラスはちらりとこちらを見た。一瞬あった目を、気まずく逸らす。
「カナデ、今なら間に合う。目を覚ませ」
「覚ます目なんてない。相手が例えお前であっても、私は……」
私は抜刀し、三人にも促す。ラビスは装飾品の短剣を構え、トニファは一歩下がってポーチを開ける。そういやコイツ、画家とか言っておきながら画家っぽいことしてないな。アマテリは右手に魔法を集中させた。
「ああ、本当に残念だよ。君をこの手で終わらせることになるとは……!」
絶対に、戦いたくはなかったのだが、きっと避けられない運命だったのだろう。否応なしに、私たちとサイラスの戦いが幕を開けた。
正直言って、トニファが邪魔だと思った。否、彼は悪くはない。優れた知性や判断力、戦いの全体を見通すその目は賞賛に値する。ただ、運動神経は良くない。それだけだ。サイラスは、トニファを集中的に狙った。まあ、戦略としてはそれが正しいだろう。倒せる奴から倒していく。特にトニファは妨害や手当ができるので、早いうちに倒すのが戦術として正しい。そしてトニファのカバーに回る私やラビスの余裕もなくなってくる。どうやら私は、甘く見すぎていたらしい。いや、予測はできていたんだ。だが覚悟が足りなかった。
トニファは自分が狙われていることには気づいているみたいだ。突き付けられる刀をギリギリで躱しながら、何とかできないかとポーチを探る。しかし焦っているのか、マトモなものが出てこない。魚の骨やら緑の液体が入った瓶やら謎の怪物が描かれた画用紙やらが出てくる。
「怪物じゃない、トラだよ!」
「どこがだよ! 何でトラに角が生えてるんだよ!」
「かっこいいからに決まっているだろう!」
泣きそうな表情で叫びながらそう言うトニファを、何とかして私とラビスでガードする。そうして足止めをしている合間にアマテリが魔法を放つ。雷が三方向からうねるようにしてサイラスを撃つものの、サイラスは簡単に躱してしまった。
(さすがはサイラス、一筋縄ではいかないか……)
私はトニファがサイラスから十分に距離を取ったのを確認すると、ラビスに合図を送った。ラビスは一瞬困惑した表情でこちらを見返したが、おとなしく従った。そしてアマテリにも送る。ラビスとアマテリは後ずさり、サイラスから大きく離れた。フィールドには、私とサイラスが向かい合うような形で立っている。
「サイラス、一騎討をしよう。私の仲間は、この戦いに手を出さない。私とお前だけの戦いだ」
「はぁ?」
サイラスが何か言うよりも早く、ラビスが叫んだ。
「無茶言うな! まだ本調子じゃねーだろ!」
「構わない」
サイラスは疑り深そうな目でこちらを見ている。
「そう言って、本当は盗賊君に後ろを取らせる作戦か?」
「まさか。私がそんなズルをするように見えるか」
「もちろん」
サイラスの冷たい視線が降り注ぐ。ああ、何でこんなに信用がないんだ? 私が何をしたっていうんだ? ……そっか、裏切ったからだ。
「私は被害を最小限にとどめたいだけだ。私とお前だけの戦いなら、あの三人は傷つかない」
「何を今更! 傷つく覚悟くらい、できてるってば!」
アマテリの声を無視し、さらにサイラスに畳みかける。
「もし私が負けたら、そこの三人は好きにしていい。煮るなり焼くなり、強化人間にするなり、自由に扱え。もし私が勝ったら……」
「俺が君に従うってかい? そりゃ面白いね」
サイラスは私の言葉を遮って続けた。私が頷くと、サイラスは満足そうに笑って言う。
「ああ、いいさ。君の提案に乗ろう。こちらとしても、彼らを無傷で捕らえられるのは大きいからね。全員まとめて最新型のプログラムを埋め込んでやろう」
私は三人を振り返り、片手を挙げてゴメンのポーズをとった。
「ゴメンじゃねーよ! 何勝手なこと言ってんだ!」
「そうよ! それで負けたらどうするのよ! あたしもアムニスみたいになっちゃうじゃん!」
「君ってば本当に見境ないよね! ちゃんと後先考えなよ!」
私はゴメンのポーズのまま明るく言い張った。
「大丈夫、何とかなるさ!」
