異能専科の猫妖精

風見真中

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編入編

神狼の鬼退治

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 フェンリル。北欧神話における、巨大な狼。
 邪神ロキと女巨人アングルボザとの間に生まれた三人の子供の長男。
 神々の最終戦争、ラグナロクの際には、主神オーディンを飲み込み、その後オーディンの子であるヴィーザルに討たれたという。
 なぜその狼の名をリルが持っているのか、そんなことは気にならない。
 ただ、この力なら。
 神の子である狼の力なら、鬼など敵ではないと、そう思えた。
 大地を踏みしめ、藤宮に向かって駆ける。
 当たり前のように俺たちの前には二本角の鬼が立ちはだかり、藤宮の手の動きに合わせて俺たちを叩き潰そうとしてきた。
『ダイチ、鬼が邪魔だ』
「わぁってるよ‼」
 頭の中に響くリルの声に、俺は答える。
 足元にリルの姿は無く、戒めの異能具から解放された俺とリルは、文字通り一つになっていた。
「バカな……フェンリルだと⁉ それに、異能生物と、完全に融合したというの⁉」
 驚愕に慄く藤宮に、俺たちはニッと笑ってみせる。
 その笑みが余裕を感じさせて癇に障ったのか、藤宮は怒りの形相で矢鱈滅多に腕を振り回す。
 俺たちの動きを捉えようと振り回される二本角の鬼の腕は、当たらない。
『避けられるな』
「ああ。でも……」
 大振りで隙ができた鬼の脇腹に渾身の蹴りを入れるが、鬼はその体を僅かによろめかせただけで、大して効いている様子はない。
 俺とリルのスピードは、今や鬼のそれを凌駕していた。
 いかに藤宮が遠くから俺たちの動きを見て鬼を操ろうと、捉えることは叶わない。
 しかし、スピードで勝り鬼の隙を突いて攻撃を当てても、鬼の硬い皮膚や筋肉を打ち貫くことが出来ないでいた。
「オラァ‼」
 ズガンッ、鬼の腹に全体重を乗せた重い蹴りをぶち込むが、やはり効いていないようだ。
 俺たちの繋がりは強くなり、リルの『フェンリル』としての異能も扱えるようになった。
 しかし今のところ感じるのは、筋力やスピードの上昇のみで、それも鬼に致命的なダメージを与えるほどではない。
 それだけでなく攻撃を当てるたび、足には反動の痛みどころか、心地よい感覚が襲ってくる。
(反動の衝撃はあるのに、痛みは無い……か)
 恐らくこれは、ウェアウルフの能力の一つ、脳内物質の快感作用により、痛みを感じないのだろう。
「あまり長引くのは良くないな……」
『足、痛いのか?』
「痛くないから問題なんだよ」
 ただ痛くないだけなら問題ないようにも思えるが、痛みとは体の危険信号に他ならない。
 現に蹴りを入れるたびに、足には快感の他に妙な違和感も覚える。
 足の腱か骨、どちらかにダメージが蓄積されているのだろう。
 考えてみれば先ほどの鬼の猛攻のダメージも、石崎たちにリンチされた傷も癒えている訳ではない。痛覚が麻痺しているだけだ。
 このまま続ければ致命的なダメージにも気付かず、痛みはなくともそのうち体が動かなくなってしまうのは明白だろう。
『必殺技とかないのか?』
「あるわけねぇだろ‼」
 チンピラのケンカなんて殴る蹴る、あとは頭突きとか掴むとかが精々だ。
『じゃあ武器だ‼』
「武器っつっても……」
 一昨日のことを思い出し武器を探すが、残念ながら武器になりそうなものは見当たらない。朝礼台は壊しちまったしな。
「大人しく、殺されろッ‼」
