【受賞】約束のクローバー ~僕が自ら歩く理由~

朱村びすりん

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第一章

約束

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 母さんが学校や学童に入院と手術の件を連絡すると同じクラスや友人たちにそのことがすぐに広まった。
 普段あまり話さなかったクラスメイトから応援の言葉をもらったりした。わざわざ手紙を書いてくれた子もいたし、女子の中には入院の話を知って泣く子なんかもいた。
 みんなして大袈裟だよな。ちょっと入院して、手術を受けてリハビリを頑張って、脚がよくなったらまた戻ってくるっていうのに。
 別に騒ぐほどのことじゃない。僕自身が一番そう思っている。

 そんな中、関だけは何も言ってこなかった。
 でも──なぜか入院することが知れ渡った頃から僕に突っかかってこなくなったんだよな。本当によく分からない奴。
 こっちとしては嫌な思いをしなくてよくなったわけだし気は楽だ。しばらく顔を合わせなくて済むから、むしろ清々するよ。

 そして、誰よりも入院や手術について気にしている友だちが一人いた。
 ユナだ。

 日曜日の夕方。家の真隣にある小さな公園で、僕とユナはベンチに座って他愛ない話をしていた。
 僕が大人と一緒じゃなくても外に出られる唯一の場所。用事がない日なんかは、よくユナとここで暇をつぶしていた。

 いつもなら楽しい時間のはずなんだけど──今日のユナはなんだか静かだ。

「なに暗い顔してんだよ?」

 わざとキツい口調で訊いてみた。
 するとユナは、眉間にしわを寄せて僕の方を向くんだ。

「コウ君は、平気なの?」
「みんなと同じこと訊くんだな。どうせ入院のこと考えてたんだろ?」
「入院もそうだけど手術内容が結構大変だって聞いたよ」
「……誰が言ってたんだよ」
「コウ君のママ」
「はぁ」

 ──母さん、いつもユナには余計なこと言うんだよな。
 僕は小さくため息をつく。

「どこまで聞いたか知らないけど、大丈夫だよ。脚が良くなるための手術だから」
「でも、二カ月以上も入院するんでしょ?」
「ああ……そうだよ」

 ユナはますます暗い顔になる。

 そう。これから長い長い入院生活が始まる。手術は一日で終わるけれど、術後のリハビリが必要になるらしい。

「コウ君はさ」

 静かな口調で、ユナは言葉を並べていった。

「頑張り屋さんだよね。車椅子に乗らないでどこへ行くのにも杖で歩いてるもの。怪我が多くても全然泣かない。よくリハビリで学校を早退したり遅刻したりしてるの見てると本当に忙しいんだなって思うよ」

 彼女の言葉のひとつひとつが僕の胸を熱くさせた。それと同時に、なんだろう……少しだけモヤッとしてしまった。

「たまには肩の力を抜いてね。コウ君はコウ君のペースでいいんだよ」

 なんて答えたらいいのだろう。僕は考え、俯き加減になった。

 沈黙の時間。僕たちの間には微妙な空気が流れる。
 そんなときだった。一匹の猫が、のそのそと公園の中を歩いてきた。ちょっとふっくらした茶トラで、この辺りでよく見かける野良だ。人を恐れない奴で、むしろニャンゴロ言いながら近所の人たちからご飯をもらってる。
 チャコと同じ柄だけど目つきが全然違う。
 野良なのに何不自由なく生きているみたいだ。

 肩をすくめ、僕はユナの目をじっと見た。

「なあ、ユナ」
「うん?」
「僕、ユナには応援してほしいんだよ」
「えっ」
「小さい頃から一緒にいていつも助けてもらって本当に感謝してる。心配してくれるのも分かるよ。でもな、僕は歩けるんだ。身体にハンデがあって、みんなとは違うかもしれないけど諦めたくない。もっと歩けるようになるかもしれないなら、やれることは全部やりたいんだ」

 僕がこうやって自分の想いを打ち明けるのは滅多にない。むしろ初めてかもしれない。

 ユナは頬を真っ赤に染めて笑った。

「やっぱり、コウ君はコウ君だね」
「えっ、何が?」
「すごい、格好つけてる!」 
「はあ?」

 腹を抱えてユナはしばらく笑いを止められない様子でいた。

 おい、なんだよ。バカにしてんのか……?
 でも、どういうわけか。僕までおかしくなってきてしまった。ユナにつられて、どうにも笑いが止まらない。

 ひと通り笑い転げた後、ユナは真剣な表情に変わっていった。

「そうだよね。コウ君は歩けるもの。今よりも、できることがたくさん増えるかもしれないよね!」
「ああ、そうだといいよな」
「コウ君は何がしてみたい? 手術を終えてリハビリもたくさん頑張って。退院したら、やりたいことあるでしょう?」

 その問いかけに、僕は言葉に詰まった。やりたいことはたくさんある。どれが一番かと言うと──

「散歩」
「お散歩?」
「いや、なんか、自由に町の中を歩いてみたいなって。家から離れた場所だと、必ず大人と一緒じゃなきゃいけないから。もっと歩けるようになったら、自分の力で遠くに行ってみたい」

 僕の望みを聞いたユナは花を咲かせるように顔を輝かせた。

「いいね。行こう!」
「えっ」
「コウ君ならきっとできるよ。退院したら、一緒にお出かけしよう。コウ君のパパやママがいなくても、きっと平気。ね?」
「ああ……そうだな」
「約束しよ!」
「うん、約束」 

 ニコニコの笑顔で、ユナは小指を差し出してきた。

 まさか、小五にもなって指切りげんまんか……?

 小っ恥ずかしいと思っても、ユナがいつまでも待ち続けている。
 仕方なく、僕も小指を出して彼女と指切りをした。
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