カナデという人物は、本当に掴みどころがない。いや、言っちゃうよ。本音を言っちゃうよ。カナデは変人だ! 僕は憤りながら、ラビス、アマテリとともに戦いの行方を見守る。流石は強化人間同士というかなんというか、さっきまでのグダグダが嘘だったかのようにことが進んでいく。攻撃へ転じ、守りへ転ずる。それを幾度となく繰り返してもう何分経つのだろう。
「暇だね」
「うん……」
アマテリの不安そうなぼやきが聞こえる。ラビスは苛立って舌打ちした。
「何でトニファはそう冷静でいられるんだ? カナデが負けたら、俺たち酷い目にあわされるんだぞ?」
「だって、怖がったところでどうにもならないし……」
「お前ってそういうところが学者先生だよなー。なんか冷めてるっていうか……」
「わかるわかる! どこかドライなんだよねー」
二人が大きく頷きながら僕をつつく。だから学者先生じゃないんだけどなぁ……。どちらかというと、ドロップアウトした不良学生のが近いのに。
カナデとサイラス君は相変わらず攻防を繰り返している。決着がつくのはまだまだ先の様だ。
「まあよ、お前らに一応言っとく」
ラビスが突然、真剣な表情で切り出した。
「カナデが負けたら、俺が時間を稼ぐ。その間に逃げろよ」
「……!」
アマテリが目を丸くしてラビスを見上げる。その発想は僕にも無かったなぁ。でもさ……。
「多分彼、どこに逃げても追ってくるんじゃないの? それに僕、足はそんなに速くないしなぁ……」
「じゃあ嬢ちゃんだけは逃げろよ。お前は多分、一族が守ってくれるだろ」
「絶対にヤダ! アムニスの仇を討つの!」
アマテリはムスッとしてそっぽを向いた。でも、その目は不安そうに揺れている。ラビスは幼い少女への説得を続けるようだ。
「でもよ嬢ちゃん、嬢ちゃんもアムニスと同じになっちまうかもしれねーぞ? それは嫌だろ」
「嬢ちゃん嬢ちゃんってうるさい。あたしそんなに子供じゃない」
「十五の嬢ちゃんが良く言うわ。お前には待っている家族がいるだろ。せっかく仲直りできたんだ。それを無駄にするな」
「でも……」
そんな論争を遮るように、嫌な金属音が耳にこびりついた。ハッとして音の方を振り返ると、刀を折られ膝をつくカナデと、彼女の首に刀を突きつけるサイラス君が目に映った。
「俺の勝ち……」
サイラス君はそう呟くと、視線をこちらに向けた。ラビスが一歩前に出て、僕らを庇うように立つ。僕はアマテリに耳打ちした。
「さあ、行きなさい、お嬢さん」
「子ども扱いしないでってば……」
アマテリはそう言うが、声が震えていた。おそらく、迷っているのだろう。ここから去ってアルマテリア領へ逃げ込むか、ここでおとなしく捕まるか。僕は前者をお勧めするけどなぁ……。アマテリは首を横に振ると、逃げないよ、と囁いた。
「さあ、約束だったよね。おとなしく投降してくれるかな」
「嫌だね!」
ラビスは短剣を構えなおすが、勝ち目がないことには薄々気づいているのだろう、覇気がまったくない。まあそれもそうか。一度負けている相手で、しかも頼みの綱であるカナデは負けた。どうしようもない。
「ちなみに聞いておきたいんだけどさ、サイラス君」
僕は諦めた口調でサイラス君に尋ねた。
「僕たちをどうするつもり? やっぱり殺したりするのかい? できれば痛くない方法が良いのだけれど」
「さあどうだろうね。普通なら俺に決定権があるのだが、君たちは違う。カルロス様が決めるんだ。まぁ多分、盗賊君と魔法娘は記憶をいじって戦士に改良、トニファ君は……トニファ君……想像がつかないな」
「何で僕だけ……」
「だって戦士にできるほど運動神経がないもん」
「…………」
僕はなるべく情報を聞き出そうと粘った。こうすることで、時間が生まれる。この時間を他のみんなが生かしてくれるはず。そう信じて会話を続ける。
「カナデから聞いたよ。カルロスは病弱な子も引き入れるんだろ? だったら運動神経は関係なくないかい?」
「いいや、そういう子は子供の頃から強化するんだ。君みたいに大人になってから強化しても、あまり意味はなさそうだよ」
「…………」
サイラス君はカナデに勝って、少し油断しているのだろう。刀は相変わらずカナデに向けられているが、目線は僕に注がれている。それを逃さずに、カナデは指で合図を送ってきた。ラビスがそれを読み取り、アマテリと目を合わせる。
