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第5話「wait」
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ーーキーンコーンカーンコーン
「はっはっはっ」
優は廊下を走っていた。
普段の彼なら目を付けられないよう極力校則は守るのだが、聞こえたのは朝礼の始まりを告げるチャイム。既に遅刻という違反をしている身で気にするほど愚かではない。
「ギリギリ狙いすぎた……っ」
昨日の出来事。来栖湊の要求。
出まかせに言ったハッタリで、あの場はどうにかやり過ごせた。翌日に持ち越して強引に逃げたのだ。
無論、持ち越しただけ。解決には至っていない。
彼女は、本気で優に特訓を行わせるつもりだった。
だが、優が見せられる力などない。真実を語れば間違いなく失望させてしまう。
ただ、せっかく近づいた特別を手放したくもなかった。
だから彼は、時間を稼ぐ選択をした。
学校内で接触されないように。朝礼や授業といった拘束時間を安寧と見立て、そこだけを享受しようと画策した。
いっそのこと欠席、と言い切れないところが、彼の小心者らしさを強く表している。
荒い息。乱れた身なり。べたりべたりと叩く足裏。
怠学予備軍と叱咤される事は覚悟して、優は勢いよく教室の戸を開く。
しかしその覚悟は無駄になった。
「お、遅れました……っ」
勢いの割には小さな、掠れた謝罪。二、三人。クラスメイトがこちらを見る。けれどもそれ以外は別へ。想像していたよりも注目はずっと少ない。
もしかしたら担任も遅れているのだろうか。
そう推測したが、教壇には四〇代丸刈り日本史教師が立っている。紛れもなく彼が一年一組の担任だ。
そしてその教師は、戸惑ったように口を開いた。
「お、おい? もう、朝礼始まってるぞ?」
見つめる先。それは、優ーーの席。
窓際から二列目の最後尾。私物を他人が自由に出来る範囲に起きたくなくて、机の中もサイドのフックにも何もない寂しい机。
そこに、自分ではない人物が座っていて。
彼女に、教師は投げかけた。
「お前、別のクラスだろう?」
すると、平然と魔女は答える。
「はい、四組です」
明瞭に応える彼女の背筋はピンと伸び、ハッキリと教師を見返している。平時の仕草ですら、その姿に優は目を奪われた。
「人を待っているので、少し居座らせてもらいます」
来栖湊。
彼女はそう言って、教師に咎められようとも動きはしなかった。
「って、多々良来てんじゃーんっ」
教室の端から、そんな粗野な声が投げられる。
げ、と顔を引きつらせ声の方を見れば樋泉だ。迷惑極まりない自称友人。いつも優の耳を悩ませる高めの声は、たやすく教室内へと響いた。
当然、彼女にも届く。
「あっ」
魔女の瞳。ぱっと星が舞って、下に三日月が浮かぶ。
「やっと来たっ」
来栖湊は、子供がプレゼントへ飛びつくように優の下に駆け寄った。
「ね、準備は出来たっ?」
「いっ!?」
また撫でられる右瞼。変わらず正面の彼女は無邪気な嬉しさに笑んでいる。
自分にだけ向けられる表情。至近の距離。香るのは何だろうか。
異性を意識して顔は羞恥で熱くなる。だがすぐに周囲のざわつきが、どんどんと肝を冷やしていった。
体温の変動が異常をきたして思考が窮屈になる。それでも何とか優は、眼前の美少女に向いて、どうにかそう伝えた。
「え、えっとその、朝礼終わったら話すから……」
「はっはっはっ」
優は廊下を走っていた。
普段の彼なら目を付けられないよう極力校則は守るのだが、聞こえたのは朝礼の始まりを告げるチャイム。既に遅刻という違反をしている身で気にするほど愚かではない。
「ギリギリ狙いすぎた……っ」
昨日の出来事。来栖湊の要求。
出まかせに言ったハッタリで、あの場はどうにかやり過ごせた。翌日に持ち越して強引に逃げたのだ。
無論、持ち越しただけ。解決には至っていない。
彼女は、本気で優に特訓を行わせるつもりだった。
だが、優が見せられる力などない。真実を語れば間違いなく失望させてしまう。
ただ、せっかく近づいた特別を手放したくもなかった。
だから彼は、時間を稼ぐ選択をした。
学校内で接触されないように。朝礼や授業といった拘束時間を安寧と見立て、そこだけを享受しようと画策した。
いっそのこと欠席、と言い切れないところが、彼の小心者らしさを強く表している。
荒い息。乱れた身なり。べたりべたりと叩く足裏。
怠学予備軍と叱咤される事は覚悟して、優は勢いよく教室の戸を開く。
しかしその覚悟は無駄になった。
「お、遅れました……っ」
勢いの割には小さな、掠れた謝罪。二、三人。クラスメイトがこちらを見る。けれどもそれ以外は別へ。想像していたよりも注目はずっと少ない。
もしかしたら担任も遅れているのだろうか。
そう推測したが、教壇には四〇代丸刈り日本史教師が立っている。紛れもなく彼が一年一組の担任だ。
そしてその教師は、戸惑ったように口を開いた。
「お、おい? もう、朝礼始まってるぞ?」
見つめる先。それは、優ーーの席。
窓際から二列目の最後尾。私物を他人が自由に出来る範囲に起きたくなくて、机の中もサイドのフックにも何もない寂しい机。
そこに、自分ではない人物が座っていて。
彼女に、教師は投げかけた。
「お前、別のクラスだろう?」
すると、平然と魔女は答える。
「はい、四組です」
明瞭に応える彼女の背筋はピンと伸び、ハッキリと教師を見返している。平時の仕草ですら、その姿に優は目を奪われた。
「人を待っているので、少し居座らせてもらいます」
来栖湊。
彼女はそう言って、教師に咎められようとも動きはしなかった。
「って、多々良来てんじゃーんっ」
教室の端から、そんな粗野な声が投げられる。
げ、と顔を引きつらせ声の方を見れば樋泉だ。迷惑極まりない自称友人。いつも優の耳を悩ませる高めの声は、たやすく教室内へと響いた。
当然、彼女にも届く。
「あっ」
魔女の瞳。ぱっと星が舞って、下に三日月が浮かぶ。
「やっと来たっ」
来栖湊は、子供がプレゼントへ飛びつくように優の下に駆け寄った。
「ね、準備は出来たっ?」
「いっ!?」
また撫でられる右瞼。変わらず正面の彼女は無邪気な嬉しさに笑んでいる。
自分にだけ向けられる表情。至近の距離。香るのは何だろうか。
異性を意識して顔は羞恥で熱くなる。だがすぐに周囲のざわつきが、どんどんと肝を冷やしていった。
体温の変動が異常をきたして思考が窮屈になる。それでも何とか優は、眼前の美少女に向いて、どうにかそう伝えた。
「え、えっとその、朝礼終わったら話すから……」
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