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第一章
第94話/Trio
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第94話/Trio
先を走る連中は、一斉に銃を構える。まもなく、激しい銃撃戦が始まった。まっさらなこの広場には、障害物は何もない。だけど撃つ側も撃たれる側も走っているから、弾に当たる不運な奴はかなり少なかった。
そして銃を構えるために速度を落とした奴らを追い抜いて、刃物やバットなんかを持った第一陣が激突した。
「わあああああ!」
「ぎゃああああ!」
「があああああ!」
ヤクザとマフィアが激しくぶつかり合う。こうなると、もう飛び道具は使えない。敵味方が入り乱れすぎて、まともに引き金を引けないのだ。
「ユキ!私たちも向かいましょう!」
ウィローが男たちの怒声に負けじと、大声を張り上げた。
「ああ!けど、キリーたちが……」
このだだっ広い広場は、一瞬で乱戦地帯と化してしまった。キリーたちを安全な場所に下げたいが、そもそもどこが安全かもわからない。
「ユキ!」
その時、キリーが人波をかき分け、俺のそばまでやってきた。
「ユキ、わたしもついて行かせて!」
「キリー?だめだ、危険すぎる。今だって真っ青じゃないか」
キリーの顔からは、すっかり血の気が引いてしまっていた。さっきの銃撃戦のせいだろう。
「だいじょうぶ、平気だよ。もう気を失ったりしないから!」
「それでもだ。体調を崩す時点で、十分危険だろ」
「それでも!ユキ、わたしを守ってくれるって言ったじゃない!」
「ぐ……どうしてそんなに意地を張るんだ!それどころじゃないってわかっているだろ!」
だんだんと、俺たちの口論は激しさを増していく。スーが俺たちの様子をおろおろとうかがっていた。戦場の真っただ中で口喧嘩なんて、本当はしてるヒマないってのに!
「イヤなの!わたしのために戦ってるのに、その背中すら見えないなんて!」
「いやいや言うな!おとなしく待ってろ!」
「どうして!わたしだって……」
「お前がっ!大切だからだ!わからないのか!大切なんだよ!」
俺は、キリーの肩をわしづかみにした。
「言ったさ!お前を守ると!だけどここにきてから、きみはどれだけ危険な目にあった!何度けがをした!下手をしたら、命が危なかったかもしれないんだぞ!」
キリーの目が大きく見開かれる。俺は、なんだか急にその瞳が怖くなってしまって、がっくりうなだれた。
「……口で言うのは簡単だ。だけど、きみだけじゃない。ウィローも、スーも、ステリアも……アプリコットも、リルも、黒蜜も、みんなボロボロだ」
俺は力なく、キリーの肩から手を離した。
俺は結局、誰も守れちゃいないんだ。いつもがむしゃらに突っ走って、そのたびに皆に助けられている。本当は、俺一人で、みんなを守れるくらい……
「……『俺が、みんなを守るんだ』とか、そんなこと考えてるんじゃないですか?」
え?