 焦れたように大振りを繰り出す藤宮と鬼に、俺たちは後退を余儀なくされた。先ほどは思わず受け止めてしまったが、ダメージを考えるとこれ以上受けるのはマズい。
 日野に依頼した異能具が出来るのは、早くて明後日。
 オマケに日野が送っておくとか言っていた諏訪先輩は、今日は不在。
 諏訪先輩の留守を狙って藤宮は事を起こしたのかも知れないが、なんともタイミングが悪い。
 せめて俺の異能具が出来てからだったら、と思わずにはいられない。
「大地君!」
「あ?」
 後方から、ネコメが叫ぶ声が聞こえた。
「お前ら、まだ逃げてなかったのかよ⁉」
 匂いで近くにいることは分かっていたが、ネコメたちは先ほどから全くと言っていいほど移動していない。
 俺が鬼と藤宮を引きつけている間に投げてくれればいいものを、なぜ未だにそんなところにいるんだ。
「大地君、それを‼」
 混乱する俺をよそに、ネコメは大分麻痺が解けたのか、校庭の一角を指して声を張った。
「それを使ってください‼」
「そ、それ?」
 慌ててネコメの指した辺りに鬼の猛攻を避けながら移動すると、そこには木箱らしき物が置かれていた。
「これって……?」
 これは先ほど、ネコメが校庭にやってきたときに抱えていた物だ。
「日野さんが一日で仕上げてくれました。それはあなたの、あなた達の牙です‼」
「牙……⁉」
 牙、つまりは歯。俺たちの歯を使った、異能具か⁉
『ダイチ!』
「ああ!」
 急かすリルの声に応え、俺は木箱の蓋を開ける。
 すでに二本角の鬼が間近にまで迫っており、時間が無い。
「な、なんだこりゃ⁉」
 箱の中身は、黒い二本の、ナイフ? いや、メリケンサック?
 ともかく見たことない道具だ。
 全体が真っ黒な単一の金属で出来ており、ナイフの柄に当たる部分は異様に幅が広くてゴツい突起のような付いていて、オマケに指を入れるような穴が空いている。とても握って使うようには見えない。
 刃の付いたメリケンサック、そんな感じに見えた。
「ネコメ、これどうやって……⁉」
「来てるぞ大神‼」
 鎌倉の声に反応して、何とか異能具を持ってその場を離れる。
 直後、俺たちのいた場所に鬼の両手が鉄槌のように叩き込まれ、異能具の入っていた箱は粉々になり、辺りを砂埃が覆った。
「どう使うんだよ⁉」
 俺はとりあえずメリケンサックの要領で柄の部分の穴に指をはめ、殴ることの邪魔にならないように二本とも刃物でいう『逆手』の形に構える。
 砂埃が晴れかけ、その向こうに鬼の姿を捉えた。
 鬼は自分で巻き上げた砂埃が藤宮の視界を覆ってしまったらしく、両手を地面に叩きつけた体勢で固まっている。
「オラァ‼」
 両手を地面に付き、低い体勢になっている鬼の顔面目掛け、俺は異能具をはめた右拳を思い切り振り抜いた。
 ズガンッ、と見事に鬼の左頬に俺の右拳はヒットした。しかし、
『ガァ‼』
 鬼はよろめき、地面に膝をついたが、殴った顔には傷らしい傷は無い。
「なんだとっ⁉」
 それだけでなく、むしろ殴った俺の手は金属に当たっていた指の皮が剥け、出血している。
「どうなってんだよ、この異能具は⁉」
 起き上がろうとする二本角の鬼から距離を取り、俺は遠くにいるであろう日野に聞こえるはずもない恨み言を言わずにいられなかった。
 届けてくれたネコメには悪いが、今のところこの異能具は『使い辛いメリケンサック』の域を出ない。せめてナイフとして使えてくれ。
「どんな異能具かと思えば、とんだハズレみたいね」
 遠くで藤宮がニヤリと笑う。
 なんとかあのふざけたツラに一発ぶち込んでやりたいが、一体の二本角と二体の一本角の鬼は未だに健在。
「クソッ‼」
 藤宮までの、ほんの数十メートルの距離がたまらなく遠かった。

