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15.残念女王があらわれた

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「え……?」
 現役のイケメンアイドルである矢住やずみくんに、壁ドンとあごクイのコンボを決められ、至近距離から顔をのぞきこまれる。
 それがいかにはずかしいかは、やられてみないとわからないだろう。

 だって、こんなにキラキラしてるきれいな顔が、めちゃくちゃそばにあるんだぞ!?
 しかもそれが少女マンガさながらの、現実にはあまりやらないであろう仕草で迫ってくるんだからな?!
 なんて言うか、まぶしい以外の言葉が浮かんでこない。

 至近距離から浴びる現役アイドルのそれは、とてつもなく現実感がなくて、マンガチックな演出だった。
 おかげで、カァッと頬が熱くなる。
 なんだろう、気持ち的には『勘弁して……』がいちばん近いだろうか。

 相手は、すべての女子のあこがれが詰まったイケメンアイドルで、こんなことをされるのなんて、むしろ僕相手で申し訳ないような気さえしてくる。
 これが適切な表現かわからないけど、なんかもったいなくないか?!

 こういうことしてもらいたいっていうファンは、きっと世のなかに掃いて捨てるほどいるだろうに……。
 そんな貴重な1回を僕にするとか、無駄打ち感がハンパない。

「師匠はちょっと、ガードゆるすぎません?ボクにまで簡単に壁ドンとかされちゃって、こんな体勢ならキスとか、めっちゃできそうなんですけど」
「へっ?」
 さらにグッと迫ってくるきれいな顔に、思わずマヌケな声が出た。

 えっ、そっちの意図だったのか!?
 正直なところ、矢住くんの演技がオーバーすぎて、ネタ的なアレかと思ったんだ。
 アイドルだとファンサービスの一環で、そういう妄想シチュエーションとかもネタとしてやらなきゃいけないのか、大変だな……とか思ってしまっていた。

「なんか、その……ごめん……」
 とっさに口をついて、あやまりの言葉が出てくる。
 全然相手の意図に気づいてなかったことに、申し訳なさが募る。

「てっきり、矢住くんのそのキラキラした空気を間近に体感して、輝きかたを学べってことかと……」
 肩をすくめて、そっと相手の顔色をうかがえば、あわてて目を逸らされた。
 あー、また怒らせちゃったのかな?

「はーー、これでも女の子たちにはキャーキャーされてる、そこそこ人気の王子系アイドルキャラで売ってるつもりだったんですけどねー。ホント理緒さんてば、ことごとくボクのプライドをへし折ってくるんだから、もー!」
 ……まぁ、そりゃ、やっぱり怒ってるよね。

「あたりまえじゃない、理緒りおたん先生は、いつもクソイケメンな東城とうじょうの顔面を間近で見てきてるんだから!そんじょそこらのイケメンなんかには、落とされたりしないわ!当然のように、目は肥えまくってるに決まってるでしょ!?」
 ふたたびあやまろうと口を開きかけたそのとき、声がかかる。

「え……っ?」
「ハァッ!?」
 やけに聞きおぼえのあるその声に、あわてて顔を向けた先にいたのは……。

宮古みやこさんっ!?」
宮古みやこ怜奈れいなが、どうしてここに?!」
 思わず立ち上がってさけんだ僕の声にかぶせるようにして、ふりかえってその姿を確認した矢住くんもさけぶ。
 そこにいたのは、恋愛ドラマの女王と名高い宮古怜奈その人だった。

「もう、タカリオ一択の至上主義だったけど、こうして生で見せられると破壊力高いわー!モブリオも案外おいしいわね……ただし、相手はイケメンにかぎるけど!」
なんだか意味のわからないことを言っているけれど、見まちがいようもない。

「キャー、理緒たん先生、お久しぶりです!!あいかわらずのヒロインりょくの高さを発揮されているみたいで、なによりですっ!」
「えっと、お久しぶり。でも、なんでここに……っ!?」
 あいさつを返そうとしたのに、それを待つことなく宮古さんがこちらに向けて走り寄ってきて、そして抱きつかれた。

 瞬間的に、スタジオ内の空気がザワつく。
 あぁ、またこの空気、変に注目されているヤツだ。
 ていうか、女優さん相手に抱きつかれたからって、返すわけにもいかないし、どうしろっていうんだよ?!

