上 下
115 / 150
番外編〈第一部 終了ボーナストラック〉

番外編 メイド☆ブラスト episode18

しおりを挟む
「ホーホホホホ! 私に向かってこようなんて十年早いわよ!」
 試合開始の合図とともに、パロマはリングの少し高くなっているところで仁王立ちになると、無意味にデカい態度で高笑いをあげる。

 そして、胸のポケットからおもむろに薬品瓶を取り出すと、駆け上がってきたリゾンにこれ見よがしに見せつけた。

「そ、それは──」
「ANA-HIよ。あの夜、貴女にたっぷり飲んで貰ったお・く・す・り。この薬はかなりの副作用があってね。バッドトリップした時のように前後の記憶を綺麗に消し去ってくれるのよぉ──」
「副作用? そのパッケージを見るだけで凄く不快感が込み上げてくるのは何故だぁぁぁ!?」

 苦しげな声で呟いて頭を抱えるリゾン。
 そこへすかさず言葉を重ねてパロマはずいずいとリゾンを追いつめていく。
「当然よ。もうあんたは私には逆らえない身体になってるんだからねぇ~」
 なんの根拠か自信たっぷりにあやしい台詞を言い切るパロマ。

 何よ、その逆らえない身体って……。
 あ、あの夜の叫び声の人体実験で一体リゾンにパロマは何をしたんだろ──?

「くっ! お前! いったい私に何をした?」
 ハッとリゾンは顔をあげる。

「この薬はANA-HI。ねぇリゾン、貴女はこれが何の略か知っていて?」
「は!?」

「Aはありがとう、NAはナイス、HIはハイホーかしらん……」
 私の隣で真剣に悩むダルバ。
「それはないと思うわ」
 私のツッコミが聞こえたわけではないだろうが、リングの上でナース姿のパロマが嬉しそうに正解を披露していた。

「ANA-HIは『穴があったら入りたい』の略語よ。とゆーわけで。あんたは今からとんでもなく恥ずかしい目にあってもらうわ!」
 びしぃ! とリゾンに指を突きつけるパロマ。

「な……!」
 リゾンはひくひくと口元を痙攣させている。

 ……うわぁ、記憶消去は副作用の方だもんね。主作用は──確か自白剤だったはずなんだけど。パロマの奴、何を自白させたのやら。

「は、恥ずかしい目とは、いったい──?」
 ズルッとへたりこむとそのままお尻を床につけてリゾンは後退した。そして怯えた顔でパロマを見る。

 パロマは身を震わせて怯えるリゾンに顔を近づけるとニタりと笑いかけた。

「じゃ早速いくわよ。
 あんた、二人、年の離れた兄が居るのよね? リゾン、あんたが小さい頃、その兄のトランクスをお洒落な短パンだと思いこんで得意気に学校にはいていったことがあったそうね?
 大真面目に、この柄がトレンドよ! とか言って学校で友達に自慢して『それ、パンツじゃん!』って皆に冷たく言われたらしいわねぇ……」
「あぁぁぁぁぁ!」
 悲鳴をあげるリゾン。

 一方、観客席は爆笑の渦に包まれていた。
「ギャハハ! 兄貴のパンツはいてたのかよ、リゾン」
「そりゃ、恥ずかしいわ!」

「ううっ……」
 恥ずかしさに真っ赤に顔を染めながらリゾンはうめき声をあげる。

「あら。じゃお次は、あんたが大好きな男子の縦笛を放課後に教室で夢中になって舐めてた話ね。
 だけど不幸にもその日に限って、帰りの会で席替えされてしまってて。
 隣のクラスだったあんたはそれを把握してなくて全然違う女子の席の笛を舐め、おまけにそれを大好きな男子に目撃されて白い目で見られてしまったのよね──」
「うがぁぁぁぁ!」
 髪の毛をかきむしってリゾンは身悶えした。