「じゃあ、やっぱり僕は殺される感じ? ……ここには死にに来たようなものだから、別にいいんだけどさ」
「まさか、殺すなんてもったいない。君は頭脳だけは良さそうだし、記憶をいじって研究室に放り込むんじゃないか? 強化プログラムの作成とか、君得意そうだし」
「ええ……僕は機械工学の徒であって、生体も強化も魔法もわからないんだよ? どうせだったら画家として活躍したいんだけどなぁ」
「画家? 君が? 嘘だろ!」
「そこまで言う?」
アマテリが、僕の陰に隠れて指先を動かす。サイラス君は油断しきっていて気づいていないようだ。ああ、彼が肝心なところでポンコツを発揮してくれて良かった! アマテリは舌なめずりをしてニヤリと笑うと、呪文をぶつぶつと唱えた。ようやくそれに気づいたサイラス君は、刀をアマテリに向けて投げようと構えた。
「ひゃー!」
アマテリは驚いて悲鳴を上げ、ラビスがアマテリの前に立ってそれを受けようとした。僕は動けなかった。というか、動く前にすべてが終わっていた。結果的に、刀は飛んでこなかった。なぜなら、サイラス君が刀を投げる前に、カナデが短剣でサイラス君の耳を強打していたからだ。サイラス君は一瞬目を見開き、崩れるように倒れた。
「えっへん! どうよ、あたしたちのチームワークは!」
さっきの悲鳴とは裏腹に、アマテリが自慢げに言う。実は、カナデが今握っているのはラビスの短剣なのだ。僕が会話でサイラス君の気を逸らしている間にアマテリがラビスの短剣を魔法でカナデに届け、カナデが油断しているサイラス君を倒す。これぞ本当のチームワーク。サイラス君はうめきながら僕を睨むと、苦しそうな声で言う。
「やはり……君を殺しておくべきだった……。相手が君じゃなければ……」
そこまで言うと、サイラス君はぱたりと動かなくなった。倒れたサイラス君に駆け寄ると、カナデは静かに言った。
「サイラス、お前は都合のいい操り人形に過ぎないんだよ。早く気づけ、ぼんぼん坊主」
そしてサイラス君の刀を強奪して振り返る。
「行こう、カルロス様のところへ」
「おう。あと短剣返せ」
サイラス君を壁の方へ寄りかからせて寝かせると、僕らは階段の最後の十段を登って行った。
黒城の中は気味が悪いほどに静まり返っていた。見張りや巡回兵もおらず、人感のアラート音も鳴らない。まるで、招き入れられているかのようであった。俺たち三人は、城の中をカナデを探してぐるぐるとうろつく。もしかしたら、もう既に別の地方に侵略に行っていてここにはいないのかもしれない。トニファの話によると、俺を血まみれの死にかけにした挙句に防衛軍へ差し出したサイラスとかいう奴が、カナデにもう一度生体強化を施し記憶も消してしまうと言っていたらしい。流石は俺を防衛軍に突き出した上に強化人間に勧誘しようとした奴らだ、考えることがえぐい。
「ねえ、もしさ……」
アマテリが不安そうに口を開く。
「もしカナデが、あたしたちのことを覚えていなかったらどうする?」
その問いに、俺もトニファも黙ってしまった。俺たちが出会ったのも、バラバラになってなおもう一度集ったのも、全てはカナデという存在があったからだ。カナデが俺たちなんの関係も所縁もない三人を結びつけた。その中心たるカナデが戻らなかったら? ……考えられない。
「僕は戦うよ。カルロスとね」
トニファがポツリと言う。
「だって、既に僕らの顔はわれているんだ。ここでやめたところで、僕らが狙われるのは変わりはないからね」
「あたしだって、アムニスの仇を討つの! 絶対に許さないんだから!」
息まいて言うアマテリを見て、少し嫉妬心が湧き上がってくる。この嬢ちゃんは親と仲直りができた。俺は……考えるのはよそう。嬢ちゃんが道を踏み外さずに済んだんだ、それでいいじゃねーの。
「俺も戦うさ。今更スキトーリ湖に戻ってもやることねーし」
冷めた口調で言う俺を、心配そうに二人が見る。まあ、お前らは気が楽だよな。帰る場所があるんだからさ。だけど俺は違う。そもそもこの旅だってここまで来れるとは思わなかったし、今生きていることも奇跡のようなものだ。……まあでも、ここまで来たんだから、最後までやってやろうか。
