95 / 107
第一章
第95話/Kirin
しおりを挟む
第95話/Kirin
ファンタンは紫、ニゾーは白のオーラをまとう。対して相手は、全身を赤いオーラで覆った。
「ッ!」
次の瞬間、ファンタンの姿が掻き消えた。ヤツの刺青の能力、高速移動だ。ファンタンはマフィアの背後にぬっと現れると、その足を思い切り蹴飛ばした。
「おらぁ!」
バキッ!いい音がしたが、さすがはタトゥーの力だ。連中は面食らったが、まったくこたえていない。だがその隙に、ニゾーが大きく距離を詰めた。
「くっ、この!」
マフィアが赤い拳を打ち出す。が、ウィローの渾身の一振りすらしのいだニゾーだ。やすやすとパンチをいなすと、カウンターフックをお見舞いした。
「ぐぼっ!」
しかし、決定打にはなり得ない。あいつら、頑丈さがすさまじく底上げされているようだ。
「なら、俺の出番だな……!」
唐獅子のオーラをまとった俺を見ると、マフィアたちはいっせいに防御の体制に入った。やはり俺の怪力は、連中も先刻承知のようだ。だがそこにすかさず、ファンタンの横槍が入る。
「おらっ!彼ばかりに意識を割いていいんですか!?」
「くそっ、こいつちょこまかと……」
殴りかかろうとしたマフィアの腕を、ニゾーがひねりあげた。
「ぐあ!いててて!」
「おとなしくしてろ。てめえらに引導を渡してやるんだからよ」
マフィアの顔が青くなった。タトゥーの赤い光までも、勢いを失ったようだ。
ニゾーとファンタンは示し合わせたように、ぱっとマフィアのもとを離れた。ニゾーたちによって、マフィアたちは知らぬ間に一塊になるよう誘導されていたのだ。そしてその塊に、俺が突撃する。
「喰らええええ!」
渾身のラリアットが、タトゥー持ちのマフィアたちをなぎ倒した。いくら防御力があっても、俺の怪力はタガが外れている。地面にしこたま頭をぶつけたマフィアたちは、白目をむいて一撃で気絶した。
「ひっ、ひぃ!」
難を逃れた数人のマフィアたちは、その光景を見てすっかり怯えてしまったようだ。タトゥーの光がすっかり消えてしまったマフィアを見て、ニゾーがドスの利いた声で言い放った。
「おまえらぁ!次はてめぇらだ、首洗って待ってろ!」
「う、うわぁ!」
ニゾーの脅しに、マフィアたちは転がるように逃げていく。
「ちっ……根性のない奴らだ」
「ヒヒヒ!いいじゃないですか、手間が省けて」
「……だが次は、そうもいかないみたいです」
俺は前方を鋭くにらんだ。一人の男が、歩いてくる。白銀の髪、両手にトンファー。その眼には、激しい怒りが、十字の虹彩となって燃えている。
「クロ……」
「……あの女はどこにやった」
クロは足を止めると、開口一番にそう言った。まったく、あきれを通り越して感心までする執念だ。
「俺が、素直に言うと思うか?」
「……いや、今はどうでもいい。お前も、あの女も……お前らヤクザは、一人も生きて返さない」
クロはトンファーをブンブン素振りした。それを見ていたニゾーが不愉快そうに歯をむく。
「あんだぁ?こいつは……メイダロッカ、お前のトモダチか?」
「いえ……どうにも、ウチの組長に因縁があるみたいで」
「んだそりゃ。じゃあテメェんとこの火種か。ならテメエでどうにかしろよ、俺は他に行く」
ニゾーはくるりと背を向けた。はは、短い共闘だったな……
「おい、ヤクザ。お前、別に逃げなくてもいいぞ」
