アラフォーの悪役令嬢~婚約破棄って何ですか?~

七々瀬 咲蘭

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第一部

第9話 ヒロイン発見? ☆

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 小屋の土間に両手を後ろに縛られ、身体をくの字に曲げて転がっていたのは、仕立ての良さそうな白シャツに黒っぽい細身のズボンを身につけている……若い、男?


 月光に照らされた髪の毛は直毛で肩の上ぐらいの長さ。 
 銀の糸のように秀麗な額にさらさらと流れ、この世のものではないように光り輝いて、こんな明るい月明かりの夜には、まるで人外の存在であるかのようにも見える。

 そこら辺の女子のつけまつげよりも長いキレイな睫毛。
 瞳はしっかりと閉じられているが、時折苦しげに眉を寄せる様子があるので息はあるようだ。 

 少女を思わせるような淡いピンク色の形のよい唇。月の光でも見てとれる滑らかな肌。遠目にも目鼻立ちはヴィンセント様に負けず劣らず、鳥肌がたつほど整っている。

「えっとぉ、これはどーゆーことかしら?」  
 私は頭を抱えた。
 
 ウチの敷地内で縛られてるってことは……あのハゲ狸が実はそっちの趣味で、密かにどこからか拉致されてきた美少年ってことだったりして……!

 だぁぁ~っ!!

 人に散々、襲うなこぼすな、押し倒すなって言ってたクセにこんな犯罪してくれちゃって!本当に何をしてるんだ、ハゲ狸!!

 大体、こんな綺麗すぎる上玉。ちんちくりんな中年ハゲごときがオモチャにして言い訳ないでしょ。身の程を知りなさいよっ!


 ハァ……。
 もう、何か今日こんなのばっかりね。

 でもまぁ、 怒ってても仕方ないし。


 こっそり、逃がそう。
 幸い、見張りもないみたいだし。


 私は意を決して、作業小屋に入った。

 銀髪の美少年の瞳が私の足音に反応してゆっくりと開かれる。

 まるで夜明けの光を写したような暁色の瞳。

 私は月の女神のように耀く蠱惑的な姿に釘付けになった。


 この人、絶対タダ者じゃないって!

 ん?

 正面から見る顔立ちは誰かに似ているような気がした。


 あっ、わかった。アルルよ、アルル。
 なんとなく雰囲気的にも、妖精みたいな感じっていうの?見れば見るほど、アルルに似てるような気がする。

 しかし、髪の色が銀髪ということは、他国人かしら?
 どこから拐ってきたのよ、ハゲ狸。国際問題とかにならないでしょうね。

 というのも、この大陸の住民は北へ行くほど色素の濃い黒髪になり、南へ行くほど色素が淡くなるらしいのよ。
 ユッカは北東の島国だから黒髪、もしくは茶褐色の髪に浅黒い肌が多いというのは、この世界の常識みたい。「ユッカの歩き方」というガイドブックにもソコソコお世話になっている。


「……猿姫、か?」
「え……?」
 掠れるような声で呼ばれて思わずビクッとしてしまう、私。

 ひょっとしてマルサネの知り合いですか?もしくは、有名人だからですかねぇ。


「ここは、どこだ?」
「ゲンメの庭園の小屋です」
「……ゲンメ?そうか。マルサネ、お前一人か?」
「はい。たまたま散歩で覗いたら、貴方が見えたので」
  
 銀髪美少年は口を開くのも辛そうに続けた。
「どうする?マルサネ。俺を犯るか?あいにく俺は今、全く力が入らないから何の役にもたたんぞ」 
「……へ??犯るぅ……?」
 私はすっとんきょうな声を思わずあげた。
 
 また、とんでもないことを言われましたよぉぉ!
 こんな美少年に言われると、本当にダメージ半端ないですぅ。

「え……と、とりあえず大丈夫ですか?縄、ほどきますよ~」

 恐る恐る、背後に回って後ろ手に結ばれた縄をほどく。
 かなりきつく縛ってあったが、マルサネの馬鹿力が役に立った。

「あぁ、良かった……」
 なんとか縄を無事解くことができ、弱ってはいるようだけど、美少年に見たところ外傷がないことに私はホッと胸を撫で下ろした。


「お前、マルサネじゃないな。一体何者だ?」
「え?……何者って……?」
 フラフラしながら何とか身体を起こし、鋭い眼光で睨みつけてくる銀髪の美少年。
 半端ない気迫に私はたじろいでしまった。王者の風格さえ漂うような、圧倒的な威圧感まで感じられる。
 
 あなたこそ、何者?

「外見はマルサネだが、中身は別人だな」
「そんなことあるわけが……」
「じゃあ、俺の名前を言ってみろ」
「えっ?」 
 絶対有名人よね…。ユッカナウになんで特集組まれてないのよ。

「散々、追っかけてイビり倒した相手の名前が言えないか?」

 ええーっ?

 イビり倒したって……マルサネが蛇姫と苛めてた相手ってこと?!

 大公の令嬢じゃなかったの?
 まさかの男じゃん……。

 めちゃめちゃ綺麗だけど……男だよ?

 男、だよね……?

