友達の肩書き

菅井群青

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胸の痛み

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 千紘たちが消えて行くと俺は暫くその場所から動けなかった。二人がいた場所から視線を外せず、足は金縛りにあったように動かない。

『……悪いけど、千紘は俺と付き合ってるから。今さら、遅いよ』

 男の言葉が言霊のように俺の心へと絡みつく。

 初めてだった。

 初めて千紘が浩介以外の彼氏といるところを見た。自分の知らない千紘がそこにいて男に触れられていた。千紘が申し訳なさそうな顔をしながらも男に肩を抱かれて俺から離れていった。

 人間本当に驚くと呼吸するだけで胸が震えるらしい。この年で初めて知った。

 通り過ぎる車のライトが自分を照らす眩しさで我に帰るとその場から離れた。 なぜこんなにも千紘のことばかり考えてしまうのだろう。執着してしまうのだろう。大切な友達だからだろうが……今まで離れていった友達とは何かが違う。

 琢磨は夜道を歩きはじめた。

『もう琢磨と会わない──』

 千紘の声が聞こえた。千紘が離れて行くなんて夢にも思わなかった。ずっとバカやって、勝負して、酒飲んで笑い合えると信じていた。 

 脳裏にあのタトゥーの男と千紘が裸で抱き合っている姿が浮かぶ。千紘が妖艶な笑みで龍のタトゥーにキスをしていた……男が千紘の顎を掴み啄ばむようなキスをし始めて徐々にかぶりつくような荒々しいキスになる。
 そこまで想像して琢磨は大きく息を吐いた。

 何で、イラつくんだ、彼氏だろう? 笑顔だったろう? 千紘があの男と幸せになるんだろう?……こんなの、変だ。こんなんじゃまるで──嫉妬してるみたいだ。

 気がつくと千紘のアパートの前まで歩いてきていた。見上げた部屋には明かりもない。当然だ、あの男と今一緒なんだから……。

 琢磨は慣れた階段を一歩ずつ上がっていく。白い手摺が錆びて指に当たる感覚が一気にさっきの出来事が現実である事を教えてくれる。
 階段を上りきると踊り場で立ち尽くす。電灯もない暗闇が寂しい。千紘の隣の部屋の窓明りが踊り場の床を微かに照らす。

 千紘の部屋だ。今にも部屋のドアが開いて千紘が顔を覗かせそうだ。

『何ぼうっとしてんの? 入んなよ、ほら』

 ドア越しにいつか見た千紘の笑顔を思い出した。さっきの千紘も笑顔だった。あの男と微笑み合っていた。少し前までは自分もあんな風に千紘の肩を抱き寄せてふざけ合って、冗談を言っていたのに……。

「何やってんだろ、俺……」

 革靴で長時間歩いたせいで足の裏が痛む。ドアの前で琢磨はしゃがみこんだ。酒のせいだろう……自分の腕に顔を伏せるとそのまま意識が遠のいた。



「たく──」

 誰かが俺の腕を揺らして起こそうとする。誰だろう……。微睡んで体が自分の物じゃないみたいに動かない。瞼が重たい──。

 俺の頰に触れるその手は震えているようだ。ようやく意識がはっきりしてきた。微睡みの霧が晴れていく……。

「ち、ひろ?」

 屈み込み俺の頬に触れていたのはここにいるはずのない千紘だった。
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