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14.イケメンアイドルは台風の目になるか?

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 こちらを見つめる矢住やずみくんの顔は、思った以上に真剣なものだった。
 それだけ大事なことを話そうとしているんだろう、そう思えばこそ、僕もしっかりと聞こうと居ずまいをただした。

「ボクの事務所では、事務所に入ってすぐに『仕事をするなら、どんなことでもいいから必ず爪痕を残してこい』って言われます。どれだけ失敗しようが、逆にハマって悪目立ちしようが、真の主役はそんなものにはゆらがないですし、少しでも個性や特技があるなら、それを全面に押し出せって言われて育ちます」
 そう言い切る矢住くんは、真面目な顔をしたままだ。

 だって、もしその個性やら特技を、おもしろいと制作側のスタッフが思ってくれるなら、そこから新たな仕事につながるわけで、ダメなら編集だの演出だのでカットされるだけの話だ。
 だから、こちらから忖度なんてする必要はないんだと教えられたのだと言う。

 そう言われれば編集や構成、演出をするのは自分たち役者やタレントの仕事ではなく、それ専門の人たちがいるのは事実だ。
 そういう専門の人たちがいるというのに、ある意味で素人のこちらが勝手に判断するのは、かえって失礼に当たるということらしい。
 それは……たしかに、そうなのかもしれないけれど……。

「だから理緒りおさんは、自分のことを地味だとか言いますけど、さっきも言ったとおり、本気の演技をしているときの理緒さんはめちゃくちゃ目立つんです!その本人の演技力っていうすごい売りがあるのに、なんで表立ってそれを出さないんですか?!」
 矢住くんに力説されれば、その言葉は悪意がないからこそ、そのままストレートに己に突き刺さる。

「それは……悪目立ちして、バッシングを受けるのが怖くて……」
「それって裏を返せば、ってことじゃないんですか?!」
 矢住くんの言葉は、容赦なく僕に襲いかかる。

「っ!」
 そんなはずない───とっさにそう言い返しそうになって、踏みとどまる。
 ちゃんと、考えるんだ────。

 本当に、自分でも気づいていたんだろうか……?
 そう言われてしまうと、自分は地味なんだからと言いつづけてきたのは、無意識にそう思い込もうとしていただけだったのかもしれないなんて気がしてくる。

「あなたが本気を出せば、そんな心ない声なんて、実力でねじ伏せられるくせに!だったらそんなの、ただの怠慢でしょう?やればできるのに、わざとやらない。それはむしろ、やりたいのにできない役者たちからしたら、ただの傲慢にしか見えないんです」
 矢住くんの口調は、どことなくくやしさがにじんでいた。

 ───あぁ、その感情には覚えがある。
 自分では敵わないと思う、そんな相手に出会ったときに感じる己の力不足を嘆く気持ちだ。
 だってそれは、かつて華のある俳優となった東城とうじょうを前にした、僕自身が感じていたものと同じだったから。

 ───そうか、僕はこれまで共演者のファンに嫌われ、その悪意にさらされるのが怖いからといいわけをして、最初からわざと手を抜いてしまっていたのか。
 つまり僕のしていたことは、己の保身にかこつけた怠慢と傲慢、それでしかないのだと。

 そう言われてしまえば、たしかにそうなのかもしれない。
 けど、それでもやっぱり怖いものは怖い。
 これまではうちの事務所の人も、そして東城もそこらへんについては、僕の意思を尊重してくれていたから、深く考えたことはなかったけど……。

 でも矢住くんは、僕のトラウマとは関係がないからこそ、気兼ねなく問うことができるわけだ。
 本当にそれは、ファンだけのせいだろうか?って。

 言いにくいことだっただろうに、面と向かってここまで後輩に言わせてしまった。
 どれだけ僕は、これまで周囲に甘えつづけてきたんだろう。
 そして矢住くんには、損な役回りを押しつけてしまったんだろうか。

