永久不変の剣を手に、人々の命の守護者となる

なで鯨

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第一章 白銀成長編

第十七話 月明かりの下、混戦へ

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 雲ひとつない空。
 月明かりに照らされた広大な平原に、橙色の灯りが続々と増えてきていた。
 ヒイラギが認識しただけでも、20人以上の賊の姿があった。
 松明を持っていない者や、まだ見えていない者も合わせると、軽くその倍はいそうだった。

「みんな! 僕たちの班はとにかく劇団の皆さんを守ること!
 僕はあまり役には立たないけど、死力を尽くして頑張ろう!」

 班長の”運と実力の盾”から気合を入れる言葉が飛ぶ。
 気弱そうだった班長からの情けなくも背中を押す発言に、入りすぎていた力が抜ける。

「他は他の班に任せよう! 行くぞ!」
「おおおおお!!」

 劇団員の人たちは馬車の中に身を隠した。
 その馬車の前に班長と数人の護衛がいることを確認して、ヒイラギは前に出て賊の刃を受ける。

「なんだぁ? ガキが混ざってるなあ! 今回は楽勝だぜ!」
「油断していると痛い目を見ますよ。こんな風に」

 刃を受けたまま少し沈み込み、相手の重心を前に崩す。
 そのまま通り過ぎながら相手の胴を浅く切り裂いた。

「いってええええええ!!」
「大丈夫です。大人しくしていれば命は助かります」

 去り際に言い残すと、次の賊からの攻撃を受け流す。
 そして足と手を斬ると、背後に迫っていた斧を弾く。
 その賊を振り向きざまに袈裟けさ斬りにする。

 ひと呼吸置く暇もなく、槍の突きが飛んでくる。
 それを剣の腹で受け止めると、槍を半分に切り落として、流れるように賊へと一閃した。

 ここで白銀色を染める赤色を振り落とすと、左右をすばやく確認する。
 数の多さで圧倒されてはいるが、傭兵たちの戦闘力の高さのお陰で、ぎりぎり優勢を保っている状態だった。

「おら! 死ね!!」

 剣を手に飛び掛かってきた賊からそれを叩き落とすと、空色の柄頭つかがしらで顎を打って意識を奪った。

 
「うわあああああ!!」

 混戦の最中。
 左前方から、傭兵のものと思われる悲鳴が聞こえた。
 直後に暗闇を一瞬はらすように火花が散った。
 
 それを合図に、賊たちの攻勢が強くなった。

 ヒイラギに対しても、複数人が間髪入れずに攻撃を仕掛けてきた。
 手数の多さに、防ぐだけで手いっぱいになる。
 
「うぐあああ!」
「なんだこいつは!! ぐああ!」

 さっき悲鳴が上がったところから、直線状に悲鳴と火花が続いていく。
 何者かが防衛線を突破して、馬車の元へとたどり着いたようだ。
 
 野営に設置されていた照明によって、その姿が浮かび上がる。
 背中に柄の長いハンマーが1本、両手でもう1本の柄が長いハンマーを持った大男だった。
 
「お前は、”武器狩り”……!」

 バックラーで自身の体と背後を守る姿勢のまま、”運と実力の盾”は少し後退する。

「そうだ。俺は”武器狩り”。この通り名をよく覚えておけ。
 もし運よく生き残ったのなら、俺がここでしたことを広めろ。
 死ななかった幸運に感謝しながらな」

 頭の部分が尖っているハンマーを振り上げる。

「僕が攻撃を受けるから、君たちはその隙に攻撃を!」

 両脇にいる傭兵に指示を出して、震えながらバックラーを構える。

 その姿を見下しながら、大振りの攻撃を放つ。
 遠心力の乗った強烈な一撃がバックラーを粉砕し、人形を放り投げるかのように”運と実力の盾”を打ち飛ばした。
 運よく馬車に体を受け止められ、意識は飛ばさずに済んだ。
 だが、バックラーを付けていたはずの左腕は血まみれで、役立たずになっていた。

 下げていた顔を上げると、両隣にいた傭兵たちが武器を砕かれ、弾き飛ばされている姿が目に映った。

「……これが”武器狩り”か」

 まだ動く方の片手で剣を握りなおす。
 せめて劇団員のいる馬車からは引き離そうと、さりげなく横に移動した。
 それにつられるようにして、”武器狩り”は向きを変えた。

「まだ僕の武器は2本も残っているぞ。通り名変えたほうがいいんじゃない?
 僕に言われたところで変える気になるかわからないけど」
「虚勢を張る男だ。自信がないならば逃げ帰ればよいものを」

