【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル

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夢と妻

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マリウスが馬車の心地良い揺れにうつらうつらとしているとタチアナと会った幼い日のことが夢として出てきた。


「マリウス、これ。下手だけど受け取ってくれない?」

そう言って差し出されたのはお世辞にも上手とは言えない刺繍がされたハンカチ。しかし、手を触れるとその刺繍には良質な魔力が行き渡っているのがわかった。

一針、一針丁寧に縫われたのだろう。しかしその刺繍が何をかたどっているのかはわからなかった。


「僕にくれるの?」

下手な刺繍であるがマリウスは嬉しかった。魔力入りのハンカチは護符になる。
女の子に魔力のこもった刺繍をもらうと言うのはとても名誉なことだった。

はじめて女の子から魔力入りの刺繍を貰ったのだ。嬉しくないわけがない。

「嬉しいよ。」

「でも、下手でしょ。先生にもお母様にもまだマリウスに渡すレベルにはなってないって言われたの。でも、他の子から貰う前に渡したくて。」

そう言ってうつむくタチアナはいじらしく可愛かった。このときはたしかに婚約者として一生守ってやらなければとそう思っていたはずなのに。


場面は切り替わる。

「なんだよこのハンカチ。こんなの好きな男に送るか?嫌がらせだろう?」

男の子が多く集まる魔導騎士の道場の更衣室でマリウスが落としたハンカチをそうあげつらったのは誰だったか。今なら分かる。あれは幼いながらに魔力入の刺繍をもらったマリウスに対する嫉妬からの言葉だった。
しかし、言われて急にそのハンカチを恥ずかしく思うようになった。

「おれだって婚約者から押しつけられたんじゃなかったらこんな下手な刺繍の入ったハンカチもたねーよ」

そう強がってしまった。

「へぇ。こんなハンカチを押し付けるなんてマリウスの婚約者はワガママなんだな。」

はじめはそんなことを言われてもタチアナがワガママだなんて思ってなかった筈なのに。
何度も揶揄われて、何度も強がってタチアナをこき下ろすうちにタチアナのことをワガママな令嬢だと思うようなってしまったのか・・・




それまで毎週のように逢いに行っていたのが、隔週になり、月一になり、学園に入学する頃には半年ほど会っていなかった。
タチアナからの茶会の誘いなども何かと理由をつけては断っていた。

「マリウス、同じクラスだわ。これからよろしくね。」

それでもタチアナはそう言って入学式の日に微笑んでくれたのに。

「マリウスは婚約が決まっていて可哀想だな。しかもあの地味なタチアナ嬢だろう?」

確かにタチアナは茶色の髪に茶色の瞳の地味な少女だった。服装も持ち物も派手なものを好まないし、友達もクラスの中心でキャッキャと騒いでいる華やかなタイプではない。

「タチアナ嬢といえばこの前、チェスでヴィクトール先輩を負かしたらしいじゃないか。」

「へぇ。地味だと思ってたけど案外気が強いのかもな。マリウスは公爵令息でよりどりみどりだろうにあんな地味で気の強い女に一生尻にしかれるのか。その点俺は父上に自由恋愛で良いって言われてるから気軽なもんさ。」


友人たちの言葉に自由恋愛がいかに素敵なものなのかと思った。そして、地味なタチアナより華やかな女の子たちと一緒にいたいとも。

気付けばどういうわけかマリウスは自由恋愛を楽しむ男女のグループに入っていた。
家に囚われない気楽な関係は公爵家の嫡男という立場に生まれたマリウスにとってとても甘美なものだった。

思い返せば友人たちに高位貴族の嫡男は居なかった。
高位貴族なら自由が許される三男や四男で、嫡男は家のしがらみの薄い下位の貴族ばかりだった。
グループの中で自然とカップルが誕生する。マリウスはいつの間にかゾフィーとそういうポジションになっていた。

ゾフィーは背が低く可憐で見目麗しい少女だった。頭はそれほど良くないが、生意気なタチアナと比べるとそんなところもかわいくて良いなと思っていた。



「マリウス様、学園では他人の目もありますので、女子生徒と2人きりでお過ごしになるのはおやめください」

かつては呼び捨てであったのにいつのまにかつけられた敬称が二人の距離を表していた。
タチアナは事あるごとにマリウスに突っ掛かってきた。マリウスにとってそれは小言を言う母や姉達と同じだった。
口煩くて無遠慮にずけずけとものを言う絶対に繋がりのきれない相手。マリウスは母や姉たちに取るようにタチアナを邪険に扱った。それでも二人の婚約は家同士のつながりで解消される事はないはずだ。