しばらくぐるぐる彷徨っていると、廊下の向こう側から誰かがやってきた。俺たちは息をのんで立ち止まる。間違いようがない、カナデであった。しかし様子がおかしい。刀をこちらへと向け、ピクリとも表情を変えない。まるで、俺たちがただの駆除すべき害獣であるかのような目を向けている。
「ウソでしょ!」
アマテリの悲痛な叫びを知ってか知らずか、カナデは俺たちに襲い掛かってきた。
ラビスが前に出て相手を翻弄し、アマテリが魔法で仕留める。僕は全体の援護と傷の手当。いつもと同じだ。ただ一つ違うのは、いつもは攻撃手として切り込んでいく存在が、今回は敵であること。いつも通り、着実に敵を削っていく。しかし、着実に僕たちの心も削れていく。
「ねえトニファ、学者先生なんでしょ? カナデの記憶を戻す方法とかないの?」
「知らないよ。僕は学者先生でもなけりゃ医学生でもない、ただの機械工学の徒だよ!」
「はぁ? 頭良いんだから何とかしろよ!」
「そんな無茶な……記憶喪失の人には名前を呼んだり、逆に名乗ったりするのが良いって聞いたことがあるよ。それで駄目なら頭でも殴ってみたら? 脳の問題なんだしさ!」
僕のめちゃくちゃな提案にいち早く反応したのはアマテリだった。突然叫びながら自己紹介を始める。
「カナデー! あたしだよ! アマテリ・マテリアよ! 家出したあたしを、あなたが救ってくれたのよ! 思い出して!」
言い終えると、ラビスに次を促した。ラビスもカナデの刀を防ぎながら叫ぶ。
「カナデ! 俺だ、ラビス・ストールだ! スキトーリ湖の盗賊だったが、お前に脅されて旅に同行した! お前が俺の運命を変えたんだ! 責任を取れ!」
そして、僕の番が回ってくる。僕はポッケからライオンの絵を取り出しながら叫ぶ。
「カナデ! トニファ・テクトロだよ! 画家である僕のライオンの絵を猫とか言ったのは君だったよね! 訂正しなさい!」
口々に叫ぶが、カナデの刀は止まりそうもない。それどころか、段々と切れが良くなってくる。
「こりゃあもう……頭を叩くしかないんじゃねーの?」
ラビスの言葉に、僕たちは頷いた。そして、ラビスがカナデの刀を止め、アマテリが魔法でそれを維持している間に僕はカナデの後ろに回る。ポーチから作業用のトンカチを取り出すと、大きく振りかぶった。
(ゴメン……!)
ガチン!
鈍く大きな音とともに、カナデは目を回して倒れた。
何だかずっと、夢を見ていたような気がする。あの日目を覚ました私は、思い出した。そうだ、カルロス様のために戦わないと。傍にいた親友は言う。この城に、三人の刺客が攻めてくる、相手は君に任せるよ。ああ、任せてくれ、サイラス。そう言って城内を警備していた。サイラスの言う通りであった。本当に可笑しな三人組だ。何故か私の名前を知っていたし、何故か自己紹介まで始めた。そして、彼らの自己紹介には決まって私が登場する。何を言っているんだ? 私はずっと黒城で暮らしてきたんだ。そりゃ、地方侵攻のために離れたこともあったけどさ、私が思い出を語れるほどの相手なんて、サイラスとかカルロス様とか、他の強化人間仲間くらいしか……。そこで、奇妙な記憶がモヤモヤと頭を覆いつくす。黒城の防衛システムと強化人間を生み出す手術室に時限爆弾を設置し、城を飛び出した日。以外にも簡単にバレて、他の強化人間たちから総攻撃を受けていた。それでも何とか逃げ出して、森の傍まで行って……ああ、そういえば、サイラスのぼんぼん坊主が何か言っていたっけ。「止まれカナデ! 止まるんだ!」、そう言って私を引き留めようとしていた。親友の声をも振り払うほどの原動力、それは何だったのだろう? 私はどうして、カルロス様に牙を向いたんだ? どうして……そうだ。妹だ。生き別れの妹に会いたかったんだ。カルロス様が侵攻を繰り返していたら、妹も巻き込まれるかもしれない。それでカルロス様に歯向かったんだった。あれ、あの子の名前はなんて言ったっけ? ……うーん、思い出せないや。……いや、それよりも!