「……あ?」
クロは、なおも俺をにらみ続けている。だが、今の言葉は、明らかにニゾーに向けられたものだった。
「……テメェ、俺に言ったのか?」
「そうだ。どうせヤクザは全員殺す。そこで待っておけ」
「……テメェに殺されるために、ここでおとなしく座って待ってろと?え?その間、神にでも祈るか?」
「座らなくていい。祈らなくてもいい。どうせ逝く先は決まってる、立って待ってろ」
「……」
ニゾーは何も言わない。俺が見てもわかる、あれは完全に切れてるな。あまりの怒りで、ニゾーは二の句が継げないようだ。
「……しねえぇぇぇええ!」
ニゾーが駆け出した。鬼気迫るとは、ああいうのを言うんだろう。だが、クロは眉一つ動かさない。冷静にトンファーを突き出すと、ニゾーの勢いを殺してしまった。さらに返しでもう一振りすると、ニゾーはバックステップで距離をとった。
ニゾーは異様に興奮していた。頭の中が怒りでいっぱいのようだ。対して、クロは努めて無表情だ。ニゾーにはこれっぽっちも興味が無いようだった。
「こっの……!」
「ニゾーの兄貴、あいつはさっきまでのザコと同じではありません。かなりできるやつです」
「ああ?だったらなんだってんだ!」
「俺にも一枚噛ませてください。あいつは、もとはウチの火種ですから」
「上等だ。なんだっていいから、あいつをぶち殺すんだよ!」
「はぁ……では、ワタシは興味ないので。ここで失礼させてもらいますよ」
いうが早いか、ファンタンは煙のようにかき消えてしまった。……まあ、俺たちは共通の敵がいるだけで、仲間ではないからな。それに、ヤツにはヤツの組がある。守るなら、そちらを優先するだろう。
「うらあああ!」
あっ。ニゾーがもう駆け出している。俺もあわてて後に続く。
「おらぁ!」
クロはニゾーのパンチをトンファーで受け止めた。だが、ニゾーもさすがにそれは読んでいる。すかさずかがみ、鋭い足払いを繰り出した。クロはこれをジャンプでかわす。だが、ニゾーの後に続く俺のことは予想できなかったようだ。
「せいやぁ!」
バキ!俺の拳を喰らい、クロがすっ飛ぶ。だが、とっさにヤツもトンファーでガードしたようだ。すぐに体制を立て直すと、ぎりり、とこちらを睨んだ。
「ちっ。仕留め損ねたか」
「ええ。けど、押してます」
「ったりめぇだ。おら、次いくぞ!」
またもニゾーが先行する。だが、これは作戦としては悪くない。初段のニゾーがクロのガードを崩し、その後から攻撃力の高い俺が追撃する。お互いの長所を生かした戦い方だ。ニゾーのやつ、キレながらも、肝心なところは冷静だ。
「でりゃぁ!」
ニゾーが蹴りを放つ。だが、クロもこちらの戦法には気が付いているようだ。トンファーを振り上げ、今度はニゾーの攻撃を受けるのではなく、真っ向からつぶしに来た。
しかし。ニゾーは、ニィィ、と笑った。ニゾーの本来のスタイルは、攻撃してきた相手をいなして、カウンターを決める戦い方だ。
ニゾーは腕を振り下ろされるトンファーの側面に当てると、最小限の動作で攻撃をはじいた。
「なにっ……」
「はっはぁ!おぉぉぉぉらぁ!」
ニゾーはひるんだクロの襟首をつかむと、強引にこちらへ放り投げた。
「ぶち飛ばせ!」
「おぉ!はああああ!」
俺は全体重を右手に乗せて、飛んできたクロに掌底をぶちかました。
ゴヒュゥン!
