ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓

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Episode.04

祖父母が上京してきました

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 鷹也の祖父母から、裕二のスマートフォンへ、大学に近いターミナル駅に着いた、との連絡が来たのは、22時すぎだった。ターミナル駅から理浜大学付属総合病院救急病棟へは、裕二が自分の車で送迎した。
 深夜の救急病棟は、病室に宿泊する患者家族が多く、夜勤の看護師も慣れたもので、静かに手早く、家族用簡易ベッドを病室に並べてくれた。その間に、祖父母は当直医から、鷹也の容態の説明を受ける。
 鷹也が眠る病室へ2人が入ったのは、日付が変わる目前になってから。大人ばかりでは狭く感じ、気も使うだろうと、裕二はいったん、自宅マンションへと、戻ることにした。

 翌日、一般の外来受付が始まる前に、裕二は救急病棟を訪れた。
 意外にも、鷹也の病室からは、久々の再会を喜ぶ会話が聞こえてくる。
 「おはよう、大丈夫そうだね」
 「あ、裕二先輩」
 いつもの、穏やかな鷹也の声だった。祖父母は、長距離移動と簡易ベッドのためか、溜まった疲労が見える。しかし、元気な、骨折だけで済んだ孫との久々の会話に、喜びが隠せないようでもあった。
 その、鷹也の祖父母は、裕二を見るとイスから立ち上がり、深々と頭を下げた。
 「昨夜は挨拶もそこそこに」
 「いえ、長距離の移動、お疲れ様です」
 裕二も丁寧に頭を下げる。
 鷹也によると、朝一番に、再度、CTスキャンを用いた全身の検査があったそうだ。結果、頭部や脊髄に出血や体液漏れも見られないため、すぐに退院の許可が下りたという。だが、その前に、警察からの事情聴取を院内で受けるので、それを待っている、ということだった。
 その話を聞いて、裕二も安心する。
 「退院、とはいっても
 1週間くらいは、安静にしているように、だって」
 あらゆる診療科目がそろった大学付属の救急指定病院は、状況によっては、周辺市区町村からだけではなく、遠方の患者すら受け入れる。そのため、病床を空ける方を優先されたのだろう。
 そうとわかっていても、鷹也は、痛む左上腕の骨折より、すぐに病院を出られることが嬉しい、といった様子だった。
 「なら俺も、ここで待つとするか」
 「あ、それが」
 裕二に、鷹也が少し困ったように言った。
 「おじいちゃんとおばあちゃんの、泊まるところが」
 「それは、大丈夫」
 裕二が笑う。
 「マンションのゲストルームを用意した
 広めの部屋だから、鷹也もそっちに泊まるといい」
 裕二らの住むタワーマンションには、高級物件にありがちな、住人の来客者用ゲストルームがある。朝、マンションを出るときに、裕二がコンシェルジュを通じて確保していたのだ。
 ゲストルームが何かわからない祖父母に、裕二が説明する。
 「ゲスト?」
 「マンション住人の関係者のみが使える部屋です
 素泊まりホテルと考えて構いません」
 「それは」
 鷹也の祖父母が当惑した返事をしかけたとき、医師と看護師を伴って、永浜准教授が病室へやってきた。
 「警察が、事情聴取したいそうです
 安全のため、私が立会います」
 昨日の事故についての事情聴取なのだが、特に病院内だと、時折、精神的に不安定になる鷹也のために、主治医の永浜准教授らの同席が許可されていた。
 聴取の場所は、病棟内にある、広めの談話室。

 鷹也の事情聴取を受けている間に、祖母が退院手続きと支払いを終わらせた。そのまま、3人で、広い待合室に座り、鷹也を待つことになった。

 鷹也の祖父は寡黙だったが、祖母が、ここぞとばかりに、裕二を質問攻めにする。
 特に熱心に聞かれるのは、鷹也と親しくなった経緯と、裕二の素性、家族や将来の展望についてだ。雑談を混ぜながら、高齢女性特有の押しの強さで、事細かく聞き出そうとする。
 裕二は、たまに苦笑いになることもあったが、それでも、北海道で暮らしていた当時の鷹也の話が聞けたことが楽しかった。そして、いつの間にか、会話は祖母の愚痴のようになってきた。
 「本当はね、私たちは、あの子をこちらの大学へなんて、進学させたくなかったのよ
 でも、あの子がやっと、やりたいことを見つけたの
 それを、邪魔したくなかったから
 でね、主治医の先生のいらっしゃる大学なら、と許したの
 なのに、こんな目に遭って」
 「和子」
 延々と続きそうな彼女の独言を、夫である鷹也の祖父が止める。
 そうね、と夫を見てから、祖母・三ツ橋和子は裕二に向き直った。
 「それで、高遠さんは、鷹也のこと
 どこまでご存知なのかしら?」
 「どこまで、とは」
 「あの子が昔の記憶がないとか、傷のこと、とか」
 「……はい、傷のことも」
 裕二が返事をしかけたとき、事情聴取を終え、私服に着替えた鷹也と永浜准教授が、待合室へやってきた。


