友達の肩書き

菅井群青

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友達だって言ったのに 千紘side

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 千紘はいつもの居酒屋で苦笑いを浮かべている。

 向かいの席には凛花と浩介が千紘をじっと睨み続けている。その手にはビールがしっかり握られているが二人はまだ口を付けていない。飲もうとした時に千紘が話し始めてしまい飲むタイミングを失わせてしまった。

「じゃ、今度こそ卒業なんだな? もういいんだな?」

「琢磨を友達と思えるってことなのね?」

 二人が訝しげな表情をしている。
 千紘は目の前の唐揚げを口の中に放り込むとビールで流し込む。

「……無理だと思う」

「「は?」」

 凛花と浩介が同時に声を出してハモった。二人の様子に千紘は吹き出す。

「琢磨が好きだよ……一緒にいればダメだと思う。辛くなると思う。だから、終わらせようと思う」

「それ、どういう意味?」

「琢磨に想いを伝えて距離を置く……友達を、やめようと思う」

 浩介はビールをドンっと机に置く。
 その目は真剣だ。

「どんな形でも一緒にいたいって、そう思ってただろ? なのに──」

 千紘が泣きそうな顔をしたので浩介は続きは言えなかった。そのままビールに口をつけて黙る。

「欲……だね。欲深いみたい。友達以上に進めないくせに欲だけはしっかり持ってるみたいなのよね……もう、いい歳だし──なんだろ、愛されてみたくなっちゃった」

 千紘の言葉に凛花が涙を流す。いい歳した女が言うセリフじゃない。悲しすぎる──。

「私から見れば琢磨はあんたを大切に思ってる……告白すれば変わるかもしれないよ?」

 千紘が浩介の空いたカップにビールを注ぐ。浩介は溜まっていくビールをじっと見つめていた。

「……どんなに仲が良かった女友達でも、超えられなかった。それを見てきたでしょ……」

「…………」

 凛花が黙り込む。確かに例外はない……。
 浩介が千紘の手を握る。こんな風に触れることはもう長くなかったが懐かしい気持ちになった。

「千紘……分かった。四人で集まるのは、やめよう。ただ……落ち着いて、甘えられる男が出来て、アイツと友達を続けてもいいって思えたら──また集まろう」

「琢磨も千紘も大事な友達だから……辛いけど、私応援してるからね! 本当に……千紘、良く頑張ったよ、えらいよ──……っ」

 凛花が泣くのを隣で見ていた浩介は凛花の頭を軽く叩いた。「お前が泣くな」と言いつつ、浩介も神妙な顔をしていた。いい友達を持って幸せだ。あとは、私が変わればまた四人で笑い合える日が来る……のかもしれない。

「ありがとう、浩介、凛花──」 


 その日の帰り道……琢磨に連絡した。

──ちょっとそこの公園に出てきてくれない?

 不思議だ。怖くない……今までこんな事するなんて夢にも思わなかった。背中を押してくれた桃香ちゃんに感謝したいぐらいだ。


 どこからか足音が聞こえる。周囲を見渡すと暗闇から琢磨の姿が見えた。千紘の姿を見つけると満面の笑みで近付いてくる。スウェット姿なのでたぶん風呂上がりだろう。こうして駆け寄ってくる姿も見納めかもしれない……。千紘は目を細めた。

「どうした? こんな時間に……もしかしてゲームの新作か?」

「……違う。琢磨──琢磨あのね、私──」

 いざ言おうとしたら怯んでしまった。
 さっきは怖くもなかったのに、緊張もしてないのに……。

「どうした? 飲みすぎたか?」
 
 琢磨が心配そうに千紘の背中に触れようとする。

 パンッ

 千紘はその手を叩いた。琢磨は驚き、弾かれた自分の手を見る。咄嗟に避けてしまった……今触れられれば言えなくなりそうで怖かった。

「あ……ごめん……琢磨──私ね、琢磨が好きなの……友達としてじゃなくって、男として」

 琢磨の目が大きく開かれる。千紘の顔を見て固まっている。

「分かってる……琢磨が友達の元カノとは付き合わないって事も知ってるし、告白して来た場合は距離をとるって事も……もちろん、知ってる」

「ち、ひろ……お前、俺──」

 琢磨は辛そうな顔をする。
 こんな顔、琢磨に似合わない。笑顔でいてほしい。

「琢磨は……私の事どう思ってた? 少しは好きだった?」

「好き、だよ──お前といると楽しくて、最高だよ!……俺といるの、辛かった、のか?」

 琢磨の眉間にシワが寄る。

──好き

 琢磨がそう言ってくれた。それだけで、いいと思えた。聞けてよかった。好きの色は違うのだとしても。

「ありがとう、私、幸せだったよ。琢磨とゲームして、酒飲んで──琢磨がいたから今の自分があるんだと思う、今までありがとう」

「……千紘、いや、なんでそんな──」

 琢磨は私の言葉に動揺している。私の肩に触れようとして、さっき叩き落とされた事を思い出したのかその手を引っ込めた。その表情は傷付いていた。

「もう、琢磨と会わない」

 自分で決別の言葉を伝えたはずなのに、胸の裏が絞られるような引き攣るような感覚がする。

「ちょっと待って、千紘、そんなの──」

「ごめん、今まで何度も琢磨を諦めたかったけど無理だった……友達でもそばにいたかったけど──ダメなの、琢磨のそばにいれば私は誰かと幸せにはなれないの」
 
 千紘の言葉に琢磨は何て言えばいいか分からないようだ。 

 琢磨の口が少し開くと唇を噛みながら千紘から視線を外した。千紘には琢磨の考えている事が分かった。分かりすぎて悲しかった。
 琢磨は、私のことを本当に友達としか思っていなかった。これでいい……これでもう……。

「わがままでごめんね。琢磨、桃香ちゃんと幸せにね、じゃ」

 琢磨に一方的に別れを告げ踵を返した。自分の足音が響く中、突然背後から何かがぶつかった。自分の体の前にある腕を見て涙が出そうになる。琢磨の香りがする……。目を瞑っていても感じるその香りに心がとうとう痛みを放ち出す。

 琢磨が、背後から千尋を抱きしめていた。強く、強く抱きしめた。

「……離して」

「……千紘、千紘ごめん。俺、何も、してやれない──」

 琢磨の声が震えている。その声に千紘の涙は止まらない。酷いことをしている自覚がある。突然別れを告げるなんて、友達として最低だ。でもこのままじゃ、どうしようもない……。

「分かってるよ、琢磨……琢磨は悪くない、悪くないよ」

──琢磨は悪くないよ

 そう、琢磨は悪くない。
 琢磨は私を友達として大切にしてくれた。一緒に笑いあった日々を思い出す。泣いているのがバレているのだろう、落ちた涙は琢磨の腕に落ちていく。それだけじゃない、琢磨が泣いているのが分かる。震える体に声を押し殺している。

 琢磨の腕を剥がすと振り返った。
 琢磨の濡れた目尻を指で拭ってやると琢磨は戸惑ったような顔をした。

 これで、最後……今度こそ、笑顔で──思い出の中の私は笑顔であってほしい。

「バイバイ、琢磨──」

 精一杯微笑むとまた歩きだした。

 走っちゃダメ……振り返っちゃダメ──。

 我慢していた分、涙が止まらなくなる。ぼやける視界の中、千紘は明かりを頼りに真っ直ぐ前を見据えて歩き続けた。

 私はこうして階段を降りた──。
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