思わず顔を上げる。ウィローが、俺のがくりと垂らした手に優しく触れていた。
「ユキ。言ったじゃないですか。あなたの獅子は私が守ると。私だって、あなたを。みんなを守りたいんです」
ウィローの言葉が、優しく俺の中に染み入る。周りの喧騒が、ゆっくりと溶けていくようだった。
「……だけど。俺は結局、何も出来ていないじゃないか。さっきだって、ウィローが……」
「え?あなた、それ本気で言ってるんですか?」
ウィローが心底呆れた、という顔をした。
「まあ、知らぬは本人ばかりとは言いますが」
「あはは、ほんとだね」
スーがにっこり笑うと、そっと俺に手を重ねた。
「ユキくん。わたしだって、ユキくんを守りたいと思ってるんだよ。そりゃあ、ほとんど守られてばかりだけど……けど、わたしの刺青が役に立てるってわかった時、本当に嬉しかったんだ」
「スー……」
「スーだけじゃありません。私だって、キリーだって、他の皆だって……あなたのことが大切なんです。私たちは守りあう、じゃダメですか?」
「ダメだなんて、そんなこと……そうか、俺は、勘違いをしていたのかもな」
「だいたいねえ、ユキ。あんた、マジメすぎんのよ。ちょっとは肩の力抜きなさい」
アプリコットがやれやれ、と笑う。
「ヤクザの喧嘩だもの、そりゃケガだってするわよ。おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし、誰一人傷つけないなんてできっこないわ。それでも、あたしたちは助け合うの」
「アプリコットの言う通りです。一人では無理でも……みんながいれば、怖いものなんてありません」
「あら、珍しいじゃない?ウィローがこういうのに乗ってくるなんて」
「い、いいじゃないですか。たまには、ですよ」
ウィローが赤くなった顔を隠すように髪をいじる。
「くっ……ははは。そうだ、そうかもしれないな。何が正解かはわからないけど、俺はきみたちの考えが気に入ったよ」
すとんと腑に落ちた、という感じかな。腹の中でグラグラと揺れていたものが、かっちりはまった。もう、ぶれない。
「キリー」
「うん。ユキ」
「お前は、俺が守る。だから、俺をお前が守ってくれないか」
「……うん!待ってたよ、その言葉!」
キリーの顔に、大輪の花が咲いた。そのとき、奇妙なことが起こった。地下だというのに、ふわりと一陣の風が吹き抜けたのだ。そよ風がキリーの前髪を揺らす。この風……キリーの近くにだけ、吹いているのか……?俺はキリーを見つめたまま固まってしまった。
「行こう、みんな!わたし、今ならだれにも負けない気がするよ!」
そんな俺の様子には気付かずに、キリーは威勢よく駆け出した。
「ユキ、行きましょう!遅れを取るわけにはいきません!」
「あ、ああ!」
さっきのは、俺の勘違いだったのか?いや、だめだだめだ。俺は雑念を振り払うように、ぶんぶん頭を振った。今は、目の前の戦いに集中しなければ。
「……いくぞっ!」
唐獅子の炎が全身を包み込む。俺は燃え盛る弓矢となって、黒波渦巻く戦場へ突っ込んでいった。
「おぉぉりゃあぁぁ!」
俺は雄たけびを上げると、渾身の力で男の腹を殴りつけた。殴られた男は声も出せずにぶっ飛んでいき、別のマフィアの背中にぶつかってゴロゴロところがった。
俺は怪力に任せて、戦場をぶった切るように暴れていた。しかしいかんせん、黒服ばかりで敵味方の判別が難しい。一応、胸についた鳳凰会の代紋で区別はできるが……そこで俺は、あえて目立つように暴れて、攻撃を待つことにした。刺青のオーラ全開の俺に殴りかかって来るってことは、そいつが敵ってことだろ。
「はあぁぁぁ!」
一方、ウィローは俺と対照的に、人の隙間を縫うように疾走していた。満開の力で、今のウィローは風のように早い。蒼い燐光が待ったと思ったら、次の瞬間にはマフィアが泡を吹いて倒れていた。彼女は、どうやって敵味方を判別しているんだろう。
「えいやぁ!」
「わっ、キリーちゃんすごい!ナイスパンチ!」
「えへへ、くぅ。でしょー?いてて……」
キリーは赤くなった手をぶんぶん振っている。キリーたちは、他の鳳凰会の組員と一緒になって戦っていた。敵も女なら倒しやすいと思ってか群がっているが、彼女たちは絶妙なコンビネーションで互いを助け合っていた。
「はあっ!」
ジュウゥゥゥゥ!
