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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊾

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 王女が小首を傾げ、彼を見た。チュソンがひそやかに笑う。
「震えているあなたを見るのは忍びません。これからあなたを抱こうとする私が怖いですか?」
「ー!」
 王女が鋭く息を呑んだ。蒼褪めた美しい面の中で、薄紅色に塗られた唇だけが妖しく彼を手招きしている。あの唇を塞いだら、どのような味がするだろうか。彼女の身体に滾る自分自身を深く埋めたら、彼女はあえかな声を上げるのだろうかー。
 チュソンの呼吸が荒くなる。
「私が怖くて震えているようでは、酒の力が必要でしょう、ね?」
 たった一杯で酔いが回るなんて、滅多にないことだ。チュソンはいつしか頭の芯がジンと痺れていた。
 早く早く、あの美しい蝶の羽根を捕らえてしまわねば、蝶が逃げてしまう。
 チュソンは小卓をぞんざいに脇へ押しやった。待つこと久しと乱暴な仕草で、王女の細手首を掴む。彼が少し力を込めて引いただけで、彼女はあっさりと彼の胸に倒れ込んだ。
 やっと我が物にできる。チュソンは深い満足の吐息をついた。細い腰に手を回し、きつく力の限り抱きしめる。
 王女は随分と肉付きが薄かった。確かに太ってはいないけれど、見た目はそこまで痩せているようには見えなかったのだが。
 かすかな違和感は、直に消えた。何しろ十年越しの想いを遂げる夜なのだ。肉付きは薄いが、肌そのものは触れるとしっとりとし、吸い付くような手触りが心地良い。
 抱きしめた身体はやわらかく、抱き心地は悪くはなかった。
 いかほどそうしていたのだろう。耳許でかすかな声が聞こえた。
「ー痛い」
 あまりに強く抱きしめていたのだ。チュソンは我に返った。
「済まない」
 これまで女人に手荒な真似をしたこともなく、また力に恃んで乱暴なふるまいに及ぶ輩を軽蔑してきたはずだ。そんな自分が想い人を前にすれば、自制の効かない盛りの付いた雄猫のようになってしまうことを彼は初めて知った。
 チュソンは王女をサッと抱き上げた。抱きかかえたまま、そっと壊れ物を扱うかのように褥に横たえる。
 新居にはすべて調度、寝具ありとあらゆるものが揃って、若夫婦を待っていた。今頃はまだ父の屋敷では祝宴が延々と続いていることだろう。
 祝言を終えた新郎新婦は祝宴に連なることなく、そのまま新居へと移動した。どの室も予め入念に掃除され、調度は磨かれている。
 すべて国王自らが王女のために選んだものだ。むろん褥も絹仕立ての分厚いものである。
 チュソンは王女を褥に横たえ、上から覆い被さった。彼女の両手を頭の横で持ち上げた格好で褥に縫い止める。
 まさに、囚われの美しき蝶だ。
「愛しています」
 チュソンの声が掠れていた。唇と唇が近づき、重なる。彼女の唇は、ほのかに花の香りがした。藤の花が好きだという彼女はもしや白藤の化身なのだろうか。
 埒もないことを一瞬、考えかけたその時、悲鳴にも似た声が上がった。
「ーいや」
 気がつけば、チュソンは王女に両手で押しやられていた。女性にしては、かなりの力だといえるだろう。不意を突かれて油断したというのもある。
 彼は突き飛ばされ、あっさりと後方へひっくり返った。男としては、みっともないことこの上ない。
 チュソンは茫然とし、のろのろと身を起こした。たった今、自分は何をしでかした?
 彼女には友達でも構わないと体の良いことを言いながら、現実には何をした? 彼女の罪深いほどの魅力に誘惑され、抗いきれずに力に任せて押し倒した。
 まったく男の風上にも置けない、見下げ果てたヤツではないか!
 恥ずかしさのあまり、彼女の顔を見ようにも見られない。それでも、チュソンはありったけの勇気を総動員し、意思の力で彼女を見た。
 可哀想に、王女は打ちひしがれ、背を向けていた。白藤が心ない雨に打たれているかのようだ。
「済みません」
 チュソンはただひと言謝った。たとえ彼女が許してくれなくても、許してくれるまで謝り続けなければならない。
 王女がゆるゆると面を上げた。黒曜石の瞳には大粒の涙の雫が煌めいている。
 大切にしたいと思う女を泣かせてしまったー。チュソンは彼女の涙に胸をつかれた。
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