紅い炎を吹き出しながら、クロは猛烈な勢いでぶっ飛んでいった。
「へっ。やるじゃねぇか、唐獅子」
「いえ。兄貴のサポートがあってこそです」
「ったりめーだ、バーカ」
くっ、この……口の減らない人だ。
「ぐぅっ……」
苦しそうにうめきながら、クロが震える足で立ち上がった。その手には、まだトンファーを握りしめている。
「クロ。まだ戦う気なのか」
「う……るさい。俺はまだ、負けてない」
「はっ、見上げた精神だな。いいじゃねぇか、それでこそぶっ殺しがいがあるぜ」
「あ、ニゾーの兄貴。待ってください」
俺はクロにとどめを刺そうと歩み寄るニゾーの前に、たたたっと進み出た。
「あ?」
「兄貴、こいつはウチの火種だって言ったでしょう。せめて、狙った理由だけでもはっきりさせたいんです」
「チッ。んなもん、こいつをぶっ殺してから別のマフィアに聞きゃいいじゃねぇか」
「こいつは、ずいぶん単独行動が多かったものですから……すみません」
「チッ……」
ニゾーは渋々ながらも、足を止めた。
「クロ。そういうことだ、全部吐け。まだ口が利けるうちに」
「ふざ、けるな。まだ、負けてないと言っている」
「まだそんなことを。お前と問答するつもりはない」
「問答などではない。事実だ」
なんだ……?クロの口ぶりは、確かにでまかせやハッタリの気配がしない。まるで確信を持っているかのような……
そのとき、一人の男が、大声で叫んだ。
「お、おい!あれを見ろ!囲まれてる!」
え?その男は、上方を指さして、わなわな震えていた。俺も指の先に目をやる。すると、広場の壁面、薄くあいた隙間から、黒い筒のようなものがのぞいている。一つや二つじゃない、それこそ壁中、見える範囲すべてから、それが突き出していた。
「ま、まさかあれは……」
「チクショウ……あいつらを仕込むための、時間稼ぎだったってことか」
「その通りだ。下手に動くなよ。掃射銃を持った五百人が、お前たちを三百六十度すべてから狙っている」
くそ、やられた!クロたちがここに兵力を集めたのは、同じように俺たち全員をおびき出すためだったんだ。まんまと俺たちは全兵力を集め、知らず知らずのうちに袋のネズミになっていたんだ。
「言っただろう。お前たちヤクザを、一人残らずここで殺す、と」
くそ……クロはゆっくりと、俺たちから遠ざかっていく。機銃の巻き添えにならないためだろう。見れば、ほかのマフィアどもも戦線から離れていく。やつらはこうなることを見越して、少しずつ輪の外側へと移っていたようだ。あいつらの退避が完了すれば、もう間もなくここに銃弾の雨が降るだろう。それが終われば、俺たちはもれなく穴あきチーズになっているだろうな……
「ユキ!」
キリーが男たちの間を縫って、こちらへ走ってきた。キリー……この子たちだけでも助けたかったが、もはや打つ手は……
「キリー、すまない。約束、守れなそうだ……」
「ユキ!そんな……」
ギリィ!
その時、ものすごい歯ぎしりの音が、クロの口から聞こえてきた。
「女……!」
クロが、怒りに満ちた目でキリーを見据えている。あいつはいったい、なぜここまでキリーを恨むんだ?
「おい、お前。なぜ俺がそいつを狙うんだといったな」
え?突然話しかけられて、俺は一瞬誰に向けた言葉なのかわからなかった。
「最後の手向けに教えてやる。そいつは……俺の妹だ」
なに……?この極限状態の中で、俺の脳は正常に情報を処理できていない。なんだって……キリーが、クロの妹?
「さて、おしゃべりはここまでだ……」
「っ!ユキ!」
キリーに手を引っ張られ、俺ははっとした。壁際から、一斉にジャキッと銃を構える音が聞こえてくる。
「くっ……悪い、キリー。きみだけでも守りたかったが……」
「ユキ……ねぇ、ユキ。さっき、言ってくれたよね。俺が守るから、俺のことも守ってくれって」
「え、あ、ああ。言ったが……」
「じゃあさ、ユキ。わたしのこと、信じてみてくれないかな」
「キリー……?」
「わたし、みんなのこと、守りたい。ユキや、メイダロッカのみんなだけじゃない。ここにいる、みんなを……!」
キリーは、俺の手をぎゅうと握った。その刹那、再びあの奇妙な風が吹く。
いや……気のせいなんかじゃない。確かに風が、キリーを中心に吹いている。
「構え!」
だがそのとき、クロの無情な声が轟いた。黒金の銃口が俺たちに向けられる。絶体絶命だ……!
