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奇跡の救援者編
第4話「懇願」
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遥か遠い北方砦に赴任したベルナールの下には……
愛する妻クローディーヌから、頻繁に手紙が来た。
内容は普段の事を報せる以外には、かつての愛人ウジェーヌから、度々復縁の誘いが来ているという予想通りのものであった……
しかし妻は、そのみだらな誘いが来る都度、きっぱり断っているようだった。
ベルナールはホッと安心しながら、「自分は必ず生きて帰還する」と返事を出し続けたのである。
そんな中、今回の『事件』が起こった。
ウジェーヌは、絶好の機会と考えたに違いない。
ベルナールが『名誉の戦死』を遂げてしまえば、こちらのもの。
悲しみと孤独にうちひしがれたクローディーヌの弱みに、一気に付け込んでしまおうと。
その為、王国軍を率いた指揮官ウジェーヌは、北方砦の救援に赴かないのである。
どうしようもない理由であるが、過去にも私怨からこのような行動はあった。
公務に、はっきりとした私情を持ち込む……
普通なら絶対に許されないが、概して王国貴族とはそんなものなのだ。
ベルナールは考える。
自分が死んだ後、クローディーヌは一体どうなってしまうのかと……
見方を変えれば、そこまで妻への愛が深いのなら……
ウジェーヌへ託しても良いのかと、一瞬でも思ってもしまう。
ベルナールが、己の人生を諦めた瞬間。
昨日聞いた渋い声が、心の中に響いて来た。
『いかんな……それでは。ウジェーヌとかいうクサレ野郎の思う壺だ』
慌てて、周囲を見渡すベルナール。
しかし部屋には、誰も居ない……
「な、何だ?」
『俺さ、バルバだ、男爵。これは念話だ、俺は今、異界に居て、あんたの心へ直接話し掛けている』
『な!?』
『ふふふ、俺はあんたの特別な事情を全て知っている』
『何だとぉ!』
『怒鳴るな、男爵。実はな、事前に契約は完了している。あんたの奥さんクローディーヌとな』
バルバが発した、それは衝撃の発言であった。
この正体不明の男が、自分より先に妻クローディーヌと契約をしている。
ベルナールは、再度聞き直さずにはいられない。
『私の妻!? クローディーヌとか!? バ、バルバっ!』
『ふむ、何だ? いきなり慌てて』
しれっと落ち着き払うバルバであるが、ベルナールは気が動転してしまっている。
『慌てるぞ! 当然だっ! も、も、もしや! き、貴様! つ、妻の魂を奪うのか!』
『奪う? 人聞きが悪いぞ、全く違う。それに、俺に対する言葉遣いに気をつけろ』
『な!?』
目の前に居ない筈のバルバから、怒りの波動を感じて、ベルナールは息を呑む。
身体がびしっと硬直する。
大きく目を見開いたベルナールへ、バルバはあっさり言う。
『もしも俺が見捨てたら、お前達夫婦は共に死ぬぞ』
『え? 私達ふたりが両方死ぬ!?』
『ああ、そうさ。まずは話を聞け、俺は先にあんたの奥さんとも会った』
『な!?』
『そして、今のあんたの状況を話したら、ぜひにと頼まれた。男爵……あんたをどんな手を使っても助けろと……その代償に、俺が奥さんの魂を貰う約束だ』
バルバの衝撃発言を聞いて、ベルナールは目を丸くする。
気が遠くなりそうだ。
そして己を犠牲にしても、ベルナールを助けたいと、妻が言い切ったと聞いて……
妻に対する深い愛が、水量豊かな泉のように、こんこんと止めどもなく湧いて来るのだ。
だからベルナールは言い放つ。
きっぱりと、迷う事無く。
『ば、馬鹿なっ! それでは私が助かったとしても、なんの意味もないっ! 私はクローディーヌが幸せに生きる為に死ぬ覚悟を決めたのに!』
しかしバルバには、そんなベルナールの思いは届いていないようだ。
大きな声で、面白そうに笑い飛ばす。
『ははははは! あんたの奥さんも同じ事を考えているようだ。自分を犠牲にしてでも、あんたを助けたいとな……もしあんたが死んだら、ためらわず後を追うだろう』
『くううっ!』
ベルナールは嬉しい!
妻がここまで自分を愛してくれていたとは。
同時に、凄くもどかしい。
もう死ぬしかない、過酷な運命を背負った自分の身が。
生きて、何とか生きて王都へ戻り、愛する妻を抱きしめたい……そう、ベルナールは願うのに。
悔しがるベルナールをどこかで見ているかのように、バルバは皮肉たっぷりに言う。
『夫婦それぞれ思いはひとつなのに……こうも上手く行かぬとは……人間とは皮肉なものだ』
バルバの突き放すような言葉に、ベルナールは目の色を変えて懇願する。
やはり、妻を犠牲にするなど出来ない。
ならば、いっそ!
