早春の空港で

まみはらまさゆき

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(5)旅立ちの支度

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そうするうちに、1日、1日と、3月も終わりに近付いていった。
そして、卒業式も終わってしまった。

卒業式の翌日は、ついに彼が東京へと巣立つ日だった。
彼は、朝から引越しの荷造りの仕上げをしていた。

部屋は、散乱した古雑誌や不用品を取り除くと6年間の生活ぶりがそのまま蓄積したように、本やビデオ、CD、食器や炊事道具、掃除道具などの日用品や雑貨、服、インテリア、ポスター、パネルなどがかなりあった。
それに、6年前に期待と不安を抱えて入居した当初の家具や電化製品も。

それらを、東京に持って行く分と、そしてそのまま置いていく分に仕分けた。
置いていく物は和代に頼んで、彼女の知り合いの学生たちに譲ったり、リサイクルショップに出したりする事になっている。

和代は大学の博士課程を終えたのち、助手としてそのまま大学に残っているという類の人だ。
そして以前ほどではないにしても、学生たちを集めては楽しく交流し、人脈はますます広がっていた。

前の晩も、和代や彼女の周りの仲間たちと別れを惜しんで飲み明かしたのだった。

和代が研究室の忙しい仕事の合間に手伝いに来てくれたおかげもあって、引越し作業は手際よく進んだ。
午前中に、前日までそこで生活が営まれていたとは思われないほどに片付き、段ボールの山が築かれていた。

その作業中にも、孝の心にはまだある思いがわだかまっていた。

不意に聞こえた鳥の声に引越しの荷造りの手を止めて開け放たれた窓の外に目をやると、隣の家の屋根にも、その向こうの空の下にも、春の陽光がうららかに降り注いでいた。
大通りを走る車やバスの音が何軒かの屋根を越え、路地裏のアパートの2階にある部屋までのんびりと聞こえてきた。

時折、外で駆ける子供たちの声や犬の吠える声も聞こえてきたが、眠気を誘われるように静かな昼下がりだった。

アパートのそばの道端で、近所のおばちゃんが立ち話を始めたらしい。
複数の中年女性の、妙に歯切れの良いおしゃべりや笑い声が、いくらかの冷たさを残した風に乗ってきた。

孝は窓辺に歩み寄ったまま立ち尽し、白っぽく光る空をぼんやりと眺めながらふうっと深いため息を漏らす。
暗くて冷たい冬が終わって明るい春がめぐってきたのに、住み慣れた町とも、出会った人びととも、そしてこの部屋からも別れなければならないのか。

そう思うと、一抹の寂しさと、そして胸の苦しみを感じた。
そして、別れたあの夜から一度も連絡を取らないまま、孝は亜紀にあいさつもなく町を出ていこうとしているのだ。

せめて、電話で一言、さよならを告げてもいいだろうか・・・ふと浮かんだ考えに、心が微かに揺れた。
その時、「これ、持っていく分?」と声をかけられ、孝ははっと我に返った。

和代だった。
彼女の手元に漫画本を詰めた段ボール箱。

「あ、それは、坂下に譲る分」
「坂下君ね」

和代は箱の上面にマジックで「坂下」と書いた。

「・・・もうこれで、あらかた済んだようね」

そう言いながら、和代は両手を組んで頭上高く上げて伸びをした。

まだ、こまごまとした物の整理や掃除が残っていたが、確かに、ほとんど終わったも同然だった。
あとは和代が借りてきたワゴン車に譲ったり売ったりする荷物を積み込んでから、あらかじめ予約しておいた宅配業者の単身引越しサービスが東京に運ぶ荷物を取りに来るのを待つばかりだった。

外は、いつまで経っても春の午後の穏やかさだった。
割と低空で飛ぶプロペラ機のエンジン音が、空の遠くの方から聞こえてきた。
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