「撃て!」
ダダダダダッ!
鉛玉が、雨あられとばかりに降り注ぐ。俺は恐ろしくなったが、目を背けてたまるかと、最後の最後まで上をにらみ続けていた。
そして、俺の目前に銃弾が迫ったとき……弾丸が、砂塵のように掻き消えた。
「え……?」
俺だけじゃない。あれだけの弾が打たれているのに、誰一人として、うめき声一つ上げない。どうなっているんだ?
「な、なんだ……この風?」
うろたえるのは、クロの声だった。風?言われてみて気づいた。うなりを上げるつむじ風が、俺たちを覆うように舞っている。だが、どうして風が……
「わたしはもう、誰も傷つけさせない……」
え?キリー……?気がつけば、キリーの周りを舞う風がひゅーひゅーと勢いを増している。いや……違う。俺とキリーが、この渦の中心なんだ。そのすぐ横では、ニゾーがバタバタとスーツを揺らしている。
「誰一人、銃なんかに撃たせない!」
ゴワー!今度こそ、俺の目にもはっきりと見えた。まるで新緑のような若草色の風が、俺たちを包み込んでいる。その風が、俺たちを銃弾から守ってくれているんだ。
「で、でもキリー。どうやって……」
そこまで言って、俺は唖然とした。キリーの背中から、まばゆいばかりの輝きが放たれている。その色は、風と同じ若草色だ。そして、その背に描かれた模様は……
「麒麟……」
穏やかな瞳をたたえた霊獣が、その背にはっきりと浮かび上がっている。だが彼女の刺青は、真っ黒で何の効果もなかったはずじゃ……
「なんだかわからないけど。わたしの中に、すごい力があふれてくるの。みんなを守りたいって思ったら、それがぐわーって爆発して」
「そ、そうか」
これが、キリーの本当の力だったのだろうか。今まで眠っていて気づかなかった力が、いま目覚めたんだ。
「けど、すごいな……規格外なんてもんじゃないぞ」
すべての銃弾を無効にする、風の結界……それこそ、まるで魔法だ。こんな刺青の力、聞いたこともない。
「この風が吹く限り、誰一人撃たせやしない。みんなのことは、わたしが守るから」
キリーは、頼もしく言い切った。
「へへ……これでわたしも、ユキを守れたかな?」
「……ああ、もちろんだ。最高だぜ、キリー!」
うおおおおおおお!
形成逆転を感じ取って、鳳凰会の組員たちはいっせいに歓声を上げた。逆に慌てたのは、ファローファミリーだ。これで勝ちだと油断しきっていたために、今の状況が全く飲み込めていない。
この機を逃す手は無い。組員たちは、怒涛の勢いで反撃に転じた。広場は再び、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。壁面の狙撃手たちはなおも弾を撃ち続けるが、それらは全てキリーの風に阻まれる。連中もとうとうあきらめたようで、一本、また一本と銃口が引っ込んでいった。
「くっ……どうなっているんだ」
あっ。クロのやつが、そそくさと戦場を離れていく。あいつ、逃げる気か?
