チキンピラフ

片山春樹

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私と彼のホントの話

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「美樹、朝からその態度ってナニよ、もう朝ごはん作ってあげないからね」
と、すごい剣幕のお母さんに。
「別にいいし、食欲もないから」
と、今の気分でストレートに言い返してしまった私、をみて。
「あっそ」
って、春樹さんが私に話してくれた知美さんと同じ返事をしたお母さんの怖い顔。どうしていいかわからなくて、イライラして、眠れなくて、眠ったら眠ったで今度は起きれないし。今までこんなにイライラすることなんてなかったのに。
「お姫様と交わした大切な約束」だなんて、春樹さんのあの言葉のせい? こんな時ってどうしたらいいのだろう、誰かに相談したくても、ナニをどう相談していいかわからないし。電話を手にして、弥生・・の番号。あゆみの番号。そして、春樹さんの番号・・。を見つめて、つけてもらった時はあんなに嬉しかった薬指の指輪を眺めて。
「どうしてこんなに厄介なことになったのよ」と思っている。
「お揃いの指輪をする仲になったんでしょ」
と言ったのは奈菜江さんだったかな。本当にそんな仲になったのかな、私たち。もし春樹さん、本当に私とそんな仲になったなら、知美さんはどうするの? 
「口説いてみなさい」って知美さんは言ったけど。寝ても起きても、まだ、ぐるぐると無限ループが続いて、頭がおかしくなりそうなこの気分。ベットに横になって、電話を床にポイして、大きく吸った息を、はぁーとため息にしたとき、電話がぴろぴろとなり始めた。
「もぉ、またこのタイミング、誰よ」と手を伸ばしたら。ディスプレーにはHARUKIの文字。
「春樹さん・・・」だ。
どうしよう、出るのが怖いような・・でも・・出なきゃならない・・。深呼吸した息を止めて、ボタンを押して、耳に当てて。とりあえず、おしとやかに・・。
「もしもし」とつぶやいてみた。すると。
「美樹ちゃん、おはよ、起きてた」
といつも通りの春樹さんの柔らかい声が聞こえて。反射的に。
「おはようございます・・起きたところですけど」
としおしおと返事した私。すると、春樹さんの。
「あのね・・」
って言い出しは、なにか深刻な話かな、ゴクリとして・・結婚しようとか・・だったらどうしよう。と思っている。けど。
「昨日も一昨日も、あまり話してくれなかったから、美樹ちゃんの事、ちょっと心配って言うか、由佳とか美里になにか言われた? 指輪の事とか。あいつら美樹ちゃんをオートバイに乗せてあげたこと、ぶつぶつ言ってたけど、何か話した・・なにか言われてない」
って、なんの話かな? と思う内容のようだ。だから。
「べ・・別になにも」と返事したけど。
「そぉ・・でも・・美樹ちゃんが 別に って言うときは、別に じゃないような気がするのですけどね、本当に大丈夫?」
「はい・・」全然大丈夫じゃない気持ちだけど、どう説明していいかわからないし。
「なら、いいんだけど、なんかこう、雰囲気がね、こないだデートした時と全然違ってたって言うか、別人になってたって言うか、そんな気がしたから、心配したんだけど、本当に何ともない? 由佳とか美里とか、奈菜江や優子ちゃんになにか言われてない?」
いろいろ言われましたけど、「いろいろ言われました」なんて言えるわけないでしょ、と思うことを。
「別になにも・・それより・・ナニか用ですか?」
と表現してしまった私。そういえば、男の人と電話でこんな話するのも初めてのような、そもそも、男の人に悩み相談なんてしたことないし。それに、春樹さん、私の事を心配してくれているの? 本当に、そういう話をする仲になったのかな、と思うことが怖いような気もするし。
「まぁ、用ってほどでもないのだけど、お店でお話しできなかったから、今からプチデートでもどうかなって、お昼まで、少しぶらぶらしてお昼ご飯一緒にどう?」
って、プチデートってなに・・一緒にどぉ・・って、誘っているの? 私を? 春樹さんが? こないだみたいに頼んだわけじゃないのに? だから・・
「どうしたのですか?」急に・・というより、他の言葉を言うべきだったのかな、言ってからセリフを検証して、でも、他に、どう返事していいかなんてわからないし。
「どうもしないよ、さっきも言ったでしょ、美樹ちゃんの雰囲気がいつもと違っていたから心配しているのと、お店のみんなにナニか言われてないかなって。大丈夫なこと確かめたいのと、美樹ちゃんの顔を見たいのと、あとはね」
「あとはね・・」って・・私の顔を見たいって・・確かめたいって・・どういう意味ですか?
「あとは、近くにヒロシマっていうお好み焼き屋さんがあって、すげー美味しいって聞いたから、どうかなって話」
って、ヒロシマ? お好み焼き? って、そこは、弥生の・・・
「ダメかな」
「い・い・いえ・・」ダメではないけど、ダメかもしれないような、こういう時ってどういえばいいの?
