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10巻
10-2
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「そんな魔法、使えないだろう?」
「まあ、狭いダンジョンの中での大きな魔法は危ないけど、被害が出ないような魔法を使えば……」
ダンジョンは閉鎖された空間だ。炎の魔法を使いまくっても問題ないくらいには換気がされているようだが、それでも広さに限りがある。大魔法の余波を食らって、全滅などということも起こりかねない。
それを避けるために、攻撃魔法ではなく被害が出ない種類の魔法を使えばいいと思うのは、当然の考えだろう。しかし、今の問題はそこではない。
「だから! 違うって。さっき、性悪グリフォンが使えるのはリーダーの魔力だけって言ったろ? その逆で、性悪グリフォンの魔力を使い切るには、リーダーが魔法を使わないといけないんだよ! バカリーダーが、そんな大魔法を使えるわけないだろ!」
「あっ……」
コルネリアも、やっと状況を察した。
チェンジリングの魔法で身体と精神を入れ替えられた今。グリおじさんの膨大な魔力を使い切るには、ディートリヒが魔法を使うしかなかった。
しかし、魔法が苦手なディートリヒである。
普通の攻撃魔法すら、ほとんど使えない。せいぜい使えるのは、初歩と言って良い風の刃くらいのものだ。独自で魔法式を組むことも満足にできないのだから、大魔法など絶対に無理だ。
グリおじさんの膨大な魔力は、初歩の魔法をどんなに大量に放っても尽きることはない。自然回復の方が早い。
「大変じゃない‼」
「そうだよ! 最悪だ‼」
叫んだところでどうにもならないが、コルネリアに釣られてクリストフも大声で叫んだ。
性悪グリフォンの魔力を使い切らないとチェンジリングの魔法は解けないが、その魔力を使い切る手段がないのである。ダンジョンの中にいる限り、元に戻す手段がない最悪な状況だった。
それになにより、どうやらグリおじさんが今の状況を楽しんでいる雰囲気があるのが最悪だった。
「そ、そうよ! ルーとフィーに大人になってもらえば! ほら、塔の時みたいに!」
城塞迷宮の塔の中で戦った時、双子はグリおじさんの魔力を使って大人の姿になった。その時はグリおじさんの魔力を使い切っていたはずだ。
あの時のように、双子に魔力を使い切ってもらえば……。
「それは……無理だな」
「無理だぞ」
クリストフと、ディートリヒの身体を使っているグリおじさんの声が重なった。
クリストフも、双子に魔力を奪われて動けなくなったグリおじさんの姿は目にしている。当然のように、双子に魔力を使い切ってもらう発想は浮かんでいた。
「我らと繋がっている魔力回廊は、小僧の側で妖精王によって閉じられたままだ。ルーとフィーが我の魔力を使うことはできぬ」
ロアと従魔たちの繋がりが切られている現在、その方法は使えない。
双子がグリおじさんの魔力を使えたのは、あくまでロアを経由してのことだった。魔力を奪える道そのものがないのだから、どうすることもできない。
「…………」
コルネリアは黙り込む。深く眉間に皺を寄せて必死に考え込む。だが、そう簡単に良い方法を思いつくはずがなかった。
「なに、気にするな。いずれ我が元に戻す手段を考えてやろう! 寝坊助! いい加減に立ち上がれ‼」
「ヒュー……」
グリおじさん……の身体を使っているディートリヒは、まだ立ち上がることすらできずにいた。
身体の構造の違いから、力の入れ具合がよく分からないようだ。特に人間の身体にはない大きな翼をどう動かして良いのか分からず、身体が安定しない。何度か立ち上がろうとして転んでいた。
おかげで泥だらけだった身体が、さらに泥に塗れている。