「キリー!」
「ん?ユキ、どうしたの?」
「クロが逃げた!俺は奴を追う!今この状況で、ゴッドファーザーにつながるのは奴しかいない!」
「っ。わかった!ユキ、ここはわたしに任せて!気をつけてね!」
「ああ!」
つづく
ファンタンは紫、ニゾーは白のオーラをまとう。対して相手は、全身を赤いオーラで覆った。
「ッ!」
次の瞬間、ファンタンの姿が掻き消えた。ヤツの刺青の能力、高速移動だ。ファンタンはマフィアの背後にぬっと現れると、その足を思い切り蹴飛ばした。
「おらぁ!」
バキッ!いい音がしたが、さすがはタトゥーの力だ。連中は面食らったが、まったくこたえていない。だがその隙に、ニゾーが大きく距離を詰めた。
「くっ、この!」
マフィアが赤い拳を打ち出す。が、ウィローの渾身の一振りすらしのいだニゾーだ。やすやすとパンチをいなすと、カウンターフックをお見舞いした。
「ぐぼっ!」
しかし、決定打にはなり得ない。あいつら、頑丈さがすさまじく底上げされているようだ。
「なら、俺の出番だな……!」
唐獅子のオーラをまとった俺を見ると、マフィアたちはいっせいに防御の体制に入った。やはり俺の怪力は、連中も先刻承知のようだ。だがそこにすかさず、ファンタンの横槍が入る。
「おらっ!彼ばかりに意識を割いていいんですか!?」
「くそっ、こいつちょこまかと……」
殴りかかろうとしたマフィアの腕を、ニゾーがひねりあげた。
「ぐあ!いててて!」
「おとなしくしてろ。てめえらに引導を渡してやるんだからよ」
マフィアの顔が青くなった。タトゥーの赤い光までも、勢いを失ったようだ。
ニゾーとファンタンは示し合わせたように、ぱっとマフィアのもとを離れた。ニゾーたちによって、マフィアたちは知らぬ間に一塊になるよう誘導されていたのだ。そしてその塊に、俺が突撃する。
「喰らええええ!」
渾身のラリアットが、タトゥー持ちのマフィアたちをなぎ倒した。いくら防御力があっても、俺の怪力はタガが外れている。地面にしこたま頭をぶつけたマフィアたちは、白目をむいて一撃で気絶した。
「ひっ、ひぃ!」
難を逃れた数人のマフィアたちは、その光景を見てすっかり怯えてしまったようだ。タトゥーの光がすっかり消えてしまったマフィアを見て、ニゾーがドスの利いた声で言い放った。
「おまえらぁ!次はてめぇらだ、首洗って待ってろ!」
「う、うわぁ!」
ニゾーの脅しに、マフィアたちは転がるように逃げていく。
「ちっ……根性のない奴らだ」
「ヒヒヒ!いいじゃないですか、手間が省けて」
「……だが次は、そうもいかないみたいです」
俺は前方を鋭くにらんだ。一人の男が、歩いてくる。白銀の髪、両手にトンファー。その眼には、激しい怒りが、十字の虹彩となって燃えている。
「クロ……」
「……あの女はどこにやった」
クロは足を止めると、開口一番にそう言った。まったく、あきれを通り越して感心までする執念だ。
「俺が、素直に言うと思うか?」
「……いや、今はどうでもいい。お前も、あの女も……お前らヤクザは、一人も生きて返さない」
クロはトンファーをブンブン素振りした。それを見ていたニゾーが不愉快そうに歯をむく。
「あんだぁ?こいつは……メイダロッカ、お前のトモダチか?」
「いえ……どうにも、ウチの組長に因縁があるみたいで」
「んだそりゃ。じゃあテメェんとこの火種か。ならテメエでどうにかしろよ、俺は他に行く」