「じゃ、アスパのマックで30分後に」って、知美さんのような決断の速さと言うか。30分って・・。これから30分後に・・。
「アスパのマック」って、そこは、いつも弥生やあゆみと待ち合わせする場所、だから、嫌な予感がするような。
「美樹ちゃん家からすぐでしょ、ヒロシマって店は、アスパのすぐ裏手にあるみたいだから。じゃ、プチデートしましょ、ぶらぶらしてから、お昼ご飯にお好み焼き、ご一緒してくれる」
「はい・・」
「じゃ」
と私の返事を聞いたのかどうかのタイミングで電話を切った春樹さん。プチデートって・・頼みもしないのに誘われたの? 私。それに、アスパのマックって、ヒロシマって。急にデートだなんて言われて、何着ていけばいいの? それより、歯も磨いてないし、髪もクシャクシャだし。寝汗で肌もべたべたしてるのに、30分後にって。慌てて部屋を出ると。
「ちょっと美樹、朝ごはん本当にいらないの」と、まだ怖い顔のお母さん。
「いまは、それどころじゃないの」
「なによ、それどころじゃないって」
あーもぅ、何から手を付けていいかわからないし。
「せっかく用意したのに、もう、本当に明日から作ってあげないからね」
春樹さんもどうして、こんな時に、そんな提案するのよバカ。
「ナニドタバタしてるのよ」というお母さんに。
「春樹さんがデートしようって、電話があったの」
「春樹さんがデートしようって・・なにそれ・・こないだしたばかりでしょ」
「またしようって言ったの。あーもう・・・・お母さん、春に買ってくれたあの服知らない?」
「美樹の部屋のタンスの引き出しじゃないの、知らないけど」
「あーもぉ・・・それより・・・」
「本当にご飯食べないのね」
あーもぉ、構ってられない。慌てて歯を磨いて、髪もこれでいいや、時間ないし。そして。タンスの引き出しの中に、あった、春に買ったシルクのワンピース、広げて、細かくチェックして、臭いもしないし、大丈夫。パジャマを脱いで、そのまま着てみたら、やっぱり春物のせいか、意外と生地が暑いかも・・あーもぉ、どうしよう、やっぱりだめ。そんなことしているうちに、10分過ぎてるし。あーもぉ、こないだのジーンズといつものTシャツでいいや。テンヤワンヤでベットに上は散らかりっぱなしだけど。もういいや。
「行ってきます」
と慌てて、部屋の扉も閉めずに、電話と財布をもって家を出た。
「ちょっと美樹、待ちなさいよ、なにこの散らかしようは」
って声が聞こえたけど、あーもぉ、構ってなんかいられないし。慌てて自転車に乗って、右を見て左を見て。アスパのマックって・・というより、ジリジリする、この夏の日差し、日焼けしたらどうしようという思いもするけど。ものすごい音量の蝉の鳴き声も聞こえるけど、あーもぉ、そんなことも構っていられない。

そして、ぜぃぜぃしながら到着したアスパのマック。ぐるっと見渡して時計を見ると、電話を切ってから27分、春樹さんはまだ来てない、ことになぜかほっとしている私。近くの鏡で髪をチェックして、おでこの汗を拭きとったタオルで、跳ねてるところをペタペタ押し付けて。そういえば今まで人に会うために髪をチェックするなんてこともなかったような。まぁこんなものかな・・そして、シャツの裾とかをチェックしながら・・ツンとシャツを裏側から持ち上げてる・・その突起は・・うわちゃーと気付いたこと・・
「ブラわすれた・・・・」どうしよう・・これ・・ツンって・・前屈みになれば、シャツの突起は目立たなくなるけど・・なんだか不自然だし・・今から帰って・・。と思った瞬間に。
「お ま た せ」とヘルメットを片手に、鏡の中、いつもの黒いジーンズ姿の春樹さんが現れて。私の肩に手を置いた、ドキィーっと慌てて振り返って、息を吸い込みながら。
「お・・おはようございます」と挨拶したら。
「おはよ・・今日も可愛いな」と言いながら、優しくニコニコしている春樹さん。の顔をまともに見れなくなっている私。それに、どうか気づきませんように、と前屈みになっていると。
「ほら・・美樹ちゃん、やっぱりヘンだ・・ホントに大丈夫?」
と聞く春樹さんがじぃーっと私を観察している。鼻の下を伸ばしてじろじろ見ないでください、と思いながら、ちらりちらりと春樹さんの顔を見ても、視線を合わせるのが怖いような。
「べ・・べ・・別にどうもしていませんよ」
と答えたけど。まだじぃーっと観察し続ける春樹さんは。ぷぷっと笑い始めて。
「なんですか?」
と聞いたら。
「じゃ、下着売り場でも、ぶらぶらしましょうか」
って。解ってくれたのはいいのだけど、それはそれで恥ずかしいような・・。先にエスカレーターに乗ると、春樹さんの視線がツンってしてる胸の高さに近づいて。じろじろ見ながら。
「挑発してる?」とつぶやいた春樹さん。
「違います」と慌てて背を向けて言い返すけど。
「ふぅぅん」
「じろじろ見ないでください、忘れただけです。春樹さんがこんな時間に呼び出すからでしょ」
「って、また、俺のせいにしてる」
「もぉ・・暑いし、蒸れるし、面倒くさいし、家では普段はつけないの」
「それは、わかるけど、別に恥ずかしがることでもないでしょうに」
「恥ずかしいですよ・・」こんな・・乳首がツンっだなんて。好きな男の人の前なのに。
って、「それは、わかるけど」って、知美さんは恥ずかしがらないのかな、と思ってしまうのは、無限ループが、まだ頭の中でぐるぐると渦を巻いているからかな。そういう思いで春樹さんをチラッと見ると。
「こんなに可愛い女の子と、下着売り場をぶらぶらするなんてのもめったにできない経験だし」とつぶやいて。ニヤッとしながら。
「選んであげようか?」
と聞く。そのニヤケタ顔には絶対負けたくない気持ちが溢れて。ドキドキしていた気分が、ムカムカした気分に一瞬で早変わりしたから、ムスッとしながら。
「春樹さんは、どんなのつけてほしいんですか? いいですよ、選んでください」
と言い返したら。
「・・・え」
と立ち止まるから、その仕草がなんとなく私の優越感をくすぐって。結構恥ずかしいのだけど。ツンっと胸を張ると、後ずさる春樹さんの視線が私の顔とシャツの突起を行ったり来たりしているのが判る。だから・・。ヘタな演技だけど、徹底的に軽蔑している目つきを作りながら。急に思い出した優子さんのセリフを。あの時の口調で。
「いやらしい」
と言ってから。ぷぃってしてやると。
「いや・・その・・いやらしいって・・一応さ、俺も、男の子なんだし、美樹ちゃんが、そういう・・その・・あの・・やっぱり・・」
この、しどろもどろの春樹さんに、なんとなくゾワゾワしてしまうものを感じている私。
「いいですよ、今度、春樹さんの好みの下着付けてあげます、選んでください」
「いや・・その・・」
「ほら・・どうしたの? 選んでくださいよ、どんなのがいいんですか」
「いや・・もぉ・・ごめんなさい」
でも、なんだろう、これ。男の人をコーナーに追い詰めて、もっといじめたくなる優越感。
「ほら・・ここで試着してあげますよ、どうしたんですか」
でも、いつも、これ以上お調子に乗りすぎると、いつも必ず形成が逆転する何かが起こるような気が少し、し始めるから。
「ふんっ・・」と言いながら、いつものサイズのおとなしそうなのを選んで、夏場はこんな薄手のものがあるんだなという実感。そして、ふと思いついたこと。
「知美さんって、いつもどんなのつけるの」 だろ?
