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第十六章 強く激しく

第172話 チュートリアル:優しさ

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「グガアアアア!!」

 その姿は燃えていた。

 鋭利な爪は穿つために剛刃の如く鋭く、涎を纏う牙はすべてを貫き砕くためにある。広げると身体の数倍はある両翼が動くにつれ、火口の底から湧き上るマグマの熱を纏い仰ぐ。

 耳を塞いでしまう咆哮は衝撃波を発生させ、一切の油断も躊躇も慢心もない眼光が対峙者を見た。

「アイヤー大きな龍――ドラゴンだネ☆」

 火口からせり上がった円状の地面。亀裂には熱したマグマが顔を見せ、並の靴では瞬く間に溶けて終わる。

 おあつらえ向きに用意されたこの場所。ドラゴンは中央に鎮座し、リャンリャンはいつものようにゆっくり歩くのだった。

「――ッ」

 溜める様に首を空に向かって仰ぐと、ドラゴンの口から炎が漏れ膨れ上がったソレを一気に放出した。

 ――ドワオ!!

 一点集中。

 ドラゴンの火焔をまともに受けたリャンリャンは一瞬にして炎に包まれ地獄の業火の中に消えた。

 轟々と吐き出される火焔はせり上がった地面全体に広がり、一切の逃げ場が無くなる。

 誰もがどう見ても絶望的な状況。この火焔が収まるとリャンリャンの痕跡は一切無くなっている。

 しかしそれは並の攻略者や冒険者の場合。こと彼は並ではなく仙人。

 ――ッシュ!

 地獄の業火から空に向かって何かが飛び出した。

「下の中ってところかナ☆」

 空中で逆さまになったリャンリャンは無傷。それどころか来ている衣服すらほつれていない。

 何事かとドラゴンが空中に飛び出したリャンリャンを首を動かして追う。

「グガアアアアアアア!!」

 大きく跳躍した空中で落下してくるリャンリャンを見たドラゴンは、再び顎から火焔を放った。

 ドラゴンの巨体より膨らむ業火。視界いっぱいに広がったソレを見たリャンリャンは一言。

「芸が無いネ☆」

 業火に包まれたリャンリャン。

 ――ッッド!!

 地面が揺らぎ火口のマグマ溜りが大きくうねる。

 ドラゴンの火焔が尽きると、穿かれた地面に力なく横たわるドラゴンが居た。

 キラキラと光の粒子に成って昇って行くドラゴン

 ――ポン♪

 と軽快な音が鳴り、ドラゴンのドロップアイテムが地面に散乱した。

「ふ~ン☆」

 地面に転がる爪やら牙やら尻尾やら。指で顎を持ち興味深く観察するリャンリャン。すると、後ろから二人組がスタスタと歩いて来た。

「一応この世界じゃトップレベルで強いラスボス級のドラゴンなんだがな。冒険者たちのレベルじゃ苦戦するもんだが、流石はヴァッサルと言っておこう」

「謝謝(ありがとう)☆」

 湖畔の勇者――ブレイブの賛辞を素直に受け取るリャンリャン。

「先ほどの氷山に棲む孤狼もなかなかの強さだが、黄龍仙にならずとも倒せる辺りリャンリャン殿の実力は計り知れんな」

「シュバリエも私を褒めてくれるのかイ☆ しょうがないなぁ☆」

 胸ポケットをまさぐるリャンリャン。手に掴んだのは棒の付いた小さなペロペロキャンディだった。

「ハイこレ☆」

「くれるなら貰う」

「いただこう」

 包みを剥がして口に入れる二人。

「「ん~~!」」

 こいつはイケると目を合わせて何度も頷く二人。萌の世界の物を口にするのはこれが初めてだったりする。

 口の中で歯が当たりカロッと音が鳴る飴。

「で? 要望通りホワイト・ディビジョンのダンジョンを後学の為勉強、散策、冒険し、二つ制したわけだが、感想は」

 そう。今日ホワイト・ディビジョンに足を運び、ヴァッサル二人を連れ回したのは、のちのちの後学のため。いづれ訪れるファントム・ディビジョンの改革という名のカスタムをするであろう萌。そのヒントをリャンリャンは学びに来た。

