友達の肩書き

菅井群青

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ただ、一緒にいたかった 琢磨side

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「あ、こっちこっち……琢磨くん!」

 居酒屋で桃香が手を振る。琢磨は席に着くと桃香に謝る。仕事で少し遅れてしまった。今日は桃香の誘いで駅前のリニューアルされた店に来ていた。

「ごめんごめん、もう頼んだ?」

「ううん、まだ。何食べる?」

 桃香は笑顔でメニューを見ていく。琢磨はメニューを覗くと唐揚げなどの王道おつまみを注文した。

 店員がビールと突き出しを持って来た。山芋となめこの和え物だった。俺は無意識に手を付けずに小皿を端へ寄せた。

 千紘はキノコ類が大好きだ。突き出しにきのこ類が入ってたら何も言わずに自分の方へ引き寄せて食べていた。千紘がいない事に気付いて箸をつけた。

 千紘の事を思い出していると桃香がその様子を心配そうに見つめていた。あのデートの後琢磨が一緒にいても無理して笑っているのがわかった。琢磨が桃香に申し訳なさそうに微笑むのを見て桃香は何も言えなかった。

 桃香が少し悩みながら話を切り出す。

「最近ね、先輩残業あまりしなくなったの……なんか習い事してるみたいで、それが楽しいって言ってたよ」

 琢磨は一瞬動きが止まったもののそのまま平静を装い唐揚げを口に入れる。

 琢磨はあれから千紘と会っていないことを桃香に言えないでいた。

 桃香ちゃんは千紘の気持ちを知らない。話すと傷付くだろう。二人は仲のいい先輩後輩と聞いていた。千紘はきっと桃香ちゃんに言っていないはずだ……優しいやつだから。

「ふぅん? そうなんだな──」

「……知らないの?」

「……あぁ、最近あんまり会えてない、からな……」

 琢磨はどうも歯切れが悪くなる。誤魔化すようにビールを飲んだ。桃香は少し視線を落とした。

「先輩と──何かあった?」

「いや、何もないよ。千紘の事を全部知ってるわけじゃないからな、はは……」

 琢磨の元気のない様子に桃香は頷き返すだけだった。

「じゃ、またね」

「ああ、気をつけて」

 桃香は手を振ると駆け足で改札を通り抜けて行った。桃香は明日友人の結婚式だそうだ。朝が早いがアルコールを飲んでよかったのか心配になる。

 駅の前の歩道を歩いていると反対車線の歩道によく知った顔が見えた。

 千紘だ。二週間ぶりに見る千紘だった。
 
 男と一緒に歩いている。黒の髪を後ろで束ねた今時のおしゃれな若者のようだ。男がスマートフォンを千紘に見せると楽しそうに笑った。

 ズキンッ

 千紘の笑顔を見ただけで心臓が跳ねた。胸が痛む……。

「なんだ、よ……何傷ついてんだよ。笑顔でよかったじゃん──」

 千紘の手には大きな荷物がある。今からあの男の部屋に泊まるのかもしれない。嫌な気持ちが渦巻いていくのが分かる。幸せそうな顔を見れたら良いと思っていたのに、どうしてこんなに胸がざわつくのだろう──。

 千紘に、会いたい──。

 琢磨は駆け出した。
 信号が変わる時間が待ち遠しい。青の信号に変わると駆け足で白線を飛び越えていく。心臓の鼓動がうるさい。人の波をかき分けて千紘に近づく。

 さっきまでいたはずなのに姿がない。路地を曲がったのか?

 琢磨は細い路地を曲がると一人暮らし用の小さなマンションの前に千紘の後ろ姿を見つけた。
 琢磨は思わず叫んだ。

「千紘!」

 俺の声が聞こえなかったのか千紘は反応しなかった。千紘の顔が見たくてもう一度呼ぶ。

「千紘……」

 千紘の肩に触れると振り返りようやく目が合った。

「た、く──琢磨、どうして?」

 久しぶりに見る千紘は別人のようだった。口紅の色も、アイシャドウの色も変わった。切れ長の瞳を際立たせる繊細で長めのラインが引かれていた。

 この男のために……?

 横にいる男は驚いた顔をして俺と千紘を見つめていた。俺は男の首元の龍のタトゥーに目がいく。男は千紘の横顔を見て動揺しているようだった。

 千紘に会えた。千紘だ……会いに行きたいと何度も思った。でも、最後の千紘の言葉を思い出し勇気が出なかった。

──琢磨のそばにいれば私は誰かと幸せにはなれないの

 その誰かがこの男なのだろうか。

「千紘に……会いたかった」

 言うべきではないのは分かっていた。千紘は幸せなのだから……でもどうして? と言う答えはそれしかなかった。千紘に会いたかった。

 俺が千紘のそばにいる環境が、恋人関係しか残されてないのなら千紘の言う通りに離れるべきなんだろう。

 でも……。

 俺はひどい男だと思う。
 理屈じゃない、無茶苦茶だ、説明なんてつきようもない、千紘の気持ちだって知っている。千紘の姿を捉えた瞬間……脳で考えられる全ての事柄がぶっ飛んでいった──千紘に会いたかった……。

「……悪いけど、千紘は俺と付き合ってるから。今さら、遅いよ」

 タトゥーの男はそう言うと千紘の肩を抱きオートロックの扉を開けた。静かに閉まるドア越しに千紘が俺の姿を捉えた。

 二人は建物の奥へと消えた──俺はまた一人になった……。


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