ステリアが手に持った棒のようなものを振り回すと、触れたマフィアのスーツが焼け焦げた。当然、素肌に当たった運のないやつは……
「ぎゃあああ!」
「うわ……ステリア。それ、なんだい?」
リルが引き気味にたずねる。
「うん?ソルダーアイロン(はんだごて)、溶接用の工具。ふつうは人体に向けて使用しない」
「そりゃそうだろう……ね!」
リルが身をひるがえすと、手から何かをシュッと投げた。
「うぎゃっ」
それはステリアに襲おうとしていた男に命中した。男の腕からは、金串のような巨大な針が生えている……彫師らしい武器だな。
「ありがと、リル」
「ははは。きみは、大事な娘だからね」
一方で、アプリコットと黒蜜は苦戦していた。
「あっいたたたた!放しなさいよ!」
「黙れ、このメス猫!」
マフィアが、アプリコットの髪をむんずと掴んで、ぐいぐい引っ張っている。
「いっ、いたいいたい!」
「あ!なにしてるんすか!その手をどけなさい!」
「へへへ、うるせえ!」
「こっの……!」
アプリコットは涙を浮かべながらも、強引に身をよじった。
「ふざけんじゃ、ないわよ!」
シャッ!アプリコットが男の顔を鋭くひっかくと、男の鼻の皮はべろりとむけてしまった。
「う、うぎゃあ!」
「今よ!警察、なんとかしなさい!」
「言われ、なくても!」
黒蜜は悶える男の襟をつかむと、声を張り上げた。
「おりゃあああ!」
黒蜜は男の腕を引っ張ると、腰を跳ね上げて投げ飛ばした。見事な払い腰だ。
「やった!やるじゃない、あんた!」
「柔道くらい基本っす。それより、大丈夫っすか」
「ええ。まったく、デリカシーのない男ね。女の命をなんだと思ってるのかしら」
俺はみんなの健闘っぷりに、ほっと胸をなでおろしていた。はは、案外みんな強いじゃないか。強敵との戦いで、過敏になりすぎていたのかもな。
そんなことを考えていた時だ。
「ユキ、あぶない!」
なに!俺の後ろに、ドスを持った男が忍び寄っていた。まずい、この距離じゃ避けきれない……!
ズドン!
「ぐぎゃあ!」
男が腕から血を吹きだしてふっ飛んだ。
「大丈夫ですか、ユキさん」
「レスさん!助かりました」
二丁拳銃を構えたレスが、涼しい顔でこちらを見ていた。
「油断しないようにしてくださいね」
短く言葉を放つと、レスはすぐに次の標的へ照準を合わせていた。これだけ人がいるのに、正確に、マフィアだけを撃ち抜いている……しかしレス自身は、そのことに何の感情も抱いていないようだった。単調な作業のように、引き金を引いていく。
「うわあぁぁ!」
そのとき、叫び声とともに、俺の足下に何かが転がってきた。それは大柄な男だった。胸についたバッチから、こいつはヤクザだと分かった。
「おい、どうしたんだ!」
「うぅ……い、刺青が……」
刺青?だがすぐに、俺にもそいつが吹っ飛ばされた原因がわかった。
前方に異様な風貌の男が立っている。何が異様って、そいつの顔と両手が血のような赤に染まっているのだ。だが、怪我をしているというわけではない。刺青だ。肌を覆うように刻まれたタトゥーが、ぞくぞくするような赤い光を放っている。
「タトゥー……ジェイ以外にも、刺青持ちがいたのか」
「うぐぐ……きをつけろ……一人じゃない……」
そこまで言って、大男は気を失ってしまった。一人じゃない?
俺は男を起こそうとしたが、その前にタトゥーを刻んだマフィアと目が合ってしまった。
マフィアがこちらへ向かってくる!
「くそ、上等だ!」
奴が血潮の赤なら、俺は深紅だ!
俺と男の拳がぶつかり合う。さすがはタトゥーの力だ、男の拳は重い。だが、俺のほうが上だ。
バキィ!
俺が拳を弾き飛ばすと、男は驚愕の表情を浮かべた。だが、すぐににやりと口元をゆがめる。
俺の背後に、もう一人のタトゥー持ちがいた。
「なに……ぐぁ!」
背中を思い切り蹴とばされ、俺はゴロゴロ転がった。ものすごい力だ、唐獅子の力がなかったら背骨が折れていたかもしれない。
「へへへ……タトゥーの力が、お前たちだけのモンだと思ってたか?」
男たちがにやにやと笑う。その時、俺は気づいた。
二人どころじゃない。ざっと数えても、十数人……全員が全員、顔まで覆われるほどのタトゥーを刻んでいる。
バカな……これだけの数の刺青持ちがいるなんて!
