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第3章 歳月には雲雀の血が滲み

6.十三年の重み

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「イチウ……ダメだ」
 きょうはうつむいたまま首を振ったが、一有いちうはためらわなかった。うしろから叶の腕をひくと、言葉とは裏腹に長身のアルファは体重を傾けてくる。一有にしがみつくようにして、そのまま個室にもつれこむ。どうみても言動が一致していない。

 一有は個室の壁に叶の背中をおしつけて立たせ、ベルトのバックルを外した。蓋を下ろした便器にすわると叶の両足を抱くようにして、ズボンのファスナーを下げる。上の方からうっという、苦痛とも喘ぎともつかない声が降ってくる。

 一有はかまわずブリーフをひきずりおろし、膨らんだ男根をむきだしにした。これじゃセクハラだ、そんな言葉が一瞬頭に浮かんだが、精液の匂いがする濡れた亀頭をみるとたちまち頭から消え去った。軽く唇をつけ、舌を這わせる。鈴口を囲むようにくるりと舐め、舌先で吸いつくように愛撫する。叶の手が一有の髪を押さえつけた。

「ああ……」

 頭の上で男がうめいている。一有は太い茎をしゃぶり、裏筋を舐め、唇でしごく。きゅうっと締めつけながら顔を動かすと叶は腰を前に突き出し、一有の喉の奥までおのれを突きたてようとする。叶の両手に首をささえられ、喉の奥を突かれて吐きそうになるが、叶に口を犯されていると思うと一有の股間もきつくなり、尻の奥がきゅっと締まった。

 ちくしょう、俺はこうしたかったんじゃないか。ずっと。

 叶の手が一有の髪をつかみ、痛いほど引いた。性器を咥えたままの顎をゆさぶられ、口の中に青臭い液があふれた。飲みこむのに失敗して一有はむせ、慌てて顔を男の股間から引きはがす。叶の手は離れようとしない。足を踏ん張って立ち上がると唇が寄せられ、腕が背中にまわり、抱きしめられた。

 一有の口のなかはまだ叶の精液の味がしている。舌がからんで唾液があふれると、それもなんだかわからなくなった。一有はもがくように手を動かし、自分のベルトをゆるめ、ファスナーを下げた。叶の手が尻を撫で、ズボンが足元にずり落ちていく。叶の両手がボクサーを膝までひきずりおろし、前と後ろを同時に弄りはじめた。濡れそぼった尖端を弄られ、一有はたちまち陥落する。抱かれるのに慣れた体は自然とその先を期待して、腰が勝手に揺れる。

 叶がこんな自分をどう思うか、気にする余裕はもうなかった。一有を抱く男の股間で屹立がぷるんと揺れた。たったいま射精したばかりとは到底思えない。皮膚のあいだでおたがいの体液がこすれ、潤滑剤もないのに一有の尻は濡れている。叶の指が尻の中に入ってほぐしはじめると、こらえきれずに声があふれた。

「あっ、あっ……」

 舌に耳を濡らされ、背中がびくっとふるえる。体勢が逆になり、一有は座った叶の膝に抱えられている。無意識に腰をもちあげて屹立をうけとめようとしたものの、押し入ってくる痛みに呻きが漏れた。耳を舐められ、首筋を噛まれ、シャツのあいだから入りこんだ指に胸を弄られる。尻の痛みから注意がそれた一瞬に質量が入りこんでくる。叶の唇は一有の耳を噛み、飴でもしゃぶるように舐めつづけた。さっきから濡れた音しかきこえない。ゆっくり突き上げられると叶の尖端が中をえぐった。星が飛ぶような快感が体をつきぬける。

 一有は声にならない叫びをあげた。びくびくっと震えた体は叶の腕にしっかり抱きしめられている。どうやら射精せずにイッてしまったらしく、一有の尖端は透明な雫をだらだらとこぼし続けている。叶が腰をゆすりあげるたびに頭の一部が白くはじける。

