魔王〜明けの明星〜

黒神譚

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第2章 新国家「エデン」

第20話 悪魔の囁き

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「お姉様・・・。わたくし、どうすればいいの?」

 戦争回避のために外交官を大国スパーダへ派遣いたしました。融資していただいたお金は何年かかってもお返しいたします、という親書も持たせての事でしたが・・・可哀想にその者は、魔王様がしたように斬首ざんしゅされてしまいました。そして、私の下に送り返されたその外交官の遺体には「全てはそちらの非礼が招いたこと。戦争は是非もない事」という紙切れが添えられていました。(※是非もないとは仕方がないという意味)

 魔王様の仰ったことは真実でした。
 可哀想な両国の外交官。彼らには何の罪もなかったことなのに・・・。

 私は彼らの事を思うと涙が止まりません。謝罪の言葉も思い浮かばないほど無念な気持ちです。
 そんな私が安心できるようにお姉様は添い寝してくださいます。
 優しくて柔らかくて、温かいお姉様は私を包み込むと哀しいお声で仰いました。

「だから言ったでしょう?
 旦那様は恐ろしいお方だと・・・。あのお方こそ、真の魔王。闇のオドの化身なのです。」

 お姉様は、そう言うとご自身が女性になられた真実をお話になられました。

「私は旦那様に敗北した後に旦那様に女にされました。男のまま旦那様のベッドで一晩中、激しく愛された私の魂は女に塗り替えられてしまったのです。
 そして、翌朝。旦那様は私にお尋ねになりました。
 『欲しいか? 全てを失っても俺が欲しいか?』
 私は泣きながら答えました。
 『欲しいですっ。旦那様、私の全てを奪ってください。』と。
 その瞬間に契約がなされ、私は男神から女神へと変えられてしまいました。」

「それから仰ったのです、
 『闘神に、男に戻りたいならいつでも言え。お前の魂を塗り替えることなど俺には造作もない事や』、と。」

勿論もちろん、私は即座に否定しました。
 私は旦那様を愛してしまったのです。旦那様に愛されるためなら何でも致します。だから絶対に私を元に戻さないでください。と、何度も何度も泣いてお願いしました。
 それが3度目の契約。私は私が旦那様を愛し続けている限り、性別は二度と変わりません。
 それがどれほどの幸福かわかりますか? 
 あのお方に愛される時間は何物にも代えがたい至福の時。
 私は常に旦那様の愛を求めてうるお秘壺ひつぼ。あのお方に愛されない人生など考えられません。私の命など旦那様が私をお望みになられる間の命で十分なのです。」 

「わかるでしょう? ラーマ。
 旦那様こそ、美の化身。愛の化身なのです。」

 

 魔王様こそ、美の化身、愛の化身・・・。その意味を私は体感しています。
 あの御尊顔ごそんがんに見つめられるだけで、私は女としての歓びに目覚めてしまいそうになる。

「お姉様。でも、私なら、やはりちゃんと恋がしたいです。
 デートをしたり、日がな一日お互いの愛の言葉を交わしあう。
 そういう経験をしてからなら、・・・・・・魔王様と・・・その・・・そういう関係になっても・・・。」

 私は、自分でも恥ずかしいことを口走ってしまっていることに気が付き、穴があったら入りたい気持ちになってお姉様の胸に頭をうずめてもだえます。

「ああんっ!! こ、こら。窒息しちゃうわよっ!!
 ほら、ラーマったらっ!! しっかりして・・・。」

 お姉様は悶える私を落ち着かせると、慰めてくださいます。

「いいのよ? ラーマ。
 女の子なのだから。そういう感情があってもいいのですわよ?
 私も旦那様に愛され続けたいのですから。」

「・・・・・・はい。」

 お姉様がいてくれてよかった。私、お姉様がいなかったら、もうどうにかなっていたかもしれません。
 
 感謝してもしきれないお姉様でしたが、最後に真顔になって私に恐ろしい予言・・をなさいました。
 それは女神の権能けんのうとしての『預言』ではなくて、ご自身の体験からくる予言・・でした。
(※予言と預言は音は同じでも意味は全く異なる言葉です。ご注意を)


