友達の肩書き

菅井群青

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友達だって言ったのに 琢磨side

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 風呂上がりにストレッチをしていると千紘からメールが来た。

 ちょっとそこの公園に出てきてくれない?

 こんな時間に珍しい。
 何か面白いゲームを貸してくれるのか? いや、もしかすると何か美味いものでも土産にくれるのかもしれない。ついでにゲームでもして帰るか聞いてみよう。

 スニーカーを履くと公園に向かう。
 国道に近い公園までは街灯が割とあるので治安は良い方だ。ただ、時間が遅いので千紘の元へと急ぐ。公園の街灯の下に千紘の姿が見えた。俺は手を振り千紘の元へと駆け寄る。千紘は会社帰りのようだ。


「どうした? こんな時間に……もしかしてゲームの新作か?」

「……違う。琢磨──琢磨あのね、私──」

 千紘の様子がいつもと違う。よく見ると頰も赤い。ふわっと酒とタバコのような匂いがする。珍しく悪酔いしたのかもしれない。

「どうした? 飲みすぎたか?」

 琢磨が心配そうに千紘の背中に触れようとする。

 パンッ

 琢磨は弾かれた自分の手を見る。

 え……?

 一瞬何が起こったか分からなかった。背中を撫でようと伸ばしたはずの手がじんじん熱くなる。信じられなくて千紘を見ると辛そうに俺を見つめていた。申し訳なさそうに一度両目をギュッと瞑ったのが見えた。

「ごめん、琢磨──私ね、琢磨が好きなの……友達としてじゃなくって、男として」


 好き

 男として

 突然の千紘の言葉に俺の思考は一瞬止まった。
 千紘から聞くはずのないその言葉に反応できない。
 
 千紘は友達だ──浩介の元彼女であり、今は大事な友達だ。俺は、千紘をそんな風に思って見たことはない。性別を超えた存在……最高の友達だ。


「分かってる……琢磨が友達の元カノとは付き合わないって事も知ってるし、告白して来た場合は距離をとるって事ももちろん、知ってる」

「ち、ひろ……お前、俺──」

 千紘の気持ちを知り、琢磨は動揺する。

「琢磨は……私の事どう思ってた? 少しは好きだった?」

「好き、だよ──お前といると楽しくて、最高だよ!……俺といるの、辛かった、のか?」

 当たり前だ。千紘と勝負するのは楽しい。一緒にいると楽しくて時間があっという間に過ぎていく。その気持ちを表現するにはこの言葉しかなかった……。

──好き

 その言葉を使った後に後悔した。俺が言う好きと千紘が言う好きは違う。

 千紘はいつから想ってくれていたんだろうか、俺が彼女が出来た時どんな気持ちで笑っていたんだろう。


「ありがとう、私、幸せだったよ。琢磨とゲームして、酒飲んで──琢磨がいたから今の自分があるんだと思う、今までありがとう」

「……千紘、いや、なんでそんな──」

 千紘の瞳からポロポロと溢れるように涙が落ちた。まるで今生の別れのような言い方に琢磨は胸が痛くなる。

「もう、琢磨と会わない」

 千紘の声が琢磨の心に刺さる。

なんだって? 嘘だろ……? 千紘が、いなくなる? 千紘に会えない──?

「ちょっと待って、千紘、そんなの──」

「ごめん、今まで何度も琢磨を諦めたかったけど無理だった……友達でもそばにいたかったけど──ダメなの、琢磨のそばにいれば私は誰かと幸せにはなれないの」
 
 千紘の言葉に琢磨はなんて言えばいいか分からない。 

 確かに友達の元カノとは絶対に付き合わない。でも、千紘は大事な友達だ。もう会えないなんて、嫌だ。
 俺のそばにいれば千紘は幸せになれない?  
千紘のことを思えば、そうか、分かったって言うしかないのか?──嘘だろ、千紘がいなくなるなんて、悪い冗談だろ……。

「わがままでごめんね。琢磨、桃香ちゃんと幸せにね、じゃ」

 千紘がそのまま公園の中を歩き出す。千紘が街灯の光が届かない暗闇に消えていく……その背中を見て琢磨はたまらず追いかける。暗闇の先に向かって進む千紘を引き止めたかった。

 どうしていいか分からない……後ろ姿の千紘を抱きしめた。行かないでほしい、でも幸せになってほしい、友達だから、千紘だから、余計に幸せになって欲しい──でも、会えないなんて、嫌だ。

「……離して」

「……千紘、千紘ごめん。俺、何も、してやれない──」

 千紘が泣いている。それなのに、俺はどうすることも出来ない。その気がないのに抱きしめるなんて酷いことをしているとは思う。
 
 でも、でもこのままじゃ──千紘が消えてしまう。

「分かってるよ、琢磨……琢磨は悪くない、悪くないよ」

──琢磨は悪くないよ。

 何度も振られた時に言ってくれた千紘の励ましの言葉が蘇った。知らない間に千紘を何度も傷付けていたんだろう。俺は、気付いてやれなかった。
 千紘が俺の方を振り返った。俺の濡れる目尻を指で触れる。微笑んだ千紘の顔は穏やかだった。

「バイバイ、琢磨──」

 そう言って千紘は歩き出した。

 俺は小さくなる背中を呆然と見つめていた。夢だろうか? 次の朝起きたらメールでこの話をしたら千紘に笑い飛ばされるだろうか?

 俺の大切な友達が──消えた。




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