「へへへ……これだけ数がいんだ、いくらお前がバケモンじみてても勝てっこねぇぞ」
「くそ……」
「……そいつは、どうでしょうかね?ヒヒヒッ」
え?この気味の悪い笑い方は……
「ファンタン組長!」
俺の隣に、チャックラック組組長、ファンタンが立っていた。やつはニタニタと笑いながら、這いつくばる俺を見下ろす。
「ヒヒヒ……あなたが無様に転がる姿を見るのも愉快ですが、とっとと起きてもらえますか?」
「い……言われなくても!」
俺が慌てて立ち上がると、ファンタンはコキコキと首を鳴らした。
「まったく、面倒ですがね。あの連中をどうにかするためには、あなた“がた”と手を組むのが一番手っ取り早いんですよ」
あなたがた?俺以外の刺青持ちといえば、もう一人……
「……俺だって、テメエらなんざごめんだがね。手っ取り早いっていうのには賛成だ」
うお。反対からぬっと姿を現したのは、チョウノメ一家、ニゾーだった。
「に、ニゾーの、兄貴……」
「おう、メイダロッカ。ちっとツラかせ。こいつらぶちのめすんだよ」
「え。いや、はい」
「キヒヒヒ!ほんとなら、あなたたちだけでどうにかしてもらいたい所ですがね。ワタシの手を煩わせないでもらいたいですよ」
「あぁ?このドブネズミ、誰が誰を煩わせるだと?」
「……いいますね、ムジナふぜいが偉そうに!」
「あ、あの。手を組もうって話でしたよね……?」
俺たちが小競り合いを始めると、マフィアたちはいよいよ呆れた顔をした。
「なんだこいつら。漫才を始めたぞ?」
「いい、いい。こんなふざけた連中、気にせずやっちまえ!」
タトゥーをいれたマフィアたちが、いっせいに襲い掛かってきた!
だが、そこは腐っても幹部クラスの男たちだ。マフィアが動いた瞬間、ファンタンとニゾーはさっと雰囲気を変えた。
「ちっ。人が話してる途中だっていうのに、なめられたものですね」
「……つぶすぞ。いくぞてめぇら!足引っ張りやがったら殺すからな!」
「そ、それが仲間にいうセリフか……?」
非常に不安だが、あの人数を一人で相手にするのは避けたい……やるしかなさそうだ。
つづく
先を走る連中は、一斉に銃を構える。まもなく、激しい銃撃戦が始まった。まっさらなこの広場には、障害物は何もない。だけど撃つ側も撃たれる側も走っているから、弾に当たる不運な奴はかなり少なかった。
そして銃を構えるために速度を落とした奴らを追い抜いて、刃物やバットなんかを持った第一陣が激突した。
「わあああああ!」
「ぎゃああああ!」
「があああああ!」
ヤクザとマフィアが激しくぶつかり合う。こうなると、もう飛び道具は使えない。敵味方が入り乱れすぎて、まともに引き金を引けないのだ。
「ユキ!私たちも向かいましょう!」
ウィローが男たちの怒声に負けじと、大声を張り上げた。
「ああ!けど、キリーたちが……」
このだだっ広い広場は、一瞬で乱戦地帯と化してしまった。キリーたちを安全な場所に下げたいが、そもそもどこが安全かもわからない。
「ユキ!」
その時、キリーが人波をかき分け、俺のそばまでやってきた。
「ユキ、わたしもついて行かせて!」
「キリー?だめだ、危険すぎる。今だって真っ青じゃないか」
キリーの顔からは、すっかり血の気が引いてしまっていた。さっきの銃撃戦のせいだろう。
「だいじょうぶ、平気だよ。もう気を失ったりしないから!」
「それでもだ。体調を崩す時点で、十分危険だろ」
「それでも!ユキ、わたしを守ってくれるって言ったじゃない!」
「ぐ……どうしてそんなに意地を張るんだ!それどころじゃないってわかっているだろ!」
だんだんと、俺たちの口論は激しさを増していく。スーが俺たちの様子をおろおろとうかがっていた。戦場の真っただ中で口喧嘩なんて、本当はしてるヒマないってのに!
