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第二の地雷、オズ・ベアリングズ
しおりを挟む中継地点兼、依頼主の住むヒューリ村。
それは皇都ナタールから北西にあたるユーデリア山脈、その麓にあたる大森林より数キロ先にあるポツンと一村だ。
総人口、約百五十。
子供どころか若者すら乏しく、近い内に消滅の一途を辿るだろう寂れた場所だ。
村内は田畑と広場、馬耕用の馬が数頭放し飼いとなっており、娯楽施設の類は一切無い。よく言えば長閑、悪く言えば殺風景な田舎である。
そして村民の朝は兎に角早い。
皇都のように闇を照らす道具のない為か、彼等は常に日の出と共に活動する。
今回の依頼人、リモ・グラットもそんな村民の一人だった。
彼の朝はまず、家にある大甕の中に、共有井戸で汲んだ井戸水で満たす事から始まる。これは前日の減り次第で家との往復数が変動する大変難儀な作業だ。
それが終われば足の悪い九つの妹を起こし、彼女に病で目が不自由になった母の身支度を整えてもらい、その隙に竃に火を入れて全員分の食事の支度をする。
完成して食卓に並べ始める頃には薪集めや別の外仕事に出ていた父と長兄が帰宅し、揃って食卓を囲む。
朝のメニューは専ら麦粥と間引いた野菜の炒め物。その二つだけ。
ごく稀に村の狩人が仕留めた肉のお裾分けや庭で成った果実は基本保存食となり、内臓や熟れすぎた果物は、その時しか口に入らない。
食後は父と兄と共に畑仕事に出る。
妹には母親と針仕事を頼む。
太陽が真上に昇った頃、ご近所さんと焼いた堅パンに野菜を煮込んだスープを出し、食べたらまた畑に戻る。
そんな面白みのないルーティンを繰り返しながらリモは依頼を受託した冒険者の来訪を待ちわびる平和な日々を過ごす。
今日も同じ。
――そう考えていた。
質素な昼食で腹を満たし、リモは普段通り食器を洗い終える。
「じゃあ、母さん。俺も行ってくるから。アン、母さんを宜しくね」
「任せて。お兄ちゃんも頑張ってね」
「リモもアンもいつもすまないねぇ」
「母さん、そこは有難うにしよう。あとね母さんとアンの作る刺繍は我が家を二番目に支える大事な稼ぎ仕事なんだよ。だからそんな風に言わないで」
すっかり背の丸くなった母を何時も通り励まし、家を出る。
その矢先だった。
「よく来たな、レオンハルト!」
聞き覚えのない声が響き渡った。
発生源は上。少し離れてから仰ぐと、自宅の屋根に立つ青年の後ろ姿が視界に映る。
即座に全村人を網羅した記憶台帳を辿ってみるが、似たシルエットも声の該当はない。
一体誰なのだろうと男を観察する。
見たところかなり奇抜だが、武装している事から冒険者なのだろう。
胴体に幾つもの金属の細帯を編み込んだ鎖帷子と腰の双剣から恐らくは剣士だ。
分析を続けるリモに、同じく昼餉の片付けを終え、畑に向かおうとしていた母の幼馴染みであるサキおばさんが心配そうに駆け寄ってきた。
「サキおばさん」
「リモちゃん、大丈夫?」
「サキちゃん、リモ坊!」
彼女に倣うように他のご近所さんも集い始め、五人目で漸く彼の素性が割れる。
「あの子、昨日やってきた冒険者じゃないかしら。村長が空き家を貸してたの見たわよ」
「でも何でリモちゃん家の屋根にいるの?」
「俺もちょっと解らないです」
もう一度、男を見る。
燃える焔のような深紅の髪が、太陽の光を浴びて更に輝いていた。
此方に背を向けている為、表情を窺い知る事は叶わないが、先程の物言いと高笑いからは一応剣呑なものは感じない。
「取り敢えず皆さんは男手を呼んできてください」
「リモちゃんは?」
「俺は……ここに残ります」
もし男が腰の物を抜いて襲ってきた場合、自分では母と妹を守れない。出来る事といえば意識を自分に引きつけて彼女達の隠れる時間を稼ぐだけ。
丁度玄関を出た妹に戻ってと隠れてのハンドサインを送り、冒険者の向いている方向へ、じりじりと足を動かす。
「忘れたのか。君の永遠のライバル、このオズ様を!」
尊大な口調のまま、気障ったらしく髪を掻き上げる。
見る限り、リモに気付いた様子はない。もしかしたら気付いているかもしれないが、只の村人であるリモにはそれを見極めるだけの目はなかった。
一歩、また一歩と家の裏手側に移動し、遮蔽物がなくなった刹那、目の端に武装した一団を見つけた。
数は四人。
中年二人に青年、少年のグループだ。
装備から察するに戦士、剣士、魔法使い。
きっとあの中の誰かがレオンハルトなる人物だろうが、彼はそれどころではなかった。
一般人から見れば冒険者は歩く暴力だ。
その暴力がもし乱闘を始めたら、村はただでは済まない。
リモの背筋に冷たいものが走る。
怖い。逃げたい。死にたくない。
恐怖を増大させるように嫌な考えが浮かんで消えない。
それでもリモは足に力を入れた。踏ん張るために。唾を飲み込み、一団を注視する。
まだ絶望するには早い。
彼等の中に一人でも話しの通じる相手がいれば争いは避けられる。
中年の戦士は呆れ顔、青年は優しげだが困ったように笑い、少年は……――形容しがたい、何か汚泥に足を突っ込んだような顔をしている。
彼がレオンハルトさんだろうか。
「忘れたのか。君の永遠のライバル、このオズ様を!」
紅髪の男、オズが居丈高に告げる。
それを見た俺は衝撃を隠せなかった。彼の容姿を確認した途端、思考が停止した。
鮮やかな深紅の髪に、猫を思わせる金目。
現代で近い言葉で表現するならヴィジュアル系。日本のロックバンド及びミュージシャンの様式の一つである。ある者の言では、化粧や服装等の視覚表現により世界観を構築するモノと語っている。またヴィジュアル系はビジュアル系・V系・V-ROCKともいう。
俺はオズから目が離せない。
突然の世界観崩壊に驚愕を隠せなかった訳ではないが、それ以上に驚いたのは男の容姿だ。
「(なんでお前、メジャーデビューの為に俺を捨てた元彼と同じ見た目してんだよ!)」
昔の事が脳裏を過る。
『なんで別れなきゃならないんだよ』
『だーかーらー、メジャーデビューするって言ってんだろ。ビッグになる俺様にお前は釣り合わねぇんだよ。安心しろ、手切れ金はたんまり払ってやっから』
『そういう事じゃない!』
『あ゛ぁ、どういう事だよ。つうか少し一緒にいた程度で一丁前にカノジョ面してんじゃねーよ。気持ちわりぃ』
大分最低な記憶だ。
侮蔑に顔を歪めた俺に、オズが気付く。
「あ゛? なに睨んでんだ。レオンハルトのお荷物の分際でよぉ」
口汚さにも殺意が湧いた。ぎりぎりと奥歯を噛み締め――目の前が暗くなった。
「仲間の、ユニへの侮辱は許さないよ、オズ」
俺を庇うようにレオが立つ。
その声は穏やかな彼には珍しい、敵意に満ちたものだった。
怒りに振り切れていた筈の俺の思考が彼方に飛び、代わりに胸のときめきがログインする。
落ち着け、ユニ!
「あ? 本当の事だろうがよぉ」
「……口を閉じろと言っている」
俺の纏う外套が風を受け、大きくはためく。次いでレオの周りから初めて感じる強者の威圧が放たれる。
すらりと抜いた鈍色の金属が妖しく光る。
同様にオズも双剣を構えた。
一触即発の空気に息が詰まる。
もはやいつ斬りあっても可笑しくない。
そう思われた時、
「はーい、そこまで!」
柏手のような弾ける音が辺りに木霊する。
「テメェら、ここ外じゃねぇんだからいい加減にしとけ」
仲裁に出たのはラムだった。
「しかし!」
「熱くなるナ。殺るなら他所でやレ」
「あ゛、逃げんのか?」
「はいはい。じゃあこういうのはどうだ。オレ等がこれからやる依頼で競って決める。まぁ自信がねぇなら別にすっけどよ」
ラムは挑発するようにオズを見上げる。
「あ゛、誰が自信がねぇって? いいじゃねえか、やってやんよ!」
「決まりだな。説明すっからいい加減、人様の家から降りてこい」
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