と無意識につぶやいた声は春樹さんに届いて。
「知りませんよ・・そんなこと」とぼやく春樹さんに。
「一緒に暮らしてるくせに・・」と思う前に口にしている私。
「そうだけど・・知美さんを話題にして怖い顔するのはやめてくださいって言ったでしょ」
「別に怖い顔してるわけじゃないし・・」
そう言いながら、知美さんがいながら私をデートに誘ったりしていいんですか、という気分と。知美さんがいるのに私にそんな優しい顔してくれるのは・・私の事もしかして・・やっぱり・・という気分が行ったり来たりしたまま、試着室に入ると、春樹さんがじぃーっと見ているから。
「見ないでください・・」と軽蔑のまなざしで睨みつけると。
「見ませんよ、ここで待ってます」と背を向ける春樹さん。
カーテンを閉めて試着室の中で、はーっとため息。何しているのだろ私こんなところで。シャツを脱いでいつも通りのサイズを選んだつもりなのに。アレっと思うこと、これ収まりきらない、この、いつものサイズが少しきつく感じるのは、あの時のように体重が増えたからではないと思う。そして、あまり意識なんて感じないまま、カーテンから顔だけ出して。
「春樹さん」と呼びつけて。
「・・・はい、どうしたの」と後ろを向いたままの返事に。
「そこのDカップ取ってください」
「え・・」
「そこ・・それそれ・・」
「それそれって・・・コレ?」と手を伸ばしたところの、
「よく見て、Dカップ」
「Dカップって・・」
「タグに書いているでしょ」
「書いているけど・・」
「早くしてください、もぉ」
「・・な・・なんの罰ゲーム、これって」
という春樹さんのぼやきに、そういえば私、ナニしてるのだろう・・と冷静さが戻ってきた。私、男の人にブラジャーを持ってこいって言ってる・・なんで、どうして、こんなに自然に。そして。
「はい・・どうぞ」
とまるで、触ってはいけないものを摘まみ上げているような春樹さんが、レースのブラジャーをプラプラさせながら試着室に近づいて来て。
「今、ハダカなの?」
と聞くから。なんだか無茶苦茶恥ずかしくなって、息が乱れ始めた。だから、カーテンから手だけだして、春樹さんがつまんでいるブラジャーをひったくって、神業のような速さでつけてみると。なぜかしっくり、それが息が落ち着いた理由。というか、すこし緩いかな。でも、ちょうどいい感じ。鏡に映る私、いつのまに、という思いで深呼吸して、横向きになって胸を張って、ちょっと持ち上げて、じっと見ると、あゆみほどではないけど、形も大きさもバランスも結構いい感じじゃない。これって。ホントにいつの間に・・それに。ちょっと揺らせてみて・・。
「ふふん」って笑っちゃいそう。だから。またカーテンから顔だけ出して。
「春樹さん」と呼びつけて。
「・・はいはい、もういいの」そんな愛想のない返事に。
「見たい?」と聞いてみる。すると。
「・・・・・」となっている春樹さんの一瞬引きつる表情が、期待が膨らみはじめた間抜けた顔に代わるのがわかった。だから。
「見せるわけないでしょ」本当は見せてあげようかなと一瞬思ったけど。
舌を出して、カーテンを閉めて、シャツを着て。試着室から出て。レジに向かう。
「出そうか・・」と財布を出す春樹さんを。
「自分で払いますよ」と制止して。肩のストラップを店員さんに切ってもらい、お金を払って。ようやく、ほっと落ち着いた感じ。すると。
「美樹ちゃん、Dなんだ・・」と聞く春樹さんに。
「知美さんと比べてどうですか」と言いながら、今度は堂々と胸を張ってみると。
「また・・知美さんを話題にして怖い顔する」
「別に怖い顔してるわけじゃないし、聞いただけでしょ」
「知美さんも、Dだったと思うよ」
そう言いながら、高いところから胸元を、鼻の下を伸ばして覗き込む仕草の春樹さんは。
「まぁ・・同じくらいじゃない」だなんていうから。
「あーそーですか」って返事するしかないし。
「ナニ張り合ってるの」って言うから。
「張り合っている訳ではありませんよ」って言うしかない。
けど、張り合っているなと・・私は自覚してる。
「はいはい・・やっぱり・・なにかヘンな感じですね、美樹ちゃん」
って。それは、やっぱり、いいんですか私とこんなデートだなんて、という気持ちと、私の事、少しでも本当に好きだからこんなことしているのですか、という気持ちが、行ったり来たりしているから? ということ。なんて言えば確かめられるのかわからないから? 私の事好きですか? ってストレートに聞けばいいのかなとも思うけど。 好きだよって、いつもと同じ返事を返されそうだし。
「じゃ、お好み焼き食べに行こう」とはぐらかされると。
「はい・」としか言えないし。
「今日は、手をつながなくてもいいかな?」
と春樹さんは手をぷらぷらさせるけど。
「今日はいいです」と答えてから「すぐそこだし」と言い訳して。弥生がいるかな、弥生の事、春樹さんに言った方がいいかなとも思っている。それに、優しい笑顔で振り向いて、
「どうしたの、また急に口数少なくなった」
と聞く春樹さんに、返す言葉が思いつかないし。
「どうもしません」
とつぶやいて。しばらく無口なまま歩くと、すぐに到着した、こないだ弥生と食べに来たお好み焼き屋さん「ヒロシマ」。春樹さんがお店の扉を開けるとカランと鈴がなって、
「いらっしゃいま・・・・」と弥生の声が途切れたのは、弥生も覚えているのかな春樹さんの顔。春樹さんの背中からそぉっと覗き込むと。私を見つけて眼を真ん丸にしている弥生がいて。春樹さんは。
「あらら・・・えーと・・・」
と弥生の顔を見つめながら、指さして。
「プールで会った美樹ちゃんの友達・・・」と言いながら。弥生の。
「うれしい・・覚えていてくれたんですか」というものすごい笑顔の返事。
そして、私に振り返る春樹さんが。
「って、えぇー美樹ちゃんの友達のお店だったの、なに、早く言ってよそういうこと」
なんてことを言う。何度も言おうとしたけど、言う機会を作ってくれなかったのは春樹さんでしょ。と思いながら、ニヤニヤする弥生と目が合って。なんだか無茶苦茶恥ずかしいような気持が湧き上がってくる。そんな私を無視する弥生は。
「いらっしゃいませ、春樹さん、私、お店、手伝ってるだけですよ」と話し始めて。
「あーごめん・・えーっと・・名前・・」と指さしたままの春樹さん。
「ひどーぃ・・弥生です」