ニゾーはくるりと背を向けた。はは、短い共闘だったな……
「おい、ヤクザ。お前、別に逃げなくてもいいぞ」
「……あ?」
クロは、なおも俺をにらみ続けている。だが、今の言葉は、明らかにニゾーに向けられたものだった。
「……テメェ、俺に言ったのか?」
「そうだ。どうせヤクザは全員殺す。そこで待っておけ」
「……テメェに殺されるために、ここでおとなしく座って待ってろと?え?その間、神にでも祈るか?」
「座らなくていい。祈らなくてもいい。どうせ逝く先は決まってる、立って待ってろ」
「……」
ニゾーは何も言わない。俺が見てもわかる、あれは完全に切れてるな。あまりの怒りで、ニゾーは二の句が継げないようだ。
「……しねえぇぇぇええ!」
ニゾーが駆け出した。鬼気迫るとは、ああいうのを言うんだろう。だが、クロは眉一つ動かさない。冷静にトンファーを突き出すと、ニゾーの勢いを殺してしまった。さらに返しでもう一振りすると、ニゾーはバックステップで距離をとった。
ニゾーは異様に興奮していた。頭の中が怒りでいっぱいのようだ。対して、クロは努めて無表情だ。ニゾーにはこれっぽっちも興味が無いようだった。
「こっの……!」
「ニゾーの兄貴、あいつはさっきまでのザコと同じではありません。かなりできるやつです」
「ああ?だったらなんだってんだ!」
「俺にも一枚噛ませてください。あいつは、もとはウチの火種ですから」
「上等だ。なんだっていいから、あいつをぶち殺すんだよ!」
「はぁ……では、ワタシは興味ないので。ここで失礼させてもらいますよ」
いうが早いか、ファンタンは煙のようにかき消えてしまった。……まあ、俺たちは共通の敵がいるだけで、仲間ではないからな。それに、ヤツにはヤツの組がある。守るなら、そちらを優先するだろう。
「うらあああ!」
あっ。ニゾーがもう駆け出している。俺もあわてて後に続く。
「おらぁ!」
クロはニゾーのパンチをトンファーで受け止めた。だが、ニゾーもさすがにそれは読んでいる。すかさずかがみ、鋭い足払いを繰り出した。クロはこれをジャンプでかわす。だが、ニゾーの後に続く俺のことは予想できなかったようだ。
「せいやぁ!」
バキ!俺の拳を喰らい、クロがすっ飛ぶ。だが、とっさにヤツもトンファーでガードしたようだ。すぐに体制を立て直すと、ぎりり、とこちらを睨んだ。
「ちっ。仕留め損ねたか」
「ええ。けど、押してます」
「ったりめぇだ。おら、次いくぞ!」
またもニゾーが先行する。だが、これは作戦としては悪くない。初段のニゾーがクロのガードを崩し、その後から攻撃力の高い俺が追撃する。お互いの長所を生かした戦い方だ。ニゾーのやつ、キレながらも、肝心なところは冷静だ。
「でりゃぁ!」
ニゾーが蹴りを放つ。だが、クロもこちらの戦法には気が付いているようだ。トンファーを振り上げ、今度はニゾーの攻撃を受けるのではなく、真っ向からつぶしに来た。
しかし。ニゾーは、ニィィ、と笑った。ニゾーの本来のスタイルは、攻撃してきた相手をいなして、カウンターを決める戦い方だ。
ニゾーは腕を振り下ろされるトンファーの側面に当てると、最小限の動作で攻撃をはじいた。
「なにっ……」
「はっはぁ!おぉぉぉぉらぁ!」
ニゾーはひるんだクロの襟首をつかむと、強引にこちらへ放り投げた。
「ぶち飛ばせ!」
「おぉ!はああああ!」
俺は全体重を右手に乗せて、飛んできたクロに掌底をぶちかました。
ゴヒュゥン!