私は目を見開いて、勢いよく体を起こした。傍で見守っていたであろう三人が驚いて飛び上がる。
「か、カナデ! えーと、あたしのことわかる?」
「アマテリだろう? 何言っているんだ?」
アマテリは目をまん丸にして、両隣の背中をバシバシ叩いた。
「え、じゃあ僕は?」
「トニファだろう? ライオンを描いたら猫になるトニファだろう?」
「ぐぅ……」
トニファは苦い顔をして肩を落とした。
「じゃあ俺は?」
「お前はラビス。盗むことしか考えていない奴だな」
「……何も言えねぇ」
ラビスも肩を落とす。ここは黒城の小部屋のようであった。小さなベッドと冷蔵庫が一つあるだけの部屋で、巡回兵が仮眠室として使っている。
「なあカナデ、覚えているか? お前の旅の目的を」
「旅……」
段々と頭がはっきりしてきて、答えが鮮明に浮かんでくる。
「ああ、覚えているさ。カルロス様をぶっ倒す」
「カルロス様、かぁ……」
何か言いたげなアマテリであったが、それを諫めてトニファが言う。
「まあ良いじゃないか。目的がはっきりしているなら呼称はどうだっていい。さて、僕らは準備できてるけど、君はどうだい? もう少し休んでく?」
「いいや、行こう。暴れたい気分なんだ」
私は小部屋の扉を開けると、意気揚々と歩き始めた。
カルロス様がいる部屋は、黒城の最上階にある。そこにたどり着くまで、五十階分の階段を上らなければならない。まったく、カルロス様も強情なお方だ。さっさとエレベーターをつければよいものを。二十階ほど上がったところで、まずはトニファがばてた。
「もう、もう無理だよ……休憩しようよ……」
「あたしもちょっときついかも。休もう?」
私たちは階段の踊り場に座り込み、休憩を取ることにした。その間、私は皆に何があったのかを聞いた。
「防衛軍に捕まってよ、そしたらお前の仲間が勧誘に来たんだ。髪が長い奴」
「ああ、エミリアか。あいつは抜け毛が酷くて、いつも掃除係を困らせるんだ」
「そんなこと言ってやるなよ……でもよ、敵を勧誘するだなんて、カルロスも余裕がなくなってきてるんだな」
「いいや、違うさ。お前はもともと腕が良いし、精神的に参っていて狙いやすかったんだろう。カルロス様は世の中や環境に不満がある者を招き入れているからな。病気で見放された者や孤児、お前みたいに将来性がない奴など。アマテリも危なかったかもな。私たちと出会っていなかったら、お前もいい感じに言いくるめられて強化人間になっていたかもしれない」
「うん、実際にあたしみたいに苦しんでた子は、そうなってしまったしね……」
アマテリは少しうつむいた。
「それに比べ、僕はなんともないよね。一度サイラス君に助けられているわけだし」
「それが意味が分からない。サイラスはカルロス様の右腕だ。反抗する者を生かしておくほど、甘い奴じゃない」
私はお茶をコップに注ぎ、それを飲み干した。そしてアマテリが持っていたサンドイッチに手を付ける。
「お父様が持たせてくれたの。あ、トマト抜きのやつはあたしのだからね!」
皆、それぞれにサンドイッチをかじりながら駄弁る。これが最後の食事になるかもしれない。どこか明るく振る舞うラビス、対照的に押し黙るトニファ、アマテリはサンドイッチに夢中で表情が読み取れない。そして私は……私はどうだろう? 別に怖くはない。ずっと、死と隣り合わせで戦ってきたんだ。恐れることなんてない。けど……。
(サイラスがどう出るか……)
サイラスは必ず、私の前に立ちはだかる。カルロス様の右腕として、親友として、宿敵として。
(私は、あいつを斬れるだろうか)
いや、斬るんだ。何としてでも。ここまで来て戦う勇気がないだなんて、そんな空しい終わり方なんてするもんか。休憩を終えた私たちは、再び階段を上り始めた。