「普段無意識にやっている行動……つまり、立ったり歩いたりは、下手に意識するとできなくなるぞ。身体が覚えていると言うであろう? 意識せず、身体が自然に動くのに任せるのだ。貴様の足りない考えが、我の身体の可憐な動きを邪魔しておる。脳筋なのだから下手に考えようとせず、身体が覚えている動きに任せよ」
「ピー……」
そう言われても……と言いたげな情けない顔で、グリおじさんはディートリヒを見つめた。最も、中身は逆なのだが。
「その内に慣れるであろう。身体に慣れた後は、我の膨大な魔力を使って魔法を使う鍛錬をせよ。なに、我の種族的な特性は風の魔法。貴様も風の魔法の適性があり相性がいい。我が意識せず使っている魔法は高度だからな、身体が覚えている無意識の魔法が馴染めば、元に戻っても多少は使えるようになるであろう」
「羨ましい……」
グリおじさんの言葉を追うようにポツリと呟いたのは、ベルンハルトだ。
グリフォンの膨大な魔力と、魔法に適した肉体を利用した魔法訓練。魔術師としては喉から手が出るどころか、内臓全てから手が出て来そうなほど羨む状況だろう。煮えたぎるような嫉妬の視線をグリおじさんの身体に向けた。
「貴様の身体は、我が面倒を見てやる。貴様の無様な剣筋も修正して身体に叩き込んでおいてやる。魔力制御も無意識の部分が大きいからな、そちらも鍛えてやる。総魔力量も、増やせる限界まで増やしておいてやるぞ。元に戻るのを楽しみにしておけ」
「ピー……」
グリおじさんの身体のディートリヒは、不安げに鳴いた。自分の身体を性悪グリフォンに好き勝手にされるのだから、不安で仕方ないだろう。
「そうだ!」
不意に考え込んでいたコルネリアが声を上げた。やけに嬉しそうだ。
「グリーダー! グリーダーっていうのはどうかしら?」
「……何がだよ?」
話が見えない。クリストフは聞いたことがない単語に首を傾げた。
「呼び名よ、呼び名。見た目がリーダーで中身がグリおじさんなんだから、どう呼んでいいの分からないでしょう? だから、グリーダー‼」
「ああ……グリおじさんの『グリ』に、『リーダー』で『グリーダー』か……」
クリストフが遠い目で宙を仰ぎ見る。必死に魔力を使い切る手段を考えているように見えたコルネリアは、すでに別のことを考えていたらしい。
難問の回答が見つからず、現時点で役に立ちそうなことを考えることにしたようだ。難問から逃げたとも、開き直ったとも言う。
最近のコルネリアはリーダーの悪い影響を受けている気がする。いや、元からか? ……と、考えながらも、まあ複雑な状況なのだから今までとは別に呼び名は必要だろうと、クリストフは受け入れた。
「良かろう! しばらくは我をその名で呼ぶのを許そう!」
中身がグリおじさんなディートリヒこと、『グリーダー』が偉そうに宣言した。
「じゃあ、コルネリア。こっちはどうする?」
クリストフがグリおじさんの身体を指差す。何とか立ち上がろうとして、ヨタヨタとふら付いている。実に情けない姿だ。
「うーん……バカグリフォン……?」
「よかろう!」
「妥当かな」
「……」
「ヒューイ! ヒューーーー‼」
若干一名から激しい鳴き声が上がるが、ちゃんと言葉になっていないものは反対意見として認められない。
こうして、入れ替わったグリおじさんとディートリヒの、一時的な名前が決まったのだった。
冒険者ギルドのアダド本部は、一見平穏な日常が保たれていた。
だが、どんなに平穏に見えようが、騒動の種はどこにでも転がっているものだ。今回の場合、それはギルドマスターの部屋の中にあった。
この国の『本部』は、他国で言う『本部』とは意味合いが違っている。
アダド最古のギルドであり、他の街の相談役をしていた過去の名残……慣例として『本部』と呼ぶことが許されていたが、実質的には、現在は地下大迷宮の管理のための冒険者ギルドに過ぎない。