 ・・・

「そんな……なんで……⁉」
 石崎の腕の中で、ネコメは困惑の声を漏らした。
 彩芽から預かり、大地に託した異能具。
 きっとこの絶望的な状況を打ち破る鍵になってくれると思っていたのに、あの異能具はまるでガラクタだ。
 もともと異能具には大きく分けて二種類あり、異能使いの霊官が使う杖や水晶玉のような、誰でも扱える汎用型の異能具と、ネコメの爪のように専用に作られた個別型がある。
 大地の異能具はどう見ても個別型で、個別型である以上は本人のみがその力を十全に扱えるはずだ。
 例えばネコメが大地の異能具を扱おうとしても、『使い辛いメリケンサック』にしかならないのであれば話は分かる。
 しかし、当人である大地がその程度の扱いしかできないのはおかしいのだ。
(牙……口に咥えて使う? でもそれなら二本あるのはおかしい……。持ち方が違う?)
 思考を巡らせるネコメだが、いくら考えても答えは出ない。
 グッと手を握り、ゆっくり開くと、毒で麻痺していた体は大分動くようになっていた。
(これは私の判断ミスが招いた状況でもある。なら、ここは私が……‼)
 もし自分が放課後に部活に行かず、すぐに大地に異能具を渡していれば、こんな事にはならなかった。ネコメはそう思っていた。
 そもそも大地は、部活に行く前の自分に何か用があるような素振りだったし、その時から一緒にいれば鎌倉達も八雲も、原因となる凶行には及ばなかったはずだ。
(部下の……友達のことも守れないなんて、そんなのは嫌です!)
 大地は霊官としての自分の部下で、何より友人だ。
 その友人を一人で戦わせている状況は、ネコメにとって耐え難いものだった。
「石崎君、下ろしてください! 私はもう大丈夫です!」
「え、でも……」
「早く!」
 石崎は大地にネコメを任された手前、ネコメを必死に守っていた。
 何より石崎たちもまた、この状況は自分たちの大地に対する安易な報復が呼んだものだと、そう自責していたのだ。
「……違え」
「え?」
 押し問答を繰り広げるネコメと石崎の隣を、里立を抱えた鎌倉が通り過ぎ、大地に向けて声を張り上げた。
「そうじゃねぇだろ、大神ィ‼」
「か、鎌倉君⁉」
「どうしたんだよ、光生君⁉」
 突然の叫びにネコメと石崎は困惑し、至近距離の里立は思わず耳を塞いでいる。
「お前はまだ人間のつもりかよ⁉」
 鎌倉は構わず叫ぶ。
 遠くで鬼と立ち回りを演じる大地に向けて、全力の言葉を叫び続ける。
「狼の、フェンリルの戦い方は、そうじゃねぇだろ‼」

 ・・・

 鎌倉が何を言っているのか、最初は全く理解出来なかった。
 人間かと問われれば、俺は間違いなく人間だ。
 認識的にも生物学的にも、俺は人間以外の何物でもない。
 しかし、これが狼の戦い方かと問われれば、それは違うと思った。
 狼は相手を殴るような戦い方はしない。
(じゃあ、もしかして……‼)
 狼の、フェンリルの戦い方とは、相手に噛みつき、砕き、食らう。それが狼の戦い方だ。
 そこでようやく、俺は自分の認識が大きく間違っていたことに気付いた。
(これは……こう‼)
 俺は右手を頭より高く掲げ、異能具の刃に当たる部分を真下に向ける。
(そしてこれは……)
 左手に持った異能具を、持ち替える。
 逆手から、諸手に。
(こうだ‼)
 右腕と並行するように左腕を胸の前に掲げ、右手の異能具と対を成すように刃を真上に向ける。
 狼は、ナイフもメリケンサックも使わない。
 ネコメは、この異能具は『牙』だと言っていた。
 異能具が『牙』なら、それを持つ腕は『顎』に当たる。
 右腕を上顎、左腕を下顎に見立て、腰を落としてクラウチングスタートのような前傾姿勢を取る。
 思い返せば、鎌倉は異能を使ったとき、四足歩行のような前傾姿勢を取っていた。
 東雲は蜘蛛のように這い蹲り、信じられない機動力を発揮した。
 ネコメはずっと人間のような二足歩行で踊るように戦っていたが、ケット・シーはもともと二足歩行の猫の異能だ。参考にするのは間違っている。
 なら俺の構えは、これでいい。
 後ろ足に力を込め、獲物に狙いを定める。四足歩行の獣なら、異常な前傾姿勢も当然のこと。
 本来あるべき前足は、想像で補う。
 腕を顎に見立てたその構えは、狼のそれだ。
「形象拳……⁉」
 後方で呟くネコメの声に、俺は心の中で頷いた。
 動物や昆虫の動きを真似る武術、形象拳。
 狼である俺は、狼の姿を真似る構えが正しい構えなんだ。
(これだ……)
 俺は確信する。これが俺の、俺たちの構えだと。
(これだ‼)
 その確信を裏付けるように、異能具が呼応した。
 パキパキと音を立てながら酸化鉄のような黒い表面がひび割れ、グッと握り直すと、甲高い音を立てて表面が弾けた。
 殻を破る雛鳥のように、蛹から羽化するように、異能具は真の姿を現した。
 銀色の刀身に、鈍色のグリップ。
 日本刀のように見事な刃紋は、ナイフのイメージとは反対側の逆刃側に入っており、改めてこれが『牙』であることを確信させる。
「行くぜ、クソババア……‼」
 藤宮を見て笑うように口角を上げ、足で、否、後ろ足で地面を蹴る。
 空想の前足を二本角の鬼に向け、両腕と言う名の『顎』をあらん限り開く。
 リルの必殺技という発言に影響された訳ではないが、自然と口からこの『技』の名が出ていた。
 相手を食らう、必殺の技の名前が。
神狼リル……」
 大顎を広げ肉迫する俺に、藤宮は鬼の腕を振りかぶった。
 首のみを捻って鬼の拳を回避し、上顎を鬼の首筋に、下顎を脇腹にねじ込み、噛み千切る。