黒城の四十階まで来た時、やはりあいつは待ち構えていた。私たち四人の前に現れたサイラスは、刀を突きつけながら言う。
「本当に、本当にここまで来るとは……呆れてしまうよ。あの時トニファ君を始末していれば良かった」
「その節はどうも」
くぐもった声でそういうトニファに、サイラスは冷たい視線を向けた。
「言ったはずだよ、命を粗末にするなと」
「粗末にしているんじゃないよ。命を懸けても良いと思える人に出会ったのさ」
なんとも学者先生らしくないセリフに、私とラビスは噴き出した。耐えられなくなったのか、アマテリはゲラゲラ笑いながらトニファの背中を叩いた。トニファは不機嫌そうな顔で「何なんだよ」とぼやいた。
「仲が良さそうでなにより。しかしそれもここで終わりだ。残念だけど、俺は君らを殺さなくてはならない」
サイラスはちらりとこちらを見た。一瞬あった目を、気まずく逸らす。
「カナデ、今なら間に合う。目を覚ませ」
「覚ます目なんてない。相手が例えお前であっても、私は……」
私は抜刀し、三人にも促す。ラビスは装飾品の短剣を構え、トニファは一歩下がってポーチを開ける。そういやコイツ、画家とか言っておきながら画家っぽいことしてないな。アマテリは右手に魔法を集中させた。
「ああ、本当に残念だよ。君をこの手で終わらせることになるとは……!」
絶対に、戦いたくはなかったのだが、きっと避けられない運命だったのだろう。否応なしに、私たちとサイラスの戦いが幕を開けた。
正直言って、トニファが邪魔だと思った。否、彼は悪くはない。優れた知性や判断力、戦いの全体を見通すその目は賞賛に値する。ただ、運動神経は良くない。それだけだ。サイラスは、トニファを集中的に狙った。まあ、戦略としてはそれが正しいだろう。倒せる奴から倒していく。特にトニファは妨害や手当ができるので、早いうちに倒すのが戦術として正しい。そしてトニファのカバーに回る私やラビスの余裕もなくなってくる。どうやら私は、甘く見すぎていたらしい。いや、予測はできていたんだ。だが覚悟が足りなかった。
トニファは自分が狙われていることには気づいているみたいだ。突き付けられる刀をギリギリで躱しながら、何とかできないかとポーチを探る。しかし焦っているのか、マトモなものが出てこない。魚の骨やら緑の液体が入った瓶やら謎の怪物が描かれた画用紙やらが出てくる。
「怪物じゃない、トラだよ!」
「どこがだよ! 何でトラに角が生えてるんだよ!」
「かっこいいからに決まっているだろう!」
泣きそうな表情で叫びながらそう言うトニファを、何とかして私とラビスでガードする。そうして足止めをしている合間にアマテリが魔法を放つ。雷が三方向からうねるようにしてサイラスを撃つものの、サイラスは簡単に躱してしまった。
(さすがはサイラス、一筋縄ではいかないか……)
私はトニファがサイラスから十分に距離を取ったのを確認すると、ラビスに合図を送った。ラビスは一瞬困惑した表情でこちらを見返したが、おとなしく従った。そしてアマテリにも送る。ラビスとアマテリは後ずさり、サイラスから大きく離れた。フィールドには、私とサイラスが向かい合うような形で立っている。
「サイラス、一騎討をしよう。私の仲間は、この戦いに手を出さない。私とお前だけの戦いだ」
「はぁ?」
サイラスが何か言うよりも早く、ラビスが叫んだ。
「無茶言うな! まだ本調子じゃねーだろ!」
「構わない」
サイラスは疑り深そうな目でこちらを見ている。
「そう言って、本当は盗賊君に後ろを取らせる作戦か?」
「まさか。私がそんなズルをするように見えるか」
「もちろん」
サイラスの冷たい視線が降り注ぐ。ああ、何でこんなに信用がないんだ? 私が何をしたっていうんだ? ……そっか、裏切ったからだ。
「私は被害を最小限にとどめたいだけだ。私とお前だけの戦いなら、あの三人は傷つかない」