「キョウ、あっ…あああっあぅっ……ぁ」

 叶の背中がぶるっと震え、荒い息をついた。ふたりはまだつながったままだった。一有の中を押し広げていた感覚が薄れ、注がれたものが尻のあいだから零れていく。叶の腕は一有を囲いこむように抱きしめている。首のうしろに叶の頭がおしつけられる。伸びかけの髭が皮膚をこすった。

「イチウ……」
 まるで泣いているようなくぐもった声だ。胸のまえに回された腕を外そうとしても、外れない。
「謝るなよ、キョウ」
 つぶやくと首のうしろで息を飲むような気配がした。
「俺がやるっていったんだ」

 叶の息が耳にかかる。急に疲労を感じはじめたように、一有の体は重くなる。
「イチウ、イチウ……なぜなんだ?」
 耳のうらに響く声に、どういうわけか泣きたくなった。なぜって、何が?
「友達だろ」

 一有はぶっきらぼうに答え、しつこい叶の腕を外した。尻が痛いし、膝はだるいし、乾いてしまった体液もまだ垂れている体液も気持ちが悪かった。トイレットペーパーで慌ただしく拭いて、足首まで落ちていた下着とズボンを引っ張り上げ、よろよろと叶の膝から立ち上がる。トイレでセックスなんて二十代以来だ。ろくな準備もなしだったせいか、尻の中に異物感が残っている。ちゃんと始末しておかないと、あとで面倒なことになる。

 オメガは濡れるんだよ。一度だけ関係をもった男に事後そういわれたことがある。一有は男の下着をほうりなげ、黙って服を着て、さっさとその部屋を出たものだった。そんなことを思い出しながらふりむくと、叶の鋭い目が追ってきた。一有と同様にブリーフとズボンが復帰していた。乱れたシャツと髪がやけにセクシーだ。トイレの中だというのに。

 座ったまま上目遣いでみつめる男と目があった。ふいに、まずいことになったという予感がした。ロックオンされたような、逃げられないような。
 どうやってこの場を切り抜けよう。先に何かいうべきだと思った。そうしないとたぶん負ける。何に負けるのかはわからないが。

 言葉を思いつかないまま一有は口をひらきかけたが、遅かった。叶がいった。
「おまえが好きだ。イチウ」

 叶が立ち上がる。立つとこの男は一有よりひとまわり大きい。うしろ手に個室の鍵をあけようとしたのに、阻止された。一有はまたトイレの壁に背中を押しつけられている。
「おまえは?」

 ずっと前なら――十三年前ならたぶんこの言葉が欲しかった。まっさきに一有の頭に浮かんだのはそんな思いだった。でも今はよくわからない。何と答えればいいのかも。

「キョウ、おまえは……アルファだろ」
「だから?」
発情ラットはおさまったのか?」

 睨みつけるように一有をみつめていた眸が揺れた。歯を食いしばっているかのように叶の顎が歪む。

「それとこれは関係ない」
「でも……」
「おまえが好きだ。ずっと好きだった」
「俺は……」
 一有の喉はごくりと鳴った。
「でも……そうだったとして、それでどうするんだ?」
「どうするって?」
「……俺はベータの男だ。おまえが発情ラットするのは俺じゃない」
「ちがう」
「キョウ……」
 はからずも哀願するような口調になった。
「放してくれ。帰りたい」

 押さえつけていた腕の力がゆるんだ。個室の鍵をあけ、手を洗って廊下に出てからも、叶は一有のすぐうしろをついてきた。背中に体温を感じられるくらいの近さだ。一有の足は自然と早まったが、叶は一有の横に出て、肩が触れるほどの距離でついてくる。逃がすつもりはない、といった雰囲気で。

 自分のデスクにたどりついたときも、叶はまだ前にいる。一有は報告書のファイルを閉じて送信し、パソコンの電源を切った。叶はまだ一有をみている。

 口を開くとボロを出してしまうような、そんな気がしていた。そもそも自分が何を感じているのかすらよくわかっていないのだ。それなのに一有の唇は動いた。

「……キョウ、教えてくれ」
「何を?」
「どうして俺なんだ? どうして今になって?」

 叶は不意打ちを食らったように目をみひらいた。一有は立ち上がり、上着を拾うと、足早にオフィスを出た。

 

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