「弥生ちゃん・・はい覚えた、もう忘れない・・」
って、なんとなく、やっぱりどんな女の子にもこういう態度なんだなと思ってしまうこの仕草。そして。
「どうしたんですかこんな時間に、美樹とデート、まさか・・朝帰り」
なんてするわけないでしょ、って思うことをこんなにシレっと言い放つ弥生に。
「いやいやいや・・ちがちがちがう・・うん・・まぁ・・ちょっとぶらぶら、っていうか、この店、美味しいって噂聞いたから」
と手を振る春樹さんの、その慌てふためく動揺は何ですか、とも思えるな・・と思っている私。
「へぇぇぇ・・ありがとうございます、こちらにどうぞ。鉄板熱くしますから、ご注文は何にしますか?」
「はい、おすすめは」
「美樹は何食べるの、黙ってないで何か言ってよもぉ」
って言われても、こういう時ってナニ話せばいいのよ・・春樹さんとデートしてます、って見ればわかるし。食べに来たよって、それもいちいち言うことじゃないし。だから、いつものようにうつむいてしまうと。
「ところで春樹さん・・・」
「はい」
「へぇぇぇ、本当に、お揃いの指輪してるんですね・・」
って弥生が言うから、あわてて左手をテーブルの下に隠すけど。
「え・・いや・・まぁ・・その・・外せなくてね・・こういうのって、一度つけると」
と言いながら、指輪をキラキラさせる春樹さん。の手を取る弥生は。
「ちょっと見せてください。ふぅぅぅぅぅん・・なんだかうらましいなぁ・・」
と言いながら、しげしげと指輪を見つめて。
「まぁ、その話は、置いといて。で・・お店、手伝ってるって言ってたけど」
そう言いながら、手を降ろす春樹さん。
「はい、アルバイトみたいな、私のカレシのお店なんです・・正確に言うと、カレシは跡継ぎで、カレシのお母さんのお店」
「あーそうなんだ、じゃ、目いっぱい宣伝しなきゃね」
「ありがとうございます・・で、夏休みの間は、朝の仕込みからお昼時までと、また夕方から」
「じゃ・・お昼過ぎたら、美樹ちゃんの相手変わってくれる」
「え・・どうして・・」
「お昼から、ちょっと学校でお勉強、エライ教授さんに聞きたいことがあってね、美樹ちゃんとデートの時間、今日はお昼までなんだ・・悲しいけど」
「はーい、そういうことでしたら、お安い御用です」
別に変ってくれなくてもいいのに・・なんでそんなこと言うのよ、と思うから。
「じゃ・・何食べる」 といわれても。
「なんでも・・」 と横向きでしか返事できないし。
「ほら・・また、うつむいて黙り込んでる」 春樹さんのせいでしょ・・。
「ほーら・・美樹、どうしたのよ」 弥生までそんなこと言うし。
「美樹ちゃんのこういうところが心配でね・・」 って、心配なんて・・
「ほっといてください・・」 ・・とつぶやいてから、また、いつもの私になってる気がした。
「ほーら、美樹、カレシの前なんだから、もっと可愛くしないとダメでしょ」
それはそうかもしれないけど、だから、どうしていいかわからないのに・・。
「お腹すいてるの? ヒロシマスペシャル、豚肉、イカ、エビ、そば入り、一人分だと多いけど、二人で食べると、六分目ってメニュー、どうですか春樹さん」
「じゃ、それにしようか」 そうしてください。
「作り方とかは、そこの画面でメニューを選んで再生して、その通りにしてもらえばOKです」
「へぇぇ、ビジュアルだね・・」とテレビを触り始めた春樹さんに。
「あと、お飲み物とかも、タッチパネルで注文していただけますから」
と操作説明している弥生とあんなに近づいてる春樹さん。
「こうだね、わかりました」
「じゃ、具材を用意しますから」
「はーい」
と裏に戻ってゆく弥生を目で追いながら。
「美樹ちゃん、だまりこんで、どうしたの」と言う。
「どうもしませんよ」
「弥生ちゃんのお店だったんだね、言ってくれれば・・」
「どうしていましたか・・」
「もっと早く食べに来てたと思うよ、美樹ちゃんを誘って」
と言いながらにこっとする春樹さんの、その自然な笑顔、本当にわざと作っている笑顔ではないこと、私にも解る。知美さんが言っていた、「あの子、ピュアで純粋で」ってこのことなんだなという思いもする。この優しい笑顔の春樹さんと目が合うと、ドキドキしてしまってまともに見ることができない。だから、私、この人の事、好きだって気持ちが、こんなにはっきり感じるのに、
「知美さんじゃなくて・・私を・・誘うのですか」
そんな言葉ではぐらかせているのは、恥ずかしいからかな・・。怖いのかな・・。って、私、何が怖いの。
「また、知美さんを話題にしてそんな顔する・・あいつとは、こんな風にデートとかあまりしないから、あいつは、朝早くから夜遅くまで、仕事が楽しくて楽しくて仕方がないって感じ。研究職に引き抜かれてから、毎日疲れることがないって、体壊さないか心配だけどね」
って、この人はやっぱり、知美さんの事も心配しているわけで。
「それに、あいつも、美樹ちゃんの事、大事にしてあげなさいよって、よく言うし」
「そうですか・・」
知美さんが、そんなことを言ったから私にこんなに優しいのか・・となんとなく納得したような・・。
「そうですよ・・」
と言いながらニコニコしている春樹さんに、それって、私の事、どんな風に大事にしたいの。「どんな風に大事にしたいのですか?」ってストレートに聞いたら、どんな返事を返してくれるだろうという思いもする。だから、言ってみようかな・・と息をすって・・。
「はーい、お待たせしました。ヒロシマスペシャルの具材でーす」っていつもそういうタイミングでこうなってしまうな・・そんな感じに。私、ほっとしている気もするし。
「二人で協力して、世界で一つだけのお好み焼きに仕上げてくださいね」
「はーい・・これかな、ヒロシマスペシャルを選択、調理スタート」
「調理開始。さぁー用意はいいかみんな、お好み焼きってのはだな、気合いだ気合い。根性入れて焼くぞー・・・って、えぇー、これって、どこのラグビー選手」
「面白いでしょ、その通りにやってみてください、じゃ、鉄板が熱いですから火傷には気を付けてくださいね、これは、ソースとふりかけ」
「はーい、どうもありがとう」
「じゃね、美樹も見てるだけじゃだめよ、お好み焼きは、二人で協力して作るものだからね」
