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第十二話 - 幽霊作物

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  * * *

「『口寄くちよせ』ってのは、幽霊とか異界のものを呼び寄せちゃうことだよ。キミはそういう性質みたい。このおうちの周りに生えてた黄泉よみの植物は、たぶんキミに引かれて根付いたんだろうね。キミが畑を耕すと病気や害獣の被害にあいやすいって言うのも、キミが何か悪いものを呼び寄せちゃってたのかも」

 起きたらスズに説明してもらおうと考えていたが、僕はその行動を少し後悔していた。だってそうだろう? 僕が関わると起こっていた悪いこと。それが本当に僕のせいだったと知ってしまったのだから。

「もしかして、今この村を悩ませている飢餓きが怪異かいいも……」

 僕のせいなのかもしれない。怖くて全てを声に出すことはできなかったが。

「キミはその答えを知りたいの?」

 スズの問いかけは、彼女なりのやさしさだったのかもしれない。しかし、すぐに否定しなかった事実が、僕のせいだと物語っていた。

「キミだけのせいじゃないよ」

 あからさまに僕の表情が曇ったからだろう。スズの顔を見れずにうつむいた僕に、穏やかな声が降ってきた。彼女にそんなやさしい声が出せたのかと驚くくらいに。

「この村の怪異を起こしてるのは十中八九『幽霊作物』って呼ばれるものだよ。作物が黄泉の力の影響を受けて、大きく空っぽに育っちゃう怪異。その怪異がはじまった原因は、もしかするとキミのせいかもしれない。でも、怪異が何年もずーっと続いてるのはキミのせいじゃないさ」

「根拠はあるわけ?」

「もちろん」

 スズの説明を要約するとこうだ。

 最初の幽霊作物がこの地域に根付いたのは、僕のせいかもしれない。しかし、それを育て続けたのは、村の人々だ。黄泉の影響を受けた幽霊作物を食べたことで、村の人々に特殊な能力が発現し、それが何年も続く見かけだけの豊作と飢餓の原因となっているのだと言う。

「人間ってのは堕落した生き物だよ。できるなら働きたくないし、ずっと寝ていたいし、ごはんを食べていたい。そう考えてる人って多いんじゃないかな。そう言う人々の願いが幽霊作物を育てる力になっちゃう。この地域に飢餓の怪異の原因を呼び寄せたのはキミかもしれないけど、それをここまで強くしちゃったのは村人たちの魂のあり方それ自体だよ。だから、キミだけが悪いわけじゃない。みんながもっと働くのが大好きで勤勉なら、こんなことにはならなかったんだから」

 スズは僕を励ますように肩を叩くと、その勢いで立ち上がった。

「じゃあ、怠惰な人間の尻ぬぐいに行こうぜ!」

 そう親指を立てて笑うスズは、きっと僕がこれ以上気負わないようにしてくれたのだろう。旅装束と、頭の右上で束ねられた長い髪。外出の準備は万全だ。
 昨日僕が切ってしまった左側の髪は顎のラインで切りそろえられている。これも良く似合っているが、左右非対称な髪形を見ると少し心が痛んだ。謝るべきなのだろうが、昨日のことを蒸し返すのは気が引ける……。

「ほら、ロロ。早く村の案内をしなさいっ!」

 すでに小屋の外まで駆けだしたスズが僕を呼んでいる。彼女はもう髪のことを気にしていないのかもしれない。

「わかった」

 いろいろ悩んでも、最終的には彼女の勢いに流されてしまう。僕は腰をあげると、急いでスズを追いかけた。

 この日は村の中を歩いてまわるらしい。スズが昨日大勢の前で名乗りを上げたおかげで、村の衆の多くが彼女のことを知っていた。作物を分けてもらい、道端の雑草を摘み取り、人目を盗んでスズの髪の毛に味見させていく。そうすることで黄泉の影響が強い場所を探すのだ。

「ロロ、ちょっとあたしの頭をよしよししてくれるかい?」

「なんで?」

 突然の要求に戸惑いつつも、僕は彼女の頭に手を伸ばした。僕たちの体が近づく。その隙にスズは手に持っていた雑草を数本髪の毛に食べさせた。どうやら僕の体と着物を死角にして、髪の毛を変化へんげさせたかったらしい。村人の目に触れないよう注意を払っているようだ。それならば、なぜ昨日はあんなに目立つ方法で僕を運んだのか疑問だったが、ただの気まぐれかもしれない。彼女はそういう人間な気がする。

「キミ、頭でるのヘタだね」

 考え事をしていた僕は、スズのそんな感想ではっと我に返った。

「君の髪の毛を隠せればいいんだろう?」

 僕はスズの髪の毛が毛束に戻っていることを確認して、手を離した。

「あれれ~? もしかして照れてる?」

 意地悪な笑みを浮かべて僕の顔を覗き込もうとするスズ。

「違う。村に変な噂が広まるから」

 僕は慌てて顔をそむけた。僕の言葉は本音だったが、一日中見知らぬ旅人の少女と村を歩けば、それだけで噂が立つのは避けられないだろう。さいわいなのは、僕が村はずれの山中に住んでいて、村人とあまり交流していないことだ。何を言われても僕の耳にはほとんど入ってこないだろうし、「呪われた」僕はすでに腫物はれもののような扱いを受けている。噂が広がったとしても、これ以上困りようがない。
 結局は、スズの言う通り、頭を撫でるという行為に慣れておらず、恥ずかしかったのだろう。それを彼女に伝える気は一切ないが。

 スズは村の農地、家の庭、井戸の水までくまなく味見していく。

「全体的に薄く黄泉の味はするけど、原因は村の中にあるものじゃない」

 一日中村を散策したあと、スズは僕に今日の成果を報告した。

「それじゃあ、次は周りの山を調べる?」

「うん。……ちょっと長丁場になりそう」

 スズはしばらく僕の家に滞在するつもりだ。気ままなひとりの時間が減ってしまうのは嫌だが、不思議とうれしくもある。

「明日は宿場しゅくばにお買い物に行こう。キミも来る?」

 そう誘われて、僕は少し考えた。留守番すれば、スズのにぎやかさに煩わされることなくのんびりできる。

「……僕も行く」

 しかし、僕はスズとともに行くことに決めた。山を下りた街道沿いにある宿場は、村では手に入らない品を買える栄えた町だ。早朝に出て急いで買い物を済ませれば、その日のうちに帰れる距離ではあるものの、ひとりで気楽に行ける場所ではない。せっかくなら、僕も欲しいものを買い足そうと思ったのだ。換金用のたきぎも溜まっていたし。
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