紅い炎を吹き出しながら、クロは猛烈な勢いでぶっ飛んでいった。
「へっ。やるじゃねぇか、唐獅子」
「いえ。兄貴のサポートがあってこそです」
「ったりめーだ、バーカ」
くっ、この……口の減らない人だ。
「ぐぅっ……」
苦しそうにうめきながら、クロが震える足で立ち上がった。その手には、まだトンファーを握りしめている。
「クロ。まだ戦う気なのか」
「う……るさい。俺はまだ、負けてない」
「はっ、見上げた精神だな。いいじゃねぇか、それでこそぶっ殺しがいがあるぜ」
「あ、ニゾーの兄貴。待ってください」
俺はクロにとどめを刺そうと歩み寄るニゾーの前に、たたたっと進み出た。
「あ?」
「兄貴、こいつはウチの火種だって言ったでしょう。せめて、狙った理由だけでもはっきりさせたいんです」
「チッ。んなもん、こいつをぶっ殺してから別のマフィアに聞きゃいいじゃねぇか」
「こいつは、ずいぶん単独行動が多かったものですから……すみません」
「チッ……」
ニゾーは渋々ながらも、足を止めた。
「クロ。そういうことだ、全部吐け。まだ口が利けるうちに」
「ふざ、けるな。まだ、負けてないと言っている」
「まだそんなことを。お前と問答するつもりはない」
「問答などではない。事実だ」
なんだ……?クロの口ぶりは、確かにでまかせやハッタリの気配がしない。まるで確信を持っているかのような……
そのとき、一人の男が、大声で叫んだ。
「お、おい!あれを見ろ!囲まれてる!」
え?その男は、上方を指さして、わなわな震えていた。俺も指の先に目をやる。すると、広場の壁面、薄くあいた隙間から、黒い筒のようなものがのぞいている。一つや二つじゃない、それこそ壁中、見える範囲すべてから、それが突き出していた。
「ま、まさかあれは……」
「チクショウ……あいつらを仕込むための、時間稼ぎだったってことか」
「その通りだ。下手に動くなよ。掃射銃を持った五百人が、お前たちを三百六十度すべてから狙っている」
くそ、やられた!クロたちがここに兵力を集めたのは、同じように俺たち全員をおびき出すためだったんだ。まんまと俺たちは全兵力を集め、知らず知らずのうちに袋のネズミになっていたんだ。
「言っただろう。お前たちヤクザを、一人残らずここで殺す、と」
くそ……クロはゆっくりと、俺たちから遠ざかっていく。機銃の巻き添えにならないためだろう。見れば、ほかのマフィアどもも戦線から離れていく。やつらはこうなることを見越して、少しずつ輪の外側へと移っていたようだ。あいつらの退避が完了すれば、もう間もなくここに銃弾の雨が降るだろう。それが終われば、俺たちはもれなく穴あきチーズになっているだろうな……
「ユキ!」
キリーが男たちの間を縫って、こちらへ走ってきた。キリー……この子たちだけでも助けたかったが、もはや打つ手は……
「キリー、すまない。約束、守れなそうだ……」
「ユキ!そんな……」
ギリィ!
その時、ものすごい歯ぎしりの音が、クロの口から聞こえてきた。
「女……!」
クロが、怒りに満ちた目でキリーを見据えている。あいつはいったい、なぜここまでキリーを恨むんだ?
「おい、お前。なぜ俺がそいつを狙うんだといったな」
え?突然話しかけられて、俺は一瞬誰に向けた言葉なのかわからなかった。
「最後の手向けに教えてやる。そいつは……俺の妹だ」
なに……?この極限状態の中で、俺の脳は正常に情報を処理できていない。なんだって……キリーが、クロの妹?
「さて、おしゃべりはここまでだ……」
「っ!ユキ!」
キリーに手を引っ張られ、俺ははっとした。壁際から、一斉にジャキッと銃を構える音が聞こえてくる。
「くっ……悪い、キリー。きみだけでも守りたかったが……」
「ユキ……ねぇ、ユキ。さっき、言ってくれたよね。俺が守るから、俺のことも守ってくれって」
「え、あ、ああ。言ったが……」
「じゃあさ、ユキ。わたしのこと、信じてみてくれないかな」
「キリー……?」
「わたし、みんなのこと、守りたい。ユキや、メイダロッカのみんなだけじゃない。ここにいる、みんなを……!」
キリーは、俺の手をぎゅうと握った。その刹那、再びあの奇妙な風が吹く。
いや……気のせいなんかじゃない。確かに風が、キリーを中心に吹いている。
「構え!」
だがそのとき、クロの無情な声が轟いた。黒金の銃口が俺たちに向けられる。絶体絶命だ……!