「はい、それじゃ、美樹ちゃんはテレビの通りに具材を順番に並べて、俺かき混ぜるから、順番に入れて行って、まずは油をひけー、その次はそばを炒めるから用意しろ・・気合いと根性入ってるか・・だって・・・」
「・・・はい・・気合いってこうですか」
と、膝立の姿勢になって、大きな四角いしゃもじでそばを焼いて、キャベツ、豚肉、イカ、エビ。
「美樹ちゃん、卵入れて、その粉をかき混ぜて、ここに、渦巻きのように流し込んで」
「こうですか」
「もっとダイナミックに、どばどばどばーって言ってるぞ」
じゅーじゅーと焼けていくお好み焼きが、画面の中のお好み焼きと同じような色、同じような形、そして、「いよいよクライマックス、俺と一緒に裏返すぞー。せーの、どうだー。うまくいってもいかなくても、惜しみなく秘伝のソースをべっちょり塗れー、どうだ、よだれのビッグウェーブを体験してるかみんな、うまそー」なんて画面のテロップがおかしくて。
「ホント、美味しそうな匂い、このソースが秘伝のソースなんだろうな」
「よだれのビッグウェーブだって」
「いい匂い、よだれがダラダラ出てくる」
「おいしそう・・・」
惜しみなくソースをぺっちょり塗ったら、縁にこぼれたソースがジュージューと焦げながら、その匂いは、本当によだれを溢れさせて。どうしても笑顔になってしまう。本当に美味しそうなお好み焼き。
「はい、完成、世界で一つのお好み焼き。美樹ちゃん、その青のりと鰹節を振りかけて」
「こうですか」
「そーそー、ゆらゆら揺れる鰹節の踊り食い」
手際よく切り分けて、小皿に盛り付けてくれた春樹さん。鰹節がゆらゆらと揺れて。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
はふはふと食べ始めたお好み焼きが、
「おーいしぃー」
「ほーんとだ、おーいしぃーってより。うんめぇーって感じだね」
2人で笑いあいながら、はふはふしながら食べたヒロシマスペシャル、春樹さんの嬉しそうな顔、の視線が一瞬私をすり抜けたから振り向くと。弥生がニコニコしながら私たちを眺めている。だからニコニコと笑顔で返事したら、ふふんと笑って奥に行ってしまう弥生を見送って。
「ほんとに、もっと早く言ってくれたら、もっと早く食べに来てたのに、ホントにうんめぇー、美味しい、絶対また来ちゃうよここ」
と言いながら、ハフハフする春樹さんが滑稽に見えて、つられて笑ってしまう私。そして。四角いしゃもじに乗せたお好み焼きを、口元でフーフーしようと息を吹きかけたら。かたまりになっていた青のりが春樹さんの顔に ふわっ と吹き飛んで。
「うわっち・・こーら・・なにすんの」
と青のりだらけの顔で笑っている春樹さんがもっとおかしくて。笑うのを堪えていると、汗と涙が目に染みるから。それを指で拭き取っている私を、本当に優しい笑顔で見つめている春樹さんは。ゆっくりな口調で言った。
「本当に、何でもなさそうだな・・その顔を見たかったんだ今日は・・。安心したよ」
その優しい表情、涙を指でぬぐいながら見つめて、その優しい声を聞いた私。その顔を見たかったんだ、って、どういう意味なんだろ・・・。どういう意味ですかって、聞き返すべきかな、と一瞬思ったのに。
「一切れずつ、まだ、食べれる」
とすぐに話題を変える春樹さん。
「うん・・」
「じゃ、大きい方、美樹ちゃんね、たくさん食べて元気出して」
「はーい」
「ふーってしない」と言うから。
「はーい」と返事して、くすくす笑ってしまう。
ハフハフしながら、食べる最後の一切れ。もぐもぐしていると、本当に優しい顔で私をじぃーっと見つめている春樹さん、に気付いたから。もっと、くすくすっと笑って。
「私の顔に何かついていますか・・」と言おうとしたその瞬間に。扉を勢い良く開けて、
「おっつかれー弥生いるー、ニュースあんだけど・・」とお店ん飛び込んできたのは、えぇー・・。と目が合って、もぐもぐしてた口が止まったのは時間が止まったせいだと思った。そして。
「なぁーに、ニュースっていった?」
と言いながら出てきた弥生には目もくれずに。私を睨み殺しそうなほど目を大きく開けて、ゆっくりと近づいて、私の向かいに座っている男の人を、同じ大きさの目でそぉーっと睨むのは。
「あら・・あゆみちゃん・・だよね」
と、春樹さんの視線は顔に10%、大きく開いた胸の谷間に90%。のようで。
「うれしぃ、春樹さん名前覚えていてくれたんですか」
と、もっと大きく目を見開いて、春樹さんにしがみついたあゆみを・・・。
「ちょちょちょちょ・・・プールじゃないから・・」
と押し返すけど、まだ、春樹さんの視線は・・やっぱりあゆみの半分はみ出していそうな・・。
「となりいいでしょ」
と強引なあゆみに、無条件に席を開けた春樹さんの視線は、まだそこに釘付けで‥。
「もぉぉ、春樹さん、メールしてくれるって言ったくせに、全然くれないし、美樹と本当に結婚するんですか」
って、いきなりその話題はなによ・・。
「いや・・その・・えぇ・・け・・けっ・・ケッコン?」
って春樹さんのその態度も態度でしょ。
「ちょっと、あゆみ、こーら、あんたは春樹さんに馴れ馴れしすぎでしょ」
と弥生が助けてくれなかったら、春樹さん、本当にあゆみに押し倒されてたかもしれない一瞬だったけど。
「ねぇ、美樹、何してるのよ、さっき下着売り場で春樹さんとけんかしてたでしょ、もう仲直りしたの」って、もしかして、見てたの。
「下着売り場でけんかってなに」って弥生が私に視線を向けて。
「だから・・春樹さんと美樹がアスパの下着売り場でけんかしてた、ほら、証拠写真もあるし」
って、それは、私が春樹さんをコーナーに追い詰めている瞬間・・ってなんでそんなもの写真に撮るのよ。と思っていると。春樹さんはあゆみをそっと押し出しながら。
「あ・・あの・・そろそろ時間だから、じゃあね・・あゆみちゃん、ごめんね・・美樹ちゃんまた」
と席を立ち始めて。
「じゃ、弥生ちゃんも、また来るからね」
って、どうしたんですか、そんなに逃げ出すような仕草で急に出て行こうとしなくても・・。
「またって・・ちょっと春樹さん」
って言ったけど。本当に逃げ出すように出ていく春樹さんは、私にウィンクして、左手の指輪をキラッとさせて。
「あ・・お勘定・・」
「あ・・はいはい、980円です」
とお金を払って、そそくさと出て行った春樹さん。を目で追ったけど、振り返りもしないで扉を閉めてしまった。そして。