 事情聴取のため、鷹也らが案内された談話室には、すでに、私服警官の男性1人と女性1人が並んで座っており、その後ろに制服の男性が1人、立っていた。
 3人は鷹也と、永浜准教授らが入室すると、立ち上がり、会釈をする。
 それから、鷹也らが着席するのを待って、自己紹介、名前と階級を名乗ってから、会話を始めた。
 「ケガの容態は?」
 准教授が、警官たちに診断書を渡す。それに目を通してから、女性警官が事故当時の状況を、事務的に確認し始めた。

 「この男性に見覚えは?」
 様々な質問の最後に、女性警官が男性の正面写真を示した。目までかかりそうなボサボサの長髪を、顔がわかるように真ん中で分けた不服そうな表情、無精髭と暗く澱んだ瞳。間違いない、コンビニで鷹也に付きまとった、あの男だ。
 恐怖と悪寒で鳥肌が立ち、血の気が引く。横に永浜准教授がいなければ、大声をあげていたかもしれない。
 「……こ、コンビニで、追いかけてきた人、です」
 鷹也は、震える声を、喉の奥から絞り出して答えるのが、やっとだった。
 「それ以前に、会ったことは?」
 「お、覚えて いません」
 「初対面、ということですか?」
 「いえ、あ、それ は、わかり ま せん」
 「すみません、患者は諸事情により、4年以上前の記憶が欠落しているもので」
 いっぱいいっぱいで答える鷹也に、永浜准教授が助け舟を出した。それを聞いて、女性警官がさらに、次の質問をする。
 「ここ数ヶ月、大学進学後も、ですか?」
 少し、考える間を置いて、鷹也は、わからない、と首を横に振る。
 無言の返事を受け、女性警官が手元の書類を確認し始めた。ファイルの束の中から1枚を取り出し、男性警官に見せる。そして、警官同士、互いに目配せをしてから小さく頷き、永浜准教授へ、視線を移した。
 「記憶の欠落、その原因をご本人はご存知ですか?」
 「いえ
 精神的に不安定になるため、我々も、家族からも、原因を、直接、教えてはおりません
 無理に思い出させるようなことも、禁じております」
 その強い口調に、鷹也は不安そうに准教授を見た。
 「わかりました」
 女性警官がそう答え、鷹也には見えないよう、永浜准教授に先ほどの書類を見せる。
 えっ と准教授が小さく、驚きの声をもらした。
 それから、永浜准教授から返された書類をファイルの中へ戻して、警官たちはまた、視線を合わせて頷く。
 「ご協力ありがとうございました」
 そう言って、一礼をしてから、警官たちは先に談話室を出て行った。
 「……先生」
 状況が掴めない鷹也に、永浜准教授がすっきりとした笑顔を見せる。
 「もう安心、ということです
 その辺は、ご家族とお話しましょう」


 事情聴取を終えて戻ってきたとき、待合室で親しく会話する祖父母と裕二を見て、鷹也はやっと安心できたのかもしれない。鷹也と祖父母の間に座ると、無言で、大粒の涙をこぼし始めた。
 あらあら、と祖母がそっと鷹也を抱きしめる。
 その横で、永浜准教授が彼の祖父を呼び、少し離れたところで、小声で会話を始めた。
 「犯人は、その場で現行犯逮捕されたそうです
 今回は18歳を超えていますから、実刑になる可能性が高いでしょう
 それから、鷹也くんが最初に住んだアパート、あの放火事件も同一犯でした
 これで、ストーカー規制法にも抵触するので、こちらから訴えれば、確実に、接触禁止令も取れるでしょう」
 「あ、ありがとうございます
 ありがとうございます」
 祖父が両手で永浜准教授の手を握り、拝むように頭を下げた。
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