「イヤなの!わたしのために戦ってるのに、その背中すら見えないなんて!」
「いやいや言うな!おとなしく待ってろ!」
「どうして!わたしだって……」
「お前がっ!大切だからだ!わからないのか!大切なんだよ!」
俺は、キリーの肩をわしづかみにした。
「言ったさ!お前を守ると!だけどここにきてから、きみはどれだけ危険な目にあった!何度けがをした!下手をしたら、命が危なかったかもしれないんだぞ!」
キリーの目が大きく見開かれる。俺は、なんだか急にその瞳が怖くなってしまって、がっくりうなだれた。
「……口で言うのは簡単だ。だけど、きみだけじゃない。ウィローも、スーも、ステリアも……アプリコットも、リルも、黒蜜も、みんなボロボロだ」
俺は力なく、キリーの肩から手を離した。
俺は結局、誰も守れちゃいないんだ。いつもがむしゃらに突っ走って、そのたびに皆に助けられている。本当は、俺一人で、みんなを守れるくらい……
「……『俺が、みんなを守るんだ』とか、そんなこと考えてるんじゃないですか?」
え?
思わず顔を上げる。ウィローが、俺のがくりと垂らした手に優しく触れていた。
「ユキ。言ったじゃないですか。あなたの獅子は私が守ると。私だって、あなたを。みんなを守りたいんです」
ウィローの言葉が、優しく俺の中に染み入る。周りの喧騒が、ゆっくりと溶けていくようだった。
「……だけど。俺は結局、何も出来ていないじゃないか。さっきだって、ウィローが……」
「え?あなた、それ本気で言ってるんですか?」
ウィローが心底呆れた、という顔をした。
「まあ、知らぬは本人ばかりとは言いますが」
「あはは、ほんとだね」
スーがにっこり笑うと、そっと俺に手を重ねた。
「ユキくん。わたしだって、ユキくんを守りたいと思ってるんだよ。そりゃあ、ほとんど守られてばかりだけど……けど、わたしの刺青が役に立てるってわかった時、本当に嬉しかったんだ」
「スー……」
「スーだけじゃありません。私だって、キリーだって、他の皆だって……あなたのことが大切なんです。私たちは守りあう、じゃダメですか?」
「ダメだなんて、そんなこと……そうか、俺は、勘違いをしていたのかもな」
「だいたいねえ、ユキ。あんた、マジメすぎんのよ。ちょっとは肩の力抜きなさい」
アプリコットがやれやれ、と笑う。
「ヤクザの喧嘩だもの、そりゃケガだってするわよ。おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし、誰一人傷つけないなんてできっこないわ。それでも、あたしたちは助け合うの」
「アプリコットの言う通りです。一人では無理でも……みんながいれば、怖いものなんてありません」
「あら、珍しいじゃない?ウィローがこういうのに乗ってくるなんて」
「い、いいじゃないですか。たまには、ですよ」
ウィローが赤くなった顔を隠すように髪をいじる。
「くっ……ははは。そうだ、そうかもしれないな。何が正解かはわからないけど、俺はきみたちの考えが気に入ったよ」
すとんと腑に落ちた、という感じかな。腹の中でグラグラと揺れていたものが、かっちりはまった。もう、ぶれない。
「キリー」
「うん。ユキ」
「お前は、俺が守る。だから、俺をお前が守ってくれないか」
「……うん!待ってたよ、その言葉!」
キリーの顔に、大輪の花が咲いた。そのとき、奇妙なことが起こった。地下だというのに、ふわりと一陣の風が吹き抜けたのだ。そよ風がキリーの前髪を揺らす。この風……キリーの近くにだけ、吹いているのか……?俺はキリーを見つめたまま固まってしまった。
「行こう、みんな!わたし、今ならだれにも負けない気がするよ!」
そんな俺の様子には気付かずに、キリーは威勢よく駆け出した。