ベルナールはもう妻の為に、なりふり構わずという感じだ。
『そ、そんなっ! た、頼むっ! わ、私の魂と取り換えてくれっ! 妻との契約を破棄し、私とし直してくれっ!』
『ふふふ、必死だな。妻をそこまで愛しているのか?』
『愛している! クローディーヌは私の命! 否、命以上の存在なんだっ』
ベルナールは言い切った。
心の底から思う。
自分がどうなろうと、妻だけは生きて幸せに暮らして欲しいと。
あまりにも真剣な口調に、バルバも思うところがあったらしい。
『ほう! 感心した、そこまで言うのか?』
『言うさ! 本心だ! 嘘偽りなど全くないっ!』
『……分かった。考えてやらぬ事もない』
『ほ、ほ、本当かっ! では、ぜひ! 私の魂を! 我が妻の、命の対価にしてくれっ!』
更に熱くプッシュするベルナールの懇願に……とうとうバルバは折れた。
『うむ、ならば、お前の魂を貰う事にしようか』
『ああ、ありがたいっ! お、お、恩に着るっ! 改めて分かったぞ! お前は、多分人智を超えた存在――悪魔なのだろう? とてつもない力を持っているのだろうっ!』
ズバリ、ベルナールが指摘したバルバの正体……
だが、バルバは、
『ふふふ』
肯定も否定もせず、軽く笑っただけで答えなかった。
しかし……ここまで来たら、ベルナールは全く臆さない。
どうせ、もう……自分は「悪魔へ魂を売った」のだ。
毒を食らわば皿まで……である。
『た、頼みがある。どんな形でも良いっ! バルバ! お、お前の力でっ! 私が亡き後、つ、妻を絶対幸せにしてやってくれっ、こ、この通りだっ』
ベルナールは、床に膝を突いた。
そして手も床へ、べったり突いた。
『…………』
深々と、頭を下げるベルナール。
堅い床に頭が「ごつん」と当たる。
何度も、何度も。
ベルナールは……愛する妻の幸福の為に……姿が見えぬバルバへ……懸命に土下座をしていたのであった。
愛する妻クローディーヌから、頻繁に手紙が来た。
内容は普段の事を報せる以外には、かつての愛人ウジェーヌから、度々復縁の誘いが来ているという予想通りのものであった……
しかし妻は、そのみだらな誘いが来る都度、きっぱり断っているようだった。
ベルナールはホッと安心しながら、「自分は必ず生きて帰還する」と返事を出し続けたのである。
そんな中、今回の『事件』が起こった。
ウジェーヌは、絶好の機会と考えたに違いない。
ベルナールが『名誉の戦死』を遂げてしまえば、こちらのもの。
悲しみと孤独にうちひしがれたクローディーヌの弱みに、一気に付け込んでしまおうと。
その為、王国軍を率いた指揮官ウジェーヌは、北方砦の救援に赴かないのである。
どうしようもない理由であるが、過去にも私怨からこのような行動はあった。
公務に、はっきりとした私情を持ち込む……
普通なら絶対に許されないが、概して王国貴族とはそんなものなのだ。
ベルナールは考える。
自分が死んだ後、クローディーヌは一体どうなってしまうのかと……
見方を変えれば、そこまで妻への愛が深いのなら……
ウジェーヌへ託しても良いのかと、一瞬でも思ってもしまう。
ベルナールが、己の人生を諦めた瞬間。
昨日聞いた渋い声が、心の中に響いて来た。
『いかんな……それでは。ウジェーヌとかいうクサレ野郎の思う壺だ』
慌てて、周囲を見渡すベルナール。
しかし部屋には、誰も居ない……
「な、何だ?」
『俺さ、バルバだ、男爵。これは念話だ、俺は今、異界に居て、あんたの心へ直接話し掛けている』
『な!?』
『ふふふ、俺はあんたの特別な事情を全て知っている』
『何だとぉ!』
『怒鳴るな、男爵。実はな、事前に契約は完了している。あんたの奥さんクローディーヌとな』
バルバが発した、それは衝撃の発言であった。
この正体不明の男が、自分より先に妻クローディーヌと契約をしている。
ベルナールは、再度聞き直さずにはいられない。
『私の妻!? クローディーヌとか!? バ、バルバっ!』
『ふむ、何だ? いきなり慌てて』
しれっと落ち着き払うバルバであるが、ベルナールは気が動転してしまっている。
『慌てるぞ! 当然だっ! も、も、もしや! き、貴様! つ、妻の魂を奪うのか!』