「私も・・・ちょっと」と席を立とうとしたけど。
「美樹はこれから取り調べでしょ。ナニ下着売り場でけんかって」と言い出したのは、私の座る席をブロックしながら座った弥生で。
「って、こんな時間に春樹さんと仲良くお好み焼きってどういうこと」と言い出すのはあゆみで。
「あんなに仲良さそうなカップルなんてめったに見ないくらいなのに」
「それってどゆこと」
「それより、けんかってナニ? 下着の好みが割れたの、俺はこっちとか、あたしはこれって」
「好みって、やっぱり、朝帰りだったの・・春樹さんが無茶してブラが破れちゃったとか」
「えぇー。それってなによ」
って、二人同時に話しても何言ってるかわからないし。それに。
「もぉ・・勝手に想像しないでよ、どうして私と春樹さんの事、そんな風に空想するわけ」
ってことを、はっきりと言えるようになったのはいつからかな、という思いもする。
「だって、興味あるから・・美樹があんなに爽やかな大学生の男の子とラブラブな関係になってるだなんて、うらやましすぎるからでしょ。私たち美樹にやきもち焼いているのよ。しっともしてる。美樹だけいい思いして。泣きたいくらい」
ってあゆみに言われたら、ため息しか出ないような・・。
「でもさ、ずっと見てたけど・・」
「なにを」
「春樹さん。カウンターからずっと見てたんだけど、美樹の顔見てる春樹さんって本当に幸せそうで嬉しそうで、アレって絶対美樹の事が好きで好きでたまらない顔だよ」
「・・・・・・・」って思い当たる節があるから息が逆流するけど、どういう意味・・。
「えぇー、春樹さん、やっぱりそうなの・・」
「いろんなお客さん、アベックで来るお客さんを見てるけどさ、女の子の気をひこうと必死の男の子って普通だけど。あんなに、ただ、じぃーっと、美樹の顔を眺めて、こんな感じ」
と言いながら、頬杖ついて、私をじぃーっと眺めて、薄ら笑いを浮かべてる弥生が、なんだか気味悪いような。だから。
「って、春樹さん、そんな顔じゃなかったでしょ」と言い返したけど。
「じゃ、どんな顔してた」
と言われるとはっきりとは覚えてないような。青のりだらけになったときの顔しか思い浮かばないし。
「美樹と視線が合ってないとき、美樹の顔をじぃーっと、このまま一生眺めていたいよ・・そんな感じだったよ、たぶん、視線が合った時は普通の笑顔に戻って、視線がそれたら、トローンって、幸せ過ぎて溶けちゃうって感じになってた」
「・・・ホント?」って思うのは・・やっぱり何かを期待してるから?
「ホントって、一緒にいて気付かなかったの? 女の子だったら、男の子の仕草とか、察しがつくでしょうに?」
「・・・察しって、そんなこと、経験したことないし。察しって・・ナニ・・例えば・・」
「例えばっていわれても・・なにかこう、今日に限って優しいこと言われたとか、いつもと違うこと言われたとか。そんなのなかったの? プロポーズしそうだったとか」
「・・プロポーズだなんて」
「プロポーズはしたんだよね、お嫁さんになってくださいって、お婿さんにしてあげますって。指輪もちゃんとしてたし、美樹って、本当に、結婚とかする気なの」
「結婚だなんて、想像もできないのに」
「じゃ・・それって、どういうことになってるの・・」
と弥生は指輪を指さすけど・・。
「そんなこと・・私にも解らないし」
「美樹って、春樹さんに好きって言われたの?」
言われたと思うけど・・好きにも種類がいろいろありそうだし。
「僕のお嫁さんになってくださいって言われてたよね・・」
「世界中に宣言してたよね」
あれは、あれで、ほとんど冗談で嘘だったけど、少しだけ本当の気持ちがあるわけで。
「で、今日の朝帰りのお昼ご飯・・」
「朝帰りなんかじゃないって言ってるてしょ」
と、いつもより大きな声で言ったら、まばたきを止めて黙り込んだ二人。に、急に思いついたことを。
「ねぇ・・聞いていい・・」
といったら、とりあえずうなずいた二人。に。大きく息を吸って・・。つばを飲み込んで、何か言おうとしたら。
「へぇぇ、弥生の友達さん、二人とも可愛いね、はい、アイスクリームでもどうぞ」
って笑顔で現れた男の人に、また、このタイミングでと思う私と。
「もぉ、大事な話し始めた時に急に出てこないでよ」
と、どなる弥生と。
「えぇ・・、あ・・アイスクリーム・・ま・・まずかった・・」と後ずさるのは・・。
「まぁ・・こんにちは・・ごゆっくり」
とだけ言って3つのアイスクリームを置いて、ぶつぶつとカウンターに戻っていく男の子を。
「弥生のカレシ・・」とつぶやいてみたら。
その男の子は、奈菜江さんのカレシの慎吾さんと互角のような・・普通っぽく見えたけど、私に微笑んでくれたその顔は、それなりに優しそうな雰囲気で・・。なに品定めしてるのだろ私・・。
「そーよ・・自慢できるほどハンサムじゃないから、見せたくないの、ほーら美樹、あまり見ないで」
って弥生は無理やり私の顔を掴んで90度ひねって。むっとしている。
「そんなことないじゃん」とあゆみは言うけど。
「お世辞はいいから・・美樹はダーメ。で、何の話してたっけ」
「美樹はダーメって・・」
「美樹って可愛いからダメなのよ」
って、それも、どういう意味なの・・。
「その前、あーもぉ、変な時に出てこないでよもぉ、話が折れるのって大っ嫌い」
とぼやいているけど。そうだ・・と思い出すのは、さっき言おうとしてたこと。
「聞いていい・・」ともう一度。言えたのは、弥生のカレシが現れたからかな、言いたいことがはっきりした気がした。
「そーそー、それそれ、そこからよ」
「うん・・じゃ・・言うね・・」
「うん」と、つばを飲み込む二人に。
「弥生のカレシって、いつからカレシなの?」
って、それは、今私がはっきりと真剣に思っていること。だけど。
「え・・って、いつからって何年何月何日の事?」そう返されると言葉が続かないというか・・。
「まぁ‥それもあるけど、私と春樹さんは、たぶん、カレシとかカノジョとか、恋人とかじゃない」
とそれは、はっきり断言できるし自覚もしている。やっと言えた気がした。ずっとモヤモヤしてたこのこと。なのに。
「って、お揃いの指輪してるのに、恋人じゃないって」
っ言うのはあゆみで。確かにそうだけど、と指輪を撫でる指先と。本当のことを言い始めた私の口。