 僕が固まっているのをいいことに、ひとしきりギューギュー抱きつかれ、ついでのように腰をなでまわされ、ようやく解放された。
 どういうつながりなんだって顔をしている矢住くんに、どう説明したらいいんだろうか。

「うふふ、この前のドラマのスタッフさんから、お宝映像が出来上がったって連絡をもらったんで、取りに来たんですよー」
 お仕事まえだからか、ほとんどメイクをしているようにも見えないのに、にこにこと笑う姿は、やっぱりハッとするほどの美人だった。

「そしたら、隣のスタジオに理緒たん先生ご本人が練習に来てるって聞いて、それでごあいさつにって」
「あぁ、そうなんだ……」
 気のせいか、このスタジオ内にいるスタッフさんだけでなく演者側からも、若干の嫉妬まじりな視線を浴びている気がする。

 そりゃそうか、宮古さんといったら、今をときめく人気女優さんのひとりだもんな。
 僕みたいなモブ役者なんかと、どこに接点があるんだって思うのも無理ないか……。

「そしたらなんかもう、いきなり年下のイケメンくんに襲われかけてるし?理緒たん先生のヒロインっぷりが、あまりにおいしそうだったんで、思わずかぶりつきで見ちゃいました」
「う、うん……??」
 宮古さんは、なにを言ってるんだろうなぁ。

「ま、それはさておき。よく見たら、キミ、矢住ヒロくんよね?」
「えっ、あっ、ハイ!」
「ちょっとキミに会ったら、言っておきたいことがあったのよね」
 腰に手をあてて、グッと身を乗り出してくる宮古さんに、矢住くんはあわてて背すじを伸ばす。

「あの動画、キミのおかげで拡散したの見たわよ!それについては感謝してるの……でもね?理緒たん先生の一番弟子は、このあたしだから!つまりキミは、あたしの弟弟子なんだからねっ!!」
「は、はぁ……」
 急になにを言い出すんだろうか、その気持ちが矢住くんの顔にも出ていた。

「あの動画紹介するときに、理緒たん先生のこと、『師匠』って書いてたでしょ?!キミも弟子入りしたのかもしれないけど、あたしのほうが先だから!」
「は、ハイッ!」
 すっかり宮古さんの剣幕に呑まれてしまったのか、矢住くんはすなおに首を縦に振っている。

「わかれば、よろしい。そういう序列は、芸能界じゃ大事だからね」
 ふたたびにっこりと笑いかける宮古さんは、やっぱりきれいな人を見慣れているはずでも、とびきりの美人だと感じる。
 実際にその笑顔に、周囲からも、ほうっとため息が聞こえてくる。

「あ、あのっ、失礼ながら宮古さんはどちらで師匠に師事されたんでしょうか?」
 ハッと我に返ったように質問する矢住くんの疑問も、もっともだと思う。
 だって今回のように、わかりやすくいっしょの仕事をしているならばともかく、これまでに僕が宮古さんと表立っていっしょに仕事をしたことはなかったわけだし。

「そうねぇ、公認してもらったのはつい最近ではあるけれど、自認したのは2年前ね。一応、私のすべてのヒロイン演技の元になっているのは、理緒たんなわけだし」
「へぇ~……って、えっ?!理緒さんがっ!??」
 うん、まぁ、そうなるよね。

 矢住くんの反応が、ある意味で正しいと思う。
 だって、宮古さんと言ったら『恋愛ドラマの女王』なんて呼ばれるほどに数々の魅力的なヒロインを演じ分けてきた女優さんだ。
 その演技の元になっていると言われても、にわかには信じがたいだろうと思うよ。

 ……なんて思っていたのに、どうやらそう思っているのは僕だけみたいだった。
「なるほど、よくわかります!あの理緒役のときとか、ヤバかったですからね!」
 いきおいよく矢住くんが、首を縦に振りながら同意している。

