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第十三話 - 宿場町

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「あたし、こう見えて力持ちなんだよねー」

 薪は僕だけが背負って行くつもりだったが、スズも薪を一山運んでくれたので、僕は宿場町で普段の倍近いお金を手にすることができた。そのお金で買うのは、食料と日用品だ。米や干し肉など日持ちのする食料と、山では貴重品の塩。破れた着物を繕うための端切れ布と糸。あと少し悩んで来客用の茶碗も買うことにした。僕の家にある茶碗は、スズに欠けていると文句を言われてしまったから。

「奥さんに贈り物ですきゃー?」

 ひとりで茶碗を選ぶ僕に、焼き物屋の店主が尋ねる。

「いや、客人用」

 僕は冷静な口調を心がけて彼の間違いを訂正した。

「けどお客さん、さっきから女性物ばっか手に取っとりますよ」

 確かに僕は先ほどから小さめでかわいらしい模様のものばかり見ていたかもしれない。

「……それでも、客人用」

「じゃあ、意中の女性と言うわけですなぁ」

「違う!」

 もう二度とこの焼き物屋は使わないでおこう。僕はそう決めて、白地に青で四つ葉の描かれたかわいらしいものを購入した。あまり高価なものではないので、色むらが目立つがどうせ使うのはあの妖怪少女だ。
 焼き物屋の店主には怒鳴ってしまったが、改めて考えると確かに来客用の割には使う人を選ぶデザインだ。でも仕方ない。スズには似合うだろう。僕の家を訪れる客人など、彼女くらいなのだから。

「いい買い物できた?」

 夕方に宿場の入り口で合流したスズは、たくさんの食料を背負っていた。僕も似たようなものだが。

「まあね」

 僕はそっけなく肯定して、抱えていたぼろ布の塊をスズに押し付けた。

「なに?」

 驚いた顔で包みをほどくスズを置いて、先に帰路につく僕。

「めっちゃかわいい茶碗じゃん! どうしたのこれ?」

 スズが全速力で駆け寄ってくる足音が聞こえる。

「来客用。君が使うんだから、君が持って帰ってよ。欠けてるの、嫌だったんだろ?」

 僕は全力で冷たい声を出した。顔を見られたら照れているのがバレてしまうので、スズが追い付きにくいように速足で歩く。

「ありがとう!」

 スズの声は斜め後ろで聞こえた。もう横に並ばれそうだ。

「あと、薪を運んでくれた駄賃と、……髪を切っちゃった、お詫びも兼ねて」

 僕はスズとは反対方向に顔を向けた。

「あー、髪ね。あれはマジであり得なかったよ! だよ!!」

 やはり、話題にしないだけで髪を切られたことはまだ怒っているらしい。

「……悪かったよ」

 しかし、彼女が怒りをあらわにしてくれたので、謝りやすくもあった。彼女はまだ許してくれないかもしれないが、謝罪の言葉を口にできたことで僕は少しだけ安心した。

「今度やったら、キミの髪の毛むしゃむしゃするからね!」

 スズの言葉は冗談なのか本気なのか。まぁ、彼女の髪の毛を切ることは二度とないはずなので、どちらでも良い。

「あんまりはしゃぐと疲れるぞ。村までは遠いんだから」

 僕はそう言うと早歩きを少し緩めた。

「んもう! 話題勝手に変えないでよ!」

 忠告しても、スズの元気の良さは変わらなかったが。

「君にだけは言われたくない」

 僕はため息交じりに言って、前方の山を見た。このあたりは宿場町で多量に消費する薪をっているので、木がほとんど生えていない。村まではまだまだだ。

 宿場しゅくば町に行った翌日は長距離歩行の疲労を癒すための休養日となった。天気が良かったので、僕はかび臭い布団を干したり、たきぎを割ったり、水瓶の水を補充したりと家事にいそしんだ。日没前には、山のふもとにある民家にスズを連れて行く。宿場で買ってきた菓子と引き換えにお風呂を貸してくれるよう頼んだのだ。スズが湯に浸かりたそうにしていたから。

「最初は冷たいタイプの人かと思ったけど、めっちゃやさしいじゃん」

 スズは新しい茶碗を喜んでくれたし、お風呂で全身を綺麗に洗えてご機嫌だ。

「別に……」

 僕はどう答えるのが正解かわからなくて、不機嫌な声を出した。スズの言葉を否定して冷たい人間だと主張するのは違う気がするし、だからといってやさしい人間だと肯定するのも自信過剰だ。スズのように冗談めかして笑いに変える技術もない。

「うふふ、ツンデレさんなんだからぁ。あたしのために色々してくれてありがとね」

「……どうってことない」

 僕はスズの笑顔から顔をそむけた。確かに茶碗を新調したのも、お風呂を借りに行ったのもスズのためだ。僕一人ならそんなことしない。でもそれを彼女の前で認めるのは恥ずかしかった。

「油がもったいないから、もう寝よう。明日は山歩きするんでしょ」

 これ以上スズと話していると顔から火が出そうだったので、僕は冷めた口調でそう提案した。

「そうだね。ロロが言うならそうしよう」

 僕の照れ隠しを知ってか知らずか、スズはすぐさま昼間干した布団に飛び込んでいく。

「まだちょっとかびっぽいけど、お日様の匂い!」

 それなら良かった。僕は布団に潜り込むスズを見ながら、燭台の炎を吹き消した。

「おやすみ、ロロ」

 暗闇の中で、スズが僕を見ているのがわかる。

「……おやすみ」

 壁の隙間から差し込む星明りを反射してキラキラ光る大きな目に、僕は就寝のあいさつを返した。
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