「何を今更! 傷つく覚悟くらい、できてるってば!」
アマテリの声を無視し、さらにサイラスに畳みかける。
「もし私が負けたら、そこの三人は好きにしていい。煮るなり焼くなり、強化人間にするなり、自由に扱え。もし私が勝ったら……」
「俺が君に従うってかい? そりゃ面白いね」
サイラスは私の言葉を遮って続けた。私が頷くと、サイラスは満足そうに笑って言う。
「ああ、いいさ。君の提案に乗ろう。こちらとしても、彼らを無傷で捕らえられるのは大きいからね。全員まとめて最新型のプログラムを埋め込んでやろう」
私は三人を振り返り、片手を挙げてゴメンのポーズをとった。
「ゴメンじゃねーよ! 何勝手なこと言ってんだ!」
「そうよ! それで負けたらどうするのよ! あたしもアムニスみたいになっちゃうじゃん!」
「君ってば本当に見境ないよね! ちゃんと後先考えなよ!」
私はゴメンのポーズのまま明るく言い張った。
「大丈夫、何とかなるさ!」
カナデという人物は、本当に掴みどころがない。いや、言っちゃうよ。本音を言っちゃうよ。カナデは変人だ! 僕は憤りながら、ラビス、アマテリとともに戦いの行方を見守る。流石は強化人間同士というかなんというか、さっきまでのグダグダが嘘だったかのようにことが進んでいく。攻撃へ転じ、守りへ転ずる。それを幾度となく繰り返してもう何分経つのだろう。
「暇だね」
「うん……」
アマテリの不安そうなぼやきが聞こえる。ラビスは苛立って舌打ちした。
「何でトニファはそう冷静でいられるんだ? カナデが負けたら、俺たち酷い目にあわされるんだぞ?」
「だって、怖がったところでどうにもならないし……」
「お前ってそういうところが学者先生だよなー。なんか冷めてるっていうか……」
「わかるわかる! どこかドライなんだよねー」
二人が大きく頷きながら僕をつつく。だから学者先生じゃないんだけどなぁ……。どちらかというと、ドロップアウトした不良学生のが近いのに。
カナデとサイラス君は相変わらず攻防を繰り返している。決着がつくのはまだまだ先の様だ。
「まあよ、お前らに一応言っとく」
ラビスが突然、真剣な表情で切り出した。
「カナデが負けたら、俺が時間を稼ぐ。その間に逃げろよ」
「……!」
アマテリが目を丸くしてラビスを見上げる。その発想は僕にも無かったなぁ。でもさ……。
「多分彼、どこに逃げても追ってくるんじゃないの? それに僕、足はそんなに速くないしなぁ……」
「じゃあ嬢ちゃんだけは逃げろよ。お前は多分、一族が守ってくれるだろ」
「絶対にヤダ! アムニスの仇を討つの!」
アマテリはムスッとしてそっぽを向いた。でも、その目は不安そうに揺れている。ラビスは幼い少女への説得を続けるようだ。
「でもよ嬢ちゃん、嬢ちゃんもアムニスと同じになっちまうかもしれねーぞ? それは嫌だろ」
「嬢ちゃん嬢ちゃんってうるさい。あたしそんなに子供じゃない」
「十五の嬢ちゃんが良く言うわ。お前には待っている家族がいるだろ。せっかく仲直りできたんだ。それを無駄にするな」
「でも……」
そんな論争を遮るように、嫌な金属音が耳にこびりついた。ハッとして音の方を振り返ると、刀を折られ膝をつくカナデと、彼女の首に刀を突きつけるサイラス君が目に映った。
「俺の勝ち……」
サイラス君はそう呟くと、視線をこちらに向けた。ラビスが一歩前に出て、僕らを庇うように立つ。僕はアマテリに耳打ちした。
「さあ、行きなさい、お嬢さん」
「子ども扱いしないでってば……」
アマテリはそう言うが、声が震えていた。おそらく、迷っているのだろう。ここから去ってアルマテリア領へ逃げ込むか、ここでおとなしく捕まるか。僕は前者をお勧めするけどなぁ……。アマテリは首を横に振ると、逃げないよ、と囁いた。
「さあ、約束だったよね。おとなしく投降してくれるかな」