 大きく体をひねると、頭蓋めがけて容赦のない攻撃を振るう。
 ”運と実力の盾”は恐怖のあまり目をつぶった。
 
 風切り音が、金属どうしがぶつかる激しい音に変わった。
 急に鳴った高い音に驚き、”運と実力の盾”は恐る恐る目を開ける。
 
「班長……! 大丈夫ですか……!」

 剣を腕で支え、全体重をかけ、かろうじてハンマーを止めているヒイラギの姿があった。
 ハンマーと班長の間に体を滑り込ませ、穢れのない色の剣で班長を守っていたのだ。
 
「急に入ってきたかと思えば、弱そうな子どもか……。ふんっ!」

 ”武器狩り”は足から力を入れ、それをハンマーまで伝えると、ヒイラギごと”運と実力の盾”を吹き飛ばした。

「ごほっ、ごほっ……」
「大丈夫かい? 確か、ヒイラギくんだったかな」

 とっさに体勢を立て直した”運と実力の盾”に、ヒイラギは受け止められていた。

「はい……。ごほっ。どうにか大丈夫です。
 何者なんですかあの大男は」

 頭上で2回、片手でハンマーを回す男をにらんで、班長に問いかける。

「あいつは”武器狩り”。一時期、傭兵たちから恐れられた狂人だよ。
 あの尖ったハンマーで防具や武器ごと人体を打ち砕いて、殺しているのさ。
 最近はこの辺りで名前を聞かなくなっていたけど、まさかここで来るなんて、僕の運もなくなったかな……」

 自信を喪失したのか、力なく笑う。

「それでも、僕たちは守らないといけません。
 この劇団の人たちを。そして、他の傭兵の命も、です」

 立ち上がったヒイラギは、まだ痛みが残る左腕で、自信を無くした班長を庇う。
 鈍い銀髪の半分を赤黒く染め、地に立つ足や剣を構える腕には、無数の傷とあざがついていた。

 それでもなお挑もうとする姿を見て、班長は自分の中の何かが馬鹿らしくなって、自虐的に笑った。
 そして、口に広がった血を吐き捨てて追いかけるように隣に立った。

「ヒイラギくん。君は怖いくらいすごいね。
 僕なんかより、よっぽど班長に向いてるよ」
「何を言うんですか。班長の声掛けのお陰で、僕はいつも通り動けているのです。
 自信がない班長の精一杯の言葉だったからこそ、心に響いたんですよ」
「お世辞でもうれしいね。
 ……嫌じゃなければ、一緒にあいつと戦ってほしい。
 みんなを助けよう」
「もちろんです」
 
「もういいか」
 
 ”武器狩り”はハンマーで地面を削りながら近づき、2人の会話をさえぎる。
 正面から堂々と歩いてくる姿にも一歩も引かず、ヒイラギたちは臨戦態勢を取る。
 
 ハンマーの攻撃圏内に2人を入れた”武器狩り”は、盛り上がってきていた士気をぶち壊すように、頭上からハンマーを打ち下ろした。
 ヒイラギに落とされたそれは到底受け止めきれるものではなく、抵抗もむなしく剣と一緒に地面へと叩き伏せられる。

「ヒイラギくん! このっ――」

 剣を突き刺しにかかるが、”武器狩り”はハンマーを手放して避けると、思い切り”運と実力の盾”を蹴り飛ばした。
 くの字になってしばらく滞空したあと、何度も地面で跳ね、転がってからようやく止まった。
 粘性の高い血を吐き出すと、ぐったりして動かなくなった。
 
 それを確認もせず、目の前でどうにか起き上がろうとしているヒイラギへと向き直る。
 
「子ども。お前のその剣はなんだ。
 俺のハンマーを2度も受けて砕けなかった剣は、それが初めてだ」

 必死に握っている手を踏みつけて、白銀色の剣を取り上げる。

「返せ……! その剣に触るな……!!」

 踏まれていない方の手で、”武器狩り”の足首へ爪を食い込ませる。
 少し顔を歪めると、舌打ちと同時にヒイラギのわき腹を蹴った。

「がっ……! か、返せ……!」

 それでもなお、足首を離そうとしない。
 忌々しそうに顔を横に振り、足を握る手を振り払うと、先ほどよりも強い力でわき腹を蹴りぬいた。

 苦悶の表情のまま宙へ浮き、数回転してあお向けになる。

「お前には興味ないが、この剣には興味がわいた」

 地面に刺さったハンマーを背中へしまうと、剣を眺めながら馬車へと向かう。

「や……めろ……」

 無理やり体を立たせたヒイラギは、よろめきながらその後ろを追う。
 ”武器狩り”は白銀色の剣を地面に突き刺すと、背中のハンマーを再び両手に持つ。

「くどい」

 心底鬱陶しそうに言い捨てると、ゆっくりとハンマーを持ち上げる。

 月光が2人の姿をいやにはっきりと照らし出す。
 
 ――その光を、何かの影がさえぎった。
 
 急に視界が暗くなり、”武器狩り”は夜空を見上げる。
 
 ――何かが降ってきている。
 
 攻撃のために持ち上げたハンマーを、防御のために持ちかえる。

 ガキィン!

 と火花が散ると、月明かりがその何者かを明らかにした。

 2本の短刀を両手に持ち、地面に降り立ったその男を見て、ヒイラギは驚く。

「オ、オニキスさん……? どうしてここに……?」
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