 だったらそのやさしさに報いるためには、僕は真剣に自分自身のその思い込みとも向き合わなくちゃいけないだろ。
 なぜ、そこまで目立ってはいけないと思い込んでしまっていたのか、その真の原因を探らなくちゃダメだ。

 そうして己の心に問いかけてみれば、ふいに浮かび上がってきたのは、先日想定外の再会をした颯田川さったがわプロデューサーの顔だった。
 東城のデビュー時に共演したときの、そのドラマのプロデューサーさんだ。
 いかにも業界人風の、チャラチャラとした風体の人だった。

 その颯田川さんにはその当時、さんざんにダメ出しをされた記憶しかない。
 それでいて、こちらを罵倒する大声を出したあとには、決まって僕のために言っていることなんだと、猫なで声を出してくる。
 目をつぶれば、かつて僕の演技を否定されたときの彼からの罵声が耳の奥によみがえる気がした。

 ろくに演技もできないのに、プロデューサーの意向に逆らうな、と。
 だって僕には、演技力なんて期待されてないんだからと言われたときのことを思い出す。
 連日のように、あの人からは自分の能力を全否定されるようなことばかり、言われていた気がする。

 ならば、自分よりも上の立場にあるはずの人から、くりかえし怒鳴られていたからこそ、そう思い込んでしまったってことはないだろうか?
 そう己に問えば、こたえは火を見るよりも明らかだった。

 まちがいない、僕にとってのトラウマのほとんどは、彼からの罵声で基礎がつくられていた。
 そこへ来て、たまたま東城の熱烈なファンからのバッシングがかぶったから、余計に心が弱くなり、当時の僕には耐えられなかっただけだ。

「その顔を見るかぎりだと、なにかふっ切れたみたいですね」
「うん、ありがとう矢住くん。今まで、どれだけ僕がサボっていたのかってことがわかったよ。ここから、今さらどれだけの挽回ができるかわからないけれど、やれるだけのことはやってみようと思う」
 矢住くんには、本当に感謝しかない。

「ホント、なんですよ!」
 あらためて、ありがとうと深々とお辞儀をすれば、矢住くんがイラついたままにさけぶ。
 って、どういうところだろうか?

「ボクのほうが年下なのに、めっちゃ今、失礼なこと言いまくったんですよ!なんでそこで、すなおにお礼が言えちゃうんですか!?これでも怒られる覚悟決めて言ったのに……だから理緒さんのこと、嫌いになれないんじゃないですか!!」
 カンシャクを起こしたように、あたまをかきむしる矢住くんは、なにかしら葛藤しているようだった。

「こう言っちゃなんですけど、アイドルとしてデビューしてすぐにファンもたくさんついて、トントン拍子にここまで来たんですよ。だからボクにとっては、理緒さんがはじめて挫折を味わわされた相手なんです!これでも運動神経には自信があったのに、その自信なんて、あの殺陣ですっかり粉砕されましたし!そんなふうにボクよりスゴい人なのに、ふだんは手抜きばっかりしてるんですから、怒りたくもなるでしょ!?」
 まったくもって、返す言葉も見つからない。

「うん……反省、します」
 心当たりが、これでもかというくらいあるだけに、耳がとても痛かった。
「わかってくれたなら、もういいです」
 そうして頬をふくらせてそっぽを向く矢住くんは、なんとなく照れ隠しをしているだけに見えた。

 それにしても、『はじめて挫折を味わわされた相手』か。
 東城と、まったく同じことを言うんだな。
あこがれてると、そういう思考回路まで似るものなんだろうか?

