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番外編① Shall we dance? ー田畑さんのお話
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12月になると、会計課の忘年会が開かれた。
電話を受けていて遅れたさおりは、会場の手前に腰掛ける。隣には春日が座っていたが、ちらりと目線を寄越しただけでグラスを傾けていた。
既に乾杯は済んでいて、すこし場の空気も緩んでいる。
「えっ。なんだ、黒田くん、彼女できたの?」
「や、元カノとばったり会って」
すこし遠くからそんな会話が聞こえて、さおりはビールグラスを片手にちらりとそちらを見た。
黒田が照れ臭そうに先輩社員に応えている。
「久々に話したら盛り上がっちゃって」
「復縁? それって結婚しないとまずくない」
「うーん。まあそれもいいかなぁ、なんて……」
すこし離れた黒田の横顔をぼんやり見ていたさおりに、横から声がかかった。
「残念だったな」
さおりはびくりと肩を震わせ、声の主の方を見やる。
春日は相変わらずの無愛想さで酒を口に運んでいた。
「キープのつもりだったのか、これから親しくなるつもりだったのかは知らないが」
「き、キープって……」
何様ですか、と口にして、さおりは唇を尖らせつつビールを飲む。
酒は強くも弱くもない。
ふぅ、と細く息を吐き出した。
「黒田さんのことはともかく……結婚かぁ」
ふと思い出して春日を見た。
「産休中の……早乙女さん? はおいくつなんですか?」
「さぁ……30にはなってないんじゃないの」
「そっかー」
さおりは両手でグラスを包み持ち、指先で水滴を辿った。
(出産が30前だと、妊娠期間が十ヶ月……出会って、つき合って、相手を知って……となると、やっぱりもうそんなに時間ないのかもなぁ)
つい一人の世界に入っていたら、春日が口の中で何か言った。
「? 何か言いました?」
さおりが顔を覗き込むと、春日は気まずそうに目を反らす。
繰り返してくれないのかと思いきや、
「……その年齢なら、まだ慌てる必要もないんじゃないか」
「はっ?」
さおりは目をまたたかせた。春日は眼鏡を指で押し上げると、その奥の目を気まずげにそらす。
「……その、お見合い……とか」
「あぁあ」
さおりはぽんと手を叩いた。春日は気まずそうに目を反らし、ビールを口に運んだ。
廊下で話していた香耶との電話を聞いていたのだろう。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
(気遣かってくれてるんだ)
不器用な優しさ。
春日は一見、厳しい男だ。
しかし、ビシバシ指摘をしながら、その実、さおりが傷ついていないか、気にしているのを薄々察している。
そっぽを向いた横顔に、じわりと心が温かくなった。
「それ、ダンスの相手の話です」
春日が目を見開き、またたく。
眼鏡の奥の目がそうして素直に動揺するのを、さおりは初めて見た。
嬉しさが込み上げて、くすくすと笑う。
「春日さん、興味ないですか? 社交ダンス」
さおりは言って、そっと春日の左手に右手を伸ばした。
自分の左手は、春日の肩上へ。
「こうやって組んで踊るんですけど」
にこりと笑うと、春日がふいっと顔を反らした。
その頬がすこし赤い。
「馬鹿言うな。俺がダンスなんてできるわけないだろう」
「できますよー」
さおりは手を離しながら笑った。
「60だって、70だって、始める人いるんですから。似合うと思うなぁ、春日さんの燕尾服姿」
「そんなんやるか。他を当たれ」
「なかなかいないんですもん、身長釣り合って、気も合う人」
春日の動きが止まる。さおりはその横顔を見つめた。
「気が合うような気がするんですけど。春日さんなら」
春日がさおりの顔を見て、困惑した顔をまたそむけた。
「知るか」
さおりはくすくす笑いながら、グラスを口へ運ぶ。
「じゃあ、気長に口説きます」
「ばっーー」
言葉に反応して、うろたえた春日がさおりを見た。が、目が合うなり、奥歯を噛み締めて目を反らす。
その頬の赤みは、酒のせいではないだろう。
「……他を当たれ」
「嫌ですー」
「強情」
「そっちこそ」
「……お前な」
睨みつけて来る春日に、さおりは笑う。
「夢なんです、私」
「何が」
「夫婦でダンスするの」
春日だけにしか聞こえないトーンで言うと、さおりはビールを飲み干し、手を挙げて店員を呼んだ。
「春日さん、ビールでいいですか」
「何でもいい」
「すみませーん、ビール二つー」
注文を済ませると、さおりの意図を量りかねて困惑した春日の横顔に微笑む。
春日はうろたえて目を反らした。既に飲み干したグラスを傾け、渋面になる。
さおりはその姿を見て笑い、店員から受けとったグラスを一つ、春日に渡した。
「いつもお世話になってます。乾杯」
「……お疲れ」
カチン、と重なったグラスが音を鳴らす。
これが始まりの合図だと、さおりは心の中で確信した。
* * *
春日、実はとても好きなキャラクターです。
田畑さんは恐ろしく自己肯定感の高い人なのでこんな感じに。(意外でしたでしょうか…?)
