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龍王候補③(行方不明)
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***
──同じころ。
地戸瀬ノボルは、廊下のど真ん中で、ぜぇぜぇと息をついた。
「ひ、姫、さばぁ~」
呼びかけてみても、返事はない。
瑛がいなくなってから、そろそろ半時間。まだ見つかっていなかった。
ようやく、龍宮に帰ってきたというのに。まさか、早々、行方不明になろうとは。
ツナ子が駆けて込んできた時には、倒れそうになった。
話によれば、瑛はトキに謝りに行ったらしい。考えるより行動、思いたったが行動。いかにも瑛らしい。で、何も考えずに飛び出して、そのまま迷子になってしまったのだろう。新入りが必ず迷うと言われるほど、龍宮は広く、建物も入り組んでいる。
ノボルはため息をついた。
確かに、瑛はトキの服を汚したことを気にしていた。すぐにまた顔を合わせるのだからと、自分はそのままにしておいた。だが、瑛はそのことを知らなかったのだ。これは自分の失態である。
顔面蒼白になって『申し訳ありません』と、繰り返すタイ子とツナ子が頭をよぎった。彼女たちも今、必死に城内を探し回っていることだろう。
思えば、二人にもかわいそうなことをした。龍姫の側仕えを命じられ、タイ子もツナ子も張り切っていたのに。
龍姫は少々、お転婆であるからと、言い添えておくべきだったか。
いや、しかし、幼い頃から瑛を見てきたこの自分でさえ、これは予測不可能だった。まさか、まさかの事態である。
ふぅと、二度目のため息をついた時、前から歩いて来た人物に気がついた。彼はこちらに気がつくと、にこやかに手を振る。
「あ、ノボル様。ただいま。でもって、おかえりなさい。お迎え、お疲れ様。それで、瑛ちゃんは?」
「シ、シンー!」
「はい?」
ノボルは、せかせかと歩いて行くと、「助かった!」と、彼に抱きつく。
「え? 何? 全然、うれしくないんだけど」
目をしばたたく彼に、ノボルは一大事だと、事情を説明をした。
軽やかに駆けて行ったシンを見送り、ノボルはほぅと息をつく。これでひとまずは安心だ。シンなら何とかしてくれるだろう。
こちらはこちらで準備を急がねば。頭の中であれやこれやと段取りをつけて、歩き出そうとしたところ。
「ノボル様」
背後から呼ばれて、振り返る。シンと入れ違いに、彼がこちらへと歩いて来た。
「おぉ、メグムか。どうした?」
「お目通りの件、このまま、進めてもよろしいのですか?」
「何ぞ問題でも起こったのか? まさか、またリュークのヤツが、良からぬことでもやりおったか!」
頭痛の種が。大きなため息をついたノボルに、メグムは首を振って否定する。
「まぁ、リュークはこの辺りで一度、ふんじばっておくべきなのかもしれませんが」
問題となるようなことは起こしていないが、メグムを苛立たせるようなことは、やらかしたらしい。まぁ、いつものこと。ふんじばるというのなら、止めやしない。むしろ、賛成である。だが今は、そこには触れず、「それで?」と、話を促した。
「このまま、龍姫に我ら七姓を引き合わせるというのは、いささか問題があるのではありませんか?」
「問題? まぁ、確かに。姫様もリュークもまだまだ子供だが、それもこれも姫様の覚醒を促すため、」
「いえ。そうではなく」
「では、何だ?」
「龍王候補が一人、足りません」
「……ヨシのことか」
その名前と一緒に、ため息が勝手に出てきた。
「はい。ヨシ様は、今、どちらに?」
メグムが声を落として言った。確かに、七姓の一人が出奔し、行方不明などと、大きな声で言えたものではない。出奔から時が経ち、今では、七姓は四人だと思っている者も、少なからずいる。
「さぁな。一体、どこで何をしておるのやら」
ノボルもまた声を小さくし、ふるふると首を振った。
「これを機に、戻って来られるのですか?」
これにもノボルは首を振って答える。メグムは少し考える素振りを見せてから、口を開いた。
「ヨシ様は、まだ……」
「アヤツのことは、わしにも分からん」
ノボルは答えてから、メグムに体を寄せると、さらに声を小さくする。
これは、今まで秘匿されてきた話であった。
「あのたわけ、あろうことか、ここを出奔したのち、姫様を懐柔しようとしおったのだ」
「それは……」
「龍王になろうとな」
「まさか、あのヨシ様が?」
信じられない。メグムがつぶやく。いつも冷静で代わり映えのない表情が、わずかに歪んでいた。メグムにとってヨシは兄のような存在。そう思うのも仕方ない。
「事実だ。だが、姫様はアヤツを選ばれなかった」
「……」
何か思うところがあるのか。メグムは黙り込んでしまった。ノボルとて、ヨシには色々あるのだが。いかんせん、当人が行方不明では、どうしようもない。
ノボルは、ここで話を切ることにした。
「まぁ、そういうわけで、今回はお主ら四人でということになる」
「分かりました。ところで、ノボル様。そろそろお時間ですが、龍姫のお支度の方は?」
「……あぁ、姫様ぁ!」
瑛は今、どこにいるのか。ノボルは天を仰いだ。