 ざわめく会場。
「いやぁ、そんなの痴女じゃん。アイツ」
「しかも違う女子とか──やべぇな……」

 ヒソヒソ囁かれる言葉と、
「まぁ、それはちょっと可哀想な話じゃね?」
 という妙に同情めいた一派がいるのがまた哀れを誘う。

「最後、いくわよ。三つ目! 
 あんた、小さい頃からぞろぞろとその魔女ルックで歩くのがお気に入りだったそうね。
 なのに腹を出したそんなビキニアーマーを着てるものだから、腹が冷えてトイレにしょっちゅう駆け込んでたらしいじゃないの。毎回、その衣装だからトイレで脱ぎ着するのが大変だったらしいわね。
 それで、ある日あまりに切羽詰まって頻回にトイレに行っていたら、マントがパンツに挟まってしまったのに気づかなかったことがあったようね。パンツ丸出しのまま、澄まして歩いていたらしいじゃないの。
 しかも、慌て過ぎてトイレットペーパーもお尻に挟んじゃって、家に帰るまでカラカラとペーパーの尻尾を引きずって帰ったから『尻尾ちゃん』ってあだ名でしばらく呼ばれていたらしいわね──」

「はひぃぃぃぃぃぃ──っ」
 みるみるうちにリゾンの顔色が失われていく。

「うわぁ。これは恥ずかしいっ!」
「パンツ出して歩いてたのに気づかないのか……?」
「切羽詰まってたんだな……わかるぜ。その格好、腹が冷えそうだもんなぁ」
「尻尾ちゃん! 尻尾ちゃん!」

 うっ!
 この三連発はキツい……。
 しかし、闘技大会で──いいのか? コレ。

 リング上でまだ一撃も食らってないはずのリゾンはゴリゴリと精神を削り取られ、すでに脱け殻のようになっていた。

「恐ろしい──相変わらずアイツの薬は危険ね」
「本当。パロマの持ってくるものはウッカリ口にできないわ」
 日頃からパロマの薬の実験台にされることの多い私はプルプルと身を震わせた。
「なんにしろ、もうリゾンはこれで再起不能かしらね……」
 ダルバが冷静に分析する。

「でも試合開始から何にも闘ってないよ?」
「まぁ、精神攻撃ってヤツ? パロマらしいじゃん」
 ダルバは肩をすくめ、リングで悶えるリゾンに気の毒そうな視線を向けた。


「いやぁぁぁぁ──もう、わたし、お嫁にいけないぃぃぃぃぃぃぃ──っ!」
 リゾンはリングの中央で目の焦点もうつろに絶叫する。

「あんた、ギャーギヤーうるさいわねっ! まだ続きがあるのにこれじゃ喋れないじゃないのっ!」

 ごすっ。

 苛々したパロマの放った蹴りがリゾンのこめかみにまともにめりこんだ。

 そしてそのまま、リゾンはあっさりマットに沈む。
「あちゃ~」
 予定外のクリーンヒットにパロマは、両手を口にあてて慌てた様子をみせた。

 リゾンは白目を剥いてピクピクと痙攣し、立ち上がる気配はない。

「ええと──西! カルゾのパロマ!?」
 審判が迷いながら白旗をあげた。

 おぉぉぉぉぉぉ!
 驚きともどよめきともつかぬ歓声が観覧席を揺るがした。

 ……そうだろうねぇ。
 試合開始から殆んど闘ってないもの──。
 リングで相手の恥ずかしい話を披露しただけじゃん。漫談師か!?
 
「えっ! やだぁ── まだネタは半分なのよ? せっかく、これから面白いところだったのにぃ……万華鏡の話、先にしたら良かったわ」
 パロマは眉をよせてしばらく残念そうにしていたが、パッと笑って切り替えると両手をあげて観客の歓声にこたえた。

「ねぇ、パロマの奴。まだ半分って言ったわね?」
「あと、何を暴露するつもりだったんだと思う──? 万華鏡?」
「知らない方が幸せよ、きっと。私たちもリゾンも……」
「そうね──」
 私とダルバは顔を見合わせると深くため息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...