「んーそうだネ☆」

 と言うのは方便。

 この仙人。プライベートで稼いでいるが、実のところ暇だったりする。

「なかなか楽しめたヨ☆」

 笑顔100パーセント。

「……うん。勉強しに来たってのは本心じゃないのは確かだな」

「美味い。この甘未美味い」

 ジト目のブレイブ。ひたすら舐めるシュバリエ。

 火口のマグマの熱が三人の体を熱する。

「……熱いな」

「とりあえず戻ろうか」

「そうだネ☆」

 空間に青い亀裂が入り、ジワリと青い空間が広がる。その中を通ると、城下町に入る門前に繋がっていた。

「ドロップアイテムを放置すると数時間で消滅するんだよネ☆」

「そうだ。どのダンジョンでもそれは共通だな」

「フムフム☆」

 門を潜り城下町へ。

 目的地はいつもの酒場だが、出店が多くつい目移りするリャンリャン。三人は焼き鳥を購入し、広間になっている石垣に腰かけた。

 むしゃむしゃと頬張る三人。

 中華服。鎧姿の二人。前者は奇妙な服装だが後者は冒険者の様だと行き交う人々は思った。

 唐突に。

「なあ」

「何☆」

「お前って幻霊君主ティアーウロングより強いだろ」

「――」

 ブレイブがリャンリャンに質問した。

 少年のあどけなさが残る萌。幻霊君主――アンブレイカブルの後釜でれっきとした君主だが、如何せん幼い。
 アンブレイカブルの力を知っているブレイブや他のメンバーですら実力は当然、心構えといった視点を鑑み贔屓目に見てもまだまだの評価。

 しかしエルドラドの報告や親善試合での力比べ。今し方見たリャンリャンの状態ですら底を見せない実力。

 本気ではなかったにしろシュバリエは一度は引き分け。横目で成り行きを見るブレイブも同じことを思ったのも事実。

 この質問は使える君主に泥を投げつけるも当然の失礼な問いかけ。それを分っているも、ブレイブは問いただした。

 風が吹く。繫華街に行き交う人々。数秒間があった後、リャンリャンは口を開いた。

「私は大哥より強いヨ」

「……」

「前まではネ」

「……そうか」

 シュバリエの返事と共に焼き鳥のタレが地面に垂れる。

「ブレイブの言う通り、こと戦闘に置いても、心の在り方に置いても、私は大哥より強かった。それこそ、やろうと思えば顔が腫れるくらいにはボコボコにネ」

 リャンリャンの細目を見る湖畔の勇者。

「でも、人魚姫の後、大哥は精神的にも肉体的にも、これからぶつかるであろう何かしらの壁を一気に破ったんダ。……当然、大哥は人魚姫の魔力を受け継いだって知ってるよネ」

「ああ」

「知っている」

「でも魔力を受け継いだからって、それはあまり関係ない。大哥の強いところはそウ」

 ――優しさ。

「私がこうしていられるのは、大哥の優しさのおかゲ」

「……」

「……」

 二人は同時に目を瞑った。

 ブレイブは己の君主を思い浮かべる。彼もまた、枯れた精神の中優しさを受けたのだ。

「建て前だとか文句を言いつつうるさく喚くくせに、他人に優しくしようとするんダ。自分の命が危ぶまれる時でさえ、そう選択すル」

 家臣の赤と青は何も言わない。

「少なくとも、私は大哥と同じ選択はできないヨ」

 リャンリャンは亮の時に様々な経験をした。それを鑑みても、救おうとする萌の人となりはバカな選択だと心から想う。

 半面、尊敬にすら覚えるのもまた事実。

「――でも私の方が戦ったら強いからネ☆」

 気を取り直すリャンリャン。

「フ……」

「……台無しだな」

 三人は残っている焼き鳥を頬張るのだった。
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