 えぇっ、なんでそこで同意しちゃうかな!?
 そして宮古さんも、なんで『さも当然』みたいな顔をしてるんですか!
 もはやツッコミどころが満載すぎて、どこからツッコんだらいいか、わからないくらいだ。

とはかくあるべしっていう、いかにもなお手本だったからね、アレ……とはいえ本当は、理緒たん先生本人が、いちばんヒロインりょく高いんだけど……」
 またもや宮古さんが、わけのわからないことを言い出す。
 前から思ってたんだけど、『ヒロインりょく』ってなんなんだろうなぁ。

「それ!本当にそれですよ!!それはもう、師匠の素の言動なんかは、特にヤバいですからね!!」
 そして矢住くんがまた、全力で同意を示してきて、マジで意味がわからない。
 なんで僕、本人なのに置いてきぼりなんだろう?

「なかなかわかってるわね、キミ!そんなキミには、お姉さん見せてあげちゃおうかな?」
 くちびるに笑みを刷く宮古さんの色気のある表情のつけ方に、思わずドキリとさせられる。

「え……っ?」
 それに釣られるように、一瞬にして頬が赤くなる矢住くんの声が、期待に満ちたようにやや上ずった。
 うわ、なんだろう、なのに今むしろ嫌な予感しかしていない。

 だってもし、宮古さんがなにか矢住くんに見せるとしたら、今の会話の流れからして、宮古さんが隣のスタジオのスタッフから受け取ったという『お宝映像』とやらしかないだろう?
 しかもその会話の流れに、合致するものなんて、僕にはひとつしか思い当たらない。

「空いてるモニター、あるかしら?」
「は、ハイッ!こちらに!!」
 宮古さんが声をかければ、即座に近くのスタッフさんが反応した。

「ありがとう、助かります。広田さん……って、さすがあたしのマネージャーだけに、わかってるわね!」
 スッと、手にした白と透明のプラスチックケースに入ったディスクを顔の横に掲げ、宮古さんはニヤリと不敵に笑う。
 あああ、もう、さっきから悪寒しかしていない!

「あたりまえでしょう、怜奈の考えていることなんて百も承知よ」
 背後には、いつのまに来たのか、宮古さんのマネージャーである広田さんがポータブルプレーヤーと接続コードのたぐいを手にして立っていた。
 でもその悪寒のせいで、ふたりのやりとりが耳をすり抜けていく。

 ぼんやりとしたまま立ち尽くしていると、宮古さんがここに滞在していく気配を見せたとたんに、スタッフさんたちから椅子だの飲みものだのと出されていて、あらためてその人気に僕は舌を巻く。
 これだけ人気の女優さんが、なんで僕なんかに絡んでくるんだろう?

 こうして並んでいるのを見ても、ふたりともがまちがいなくスターだ。
 まぶしく感じるくらいの存在なのに、そろって僕のことを先生だの師匠だのと呼んで慕ってくれる。
 そのことが、不思議でたまらない。

 とはいえ、だからこそ、嫌な予感に心臓が無駄にバクバクしてきてるんだ。
 だって僕が宮古さんの『先生』として、直近で手伝ったのは、あの東城とのドラマのヒロインの演技を指導したときが記憶に新しいわけで。

 もし宮古さんが手にしたディスクにおさめられた映像が、僕の想像するとおりのものなら、全力で人目に触れるのを阻止したい。
 当時だって、宮古さん個人に見せるだけならともかく、カメラテストだなんて言われてスタッフに撮られただけでもはずかしかったのに、あのときもそれを見るスタッフの数は増えまくり、最終的には黒山の人だかりになったんだぞ?!

 これ以上の恥はさらしたくないし、この場で再生なんてさせてたまるかと思う。
 ……でもアレは本当に、『お宝映像』と言われるほどのものなんだろうか?
 そう自分に問いかけてみれば、いまいち自信が持てなくて、ただ黙々と作業をつづける広田さんの背中を見守るしかできなかったのだった。

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