黒猫館 〜愛欲の狂宴〜

翔田美琴

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第二十五夜 外の誘惑、直美の誘惑

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 直美様の誘惑は俺に戸惑いと躊躇いを与えた。
 この異常な世界から真っ当な世界に戻る為に行動してきたつもりだった。
 だが──そこに直美様が自らの伴侶にしていいとまで言葉が飛んできた。
 俺は混乱している。
 このまま鮎川家の支配者を目指すべきか。
 それとも普通の世界で一から出直すべきか──。
 俺がそれについて考え込んでいる時に、ついに隧道トンネル工事のその時が来た。

「やった! やったぞ! 何処かは解らないけど外に通じたぞ──!」
「本当か!」
「見に行こうぜ! 松下!」
「あ、ああ」

 監獄の奥に造られた隧道トンネルの先には光が漏れている。
 真っ白な光が指して、隧道トンネルを抜けると白銀の世界が広がっていた。
 久しぶりに浴びる太陽の光が眩しく感じた。
 こんなに太陽の光を浴びるのが嬉しい事なんて──。
 だが、確かにここは何処なのかは判らなかった。『黒猫館』の敷地からはそんなに離れていない筈だ。
 目の前に広がる白銀の世界を観て、俺達はさっさとここから出る事にしたが、鳴川がそこで提案をした。

「ここが何処なのか一度確認するべきかもしれない。誰か助けを求める奴が必要なんじゃないか?」
「そうだよな。辺りを見渡しても『黒猫館』の姿は見えないぜ」
「だいぶ『黒猫館』から離れているな。確かに」
「確かに助けを求める奴が必要だ」
「助けを呼ぶ間に直美様と雪菜様の気を引く男達も必要だな。一度、隧道トンネルから監獄に戻ろうぜ」

 だが──せっかく隧道トンネルが開通したのだからさっさとここから去りたい男達も居るのも確かな話だった。
 もう屈辱的な仕打ちには耐えられないと白銀の世界を歩き出す者もいる。

「俺は行くぜ。せっかく外に出られたのに、あんな監獄に戻るなんざ真っ平だ!」
「ここが何処なのか知っているのか? 無闇に歩くと凍え死にするぞ!」
「うるさい! もうあんな気が狂った女に虐められるなら凍え死にした方がマシだ!」
「おい。せっかく外に出られたんだ。投げやりになるな」

 俺は監獄に足を向けた。
 こんな時だからこそ、慎重になるべきかもしれない。
 慎重になり過ぎて勝機を逃す訳にもいかないが焦りはもっと良くない方向に向かわせる。
 だからこそ、話し合いをして誰が助けを求める役をするのか──それを決めるべきだと思った。

「松下。どうした?」
「話し合いをしないか? 誰が助けを求める役をするかを決めよう。直美様と雪菜様の気を引く役目を負う奴も決めないと」

 鳴川も俺に続いた。

「こういう時こそ、計画が必要だな。無計画だと途中で犬死にする。隧道トンネルが開通したんだ。何時でも逃げる事はできる」
「俺は行くぜ。もうこんな所は知るか!」

 数人はさっさとここから去る事にした。
 俺はそこで頼みをする。

「集落を見つけたら警察を呼んで欲しい。『黒猫館』の人間で実父を殺した殺人犯がいるからな」
「──期待はするなよ」

 そうして、四人程の男達が白銀の世界を歩き集落を目指す事になった。
 俺や鳴川や唐島は話し合いをする為に隧道トンネルを通り、監獄へと戻る。
 そして計画を立てる事にした。
 監獄に戻って、早速、作戦を立てる俺達は、誰が集落を見つけて警察を呼ぶかの人選から始める。
 俺は多分、最後まで残った方がいいと直感的に思った。
 最近の直美様は俺に鮎川家の跡取りとして見始めているし、無下に扱わない確信がある。
 囮として適任だと思った。
 『黒猫館』の場所柄、この辺りの土地勘がある方が有利だ。
 残っている男達で『黒猫館』のある地域の土地勘がある人間がいるか訊く。

「『黒猫館』の場所の近くで住んでいた奴はいないか? 同じ県のやつでもいい。土地勘があれば警察を呼ぶのも簡単に説明できる」
「……」

 居ないか──。そう都合よく確かに土地の人間が居たら世話はないな。
 質問を変えてみる。

「この寒さに少しなら耐えられるやつはいるか? 雪の世界を集落を見つけるまで耐えられそうなやつは?」

 すると、小杉が手を挙げてくれた。
 
「僕なら北海道から来たから少しは耐えられるよ」
「小杉、頼めないか? お前が集落を見つけて、この隧道トンネルまで警察を呼ぶ役目を」
「いいよ。最近、直美様とか雪菜様は僕を呼ばないから抜けても大丈夫だと思う。松下さんは」
「俺は最後に脱出するよ。気を引く役目なら俺が適任だろう」

 鳴川はそんな俺に付き合ってやると言った。

「俺も松下と残るよ。松下だけが残っても奴等も不審に思うだろう。俺も囮になってやるよ」

 唐島も俺と共に残ると言った。

「俺も松下といるよ。その方が生き残れる」
「小杉、頼むぜ。できるだけ食料を持って、水も用意して、集落を目指してくれ」
「問題は食料と水だな。後は何でもいいから防寒着があれば成功率は上がるか」

 それが最大の問題だった。
 食料と水と防寒着。
 調達すべき物はそれだ。
 それをどうにかして調達しなければならない。
 気が重いが頼るのは多分、亜美さんしかいないだろう。
 亜美さんと何とか話がしたい。
 
 するとハイヒールの靴音が聴こえた。
 もう一つ、別の足音も聞こえる。
 現れたのは直美様と亜美さんだった。
 直美様は俺達を値踏みすると、珍しく小杉を指名する。
 
「小杉君。今夜は君の出番よ」

 一体、小杉をどうするつもりなんだ?
 直美様は俺も指名した。

「それから松下さん。あなたも来てちょうだい」

 亜美さんに鉄の手枷を填められると小杉と共に連れて来られた場所は、異常で、扇情的な世界だった──。
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