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2章 レイン・リスター
23 二人きりのダンス
しおりを挟む華やかなホールに一足踏み入れて気付く。そういえば家族以外の男性のエスコートでパーティーに参加するのは初めてだ。もっともレインは既に家族なのだけど。
隣を見上げるとレインが小さく頷いてくれる。数か月前は壁の花仲間だった二人がこうして手を取り合って歩くだなんて不思議な気分だ。
「レイン様、お久しぶりです。お元気なようで」
会場に入ってすぐに五十代くらいだろうか、優しそうな痩せ型の男性が話しかけてきた。
「ジェイデン、元気そうでよかった」
レインも嬉しそうに答える。「セレン、彼はジェイデン。セオドアの父で、ずっと父の補佐官をしていた方だよ」
「初めまして、セレンと申します。お話は伺っております」
「レイン様に奥様が出来たと伺い、ずっとお会いしたいと思っておりました」
アイスブルーの瞳が線になるほどニコニコと私たちを見比べて嬉しそうに彼は言った。領主の右腕で、レインのことを幼い頃からずっと見守ってくれていた方だ。ここに来て初めて歓迎された気がする。
「パーティーまで顔を見せられずすみません。私もセオドアも本日は視察せなばならない場所がありまして」
「忙しいのにありがとう」
「そろそろセオドアとアメリア様もいらっしゃると思いますが」
ジェイデン様が後ろを振り向くとちょうど一組の男女がこちらに向かってくるところだった。
「お兄様!」
レインと同じ白髪を輝かせる少女が駆け寄ってきた。彼女がアメリア様だろうか。
「アメリア様、走っては危険ですよ」
ダークブルーの髪色をした男性が、少女に手を差し出す。彼女は微笑んで彼の手を取った。レインを見ると彼らを優しく見つめている。
「まあ!手紙は本当だったのねお兄様!」
私たちを見るなりアメリア様は小さな声をあげた。
「アメリア様、ご挨拶もなしに失礼ですよ。……初めまして、セレン様。レイン様の補佐官をしておりますセオドア・ヒギンズと申します」
「も、申し訳ありません。お久しぶりですね、またお会いできて嬉しいです。……はしゃいでしまってすみません」
セオドア様に促されたアメリア様は慌てて私に挨拶をしてくれる。レインとはよく似ているけれど、可愛らしい雰囲気の方だ。そんなアメリア様を穏やかなまなざしで見つめるセオドア様は、彼女を大切にしていることが一目でわかる。
「初めましてセオドア様。セレンと申します。アメリア様、先日はあまりお話が出来ずすみません。よろしくお願いいたします」
「いいえ!今日はたくさん話してくださいね。ねえお兄様、本当だったのですね、本当に嬉しいです!」
そして彼女は弾けるような笑顔をレインに向けた。「ねえセオドア!ほら!」
どうやら彼女は私たちの重ねた手を見てはしゃいでいるようだった。アメリア様の言葉にセオドア様も頷いている。
「……本当に呪いは解けたの?」
「完全ではないけどね。解けてきている。セレン限定かもしれないけど」
私たちにだけしか聞こえないような声でアメリア様は尋ねて、レインも答える。
「自分の奥様限定だなんてそれもロマンチックだわ。とにかく少しでも呪いが解けたなら嬉しいわ」
アメリア様の目には涙が光っている。感情豊かで見ているだけで愛しくなる人だ。
「それではダンスも……?」
セオドア様が尋ねるとレインが頷き、アメリア様は小さな歓声を上げた。
「レイン坊ちゃまが……良き方に巡り逢えて良かったです。楽しみにしていますね」
ジェイデン様も目を細める。
「父上、そろそろ行かなくてはならないのでは?」
「あっと、そうだった。レイン様と奥様に会えたのが嬉しくてつい……」
ジェイデン様は周りを見渡して困ったように笑った。
「そうか、ジェイデンが次の商会長だったか。私が言えることではないが……頼むな」
「もったいないお言葉です。補佐官をおりたところでしたし、ゆっくりしたいんですがね」
「何を言う。まだまだ現役だろう?」
「皆さん私を買いかぶりすぎなのですよ。では、私は失礼しますね」