「うん、恋人なんかじゃない、春樹さん、私の事、特別な女の子だと思ってくれていると思うけど、あの人は私の事、カノジョとか恋人とか、そんな風に思っていないと思う」
「じゃ・・なんなの」
「それを知りたいの、弥生ならわかるかなと思うから・・カレシと知り合って、いつからカレシなの? 何かしたときから? 何かこう、この日から友達じゃない関係になったって。そんな瞬間ってあるの? あるんでしょ、そうなんでしょ」
それは、本当にそう思っている、ようやく言葉にできた私の気持ち。だけど。
「チューしたときから・・エッチ・・」とあゆみはふざけているけど。
「あゆみ・・はぐらかさないで・・美樹ってこんなに真剣なんだから・・もっとまじめに答えてあげてよ」
と言う弥生はまじめに考えてくれていそう。
「って、私も知らないし、カレシいないの私だけだから」
「だから、美樹も、春樹さんとイチャイチャしているけど、そうじゃないんだ・・」
「うん・・そうじゃない・・みんなが勝手な想像してるだけ」
「そりゃ。するわよ、プールにカレシ連れてきてッて言ったら、ホントに連れてくるし。指輪のユーチューブもそうだし。テストの成績もそうだし、さっきも、下着売り場でけんかしてるし、すぐ仲直りしてデートしてるし、春樹さんの美樹を見るあの笑顔もそうだし」
「だから・・みんなそんな空想しているけど、そうじゃないから、モヤモヤして、眠れないし、イライラしちゃうし」
とそこまで話した時。
「あーそれね・・やっとわかった・・」と弥生がうなずいて。
「わかったって・・」
「春樹さん、さっき、ほらまたうつむいて黙り込んでる。って言ってたこと」
「いってたね・・」
「いってたでしょ・・美樹がうつむいて黙り込んで、私もちょっと、アレって、何か変だなって思ってた」
「何言っていいか、全然わからないの、最近・・春樹さんに誘われて嬉しいのに、何か言われてすぐイライラしたり・・さっきも、ブラ忘れて、春樹さんがからかうから・・」
「そういうことか。じゃ、私とカレシとのこと話してあげるかな、でも、参考になるかな・・」
と言いながら、カウンターをのぞいて、ナニかを確かめてから話を始めた弥生。
「いつからかな・・あの人の事カレシって思い始めたの・・ここで出会って、ちょっかいかけられて、告白されて、しばらく悩んで、また告白されて、贈り物されて、私もだんだんその気になって、まぁ、こんなのでもいっかと思いはじめて。また告白されて、真剣だったね、付き合ってほしいって言われて、付き合ってあげてもいいよ・・って返事して、そこからじゃない、カレシ、カノジョの関係になったのって・・うまく言えないけど、私はそんな感じ、いつって言うと、高校生になってしばらくして、バイトにも慣れ始めた、去年の今頃、夏休みが始まったころかな、そういえば、ちょうど一年くらいかもね・・」
「付き合ってください、付き合ってあげてもいいよ・・」って言葉が行き来したんだね・・。と思っている私の顔をにこっと笑いながら見ている弥生は。続けて。
「うん、美樹って春樹さんにそんなこと言われた、それか、美樹の方から言った?」
「まだ・・」そんなこと言った覚えがない・・。
「だったら、ステップを一つ飛ばしちゃってるから、そんなことになったんじゃないの?」
「ステップ・・?」
「ステップ、段階、それができたら次はアレ、あれができたら今度はコレ。ってステップがあるでしょ。美樹の場合は、それができる前に、アレを飛ばしてコレになってる」
と指輪を指さす弥生の言葉にはなんとなく説得力があって。
「春樹さんが言わないのなら、美樹が言っちゃえば」と続けて言うけど。
「って・・言っちゃたら、あの人には・・」同棲している恋人がいるわけで。
「あーそれそれ、誰だっけ」弥生には話したよね・・この話。
「知美さん」
「でも、その知美さんも、奪っていいって言ってくれたんでしょ」
「って、その話、私全然わからないのだけど」とここであゆみが割り込んて゛きて。
「あゆみは知らないよね、春樹さんには同棲してる恋人さんがいるんだって」
と、しれーっと話してしまう弥生を止める手段はないし。
「えぇぇ」と目を見開くあゆみに。
「そんなに驚かないでよ、その恋人さんと美樹は知り合いで、その恋人さんは美樹に言ったんだって」と続ける弥生の説明に。
「なんて・・」と私に顔を向けたあゆみ。
だから。あゆみにも説明するかという気分で話し始めてみた。
「好きだったら、私から奪いなさいって、どんな手を使ってもいいから、春樹さんを口説いてモノにしてみなさいって、知美さんに言われたの」
「で・・美樹は奪う気なんだ・・」
「まぁ・・そういうこと」
「その恋人さん、7つ年上だったよね」
「うん」
「7つって24歳の女・・が・・春樹さんの恋人なの、っていうか、美樹が張り合ってるの?」
いちいち大げさに驚かないでよと思いながら。
「まぁね・・」
「で、グータッチして、ゴングを鳴らしたわけでしょ」
「ゴングってナニ・・」
「ボクシングとかで、カーン、ってなるアレ」
「まぁ・・」そういうことになるかな・・。
「でも、言わなきゃ始まらないと思うよ。春樹さんって美樹が可愛いから優しくしてくれているだけだとも思えないし、フタマタして、恋人にしようとかそんな気持ちありそうだけど、恋人さんの事もあるわけで、美樹も、奪う気なんだし。よく考えると複雑ね・・」
複雑ですよ・・ホントに・・だから。
「少し、揺らいでいるかも・・なんだか怖いし・・」
「怖いって、なにが・・」
「私の事、好きになってくれたらどうしよう・・とか・・振られたらどうしよう・・とか。どっも怖い」
「なんて贅沢な悩み・・」
「贅沢って・・・これのせいで、モヤモヤして眠れないし、イライラして何もできないし、どうしていいかわからないし」
「で、そんな美樹の事を春樹さんが心配して、今日、美樹を誘ったんだ」
「いい人じゃない、春樹さん。私にはメールしてくれないけど・・」
「そういえば、あゆみから逃げるように行っちゃったね・・」
「逃げるよう・・・・って」
「なんだか、あゆみが強引に座ってから、そそくさーって感じで出て行ったでしょ」
「えぇー、そーだった?」
「なんかそんな感じだったよね、美樹はどう思った・・」
って言われると、確かにそんな感じだったな・・もしかして、春樹さん、あゆみの事苦手? というより、これが苦手・・と見てしまうあゆみのはみ出てる谷間・・・でも、優子さんの方が大きいかな・・って、そういえば、あの人、優子さんにもあまり近づかないような・・って、何考えてるんだろこんな時に。