「嫌だね!」
ラビスは短剣を構えなおすが、勝ち目がないことには薄々気づいているのだろう、覇気がまったくない。まあそれもそうか。一度負けている相手で、しかも頼みの綱であるカナデは負けた。どうしようもない。
「ちなみに聞いておきたいんだけどさ、サイラス君」
僕は諦めた口調でサイラス君に尋ねた。
「僕たちをどうするつもり? やっぱり殺したりするのかい? できれば痛くない方法が良いのだけれど」
「さあどうだろうね。普通なら俺に決定権があるのだが、君たちは違う。カルロス様が決めるんだ。まぁ多分、盗賊君と魔法娘は記憶をいじって戦士に改良、トニファ君は……トニファ君……想像がつかないな」
「何で僕だけ……」
「だって戦士にできるほど運動神経がないもん」
「…………」
僕はなるべく情報を聞き出そうと粘った。こうすることで、時間が生まれる。この時間を他のみんなが生かしてくれるはず。そう信じて会話を続ける。
「カナデから聞いたよ。カルロスは病弱な子も引き入れるんだろ? だったら運動神経は関係なくないかい?」
「いいや、そういう子は子供の頃から強化するんだ。君みたいに大人になってから強化しても、あまり意味はなさそうだよ」
「…………」
サイラス君はカナデに勝って、少し油断しているのだろう。刀は相変わらずカナデに向けられているが、目線は僕に注がれている。それを逃さずに、カナデは指で合図を送ってきた。ラビスがそれを読み取り、アマテリと目を合わせる。
「じゃあ、やっぱり僕は殺される感じ? ……ここには死にに来たようなものだから、別にいいんだけどさ」
「まさか、殺すなんてもったいない。君は頭脳だけは良さそうだし、記憶をいじって研究室に放り込むんじゃないか? 強化プログラムの作成とか、君得意そうだし」
「ええ……僕は機械工学の徒であって、生体も強化も魔法もわからないんだよ? どうせだったら画家として活躍したいんだけどなぁ」
「画家? 君が? 嘘だろ!」
「そこまで言う?」
アマテリが、僕の陰に隠れて指先を動かす。サイラス君は油断しきっていて気づいていないようだ。ああ、彼が肝心なところでポンコツを発揮してくれて良かった! アマテリは舌なめずりをしてニヤリと笑うと、呪文をぶつぶつと唱えた。ようやくそれに気づいたサイラス君は、刀をアマテリに向けて投げようと構えた。
「ひゃー!」
アマテリは驚いて悲鳴を上げ、ラビスがアマテリの前に立ってそれを受けようとした。僕は動けなかった。というか、動く前にすべてが終わっていた。結果的に、刀は飛んでこなかった。なぜなら、サイラス君が刀を投げる前に、カナデが短剣でサイラス君の耳を強打していたからだ。サイラス君は一瞬目を見開き、崩れるように倒れた。
「えっへん! どうよ、あたしたちのチームワークは!」
さっきの悲鳴とは裏腹に、アマテリが自慢げに言う。実は、カナデが今握っているのはラビスの短剣なのだ。僕が会話でサイラス君の気を逸らしている間にアマテリがラビスの短剣を魔法でカナデに届け、カナデが油断しているサイラス君を倒す。これぞ本当のチームワーク。サイラス君はうめきながら僕を睨むと、苦しそうな声で言う。
「やはり……君を殺しておくべきだった……。相手が君じゃなければ……」
そこまで言うと、サイラス君はぱたりと動かなくなった。倒れたサイラス君に駆け寄ると、カナデは静かに言った。
「サイラス、お前は都合のいい操り人形に過ぎないんだよ。早く気づけ、ぼんぼん坊主」
そしてサイラス君の刀を強奪して振り返る。
「行こう、カルロス様のところへ」
「おう。あと短剣返せ」
サイラス君を壁の方へ寄りかからせて寝かせると、僕らは階段の最後の十段を登って行った。
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