そしてジェイデン様は急いで去っていった。
今日のパーティーは私たちを試すものでもあるが、本来の開催理由は商会長就任のお祝いパーティーなのだ。他の貴族も招いてはいるが、領地内の有力者が主に参加する小さなパーティーだ。
といっても、並べられている料理や参加している方の身なりを見ると王都のパーティーと引けはとらない。リスター領が栄えていることの証だろう。
「アナベル様は平民出身だから、私たち相手にもこうしてパーティーを開いてくれるのが嬉しいわ」
「貴族気分が味わえるもの」
と着飾った方たちが会話する声が聞こえていた。十年近くここの奥様をしていたアナベル様は領民には支持されているのかもしれない。
「部屋を同じにされたんでしょう?アメリアの部屋にセレン様をお連れするのはどうでしょうか」
セオドア様が提案してくれてアメリア様も「私は大歓迎よ!」と言ってくれる。
「いや、大丈夫なんだ。本当に。むしろセレンがいてくれた方が気持ちが落ち着く」
レインの言葉に二人は目を丸くした。
「呪いが解けているだけではないのね……!」
アメリア様の弾んだ声にレインは小さく頷いた。その反応にセオドア様とアメリア様は顔を見合わせる。
「セレン様、本当にありがとうございます!」
アメリア様は私の手を取って、今にも飛び跳ねそうな勢いだ。
「――楽しそうね、私も混ぜてくださる?」
和やかな雰囲気に響く声に、皆の動きが止まる。振り向くとそこにはやはりアナベル様がいた。
「お母様」
アメリア様は私の手をパッと離し、彼女に向かい合った。
「そろそろダンスが始まりますから」
レインの声にセオドア様も「そうですね、では移動しましょうか」と私たちを庇うように言う。
アナベル様は表情を特別変えることもなく「楽しみにしているわね」と微笑んだ。
・・
ホールの真ん中で私たちはいつもと同じように向かい合った。
正直言うと、怖い。アナベル様がみていると思うと、やっぱりお腹の底が冷たくなる。怖くて周りを見れないけれど、彼女の目がこちらを見ている気がする。
このパーティーに参加している方はリスター領の有力者がほとんどで、アナベル様が懇意にしている方ばかりだ。
ここに立つ前に「臆病者のレイン様だ」「ほとんど顔を見せないくせに」「情けない呪いはどうなったか見ものだな」といくつもそんな声が聞こえてきた。
私たちが向かい合わせに立ったことで、場がシンと静まり返った気がする。音楽は流れているのに、こんなにたくさんの人が動いているのに。皆が私たちに注目したことで静寂が生まれたのだ。
たくさんの目が私たちを向いているのがわかる。私はこんな風に皆の前に立ったこともなければ注目されたこともない。好奇、非難、蔑視。私たちをよくは思わない目が並んで突き刺さる。
「セレン」
私の名前を呼ぶレインの声は静やかだ。
呼ばれて初めて私はうつむいていたことに気が付く。視線に負けてしまっていた。
見上げると、レインの表情は穏やかだった。いつもと同じ柔らかい笑みを浮かべている。
「私はセレンとならどこでも私のままでいられる」
小さいけれど凛とした声は私にだけ届く。真っすぐこの場に立ったレインは真っすぐに私を見つめる。私は頷いて、もううつむかない。レインにふさわしい私でいたい。
そして彼はいつもと同じく手を差し出した。頷いてその手を取ると、レインは私を自分のもとに招き入れた。
どよめきが起こったのを感じる。レインは私の背を抱いて見上げると微笑んでくれる。
「やっぱりセレンは特別だ。セレンといると怖くない、どんな目も」
「私も」
私もレインの腕に手を回せて、身体を彼に預けた。あたたかさが、手から、身体の真ん中から伝わってきて、もうどんな視線も怖くない。
「曲が始まる。楽しもう」
ゆるやかに曲が聞こえる。もうざわめきは耳に入らない。何を言われても関係なかった。
一歩踏み出していく。手を取って、同じステップで、二人微笑みながら。今なら何曲でも踊れてしまいそうな気がした。
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