ズボラ上司の甘い罠

松丹子

文字の大きさ
72 / 77
番外編① Shall we dance? ー田畑さんのお話

05

しおりを挟む
 12月になると、会計課の忘年会が開かれた。
 電話を受けていて遅れたさおりは、会場の手前に腰掛ける。隣には春日が座っていたが、ちらりと目線を寄越しただけでグラスを傾けていた。
 既に乾杯は済んでいて、すこし場の空気も緩んでいる。

「えっ。なんだ、黒田くん、彼女できたの?」
「や、元カノとばったり会って」

 すこし遠くからそんな会話が聞こえて、さおりはビールグラスを片手にちらりとそちらを見た。
 黒田が照れ臭そうに先輩社員に応えている。

「久々に話したら盛り上がっちゃって」
「復縁? それって結婚しないとまずくない」
「うーん。まあそれもいいかなぁ、なんて……」

 すこし離れた黒田の横顔をぼんやり見ていたさおりに、横から声がかかった。

「残念だったな」

 さおりはびくりと肩を震わせ、声の主の方を見やる。
 春日は相変わらずの無愛想さで酒を口に運んでいた。

「キープのつもりだったのか、これから親しくなるつもりだったのかは知らないが」
「き、キープって……」

 何様ですか、と口にして、さおりは唇を尖らせつつビールを飲む。
 酒は強くも弱くもない。
 ふぅ、と細く息を吐き出した。

「黒田さんのことはともかく……結婚かぁ」

 ふと思い出して春日を見た。

「産休中の……早乙女さん? はおいくつなんですか?」
「さぁ……30にはなってないんじゃないの」
「そっかー」

 さおりは両手でグラスを包み持ち、指先で水滴を辿った。

(出産が30前だと、妊娠期間が十ヶ月……出会って、つき合って、相手を知って……となると、やっぱりもうそんなに時間ないのかもなぁ)

 つい一人の世界に入っていたら、春日が口の中で何か言った。

「? 何か言いました?」

 さおりが顔を覗き込むと、春日は気まずそうに目を反らす。
 繰り返してくれないのかと思いきや、

「……その年齢なら、まだ慌てる必要もないんじゃないか」
「はっ?」

 さおりは目をまたたかせた。春日は眼鏡を指で押し上げると、その奥の目を気まずげにそらす。

「……その、お見合い……とか」
「あぁあ」

 さおりはぽんと手を叩いた。春日は気まずそうに目を反らし、ビールを口に運んだ。
 廊下で話していた香耶との電話を聞いていたのだろう。
 思わず、口元に笑みが浮かぶ。

(気遣かってくれてるんだ)

 不器用な優しさ。
 春日は一見、厳しい男だ。
 しかし、ビシバシ指摘をしながら、その実、さおりが傷ついていないか、気にしているのを薄々察している。
 そっぽを向いた横顔に、じわりと心が温かくなった。

「それ、ダンスの相手の話です」

 春日が目を見開き、またたく。
 眼鏡の奥の目がそうして素直に動揺するのを、さおりは初めて見た。
 嬉しさが込み上げて、くすくすと笑う。

「春日さん、興味ないですか? 社交ダンス」

 さおりは言って、そっと春日の左手に右手を伸ばした。
 自分の左手は、春日の肩上へ。

「こうやって組んで踊るんですけど」

 にこりと笑うと、春日がふいっと顔を反らした。
 その頬がすこし赤い。

「馬鹿言うな。俺がダンスなんてできるわけないだろう」
「できますよー」

 さおりは手を離しながら笑った。

「60だって、70だって、始める人いるんですから。似合うと思うなぁ、春日さんの燕尾服姿」
「そんなんやるか。他を当たれ」
「なかなかいないんですもん、身長釣り合って、気も合う人」

 春日の動きが止まる。さおりはその横顔を見つめた。

「気が合うような気がするんですけど。春日さんなら」

 春日がさおりの顔を見て、困惑した顔をまたそむけた。

「知るか」

 さおりはくすくす笑いながら、グラスを口へ運ぶ。

「じゃあ、気長に口説きます」
「ばっーー」

 言葉に反応して、うろたえた春日がさおりを見た。が、目が合うなり、奥歯を噛み締めて目を反らす。
 その頬の赤みは、酒のせいではないだろう。

「……他を当たれ」
「嫌ですー」
「強情」
「そっちこそ」
「……お前な」

 睨みつけて来る春日に、さおりは笑う。

「夢なんです、私」
「何が」
「夫婦でダンスするの」

 春日だけにしか聞こえないトーンで言うと、さおりはビールを飲み干し、手を挙げて店員を呼んだ。

「春日さん、ビールでいいですか」
「何でもいい」
「すみませーん、ビール二つー」

 注文を済ませると、さおりの意図を量りかねて困惑した春日の横顔に微笑む。
 春日はうろたえて目を反らした。既に飲み干したグラスを傾け、渋面になる。
 さおりはその姿を見て笑い、店員から受けとったグラスを一つ、春日に渡した。

「いつもお世話になってます。乾杯」
「……お疲れ」

 カチン、と重なったグラスが音を鳴らす。
 これが始まりの合図だと、さおりは心の中で確信した。

 * * *

春日、実はとても好きなキャラクターです。
田畑さんは恐ろしく自己肯定感の高い人なのでこんな感じに。(意外でしたでしょうか…?)

爽やかな二人の馴れ初め、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
お付き合いくださりありがとうございました!
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

解けない魔法を このキスで

葉月 まい
恋愛
『さめない夢が叶う場所』 そこで出逢った二人は、 お互いを認識しないまま 同じ場所で再会する。 『自分の作ったドレスで女の子達をプリンセスに』 その想いでドレスを作る『ソルシエール』(魔法使い) そんな彼女に、彼がかける魔法とは? ═•-⊰❉⊱•登場人物 •⊰❉⊱•-═ 白石 美蘭 Miran Shiraishi(27歳)…ドレスブランド『ソルシエール』代表 新海 高良 Takara Shinkai(32歳)…リゾートホテル運営会社『新海ホテル&リゾート』 副社長

君までの距離

高遠 加奈
恋愛
普通のOLが出会った、特別な恋。 マンホールにはまったパンプスのヒールを外して、はかせてくれた彼は特別な人でした。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

あなたより年上ですが、愛してくれますか?

Ruhuna
恋愛
シャーロット・ロックフェラーは今年25歳を迎える 5年前から7歳年下の第3王子の教育係に任命され弟のように大事に大事に接してきた 結婚してほしい、と言われるまでは 7/23 完結予定 6/11 「第3王子の教育係は翻弄される」から題名を変更させて頂きました。 *直接的な表現はなるべく避けておりますが、男女の営みを連想させるような場面があります *誤字脱字には気をつけておりますが見逃している部分もあるかと思いますが暖かい目で見守ってください

処理中です...