「ユキ、行きましょう!遅れを取るわけにはいきません!」
「あ、ああ!」
さっきのは、俺の勘違いだったのか?いや、だめだだめだ。俺は雑念を振り払うように、ぶんぶん頭を振った。今は、目の前の戦いに集中しなければ。
「……いくぞっ!」
唐獅子の炎が全身を包み込む。俺は燃え盛る弓矢となって、黒波渦巻く戦場へ突っ込んでいった。
「おぉぉりゃあぁぁ!」
俺は雄たけびを上げると、渾身の力で男の腹を殴りつけた。殴られた男は声も出せずにぶっ飛んでいき、別のマフィアの背中にぶつかってゴロゴロところがった。
俺は怪力に任せて、戦場をぶった切るように暴れていた。しかしいかんせん、黒服ばかりで敵味方の判別が難しい。一応、胸についた鳳凰会の代紋で区別はできるが……そこで俺は、あえて目立つように暴れて、攻撃を待つことにした。刺青のオーラ全開の俺に殴りかかって来るってことは、そいつが敵ってことだろ。
「はあぁぁぁ!」
一方、ウィローは俺と対照的に、人の隙間を縫うように疾走していた。満開の力で、今のウィローは風のように早い。蒼い燐光が待ったと思ったら、次の瞬間にはマフィアが泡を吹いて倒れていた。彼女は、どうやって敵味方を判別しているんだろう。
「えいやぁ!」
「わっ、キリーちゃんすごい!ナイスパンチ!」
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キリーは赤くなった手をぶんぶん振っている。キリーたちは、他の鳳凰会の組員と一緒になって戦っていた。敵も女なら倒しやすいと思ってか群がっているが、彼女たちは絶妙なコンビネーションで互いを助け合っていた。
「はあっ!」
ジュウゥゥゥゥ!
ステリアが手に持った棒のようなものを振り回すと、触れたマフィアのスーツが焼け焦げた。当然、素肌に当たった運のないやつは……
「ぎゃあああ!」
「うわ……ステリア。それ、なんだい?」
リルが引き気味にたずねる。
「うん?ソルダーアイロン(はんだごて)、溶接用の工具。ふつうは人体に向けて使用しない」
「そりゃそうだろう……ね!」
リルが身をひるがえすと、手から何かをシュッと投げた。
「うぎゃっ」
それはステリアに襲おうとしていた男に命中した。男の腕からは、金串のような巨大な針が生えている……彫師らしい武器だな。
「ありがと、リル」
「ははは。きみは、大事な娘だからね」
一方で、アプリコットと黒蜜は苦戦していた。
「あっいたたたた!放しなさいよ!」
「黙れ、このメス猫!」
マフィアが、アプリコットの髪をむんずと掴んで、ぐいぐい引っ張っている。
「いっ、いたいいたい!」
「あ!なにしてるんすか!その手をどけなさい!」
「へへへ、うるせえ!」
「こっの……!」
アプリコットは涙を浮かべながらも、強引に身をよじった。
「ふざけんじゃ、ないわよ!」
シャッ!アプリコットが男の顔を鋭くひっかくと、男の鼻の皮はべろりとむけてしまった。
「う、うぎゃあ!」
「今よ!警察、なんとかしなさい!」
「言われ、なくても!」
黒蜜は悶える男の襟をつかむと、声を張り上げた。
「おりゃあああ!」
黒蜜は男の腕を引っ張ると、腰を跳ね上げて投げ飛ばした。見事な払い腰だ。
「やった!やるじゃない、あんた!」
「柔道くらい基本っす。それより、大丈夫っすか」
「ええ。まったく、デリカシーのない男ね。女の命をなんだと思ってるのかしら」
俺はみんなの健闘っぷりに、ほっと胸をなでおろしていた。はは、案外みんな強いじゃないか。強敵との戦いで、過敏になりすぎていたのかもな。
そんなことを考えていた時だ。
「ユキ、あぶない!」
なに!俺の後ろに、ドスを持った男が忍び寄っていた。まずい、この距離じゃ避けきれない……!
ズドン!