「……咬叉バイツッ‼」

 振り下ろされる右腕の上顎、振り上げられる左腕の下顎。
 交差する二本の腕は一対の顎となり、二本角の鬼の巨体を袈裟斬りの形に両断した。
『ガッ……‼』
 ずるり、と両断された体の上部が滑り落ち、ドサッと下半身が倒れる。
 そして、わずかな静寂。
 鮮血を撒き散らした鬼は、神狼のひと噛みで呆気なく絶命した。
「そんな……私の、鬼が……⁉」
 絶命した鬼を見て小さく震える藤宮は、俺が鬼を切った箇所と同じところを手で抑えている。
 おそらく鬼と動きをリンクさせていた影響で、鬼の傷の反動が藤宮の体にも行っているのだろう。
「ハァ……‼」
 対して俺は、今の一撃で大きく疲弊してしまっていた。
 両腕が重く、リルとの繋がり、異能が弱まっているのも感じる。
(鬼は、あと二匹……!)
 動きの遅い一本角とはいえ、油断できる相手ではない。
 そう思って再び構えようとしたところで、急に左腕が軽くなった。
「え?」
 見ると、手離した覚えのない異能具が地面に落ちていた。
 その横には、何やら人の腕らしきものも。
「こんな……こんなことって⁉」
 慌てて軽くなった左腕を持ち上げると、制服の袖は大きく余り、本来あるべきはずの腕が、肘の辺りから無くなっていた。
 諏訪先輩が付けてくれた義手が、フェンリルの動きに耐えられず取れてしまったらしい。
「大地君‼」
 叫ぶネコメが石崎の腕を振り払い、片耳だけの異能を発現させて走り出す。
「殺せぇ‼」
 藤宮の命令を受け、二体の鬼が迫る。
「ハァ‼」
 一体目の鬼が俺に肉迫した瞬間、後方から猛スピードで駆けつけたネコメが鬼に跳び蹴りを見舞う。
「ぐっ……⁉」
「ネコメ⁉」
 蹴られた鬼は真後ろに倒れ込んだが、ネコメは未だ完全には麻痺から解放されていないようで、着地の際に受け身も取れず地面に転がってしまった。
 起き上がる事に苦戦するネコメに、二体目の鬼が迫る。
「ッ⁉」
 鬼が緩慢な動きでその腕を振りかぶったとき、俺が駆けつけるよりも早く、黄色と黒の縞模様の影がネコメと鬼に肉迫した。
「かぁっ‼」
 影、東雲は鬼に向けて大量の粘着性の糸を吐き付け、その動きを縛る。
 直後、起き上がったネコメが跳躍し、拘束された鬼の目をその銀の爪で深く貫いた。
 銀の毒が回った鬼は苦悶の声を上げ、崩れるように沈黙する。
「……八雲ちゃん」
 倒れた鬼を挟んで、ネコメが東雲に微笑みかける。
 東雲はバツが悪そうに顔を背けるが、その顔はほんのりと赤く染まっていた。
「八雲……この裏切り者ッ‼」
 二人の間にどこか弛緩した空気が流れる中、その様子を見て激昂した藤宮が残った鬼に素早く指示を出す。
 ネコメに蹴られた一体目が起き上がり、二人に迫った。
「ネコメ、東雲‼」
 俺は叫ぶと、右手に持っていた異能具を刃を右側に向けて口に咥え、地面に落ちていたもう一本を素早く残った右手で拾う。
 俺の声を聞いた二人は即座にその場を離脱し、俺は起き上がったばかりの最後の鬼に狙いを定める。
 右手の異能具でその首を深く捉え、全力で自分の首を捻って咥えた異能具を突き立てる。
「オッラァ‼」
 歯がグラつくほど異能具を食いしばり、強引に鬼の首を千切り飛ばす。
(スムーズには、いかねえな……)
 顔中に返り血を浴びながら、俺は自分のあまりにも無様な姿に嘆息する。
 俺に比べてネコメと東雲は、流れるような動作で鬼を葬っていた。
 東雲が縛り、ネコメが銀の爪で一撃必殺を見舞う。たったそれだけの単純なコンビネーションは、お互いの長所を活かし合う最良の戦い方に思えた。
(正に、鬼に金棒だな)
『上手いこと言ったな、ダイチ』
 心の声まで読めるのかよ⁉
 俺が一人で戦慄していると、視界の端で何かが動いた。
 見ると、藤宮がヨタヨタと覚束ない足取りで逃げ出そうとしているところだった。
「あんにゃろう……‼」
 慌てて俺が飛び出そうとするのを、スッとネコメが制した。
「ネコメ……⁉」
 何で止める、と思った俺に向け、ネコメはゆっくりと首を振った。
「任せましょう」
 ネコメのその言葉を聞いて、東雲がゆっくりと歩みを進めた。
 鬼へのダメージの反動でマトモに動けていない藤宮に追いつき、その体を糸玉を解いて展開した蜘蛛の巣で絡め取る。
「八雲……お前‼」
「……未成年者への暴行傷害、異能による殺人未遂、危険異能生物の繁殖、その他諸々の罪で、逮捕するよ」
 冷静にそう言い放つ東雲に、藤宮は顔を真っ赤にして激怒した。
「私が……私がやらなければこの国はいずれ滅ぶわ‼ 私は間違っていない‼」
「だとしても、お前は犯罪者だ」
 揺らがない東雲を見て、藤宮は震えながら声を絞る。
「お前も……お前も共犯なのよ⁉ 捕まれば今までのような生活が送れるわけ……⁉」
「知ってるよ。私も一緒に罰を受ける」
 目を伏せ、東雲はゆっくり首を振った。