「いいですか? この戦争は火種にすぎません。
 必ずもっと恐ろしいことが起こります。」

「私を女に変えたあの日、旦那様はひざまずいて口づけをする私の頭を撫でながらおっしゃったのです。
 『楽園を築くには、この世界にはけがれた魂が多すぎるな』と。
 その真意は私にはわかりませんでしたが、今なら想像がつきます。
 女神の私の未来視をもってしても全く見えない未来・・・・・・。きっとあのお方に操られているのだと。」

「ラーマ。よくお聞きなさい。
 旦那様は恐ろしいお方です。その旦那様が世界の破滅を口にされたのですから、それは真実となるでしょう。
 心を強く持たねば耐えられないですよ!!」


 
 翌朝。事態を重く見られたアンドレア様が私をお訪ねになられたました。
 前回、必ずお約束を取り付けてからの謁見えっけんと言う約束を無下むげにされてのお越しでした。
 しかし今回はお姉様も「事情が事情ですし、しょうがないわね」といって、別の部屋で待機して見逃してくれるとのこと。
 本当に助かりました。だって、アンドレア様も私を心配してきてくださっているのですから、追い返すのは忍びないです。

「ラーマっ!! 
 大変なことになったねっ! スパーダのあのいやらしいクソ親父っ!! 
 年甲斐もなく私のラーマを狙うなんてっ!!」

 アンドレア様はそう言って激昂なさると、私に問い詰めました。

「それでラーマ。君はどうするつもりだ?
 逃げるならかくまうし戦争になるなら、私が父上を説得して援助してみせるぞっ!!
 我らドラァーゴ王国は君たちを見捨てないっ!!」

 それを聞いて私は慌てて引きとめます。

「お待ちくださいませっ!!
 戦争なんてとんでもございませんっ!!
 この度の事、全てはこちらの不始末。私は全力で戦争回避を考えております。」

 と、そこまで発言して私はあることを思いつきました。
 妙案みょうあんとはまさにこの事。私は機体に目を輝かせてアンドレア様に頼みました。

「そうですわっ!! アンドレアお兄様っ!!
 是非、叔父様にお願いしてドラァーゴからスパーダへ仲介していただけませんか?
 もちろん、私たちは何年かかっても皆様からご融資していただいたお金は返却いたしますし、少々、無理なお取引にも譲歩じょうほする準備がございますっ!!」



 ・・・・・・しーん、と。私の発言に執務室に静寂が訪れました。
 ヴァレリオ男爵は頭を抱えてしまうし、他の家臣達は目をむいてビックリした表情をしています。
 アンドレアお兄様も絶句しておられます。

「・・・あ。あれ? 私、おかしなことを言いましたか?
 この度の戦争は無法な侵略戦争ではありませんのよ?
 非はこちらにありますのよ?
 ならば戦う必要などないではありませんかっ!! 非礼をびて停戦に持って行くのは当然ではありませんか。」

 私は何がそんなにいけない発言だったのかわかりません。
 ですが、その一言はアンドレア様を苛立たせるのは十分だったようです。
 私の肩を大きな両手で掴むと怒鳴りつけました。


「非を詫びて停戦だって? 少々無理な取引に譲歩するだとっ!?
 ラーマっ!! 君は自分が何を言っているのか、わかっているのかっ!!」
「それは敗戦国の言い分じゃないかっ!!
 そんなことをしたら、どうなると思うっ!!
 奴らは付けあがって年々、要求のハードルを上げて最後には君の国は乗っ取られてしまうんだぞっ!!
 歴史を見てみろっ!! 理性を優先した多くの弱小国がそれで滅んでいった。」
「あとに残るのは奴隷制度のみだっ!! 君の家臣も領民もすべてっ!! 全て奴隷にされるっ!!
 まず戦って、戦えばお互いにただでは済まない事のリスクを敵国に教えてやらなければならないっ!!
 そうしなければ、この国は猛獣の前に差し出された子羊。戦争を自ら呼ぶことになる。
 どうして、そんなことがわからないんだっ!! ラーマっ!!!」