『奪う? 人聞きが悪いぞ、全く違う。それに、俺に対する言葉遣いに気をつけろ』
『な!?』
目の前に居ない筈のバルバから、怒りの波動を感じて、ベルナールは息を呑む。
身体がびしっと硬直する。
大きく目を見開いたベルナールへ、バルバはあっさり言う。
『もしも俺が見捨てたら、お前達夫婦は共に死ぬぞ』
『え? 私達ふたりが両方死ぬ!?』
『ああ、そうさ。まずは話を聞け、俺は先にあんたの奥さんとも会った』
『な!?』
『そして、今のあんたの状況を話したら、ぜひにと頼まれた。男爵……あんたをどんな手を使っても助けろと……その代償に、俺が奥さんの魂を貰う約束だ』
バルバの衝撃発言を聞いて、ベルナールは目を丸くする。
気が遠くなりそうだ。
そして己を犠牲にしても、ベルナールを助けたいと、妻が言い切ったと聞いて……
妻に対する深い愛が、水量豊かな泉のように、こんこんと止めどもなく湧いて来るのだ。
だからベルナールは言い放つ。
きっぱりと、迷う事無く。
『ば、馬鹿なっ! それでは私が助かったとしても、なんの意味もないっ! 私はクローディーヌが幸せに生きる為に死ぬ覚悟を決めたのに!』
しかしバルバには、そんなベルナールの思いは届いていないようだ。
大きな声で、面白そうに笑い飛ばす。
『ははははは! あんたの奥さんも同じ事を考えているようだ。自分を犠牲にしてでも、あんたを助けたいとな……もしあんたが死んだら、ためらわず後を追うだろう』
『くううっ!』
ベルナールは嬉しい!
妻がここまで自分を愛してくれていたとは。
同時に、凄くもどかしい。
もう死ぬしかない、過酷な運命を背負った自分の身が。
生きて、何とか生きて王都へ戻り、愛する妻を抱きしめたい……そう、ベルナールは願うのに。
悔しがるベルナールをどこかで見ているかのように、バルバは皮肉たっぷりに言う。
『夫婦それぞれ思いはひとつなのに……こうも上手く行かぬとは……人間とは皮肉なものだ』
バルバの突き放すような言葉に、ベルナールは目の色を変えて懇願する。
やはり、妻を犠牲にするなど出来ない。
ならば、いっそ!
ベルナールはもう妻の為に、なりふり構わずという感じだ。
『そ、そんなっ! た、頼むっ! わ、私の魂と取り換えてくれっ! 妻との契約を破棄し、私とし直してくれっ!』
『ふふふ、必死だな。妻をそこまで愛しているのか?』
『愛している! クローディーヌは私の命! 否、命以上の存在なんだっ』
ベルナールは言い切った。
心の底から思う。
自分がどうなろうと、妻だけは生きて幸せに暮らして欲しいと。
あまりにも真剣な口調に、バルバも思うところがあったらしい。
『ほう! 感心した、そこまで言うのか?』
『言うさ! 本心だ! 嘘偽りなど全くないっ!』
『……分かった。考えてやらぬ事もない』
『ほ、ほ、本当かっ! では、ぜひ! 私の魂を! 我が妻の、命の対価にしてくれっ!』
更に熱くプッシュするベルナールの懇願に……とうとうバルバは折れた。
『うむ、ならば、お前の魂を貰う事にしようか』
『ああ、ありがたいっ! お、お、恩に着るっ! 改めて分かったぞ! お前は、多分人智を超えた存在――悪魔なのだろう? とてつもない力を持っているのだろうっ!』
ズバリ、ベルナールが指摘したバルバの正体……
だが、バルバは、
『ふふふ』
肯定も否定もせず、軽く笑っただけで答えなかった。
しかし……ここまで来たら、ベルナールは全く臆さない。
どうせ、もう……自分は「悪魔へ魂を売った」のだ。
毒を食らわば皿まで……である。
『た、頼みがある。どんな形でも良いっ! バルバ! お、お前の力でっ! 私が亡き後、つ、妻を絶対幸せにしてやってくれっ、こ、この通りだっ』
ベルナールは、床に膝を突いた。
そして手も床へ、べったり突いた。
『…………』
深々と、頭を下げるベルナール。
堅い床に頭が「ごつん」と当たる。
何度も、何度も。
ベルナールは……愛する妻の幸福の為に……姿が見えぬバルバへ……懸命に土下座をしていたのであった。
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