「ぐぎゃあ!」
男が腕から血を吹きだしてふっ飛んだ。
「大丈夫ですか、ユキさん」
「レスさん!助かりました」
二丁拳銃を構えたレスが、涼しい顔でこちらを見ていた。
「油断しないようにしてくださいね」
短く言葉を放つと、レスはすぐに次の標的へ照準を合わせていた。これだけ人がいるのに、正確に、マフィアだけを撃ち抜いている……しかしレス自身は、そのことに何の感情も抱いていないようだった。単調な作業のように、引き金を引いていく。
「うわあぁぁ!」
そのとき、叫び声とともに、俺の足下に何かが転がってきた。それは大柄な男だった。胸についたバッチから、こいつはヤクザだと分かった。
「おい、どうしたんだ!」
「うぅ……い、刺青が……」
刺青?だがすぐに、俺にもそいつが吹っ飛ばされた原因がわかった。
前方に異様な風貌の男が立っている。何が異様って、そいつの顔と両手が血のような赤に染まっているのだ。だが、怪我をしているというわけではない。刺青だ。肌を覆うように刻まれたタトゥーが、ぞくぞくするような赤い光を放っている。
「タトゥー……ジェイ以外にも、刺青持ちがいたのか」
「うぐぐ……きをつけろ……一人じゃない……」
そこまで言って、大男は気を失ってしまった。一人じゃない?
俺は男を起こそうとしたが、その前にタトゥーを刻んだマフィアと目が合ってしまった。
マフィアがこちらへ向かってくる!
「くそ、上等だ!」
奴が血潮の赤なら、俺は深紅だ!
俺と男の拳がぶつかり合う。さすがはタトゥーの力だ、男の拳は重い。だが、俺のほうが上だ。
バキィ!
俺が拳を弾き飛ばすと、男は驚愕の表情を浮かべた。だが、すぐににやりと口元をゆがめる。
俺の背後に、もう一人のタトゥー持ちがいた。
「なに……ぐぁ!」
背中を思い切り蹴とばされ、俺はゴロゴロ転がった。ものすごい力だ、唐獅子の力がなかったら背骨が折れていたかもしれない。
「へへへ……タトゥーの力が、お前たちだけのモンだと思ってたか?」
男たちがにやにやと笑う。その時、俺は気づいた。
二人どころじゃない。ざっと数えても、十数人……全員が全員、顔まで覆われるほどのタトゥーを刻んでいる。
バカな……これだけの数の刺青持ちがいるなんて!
「へへへ……これだけ数がいんだ、いくらお前がバケモンじみてても勝てっこねぇぞ」
「くそ……」
「……そいつは、どうでしょうかね?ヒヒヒッ」
え?この気味の悪い笑い方は……
「ファンタン組長!」
俺の隣に、チャックラック組組長、ファンタンが立っていた。やつはニタニタと笑いながら、這いつくばる俺を見下ろす。
「ヒヒヒ……あなたが無様に転がる姿を見るのも愉快ですが、とっとと起きてもらえますか?」
「い……言われなくても!」
俺が慌てて立ち上がると、ファンタンはコキコキと首を鳴らした。
「まったく、面倒ですがね。あの連中をどうにかするためには、あなた“がた”と手を組むのが一番手っ取り早いんですよ」
あなたがた?俺以外の刺青持ちといえば、もう一人……
「……俺だって、テメエらなんざごめんだがね。手っ取り早いっていうのには賛成だ」
うお。反対からぬっと姿を現したのは、チョウノメ一家、ニゾーだった。
「に、ニゾーの、兄貴……」
「おう、メイダロッカ。ちっとツラかせ。こいつらぶちのめすんだよ」
「え。いや、はい」
「キヒヒヒ!ほんとなら、あなたたちだけでどうにかしてもらいたい所ですがね。ワタシの手を煩わせないでもらいたいですよ」
「あぁ?このドブネズミ、誰が誰を煩わせるだと?」
「……いいますね、ムジナふぜいが偉そうに!」
「あ、あの。手を組もうって話でしたよね……?」
俺たちが小競り合いを始めると、マフィアたちはいよいよ呆れた顔をした。
「なんだこいつら。漫才を始めたぞ?」
「いい、いい。こんなふざけた連中、気にせずやっちまえ!」
タトゥーをいれたマフィアたちが、いっせいに襲い掛かってきた!
だが、そこは腐っても幹部クラスの男たちだ。マフィアが動いた瞬間、ファンタンとニゾーはさっと雰囲気を変えた。
「ちっ。人が話してる途中だっていうのに、なめられたものですね」
「……つぶすぞ。いくぞてめぇら!足引っ張りやがったら殺すからな!」
「そ、それが仲間にいうセリフか……?」
非常に不安だが、あの人数を一人で相手にするのは避けたい……やるしかなさそうだ。
つづく
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