「だから、一緒に償おう。お母さん」
 
「…………」
 東雲のその言葉で、藤宮はようやく脱力したように首を落とした。
 うわ言のように「どうして……どうして……?」と呟く藤宮を見て、俺もまた、肩の力が抜けた気分だった。
「終わったのか?」
 咥えていた異能具を手に取り、隣にいるネコメにそう声を掛けると、ネコメはゆっくりと頷いた。
「ええ。お疲れ様でした、大地君」
 ふう、と息を吐いた瞬間、弾き出されるように胸の前にリルが現れた。
「うお⁉ お前もお疲れさん、リル」
 異能具を取りこぼしながら右腕のみで抱えてやると、リルは尻尾を振りながら俺の顔をベロベロ舐め始めた。
「うわ、やめろ! こらリル……‼」
 リルのベロベロに悪戦苦闘していると、突如全身を信じられない痛みと衝撃が襲った。
「あ……ぎぃ……⁉」
 恐らく異能が解除されたことで、脳内物質の過剰分泌で感じなかった痛みが一気にのしかかってきたのだろう。
「だ、大地君⁉」
 駆け寄ってくるネコメを視界の端に捉えながら、俺は痛みのショックで意識を手放した。

 ・・・

 これが俺の覚えている、異能専科での最初の事件。
 しかしこれは一つの区切りであって、決して終わりでは無かった。
 中卒でろくにバイトも続かなかった宙ぶらりんの俺は、今までとは全く違う世界を体験していくことになる。
 異能と出会い、世界が変わった。
 異能、
 霊官、
 妖精、
 妖怪、
 神獣、
 神話、
 そして、多額の負債。
 前途多難、先の見えない高校生活になりそうではあったが、

 不思議と、悪い気分じゃなかった。


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