「撃て!」
ダダダダダッ!
鉛玉が、雨あられとばかりに降り注ぐ。俺は恐ろしくなったが、目を背けてたまるかと、最後の最後まで上をにらみ続けていた。
そして、俺の目前に銃弾が迫ったとき……弾丸が、砂塵のように掻き消えた。
「え……?」
俺だけじゃない。あれだけの弾が打たれているのに、誰一人として、うめき声一つ上げない。どうなっているんだ?
「な、なんだ……この風?」
うろたえるのは、クロの声だった。風?言われてみて気づいた。うなりを上げるつむじ風が、俺たちを覆うように舞っている。だが、どうして風が……
「わたしはもう、誰も傷つけさせない……」
え?キリー……?気がつけば、キリーの周りを舞う風がひゅーひゅーと勢いを増している。いや……違う。俺とキリーが、この渦の中心なんだ。そのすぐ横では、ニゾーがバタバタとスーツを揺らしている。
「誰一人、銃なんかに撃たせない!」
ゴワー!今度こそ、俺の目にもはっきりと見えた。まるで新緑のような若草色の風が、俺たちを包み込んでいる。その風が、俺たちを銃弾から守ってくれているんだ。
「で、でもキリー。どうやって……」
そこまで言って、俺は唖然とした。キリーの背中から、まばゆいばかりの輝きが放たれている。その色は、風と同じ若草色だ。そして、その背に描かれた模様は……
「麒麟……」
穏やかな瞳をたたえた霊獣が、その背にはっきりと浮かび上がっている。だが彼女の刺青は、真っ黒で何の効果もなかったはずじゃ……
「なんだかわからないけど。わたしの中に、すごい力があふれてくるの。みんなを守りたいって思ったら、それがぐわーって爆発して」
「そ、そうか」
これが、キリーの本当の力だったのだろうか。今まで眠っていて気づかなかった力が、いま目覚めたんだ。
「けど、すごいな……規格外なんてもんじゃないぞ」
すべての銃弾を無効にする、風の結界……それこそ、まるで魔法だ。こんな刺青の力、聞いたこともない。
「この風が吹く限り、誰一人撃たせやしない。みんなのことは、わたしが守るから」
キリーは、頼もしく言い切った。
「へへ……これでわたしも、ユキを守れたかな?」
「……ああ、もちろんだ。最高だぜ、キリー!」
うおおおおおおお!
形成逆転を感じ取って、鳳凰会の組員たちはいっせいに歓声を上げた。逆に慌てたのは、ファローファミリーだ。これで勝ちだと油断しきっていたために、今の状況が全く飲み込めていない。
この機を逃す手は無い。組員たちは、怒涛の勢いで反撃に転じた。広場は再び、蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。壁面の狙撃手たちはなおも弾を撃ち続けるが、それらは全てキリーの風に阻まれる。連中もとうとうあきらめたようで、一本、また一本と銃口が引っ込んでいった。
「くっ……どうなっているんだ」
あっ。クロのやつが、そそくさと戦場を離れていく。あいつ、逃げる気か?
「キリー!」
「ん?ユキ、どうしたの?」
「クロが逃げた!俺は奴を追う!今この状況で、ゴッドファーザーにつながるのは奴しかいない!」
「っ。わかった!ユキ、ここはわたしに任せて!気をつけてね!」
「ああ!」
つづく
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

麒麟の漢〜愛しの彼はヤクザ屋さん〜
創作屋 鬼聴
恋愛
とある繁華街の路地裏、
飛ぶ血しぶきに青龍刀、
厳つい背中に彫られた麒麟の和彫り。
そこで、ちょっと惚れっぽい女子高生、
本城 美咲 は硬派ヤクザ 阿久津 誠 に恋に落ちた
困惑する阿久津を横目に
美咲ちゃんのラブアタックは止まらない。
そんな中起こる抗争に二人は巻き込まれ
徐々にその中核へと引きずり込まれていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。


明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる