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望まない邂逅
しおりを挟む「うるせぇ」
「いや五月蝿いも何も俺達閉じ込められたんだよ? 何で落ち着いてられんの!?」
人は閉鎖空間や暗闇等、過度のストレスに直面した時、精神に変調をきたし、最悪の場合死に至ると小耳に挟んだ記憶がある。
このまま闇が続き、まして魔物に襲われでもしたら。脳裏に最悪が過り、氷の手が心臓を撫でた。
灯りになるものをと手探りで荷を漁るが、焦り故か中々それに到達しない。その間にも発狂死した自分の映像が目蓋の奥にちらつき、背中に嫌な汗が伝う。
嫌だ。嫌だ嫌だ。
心なしか呼吸が荒くなり始め、それを見計らったように、奥の方で石油ストーブの点火音にも似た燃焼音とともに待ち望んでいた灯りが壁面に灯った。
「あか、り?」
発狂死を回避できたと胸を撫で下ろすが、一方で別の恐怖と不安の比率が高まる。
「ハッ。一丁前に誘ってやがる」
「……どう、する?」
「あ゛、どうするもこうするも灯りが前しかねえなら進むしかねえだろ。ま、ここに残りてえって言うなら止めねえけどな」
「ちょ、置いてかないでよ!」
慌ててオズの後ろについて歩きながら、俺は周囲に視線を流す。
天井までの距離はおよそ三メートル弱、横幅は成人男性を三人並べても余裕があり、奥へと続く壁面には灯りとあの象形文字以外目立ったものは何もない。
「おい。さっさとついてこい、お荷物野郎」
「その呼び方ほんとやめてくれない。あとマッピングしてっからもう少し待って」
「マッピングぅ? んなもん必要ねえだろ」
「お前は阿呆か」
「あ゛、喧嘩売ってんのかテメエ!」
「大きい声出さないでよ。ハァ。これ、パーティ探索の基本だよ。あと、この遺跡、ギルドや周辺からも報告は上がってない。つまりは未探索の可能性があんの。こういう情報は道に迷ったためだけじゃなく、ギルドに提出するだとか、次の誰かの助けになるようにとか色々理由があんの」
「……チッ。早くしろよ」
入り口を示す黒丸と今までの道を書きながら、俺はふと気になった事を尋ねた。
「今更なんだけど、何で俺を助けたの?」
「あ? テメエになんかあったら勝負中止だから助けただけだ」
つまり、それが無ければ助ける気は微塵もなかったと?
「後でレオにお礼言っとこ」
「俺様にも言えよ」
「ドーモアリガト」
「んだよ、その気持ちのねえ感謝は」
「はいはい、っと三叉路だ」
最初の分かれ道に足を止めて全体を見る。
相変わらず壁面象形文字かと思いきや、ここは少し違った。三叉路前に看板がある。
そこには喩えるなら子供の絵があった。
怒り狂った羽の生えた魔物らしき一体と、その魔物に?マークのついた樽を差し出す人々が描かれている。そして三叉路の上の部分にはジョッキ、ワイングラス、ショットグラスとそれぞれに大まかな数値がある。
「あ゛、なんだこれはよ」
「絵……ひょっとしたらクイズかな?」
「ハァ!?」
「一々大きい声出さないでよ」
「チッ。で、どれに進めばいいんだよ」
「ちょっと待ってろや」
再度、看板と三叉路上部を注視する。
大雑把な数値とグラス等の形から察するに多分酒とその度数だろう。左からビール・ワイン・テキーラだと思う。
上記を踏まえて怒り狂う魔物に差し出した酒はどれかを問うたものに違いない。念の為、部屋の隅々を見回してみたがやはり他にヒントに当たるようなものはなかった。
この状態で正解を導き出せというのは中々に鬼畜ではなかろうか。
交互に睨めっこを繰り返す事数分、頭の中に紫時代のワンナイト相手が語った豆知識が浮かびあがる。確かビールは液体のパン、ワインは名前は忘れたが神聖な誰かの血、テキーラは竜舌蘭の樹皮だかを齧った二十日鼠の巣穴に黄金色の液体が溜まっていて、これを集めて発酵させたとかなんとか。
それ等を考慮して当て嵌まりそうなのは、ビールかワインの二つ。
けれど決定打には欠ける。
他に解釈があるとすれば絵。怒り狂う魔物を鎮める為の酒ではなく、差し出した酒にブチ切れたのだとしたら――。
怒り、怒る、怒髪天、anger、苛々。
魔物、enemy、敵。
怒れる魔物、苛々enemy、敵怒る……テキオコル、テキ苛々、テキイラッ、テキーラ?
しっくり来ないでもないが、ゲームの世界で著作権に該当しそうなものを軽々しく使うかという思いと、態々絵に羽のある魔物を使う理由を考えて、こちらも正解とは言えない。
「でどっちだよ」
「個人的には左端か真ん中のどちらかだと思うんだけど決定打がないんだよ」
「あ゛、つっかえねえな。この悪魔に出した酒は何だって話しだろ」
「悪魔? これが?」
「どう見ても伝承の悪魔じゃねえか」
「そうか、悪魔か。なら答えは真ん中だ!」
「本当かよ」
この国の伝承に、神から賜った赤ワインを暴虐の悪魔に飲ませて退治した元村の少年、初代皇帝の話しがある。
それでもおっかなびっくり先へ進むと、体感五分ほど経過した辺りで、今度は閉じた二叉が俺達を出迎えた。
「チッ。行き止まりじゃねえか」
「え」
俺が顔を出した途端、二叉の手前の床が動き、重苦しい音を立てて盤のようなものが現れ出でる。
「何あれ」
「知らねえよ」
襲撃を警戒し、恐る恐る盤に近付く。
盤、9×9面の額と中に数字の駒を入れた所謂数独がそこにあった。
「うわぁ……」
「あ、なんだよコレ」
「多分というか絶対次の問題。俺の予想が正しければこれは直ぐに解けるよ」
俺は肺腑の中の空気を吐き出すように息をつき、挟まった数字の中で動かないものと動くものを分けて、数独のルールに倣い、全てを正しい場所に直していく。
かたり、かたり。
そして最後の数字を嵌めた瞬間、左の通路がどうぞと言わんばかりに口を開けた。
「終わり」
「これは早かったな」
「そりゃあヒントがあればね」
「何処にあったんだよ……おい、その面倒臭ぇって顔やめろ」
「最初、数字の駒取ってた時、動かないのあったでしょ。あれがヒント」
「はぁ?」
「よく見て。この9×9面の縦横全部1から9全ての数字が被んないでしょ」
「そうだが、それがどうした」
「……面倒くせ。兎も角、こういうのには明確なルールがあんだよ。以上!」
話しは終わりと次へ進む。が、その後も分かれ道問題はジグソーパズル、ロジックアート、迷路と続き、辟易していたところに満を持して現れたのは、大扉と家族向けレストラン伝統のミニゲームを彷彿とさせる鬼畜系高難易度間違い探しだった。
「うわぁ……」
右手と左手壁面を見比べて、俺のテンションは地に落ちる。
「で、これはどうすんだ」
「多分間違い探しだから、右手側の丸が元絵で、左手の×7とボタン押すマークがあっから単純に右絵と異なる部分七つを探して押せってメッセージ」
「面倒臭え」
「不本意だけど同意する。俺は絵の左半分担当するからアンタは右半分やって」
「あ゛、なんで俺様がやらねぇといけねえんだよ」
「時間短縮だ馬鹿野郎」
「……チッ」
体感三十分くらいだろうか。
最後の一つを押し終えると、何処かでカチリと音が鳴り、次いで貝のように固く閉じていた大扉が重低音を奏でながら口を開く。
同時に内部の灯りが灯り、隙間を通してそこがかなりの広い空間であると解る。
恐らく此処が最深部。RPGで例えるならボスの待ち受ける部屋だろう。
ただ外から窺った限りでは中に人や魔物の姿は見つけられない。唯一発見出来たのは奥に鎮座する台座と、その上に飾られた小さく透明な珠の二つ。
「待て」
俺を制したオズが床に転がる小石を拾い、それらをタイミングをずらして何方向かに投擲した。奇襲を警戒しての行動だ。
全てが虚しく音を鳴らし、三拍数えた彼が頷く。
「待ち伏せはねえ。だがあの木の根はいるだろうから油断はすんな」
「待て。念の為に速度上昇の呪文をかける」
「……入んぞ」
オズを先頭に扉を潜る。
やはり外から見た通り、内部はデカく、ホテルホールに匹敵する面積を有していた。進む度、俺達の靴音がやけに響いて聞こえたその時――。
「!?」
重機で吊った金属が落下したような衝撃音と爆風が木霊した。急いで振り返ると、あの重く堅そうな大扉が再び口を閉ざしていた。
オズを俺の手を引き、自らの後ろへ控えさせる。
「お出ましだな」
その言葉と共に、透明だった珠が白く光り輝く。そしてその光は緩慢な動作で珠から発射され、うごうごと伸び縮みを開始する。
控えめに言って凄く気持ち悪い。まるで爬虫類を目にしたような生理的嫌悪感だ。
何かを形成し終えた光が霧散する。
鬼が出るか蛇が出るか。身構える俺達の前に『それ』が、ゆらりと揺れ動く。
それは正に木製人形だった。
身長は約二メートル弱。
ただし皮膚は明るい木目とは真逆の焦げ茶、頭部に毒茸じみた紫をこれでもかと生やし、男性体を意識してなのか股間に陰茎を模した茸をぶら下げている。
此方を視認した木製人形は、酔いの回った中年の千鳥足のように歩く。
「キモイキモイキモイ!」
「チッ。エビルトレントかよ」
「エビルトレント!?」
ユニの知識にはない魔物である。
詳細を尋ねるべく唇を開いた矢先、躓いた人形が床に手をつく。
一拍、俺とオズの間にあの根が生える。
避ける暇はなかった。
無数に伸びた根があっという間に俺を囲み、木の牢獄In俺が完成する。
「何やってやがるっ!」
「これは避けれないわ!」
「らぁっ……かてぇ」
救出を試みたオズの剣が、金属のように弾かれる。続けてお返しとばかりに牢獄から伸びた根のような枝のような物がオズを攻撃する。
「あぁ、クソ。テメエはそこで待ってろ」
先に本体を倒すと判断した彼が、木製人形との距離を詰める。
伏していた人形はもう起きていた。
オズは短期決戦でいくつもりなのだろう。始めからギアを全開にして斬りかかり、人形はそれに応戦する。
一進一退、手に汗握る激闘だ。
「って吞気に観戦してる場合じゃない。ここから出ないと」
取り出した短剣で内部を切りつけてみるが、オズの時と同様に弾かれる。試しに鋸のように削ろうとしても結果は同じ。
どうすべきか頭を悩ませていた最中、掌に触れていた一部が、ハンドベインのように血管を浮かせているのに気付く。
「これもしかしてアイツと繋がってる?」
よくよく見れば血管は、どくりどくりと脈打っていた。念の為にそこに刃を押し当ててみるが、強度はやはり他と変わらない。
「(刃物は無理。あと他に俺が持ってる中でダメージになりそうなやつは……火打ち石?)」
だが燃料がない。
けれど物は試しと火打ち石の火花を牢獄に当ててみる。すると――。
「(凹んだ?! 火を嫌がってる?)」
裏付けを取るために、再度やってみれば金属の如きそれが、ぐにゃりと動く。
「カチカチ五月蝿ぇ!」
「黙ってろ。こっちも必死なんだよ!」
意図せずオズへの嫌がらせにも繋がってしまったが、構っている暇はない。次第に牢内に焦げた臭いが立ち――。
「ゲギャア!」
感覚共有していたのだろう。エビルトレントは攻撃の手を止め、代わりに熱がるような素振りをみせた。
「おらぁ!」
鉛色の剣尖が煌めき、木の腕が宙を舞う。次に真一文字に斬り撥ねた首が後を追い、もう片方の剣がエビルトレントの胸を刺し貫く。エビルトレントは陸に打ち上げられた魚の如く痙攣し、軈て停止した。
「!? エビルトレントが」
木材である筈の躯が、砂のようにさらさらと崩れていく。牢獄に至っても同様だ。
あっという間に消え去り、自由となった俺は直ぐさまオズの元へと駆け寄った。
「お疲れさ、ん?」
「チッ……ぐぅっ」
柄にもなくハイタッチに向けたオズの手は自身の頭部へと方向を変え、彼は苦しげに呻きながら床に膝をつく。
「あ、あたまが」
「頭? 頭がどうかしたのか」
「いてぇ、われそうだ」
「あのエビルトレントか? クソッ。待ってろ、今ポーション出すから」
「ぐ、ぁ、ああああ」
「オズ!」
俺は開封した回復薬を慌ててオズの口に押し当てる。
「苦しいかもしれないけど一旦飲め!」
「う、ぐ」
「そうゆっくり、ゆっくりな」
「ゴホッ」
「まだ痛むか。鎮痛剤あったか。ちょっと待ってろよ、オズ」
「ちが……う」
「え? 何が違うんだ!?」
「俺は、オズ、じゃない。俺、は、一条星夜、だ」
「……は?」
俺の手から飲みかけのポーションが滑り落ちる。そしてかしゃんと音を鳴らし、転がった。
「いま、今なんて……」
一条星夜。
――それは俺を捨てた男の本名だった。
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