「まぁ、話戻すけど、春樹さん、美樹の事心配して、美樹を誘って、一緒にご飯食べて、美樹のかわいい顔見て安心して、だから、そそくさーって帰ったのかな・・」
「安心したのかな・・私の顔見て?」
そういえば、春樹さん、そんなことも言ってたかな・・その顔を見たかったって・・。
「言わなきゃ始まらないし、言ってみれば、私と付き合ってくださいって。付き合おうかってことになれば、それがカレシカノジョの関係の始まり始まりだし。ごめんって言われても、少し悲しんで、次行こうかって、笑い話にすればいいわけだし」
「って、それ、知美さんみたい・・」
とつぶやきながら、弥生って知美さんと同じような雰囲気があるなと今気づいた。
「知美さんみたいって・・」
「知美さんも、同じこと言ってた。やるだけやってうまくいけばそれはそれでハッピーだし。うまくいかなくても、あとで笑い話のネタにすればいいって」
「へぇぇ・・そうなんだ。なんだか、私もその知美さんに会ってみたいかな・・かなりポジティブな人なんでしょ」
「たぶん」
「即断即決する?」
「してたと思う・・」それに乗せられて私もこんな決断をしてしまったわけだし。
「私のカレシのお母さんがねそんな人なの。いつか、このお店を私が切り盛りするようなことになるのかなぁって時々思ったりして、その前向きな考え方、お母さんも良く言うの。人生トライアンドエラー、99回駄目だったとしても、最後に1つでも当たれば、やったーって言えるでしょ。って」
とガッツポーズで言いながら。
「これ、楽しいでしょ」
と弥生がタッチしたテレビ。
「ヒロシマスペシャル。調理開始。さぁー用意はいいかみんな、お好み焼きってのはだな、気合いだ気合い。根性入れて焼くぞー・・・・」
さっき見た、テロップを大きな声でなぞりながら。
「お母さんのアイデア、これが結構受けてるみたいでね、最近売り上げ伸びてるの。お母さん、やったーって、小さなガッツポーズで言ってた」
「それって・・カレシのお母さんでしょ・・」
「そうよ、私、あの人のお母さんに魅入られたのかもしれないね、バイト募集の張り紙見て、バイト初めてしばらくして、私には妙に親切というか丁寧というか親身というか」
「でも・・カレシのお母さんなんでしょ・・」
「まぁ、彼氏のお母さんだね、実のお母さんは、普通のお母さんよ・・部屋をかたずけろとか、掃除しろとか、家の事手伝いなさいとか、可愛くしろとか小言がうるさい普通のお母さん。でも、こっちのお母さんの方が好きだなって思う・・ちなみに、あのカレシにはお父さんはいない・・」
「え・・」
「子供のころに離婚したんだって・・それで、カレシは学校に行ってない、人生、このお店でやっていくって・・で、私も、じゃ、手伝ってあげるかって気持ち。あの一生懸命さが好きだから」
「ふぅぅぅん・・弥生ってしっかりしてるの、そういうことだったんだね」
「しっかりしてるって、そうかな・・」
「うん・・・しっかりしてる‥17歳って思えない」
「でも、今は、私の事より、美樹の事でしょ・・春樹さんに言うの言わないの」
「うん・・」
「ほら、はっきりさせなさい、僕のお嫁さんになってくださいなんて言ってくれた人なんだから、ちゃんと、一つ前のステップにもどって、知美さんの事なんて気にせずに自分の幸せをつかむべきでしょ・・ダメモトでいいじゃん」
本当に知美さんに説教されてるような気持ちになってきたような私に。さらに追い打ち。
「ダメモト、ごめんなさいって言われたら、私とあゆみでお好み焼きおごって慰めてあげるから。ちゃんと、付き合ってくださいって言って。ちゃんと付き合おうかって話になったら、美樹が私たちにお好み焼きおごってくれればいいだけの話じゃない」
「まぁ‥そうだけどね」
「商売上手ね」とあゆみの小さな声が少し可笑しいような・・。
「そういうことか・・でも、お揃いの指輪する仲で、告白と承諾がまだだなんて、それも変な話ね」
「告白と承諾って・・」
「好きです付き合ってください。僕も好きです付き合いましょう」
って機械音声のように話す弥生が。ぷぷーっと笑い始めて。
「まぁ、頑張ってよ・・ってアイス溶けちゃってるし、どうしてあいつはいつもいつもこういうタイミングなんだろうね・・」
とぼやき始めた弥生は。
「おかわりする?」
と聞いたけど。溶けたアイスクリームも、まだそれなりに冷たくて、味は同じだし。あゆみと二人でパクパク食べながら、ううんと首を振って。
「おかわりは有料でしょ」
と私も思っていたことを言ったのはあゆみ。
「まぁね」と普通に言い放つ弥生はやっぱり商売上手な素質があるような。
「なんだか、美樹の話聞いて、私も安心したかも」
というあゆみと。そういう話をして私も心につかえていたものが取れたような気持ちでいるコトを実感しているような。
「じゃ、もしかして、春樹さんって、私にもチャンスあるわけ・・」
と振り向いたあゆみと合った視線がバチバチと音を立てたような・・。
「めーるしちゃお・・どうして逃げるのですかって」
「すれば・・」
「ホントにしちゃお・・」と電話をモジモジし始めるあゆみと。
「で、これからどうするの、私ちょっとお昼寝したいんだけど・・」とあくびしてる弥生。
「あー、私も、次のバイトあるから、もう行かなきゃ、美樹は?」
次のバイトって・・あ・・そういえば、部屋、散らかしっぱなしで、お母さんのあの顔を思い出して・・。
「うん・・帰る・・」といつものように小さくつぶやいたら。
「じゃ、頑張ってね・・また、次はどうなったか報告会しましょ」と提案した弥生と。
「だれのおごり・・」というあゆみに。
「割り勘で」という弥生に。
「・・うん」とまた、あいまいな約束をしてしまった私。

まぁ、いっか・・という気持ちで「付き合ってください・・」と独り言をつぶやいて。それって、指輪する前に言わなきゃならないんだなという実感。暑い中、汗を拭きながらアスパの駐輪場まで歩いて。自転車のカギを外して。
「付き合ってください・・」ともう一度つぶやいて、太陽を見上げてみた。眩しいだけだね・・。
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