「それ、東城にも同じこと、言われたよ。はじめて挫折を味わわされた相手が僕だったんだって。矢住くんは東城にあこがれてるって言ってたけど、そういうところも似てるのかもしれないね。今の必死に表現力を身につけようとしてしてる矢住くんを見てると、2年前の東城を思い出すなぁって、そう思ってたんだけどさ」
 ひとまず話題を変えようと、そんなことを口にすれば、とたんに矢住くんの目がかがやいた。

「えっ!?それは、東城さんはボクにとってあこがれの人ですし、めっちゃうれしいですけどっ!」
 うんうん、そう言ってたもんな。
 矢住くんにも元気を出してもらうために、少し東城には恥をかいてもらうかな。

「東城もさ、今でこそ『実力派』なんて言われてるけど、最初はもう演技なんてメタメタにできてなくて、岸本監督といっしょに絶望してたんだよね……」
「うっ、それはたしかに今のボクもできてないですけど……」
 そっか、自分のダメなところにちゃんと向き合えているのも、そんなところまで似ている。

「いやぁ、でも矢住くんのほうが、覚えが早いと思うよ?あのころの東城には、毎日のように本読み稽古につきあってたけど、それと比べたら手もかからないし、上達するのも早いと思うし」
 だからほんの少し、リップサービスじゃないけど、矢住くんを励ます言葉をつけ加えておく。

「毎日って……あのドラマ深夜枠だったのに、そんなに連日スタジオ練習あったんですか?!」
 矢住くんの疑問は、もっともだと思う。
 ふつうはテレビ局の連続ドラマの撮影用だといっても、毎日特定のスタジオを押さえておくことなんて、できないことだもんな。

「いや、さすがにそれは無理だから、スタジオ上がりにそのままうちに来て、泊まりでやることも多かったんだけどね」
 うちのアパートは大家さんの趣味のおかげで防音がしっかりしてるから、稽古には向いてるし。

 当時の東城はまだ、会社が借り上げた狭いワンルームに住んでいただけだったからなぁ。
 音もれして近所迷惑になったら困るからって、しょっちゅう稽古のためにうちに来てたっけ。

 岸本監督からも、よくよく面倒を見てもらいたいと頼まれていたし、ギャラも東城のお守り代込みでふつうのやつよりも多くもらってたから、東城の求めるままに連日稽古につきあってたんだよなぁ。
 今思えば、あんなに手がかかる新人相手に、我ながらよくがんばったと思う。

「えっ、あれって東城さんが大げさに言ってただけじゃないんですか!?」
「えっ?うん、東城もやる気があったのか、わりと毎日うちに入り浸ってたかな……」
 そうこたえながら、隣に座る矢住くんの顔を見れば、またもやおもしろい顔になっていた。

「…………それ、なんか下心とかあったんじゃ……つーか理緒さん、無事だったんですか?」
「あー……それは、うん……むしろ逆っていうか、守るため、みたいな……」
 そう言いつつも、はずかしさに語尾が小さくなっていく。

 思い出すのは、例の颯田川プロデューサーだ。
 当時、まったく僕は気づいていなかったけれど、どうやらその彼にお持ち帰りを狙われていたらしい。
 毎回本読み稽古にかこつけて、いっしょに帰ることでそれを阻止していたのだと、東城本人から聞かされたのは記憶に新しい。

「当時の僕は、その人の思惑には、まったく気づいてなかったんだけどね……」
「はあぁぁ……つーか理緒さん、よく今まで無事でしたね」
 それはどういう意味なんだよ、もう、怖いこと言うなぁ。

「そのまんまの意味ですよ、こんなに隙だらけでおいしそうな人、よく食われずに済みましたね?」
「へっ?」
 思った以上に近いところにあった相手の顔に、まぬけな声が出た。

 あごに手をかけられ、くいっと持ち上げられる。
 もう片方の手は、僕の座るベンチの背後にある壁へとつかれていた。
 そして至近距離から、こちらの顔をのぞきこまれる。

 俗に言う『壁ドン』からの『あごクイ』ってヤツか、これ───!?
 現役イケメンアイドルのやるそれは、想像以上にキラキラとして、こちらがはずかしくなるくらいに、まぶしいものだった。

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