 悪役令嬢が苛めるヒロインが「男」。


 ……どうしたらいいんですかね?これ。


 あまりの衝撃にフリーズしてしまった私。


「どうした?やっぱり言えないんだろ。お前、俺のことを初めて見るような顔をして見ている」 
 真っ白になっている私に投げかけられる、人のことを全て見透かすような真っ直ぐな強い視線。

 この人は誤魔化せない。

 マルサネじゃなくて、まるで私「律子」の姿が見えてるみたいだ。

「私は……澤井律子。何故かはわからないけど、数日前に突然マルサネになってたの。全くマルサネとしての記憶はないわ」

 私の告白にも全く銀髪の美少年は動じない。
「サワイリツコ……?どこの国の名前だろうか。南の方の響きとも違う」 
「日本という東の国よ。ここの世界ではないと思う」
「日本……聞いたことはないな」
「そう」
 美少年の言葉に、私は自分が異世界にいるんだと改めて強く実感する。

「俺はあまりそういうことは信じるタチではないので良くわからないのだが、おそらく異世界、前世の記憶という類いのモノじゃないのか?」
「私もそういう話は詳しくないの。前世を思い出した場合、マルサネの記憶も残ってるんじゃないかと思うんだけど……」
「君の場合は推測だが、マルサネの記憶があまりに薄くて、君の記憶の存在が勝ってしまったのかもしれないな。時間があれば、いずれ検証させて貰いたいところだが……」
「検証?貴方は学者なの?」
「いや、単なる興味かな。それにしてもマルサネとして生きるのは、苦労が絶えないだろう?」
「そうね。この子、マルサネも可哀想な環境みたい。こんな風になったのは、この子のせいばかりじゃないわ」
「君は……優しい人だな」
 銀髪の美少年は蕩けるような笑顔をフワッと浮かべた。

 わ~っ!

 ダメです。律子おねーさん、もうノックアウトです。
 金の公子もヨダレもんでしたけど、目の前の美少年もクラクラ悩殺ビームが半端ないです。
 
 この国はどうなってるんでしょう。イケメン天国か!
 ……あ、ウチの敷地内は領主のコピーみたいな容姿の領民も多かったっけ。

「では、マルサネ、でいいか?」
「はい。マルサネとして生きていくしかない、と思ってるわ」
「大人だな。ゲンメ公の娘が話ができる人物になったのならば、俺としては大変有難い」

 まぁ、四十代ですから。年齢は目の前のイケメンにはそれは言いたくない私の乙女心。

「あなた様は何とお呼びしたら?」
「俺はウィルブラン・エスト。ウィルと呼んでくれ」
「……エスト家の三男さん?」
「そうだ。なんだ、知ってたのか?」

 やっぱり、エストの末子なのね。ダメ押しだわ……。
「あのう……マルサネって、ヴィンセント様を公然と押し倒そうと襲ったりしてました?」
「ヴィンセントを見れば条件反射のように襲ってたぞ。よくわからんが、俺も狙われて、油断した時は半裸まで剥かれたことがある」

 それで、最初の『犯るなら~』発言になるのね。本当にマルサネは脳ミソ使わずに、本能だけで動いていたんだ……。

「それはともかく、ウィルブラン様」
「ウィルでいい」
「何でこんなところで縛られていらっしゃったんです?」
 律子告白で肝心なことがぶっ飛んでしまったわ。
「それは実は俺も聞きたいところなんだよな」
 困ったように肩をすくめるウィル。

「まさか、うちの父が……?」
 やっぱり美少年監禁の親玉??

「イヤ違う。ゲンメはこの件はノータッチだ」
 即座に否定され、私はホッとして座り込んだ。

 だって、いくら四公とはいえ、大公の息子を誘拐して監禁したなんて無事で済むわけないもんね。

「マルサネ!」
「はい?」
「悪いが大至急、水を持ってきてくれないか?喉が渇いた!」
「はい?」
 急にウィルは険しい顔になった。口調も鞭のように低く鋭い。

  何?何が起こったの?絶対水が飲みたいわけじゃないわよね……?

「急げ、いいか?何があっても絶対に振り返るな。真っ直ぐ走っていけ!早く!!」
「……了解っ」

 
 ここは空気を読んで、私はウィルに頷いた。

 そのまま屈んでソロソロと入り口から外に出ると、行きに通ってきた畦道もどきから調理場の方角へ、言われた通りひたすらダッシュした。

 背中を向けている小屋の方向から、なんだが空気を切り裂くような爆音やら閃光は漏れてくるが、 絶対に振り向くな、の言いつけを守って私は我慢した。


 ゲンメ邸にかけもどって室内から、作業小屋の方角を見た時にはもう、何事もなかったかのような静寂が広がっていたので、詳細不明。


 水、持っていった方が良いかしら……。
 でも、絶対水は口実よね。

 多分、私にはわからなかったけど何かが来たんだ。彼をあそこに閉じ込めた犯人だろうか。

 だとしたら、私一人じゃどうしようもない。かえって彼の足手まといになるだけだ。

 だからこそ、私を小屋から出したんだろう。
 賢い人だ。私が苛めていたヒロイン?いや、ヒーロー?は。

 よし、今日はもうとりあえず寝よ。
 ルーチェと明日の朝イチに小屋を覗くぐらいしか、きっと私が出来ることはないわ。
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