 アンドレア様があまりの剣幕で言い寄るので私は怖くなって悲鳴を上げます。

「やっ・・・やめてっ!! アンドレアお兄様っ!!
 い、いたいっ!!」

 肩に食い込むアンドレア様の指先に痛みを覚えた私。その声を聞いてすぐさまヴァレリオ男爵が止めに入り、アンドレア様も目が覚めたように手を離してくださいました。

「あっ・・・・・・す、すまない。ラーマ・・・。
 君を傷つけるつもりはなかったんだ・・・。」

 アンドレア様はそう言って謝って下さったのですが、ヴァレリオ男爵は許しませんでした。

「アンドレア様っ!!
 御身が姫様の御親族と言う事もあり見逃してまいりましたが、此度こたびの乱暴っ!!
 もはや御看過かんかいたしかねるっ!!
 淑女しゅくじょに対する無礼っ!! 騎士としての自覚はおありかっ、皇太子!!」

 アンドレア様と私の間に割って入るようにして助けてくれたヴァレリオ男爵の怒りは相当なもので、彼の背中に守られる形で立つ私すら震えてしまうほどの殺気でした。きっと私の側近としてのヴァレリオ男爵の矜持きょうじがそうさせるのでしょうが、これではあまりにもアンドレア様が可愛そう・・・。
 私はヴァレリオの袖を軽く引いてから二人に話します。

「ヴァレリオ・・・助けてくれてありがとう。あなたの忠義、嬉しく思います。
 でも、アンドレアお兄様も悪気はなかったのです。許してあげて。ね?」

「・・・・・・。」

 私がそう言うとヴァレリオ男爵は静かになってくれました。こんなにも顔を真っ赤にするほど怒っていたのに、よく我慢してくれたものです。彼は本当に信頼のおける家臣です。
 ヴァレリオ男爵が落ち着いてくれたので、次はアンドレア様に言いました。

「アンドレアお兄様。
 ・・・。私、アンドレアお兄様の仰っておられることも分かります。
 ですから、どうか。落ち着いてください。」

「あ、ああ。
 ・・・・・・すまない。君を傷つけるつもりはなかったんだ。」

 双方落ち着いてくださったので、私も安心して話を進めることができます。


「ですが、私はあくまでも外交手段で戦いを止めたいと思います。
 その後も無理難題を言う場合は、常識の範囲内で対応するように求めますし・・・
 まぁ、少しくらいなら譲歩も・・・。」

 と言ったところで

「全然わかってないじゃないかっ!!」「全然、お分かりになられてませんっ!!」

 と、二人から同時に指摘されてしまいました。

「え・・・。ええ~?
 で、でもでも・・・同じ魔族同士ですし、戦争を避けるための手段として外交は良い手段だと思うのです。」

 と、言ったところで、二人とも怒って執務室から出て行きました。
 そして、他の者達も・・・。
 
 私、そんないけないこと言いましたっけ?





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 その夜、アンドレアは夢を見た。
 はるか上空からスパーダに滅ぼされるエデンとスパーダ国王に鎖で繋がれるラーマの姿を見た。
 アンドレアがいくら叫ぼうが何をしようが、これを止めるどころか近づくことさえ出来なかった。ただ、遠く離れた場所から見ることしかできなかったのだ。
 何もできない悔しさと腹立たしさで血の涙を流し、肺腑はいふが張り裂けるほど叫んだ時、アンドレアの前にこの世の者とは思えぬほど美しい、見知らぬ少年が立った。
 アンドレアは一目見てその美少年が人知を超えて高次元の存在だと察知して、震えが止まらなくなるほど怯えた。
 だが美初年はにっこり笑って「私を恐れることはない。」と言うのだった。
 彼は、左手でアンドレアの肩を抱きながら、反対の方の手で凌辱されるラーマを指差していった。

「どうした皇太子。何故、己の感情に正直にならない?
 抱きしめたいのだろう? ラーマを。
 あのか細い腰を抱き寄せて、男の掌にも余る大きな乳房を揉みしだき、ラーマに発情期のメス猫のような甘い鳴き声を上げさせたいのだろう?
 だが、このままならラーマは必ず、あの男の手に渡り、あの男の子供を宿すことになる。
 それでいいのか?」

「幼いころから、ラーマを自分のものにしたかったのだろう?
 あの小鳥のようにか弱き乙女にお前はずっと欲情していたのではないのか?
 欲しいものを手に入れよ。
 ここから見えるあの女を、奪ってでもお前の物にしたいのだろう?」


 その悪夢から翌朝目覚めたアンドレアは、自分の顔が己の血涙で濡れているのを鏡で見て、アレが預言・・だと悟るのだった。
 そして、叫んだ。

たれかあるっ!! これより戦争準備のために父上を説得に戻るっ!!」
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