当時はそう思っていた。
自由恋愛でゾフィーと結婚するなんて全く思ってなかった。

腐ってもマリウスは公爵令息だし、そこはわきまえていたはずだった。


2人の距離が決定的に開いたのはいつからだっただろうか。マリウスは酒の入った鈍い頭で考えていたが何も思い出せないまま馬車は公爵邸に到着した。






「おかえりなさいませ。」

いつもと同じようにゾフィーが出迎えてくれた。

「シュバルツ伯爵令息と会う事を承諾されたそうですね?ルドヴィカが喜んでおりましたわ」

おっとり微笑む彼女は学園時代と比べて少しふくよかになったがそれでもやはり美しかった。

「あぁ。シュバルツ夫人に会ってきた。」

「まぁ、タチアナ様に。」

「そなたは、シュバルツ夫人をどう思う?」

マリウスはゾフィーも自分同様勘違いをしているのでは無いかと思っていた。そして、そうであれば考えを正さなければならない、とも。

「マリウスはタチアナ様のことをお嫌いかもしれませんが、タチアナ様は素敵な方ですわ。」

ゾフィーは玄関ホールから自室に続く階段を踏み締め、微笑みながらそう言った。

「素敵な方?しかし、お前は彼女に虐められていたのではないか。」

マリウスはもうタチアナがゾフィーをいじめたのでは無いとわかっていたがゾフィーがいじめにあって尚タチアナを「素敵な方」と言うのか、それとも虐めたのはタチアナでは無いと知っていたのか気になりそんな風に訊ねてしまった。

ゾフィーは少し考えた後口を開いた。

「私をいじめていたのはタチアナ様ではありませんでしたわ。」

「知っていたのか・・・」

思わず口からこぼれたそのセリフを聞いてゾフィーは少し眉を顰めた。2人は夫婦の真実に到着し、ドアを開けて中に入った。

「タチアナ様は当時、魔獣病を患ってらして、自ら身をひこうとなさっていました。そんな方が私をいじめる理由はありませんでしょう?それに・・・これはタチアナ様から口止めされていたのですが、私が公爵家の女主人としてやっていけているのはタチアナ様が高位貴族のマナーを一から仕込んで下さったからですわ。」

「タチアナが?」

「えぇ。もし、タチアナ様が教えてくださらなかったら、私は名ばかりの公爵夫人として社交界で笑い物になっていたでしょう。私はマリウスがタチアナ様の事を長い間、誤解されていることは知っていました。タチアナ様に何度もマリウスの誤解を解くべきだと進言しました。ですが、自分はもう死にゆくだけの身だから勘違いされても構わないとおっしゃって。」

そう言われてマリウスはゾフィーの立ち居振る舞いが学園の頃とは変わっていると改めて認識した。今、ソファに腰掛けているゾフィーの姿も確かに高位貴族のそれだった。

高位貴族の立場になったから自然と身についたのだと思っていた。しかし、そんなはずはなかった。
マリウスはゾフィーの瞳を見つめた。その瞳には強い意志が感じられた。ずっと可憐でフワフワした令嬢なのだと思っていた彼女が立派な貴婦人になっているのだと言うことに気付いた。

「マリウスは今日、タチアナ様に会っていかがでしたか?」

少し心配そうな顔でゾフィーはマリウスを見つめている。
 
「俺?俺は・・・ずっと勘違いしていた事を申し訳なかったな、と。」

「それだけですか?」

ゾフィーの瞳には少し憂いの色が乗っていた。
彼女が何を言いたいのかよくわからず首を傾げるとゾフィーがおもむろにソファから立ち上がりマリウスに近付き手を取った。そして、その手を見つめて話し出した。

「私、タチアナ様のことがずっと怖かった。いつかマリウスの心がタチアナ様に取られるのではないかと。」

ゾフィーの本心なのだろう。言葉遣いも学生時代の彼女が使っていたものに戻っている。

「タチアナ様に誤解を解くようにと進言しながら、本当にタチアナ様が誤解を解いてしまったらマリウスはタチアナ様のことが好きだ、という事を思い出すんじゃないかと。」

「俺がタチアナのことを好きだなんてあるわけないだろう?」

マリウスの言葉を聞いてタチアナは首を振った。

「私の目からみるとタチアナ様はずっとマリウスの特別だった。」

「特別?そんなわけないだろう?」

「好きの反対は嫌いじゃないのよ。好きの反対は無関心。嫌いと言う感情も好きの一部みたいなもんだわ。私はこれまで、タチアナ様ほどマリウスの感情を動かした人を見たことが無いわ。」

ゾフィーの言葉に声が出なかった。

「今日は別で寝ましょうか。」

ゾフィーはマリウスの手を一度強く握るとそう言って、夫婦の寝室の続き部屋となる自室に入っていった。


部屋に一人取り残されたマリウスは頭を殴られたような衝撃を受けていた。
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