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──同じころ。
地戸瀬ノボルは、廊下のど真ん中で、ぜぇぜぇと息をついた。
「ひ、姫、さばぁ~」
呼びかけてみても、返事はない。
瑛がいなくなってから、そろそろ半時間。まだ見つかっていなかった。
ようやく、龍宮に帰ってきたというのに。まさか、早々、行方不明になろうとは。
ツナ子が駆けて込んできた時には、倒れそうになった。
話によれば、瑛はトキに謝りに行ったらしい。考えるより行動、思いたったが行動。いかにも瑛らしい。で、何も考えずに飛び出して、そのまま迷子になってしまったのだろう。新入りが必ず迷うと言われるほど、龍宮は広く、建物も入り組んでいる。
ノボルはため息をついた。
確かに、瑛はトキの服を汚したことを気にしていた。すぐにまた顔を合わせるのだからと、自分はそのままにしておいた。だが、瑛はそのことを知らなかったのだ。これは自分の失態である。
顔面蒼白になって『申し訳ありません』と、繰り返すタイ子とツナ子が頭をよぎった。彼女たちも今、必死に城内を探し回っていることだろう。
思えば、二人にもかわいそうなことをした。龍姫の側仕えを命じられ、タイ子もツナ子も張り切っていたのに。
龍姫は少々、お転婆であるからと、言い添えておくべきだったか。
いや、しかし、幼い頃から瑛を見てきたこの自分でさえ、これは予測不可能だった。まさか、まさかの事態である。
ふぅと、二度目のため息をついた時、前から歩いて来た人物に気がついた。彼はこちらに気がつくと、にこやかに手を振る。
「あ、ノボル様。ただいま。でもって、おかえりなさい。お迎え、お疲れ様。それで、瑛ちゃんは?」
「シ、シンー!」
「はい?」
ノボルは、せかせかと歩いて行くと、「助かった!」と、彼に抱きつく。
「え? 何? 全然、うれしくないんだけど」
目をしばたたく彼に、ノボルは一大事だと、事情を説明をした。
軽やかに駆けて行ったシンを見送り、ノボルはほぅと息をつく。これでひとまずは安心だ。シンなら何とかしてくれるだろう。
こちらはこちらで準備を急がねば。頭の中であれやこれやと段取りをつけて、歩き出そうとしたところ。
「ノボル様」
背後から呼ばれて、振り返る。シンと入れ違いに、彼がこちらへと歩いて来た。
「おぉ、メグムか。どうした?」
「お目通りの件、このまま、進めてもよろしいのですか?」
「何ぞ問題でも起こったのか? まさか、またリュークのヤツが、良からぬことでもやりおったか!」
頭痛の種が。大きなため息をついたノボルに、メグムは首を振って否定する。
「まぁ、リュークはこの辺りで一度、ふんじばっておくべきなのかもしれませんが」
問題となるようなことは起こしていないが、メグムを苛立たせるようなことは、やらかしたらしい。まぁ、いつものこと。ふんじばるというのなら、止めやしない。むしろ、賛成である。だが今は、そこには触れず、「それで?」と、話を促した。
「このまま、龍姫に我ら七姓を引き合わせるというのは、いささか問題があるのではありませんか?」
「問題? まぁ、確かに。姫様もリュークもまだまだ子供だが、それもこれも姫様の覚醒を促すため、」
「いえ。そうではなく」
「では、何だ?」
「龍王候補が一人、足りません」
「……ヨシのことか」
その名前と一緒に、ため息が勝手に出てきた。
「はい。ヨシ様は、今、どちらに?」
メグムが声を落として言った。確かに、七姓の一人が出奔し、行方不明などと、大きな声で言えたものではない。出奔から時が経ち、今では、七姓は四人だと思っている者も、少なからずいる。
「さぁな。一体、どこで何をしておるのやら」
ノボルもまた声を小さくし、ふるふると首を振った。
「これを機に、戻って来られるのですか?」
これにもノボルは首を振って答える。メグムは少し考える素振りを見せてから、口を開いた。
「ヨシ様は、まだ……」
「アヤツのことは、わしにも分からん」
ノボルは答えてから、メグムに体を寄せると、さらに声を小さくする。
これは、今まで秘匿されてきた話であった。
「あのたわけ、あろうことか、ここを出奔したのち、姫様を懐柔しようとしおったのだ」
「それは……」
「龍王になろうとな」
「まさか、あのヨシ様が?」
信じられない。メグムがつぶやく。いつも冷静で代わり映えのない表情が、わずかに歪んでいた。メグムにとってヨシは兄のような存在。そう思うのも仕方ない。
「事実だ。だが、姫様はアヤツを選ばれなかった」
「……」
何か思うところがあるのか。メグムは黙り込んでしまった。ノボルとて、ヨシには色々あるのだが。いかんせん、当人が行方不明では、どうしようもない。
ノボルは、ここで話を切ることにした。
「まぁ、そういうわけで、今回はお主ら四人でということになる」
「分かりました。ところで、ノボル様。そろそろお時間ですが、龍姫のお支度の方は?」
「……あぁ、姫様ぁ!」
瑛は今、どこにいるのか。ノボルは天を仰いだ。
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