爽やかな二人の馴れ初め、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
お付き合いくださりありがとうございました!
電話を受けていて遅れたさおりは、会場の手前に腰掛ける。隣には春日が座っていたが、ちらりと目線を寄越しただけでグラスを傾けていた。
既に乾杯は済んでいて、すこし場の空気も緩んでいる。
「えっ。なんだ、黒田くん、彼女できたの?」
「や、元カノとばったり会って」
すこし遠くからそんな会話が聞こえて、さおりはビールグラスを片手にちらりとそちらを見た。
黒田が照れ臭そうに先輩社員に応えている。
「久々に話したら盛り上がっちゃって」
「復縁? それって結婚しないとまずくない」
「うーん。まあそれもいいかなぁ、なんて……」
すこし離れた黒田の横顔をぼんやり見ていたさおりに、横から声がかかった。
「残念だったな」
さおりはびくりと肩を震わせ、声の主の方を見やる。
春日は相変わらずの無愛想さで酒を口に運んでいた。
「キープのつもりだったのか、これから親しくなるつもりだったのかは知らないが」
「き、キープって……」
何様ですか、と口にして、さおりは唇を尖らせつつビールを飲む。
酒は強くも弱くもない。
ふぅ、と細く息を吐き出した。
「黒田さんのことはともかく……結婚かぁ」
ふと思い出して春日を見た。
「産休中の……早乙女さん? はおいくつなんですか?」
「さぁ……30にはなってないんじゃないの」
「そっかー」
さおりは両手でグラスを包み持ち、指先で水滴を辿った。
(出産が30前だと、妊娠期間が十ヶ月……出会って、つき合って、相手を知って……となると、やっぱりもうそんなに時間ないのかもなぁ)
つい一人の世界に入っていたら、春日が口の中で何か言った。
「? 何か言いました?」
さおりが顔を覗き込むと、春日は気まずそうに目を反らす。
繰り返してくれないのかと思いきや、
「……その年齢なら、まだ慌てる必要もないんじゃないか」
「はっ?」
さおりは目をまたたかせた。春日は眼鏡を指で押し上げると、その奥の目を気まずげにそらす。
「……その、お見合い……とか」
「あぁあ」
さおりはぽんと手を叩いた。春日は気まずそうに目を反らし、ビールを口に運んだ。
廊下で話していた香耶との電話を聞いていたのだろう。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
(気遣かってくれてるんだ)
不器用な優しさ。
春日は一見、厳しい男だ。
しかし、ビシバシ指摘をしながら、その実、さおりが傷ついていないか、気にしているのを薄々察している。
そっぽを向いた横顔に、じわりと心が温かくなった。
「それ、ダンスの相手の話です」
春日が目を見開き、またたく。
眼鏡の奥の目がそうして素直に動揺するのを、さおりは初めて見た。
嬉しさが込み上げて、くすくすと笑う。
「春日さん、興味ないですか? 社交ダンス」
さおりは言って、そっと春日の左手に右手を伸ばした。
自分の左手は、春日の肩上へ。
「こうやって組んで踊るんですけど」
にこりと笑うと、春日がふいっと顔を反らした。
その頬がすこし赤い。
「馬鹿言うな。俺がダンスなんてできるわけないだろう」
「できますよー」
さおりは手を離しながら笑った。
「60だって、70だって、始める人いるんですから。似合うと思うなぁ、春日さんの燕尾服姿」
「そんなんやるか。他を当たれ」
「なかなかいないんですもん、身長釣り合って、気も合う人」
春日の動きが止まる。さおりはその横顔を見つめた。
「気が合うような気がするんですけど。春日さんなら」
春日がさおりの顔を見て、困惑した顔をまたそむけた。
「知るか」
さおりはくすくす笑いながら、グラスを口へ運ぶ。
「じゃあ、気長に口説きます」
「ばっーー」
言葉に反応して、うろたえた春日がさおりを見た。が、目が合うなり、奥歯を噛み締めて目を反らす。
その頬の赤みは、酒のせいではないだろう。
「……他を当たれ」
「嫌ですー」
「強情」
「そっちこそ」
「……お前な」
睨みつけて来る春日に、さおりは笑う。
「夢なんです、私」
「何が」
「夫婦でダンスするの」
春日だけにしか聞こえないトーンで言うと、さおりはビールを飲み干し、手を挙げて店員を呼んだ。
「春日さん、ビールでいいですか」
「何でもいい」
「すみませーん、ビール二つー」
注文を済ませると、さおりの意図を量りかねて困惑した春日の横顔に微笑む。
春日はうろたえて目を反らした。既に飲み干したグラスを傾け、渋面になる。
さおりはその姿を見て笑い、店員から受けとったグラスを一つ、春日に渡した。
「いつもお世話になってます。乾杯」
「……お疲れ」
カチン、と重なったグラスが音を鳴らす。
これが始まりの合図だと、さおりは心の中で確信した。
* * *
春日、実はとても好きなキャラクターです。
田畑さんは恐ろしく自己肯定感の高い人なのでこんな感じに。(意外でしたでしょうか…?)
爽やかな二人の馴れ初め、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
お付き合いくださりありがとうございました!
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