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Episode.03

病室で、思い出す

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 裕二と暮らすマンションを出て、鷹也が最初に入ったコンビニには、これといった食べたいものが見つからなかった。少し考えて、交差点の先の、駐車場と店内が広い、別のコンビニへ向かう。
 スイーツは、出かける前に冷蔵庫で見たものの方が美味しそうだったので、ここでは、コンビニオリジナルのスナック菓子を探すつもりだった。
 ぼんやりと、商品棚を見て歩いていると、不意に視線を感じ、全身に鳥肌がった。フードを深くかぶった男性が、鷹也の真後ろに、人ひとり分の隙間も空けずに立っている。
 気にしすぎた、と自分に言い聞かせ、相手と距離をとるため、鷹也は棚を移動する。それから、店内を、商品を眺めながら歩きまわる。しかし、フードの男は離れず、鷹也の後をついてきた。
 ドリンク棚の前に立ち止まり、ガラスケースに写る男の姿を確認する。深くかぶったフードからのぞく、ボサボサの髪と無精髭。暗く淀んだ、鷹也を睨む瞳。
 ザワッ と、再び鳥肌が立った。全身の、皮膚の下を撫で回されるような、悪寒と恐怖。
 逃げないと そう思って走り出そうとしても、足が動かない。視線も、ガラスに写ったフードの男から、外せなくなった。
 記憶にないハズなのに、見覚えがある、フードの下に見える顔。
 その場から動けなくなった鷹也の背に、フードの男が密着し、舐めるように項の匂いを嗅いだ。
 「……アルファ臭ぇ」
 とっさに、鷹也は左手で項をかばう。その腕を、男が強く掴んだ。
 「高位アルファばかり侍らせやがって」
 「え、あ
 ……は、離してください」
 声を出すのが、やっとだった。
 青ざめ、震える鷹也の顔、その鼻先に男が自分の鼻先を近づけ、もう1度、匂いを嗅ぐ。
 「オメガの匂いがしなくなるほど、可愛がってもらっているのか」
 男はそう言うと、鷹也の左腕を掴んだまま、引きずって出入口へ向かう。
 「い、いやだ」
 すると、様子を見ていた体格の良いコンビニ店員の男性が、フードの男の前に立ちふさがった。
 「お客様、これ以上は、警察を呼びますので」
 チッ と舌打ちをし、フードの男は鷹也の手を離し、逃げるようにコンビニを出ていった。
 一気に力が抜け、鷹也はその場に座り込む。
 「大丈夫ですか?」
 コンビニ店員が手を差し伸べた。
 「 あ、 ……すみません
 ご迷惑をおかけして」
 手のひらを見せて店員の手は取らず、なんとか立ち上がった鷹也が、小さくお礼を言おうとする。それを遮って、店員がイートインエリアのイスを指した。
 「防犯カメラもありますから、お気になさらず、休んで行ってください」

 ペットボトルのジャスミン茶を買って、鷹也はイートインエリアのイスに腰を下ろす。それから、裕二に黙って、1人でマンションを出てきたことを後悔した。体調も万全ではないのだから、おとなしく、裕二の用意してくれた食事をとって、寝なおせばよかったな、と。
 ふと、さっきのフードの男が何者だったのか、と、考え始めた。以前にどこかで会ったハズだという、感覚はある。が、いつ、どこで会ったのかが、思い出せない。むしろ、思い出したくないという気持ちの方が強い。
 しかも、フードの男の顔を思い浮かべようとすると、激しい頭痛とめまい、そして、下腹部の傷が激しく痛んだ。それまで、後遺症と呼べるような痛みは全くしなかった傷なのに。

 ペットボトルのジャスミン茶を飲み干し、鷹也は裕二のマンションへ帰ることにした。さすがに、先刻のフードの男も、もう、いなくなっただろう、と楽観的に考えたからだ。
 用心のため、店内のイートインエリアから駐車場を見回す。出入口から遠い左角にミニバンとステーションワゴン、ドアの右側には業務用バンが、それぞれ離れたブースに停まっていた。どの車にも、人の気配はないように思える。
 少し安心して、せっかくだから、とコンビニ限定スナック菓子を買い、店を出ることにした。
 ドアの前で、もう1度、鷹也は周囲の様子をうかがう。今のところ、こちらに近づいてくる人影は、ないようだ。
 もう大丈夫だろう、と、交差点へ向かう。
 信号待ちで立ち止まった瞬間、左後ろから、駐車場から、ミニバンが高速で突っ込んできた。


 理浜大学付属総合病院救急病棟の個室には、つきそいの家族数名が休むための、簡易ベッドを置くことができるスペースがある。しかし、裕二は簡易ベッドを借りることはせず、ベッド横でパイブイスに座り、鷹也の麻酔が切れるのを待っていた。
 その間に、鷹也が交通事故に遭ったこと、腕を骨折したが、命に別条はないことを、一緒に鷹也を探してくれた皆にメッセージで伝える。
 救急病棟、ということで、見舞に来たのは医学部の翔と瞬、午前中まで入院していた澄人と付き添っていた晃の4人。美耶と信彦からは、鷹也が目を覚ましたあとに、明日以降に会いたい、というメッセージが返ってきた。
 様子を見に来た4人には、裕二が鷹也のケガの具合を簡単に、左腕骨折だけを伝える。それから、鷹也の祖父母が北海道から上京するので、その到着を待っている、とも。

 麻酔から鷹也が目覚めたのは、19時頃だった。
 寝返りをしようとしたのか、左腕の痛みで、鷹也がうめき声をもらした。その声で、裕二が鷹也を覗き込む。
 「気がついた?」
 「…… ぁ …」
 「鷹也?」
 「ぅ うわぁ ああぁぁ」
 鷹也が飛び起きて、悲鳴をあげる。
 「ゃだ
 いたい いたいっ
 やだ
 たすけて
 やだ
 おとぅさん おかぁさ ん …」
  昨日、威嚇からの回復後の病床で目覚めた時より激しく、パニックをおこして泣き叫ぶ。その、暴れる鷹也を、折れた腕に気遣いながら、裕二が抱きしめた。
 「鷹也、もう大丈夫
 大丈夫だから」
 抱きしめる裕二の腕から逃げ出そうと、さらに鷹也が激しく暴れだす。
 「鷹也、ここは病院だから
 もう安全だから」
 「やだぁ
 いたいのいやぁ
 たすけて」
 「タカ!」
 裕二の大声で、鷹也がおとなしくなった。
 それを見て、集まっていた医師と看護師が、鎮静剤を打とうとしていた手を止める。
 その、周囲の様子に気づかないのか、鷹也が腕の中から裕二をまっすぐに見上げてきた。
 「……あ れ?」
 「ここは病院だから
 もう、大丈夫だから」
 腕の力を緩め、裕二が鷹也の髪をなでる。それで安心したのか、鷹也の表情が溶けたように緩み、そのまま、体を裕二の胸に預けて、眠り始めた。
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