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裸足の花嫁~日陰の王女は愛に惑う~㊷

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 口許には椿色の紅が差され、形の良い額には花嫁化粧の花鈿が可憐さを添えている。
 進行役が朗々と宣言した。
「新郎、拝礼」
 花嫁に見惚れていたチュソンはハッと我に返った。
 前庭には羅氏の使用人たちも混じっている。その中には恋女房と一緒に見守るチョンドクもいた。
ー若さま、美しい花嫁に腑抜けてちゃ駄目ですよ。
 チョンドクと眼が合うと、彼の顔にはありありと書いてあった。使用人ではあるけれど、乳兄弟でもある彼とは幼い頃から兄弟のように育ってきた。
 チュソンはチョンドクに小さく頷いて見せた。それから、チュソンは立ち上がり、花嫁に向かい、拝礼した。
「新婦、拝礼」
 今度は花嫁の番である。婚礼衣装が重いため、花嫁は両側から介添え役に支えられての拝礼となる。
 王女が拝礼を終えるまで、チュソンは惚れ惚れと眺めていた。
 それから夫婦固めの杯を交わす。新郎新婦それぞれの盃に誓いの酒が注がれる。
 チュソンは嬉しさのあまり、ひと息に煽った。しかし、肝心の花嫁は盃を持ったまま微動だにしない。
 ここでもまた参列席が少しざわついた。
 進行役が
「翁主さま、召し上がって下さい」
 小さな声で促し、、花嫁は観念したように(少なくともチュソンにはそのように見えた)、やっと盃を口に運んだのだ。ただし、それはごく形式的に唇を当てただけだ。
 もとより若い女性だから、酒をたしなまなかったとしても不思議はない。チュソンとしては可憐な花嫁が実は酒豪だったというよりは、むしろ苦手なくらいの方が良いと思っている。
 これで一連の儀式は終了となった。無事に嘉礼を終えた二人は、これよりは世にも晴れて認められた夫婦となる。
 祝言後は、列席者にご馳走がふるまわれ、祝宴となる。大広間には客人が向かい合って二列に並び、ご馳走の載った小卓が各人の前に置かれ、前庭には所々に円卓が配置され、そこにご馳走が並んだ。
 屋敷の使用人たちが客の間を忙しそうに行き来しながら、給仕に奔走する。
 流石に国王は祝宴には参加せず、ここで還御となる。
 チュソンは妻になったばかりの王女と共に、門前まで王を見送った。
 門から道へと続く石段を降りる間際、王は感慨深げに王女を見つめた。手を伸ばし、そっと娘の髪に触れた。
「今日の晴れ姿をそなたの母が眼にすれば、どれほど歓んだことか」
 王女はいつものように静かに王を見つめ返してはいるが、澄んだ眼(まなこ)は潤んでいた。
「今まで育てて頂きまして、ありがとうございました」
 王はゆっくりと首を振った。
「そう言われると恥ずかしい。消え入りたい想いだよ。朕(わたし)はそなたに父として何もしてやれなかった。ーばかりか、中殿に遠慮するあまり、冷たい態度をとり続けてきた」
 王女が微笑んだ。
「お父上のお気持ちは、折々に頂いたお手紙でよく理解しております。どうか、ご自分をお責めにならないで」
「心優しい娘に育ったものだ」
 王の眼にはこの時、確かに涙があった。
「幸せになりなさい。これでもう、そなたも王妃に気を遣う必要もない。これより先は、望むままに生きれば良い」
 次いで王はチュソンを見つめた。
「科挙に首席合格したそなただ。これから幾らでも立身できたであろう。それほどまでに我が娘を望んでくれたとは、父として何とも嬉しいことだ」
 チュソンは心から言った。
「この度は大切なご息女を頂き、ありがとうございます。我が身命に代えましても、翁主さまをお守り致します。どうぞご安心下さい」
 王は嬉しげに顔をほころばせ、チュソンから王女に視線を移した。
「何とも頼もしい婿の言葉ではないか。ナ・チュソン。我が娘をよろしく頼む。早くに母親を亡くし、淋しい身の上で育った娘だ。これからは子宝に恵まれ、幸せになることを祈っておる」
「お言葉、胸に刻みます」
 チュソンが頭を下げ、王女も並んで頭を下げた。王はチュソンの肩を親しげに叩き、王女に微笑みかけると背を向けて階段を降りていった。
 二人はもう一度、深々と頭を垂れた。
 嫁ぎゆく娘を見送る国王は紛れもない父親の顔をしていた。そこには親が子を思う情愛には貴賤の別なく、ひたすら娘の門出をことほぐ父の姿しかなかった。
 別れを交わす二人を見て、チュソンは王女を守ろうという決意を新たにしたのである。
 だが、なかなかチュソンの思うようにはゆかなかった。
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