アダド帝国全体のギルドを統括管理している、つまり本来の意味での本部は、アダド帝国統括管理本部という名で、帝都の別の場所で運営されている。そちらは区別のために『統括本部』や『統括』と呼ばれていた。
「マム。御用ですか?」
そのアダド本部のギルドマスターの部屋の扉を叩き、一人の男が呼びかけた。
男の名はスティード。このアダド本部の副長である。彼は叩き上げの人間であり、引退して冒険者ギルドに勤めるようになるまでは上位の冒険者だった。
髪に白いものが混ざる初老に差しかかかった年齢だが、筋肉に覆われた身体に衰えは見えず、まだ現役でも通じそうな見た目をしていた。
「入りな!」
間もなく部屋の中から鋭い女性の声が掛かる。スティードが呼びかけた「マム」は母親ではなく女主人のことであり、この部屋の持ち主のことを指していた。答えた声の主は、もちろん部屋の主であるギルドマスターだ。
「失礼しま……」
スティードがドアを開けると同時に中を見て息を呑む。
「……失礼しましたぁ……」
そして、ゆっくりとドアを閉めて立ち去ろうとした。部屋の中に、彼にとって災難の元凶と言って良いものを見てしまったから。
「なに帰ろうとしてるんだい? さっさと中へお入り!」
「……へぇ……」
ドアを半ばまで閉めた時点で呼び止められ、仕方がなしにスティードは部屋の中へと入った。
中にいたのは女性が一人。ふくよかな体形をしており、長い髪を後頭部で丸く一纏めにしている。女性ギルドマスターを指す「マム」の呼びかけが「お母さん」や「おっかさん」の意味と勘違いされそうな見た目だ。
彼女がこのアダド本部のギルドマスターだった。
そして、部屋の中には彼女以外にもう一匹……。それはギルドマスターの執務机の上に座っていた。
「あんたにも読んでおいて欲しくて、呼んだんだよ」
「きゅい!」
もう一匹は片腕を挙げて、スティードに向かって挨拶をする。その姿を見て、スティードの大きく見開かれた目に涙が浮かんだ。
「オレはもう、ギルドマスターじゃないんで! 無関係‼ フィクサーの命令なんて、関わりたくない‼」
スティードは叫んだ。しっかりとドアを閉め、外に音が漏れないようにしてから叫んだのは、わずかに残った理性が働いたのだろう。叫びの内容は、冒険者ギルドの機密に触れている。もし他の職員に聞かれれば、大騒ぎになりかねない。
彼が見つめる先にいるのは、可憐小竜。
小さなポシェットと郵便配達員のような固い布地の帽子を身に着けた、濃いオレンジ色の猫くらいの大きさのドラゴンだ。
その名を、ブルトカール君と言う。
スティードとは顔見知りで、いつも彼が聞きたくもない話を持ち込んでくる存在である。
聞きたくもない話とは具体的に言うと、黒幕と呼ばれる、決して表には出てこないものの冒険者ギルドを影から操っている絶対的な権力者の命令のことだ。
ブルトカール君は、その黒幕の従魔であり、連絡員だった。
「きゅい?」
叫んだスティードに向かって、首を傾げる。どうしたの? と言いたげな心配そうな視線だった。
「いや、ブルトカール君に不満があるわけじゃない……」
穢れのない視線を向けられ、スティードは思わず言い訳をしてしまった。
「きゅい?」
「いや、その……」
だったらどうして嫌がるの? ……と、言いたげな視線をブルトカール君に向けられ、スティードは返す言葉が思い浮かばず言い淀んだ。
「大の男が情けないねぇ。それでもギルドマスターをやってた人間かい?」
「ギルドマスターをやってたから、フィクサーの手紙なんて見たくないんだよ! オレの知らないところでやってくれ! もう二度と関わりたくない‼」
「あんたがやらかしてペルデュ王国本部で飼い殺しにされてたのを、昔のよしみで助けてやったってのに、薄情だねぇ」
「それは……」
ギルドマスターはニッコリと微笑む。
ふくよかで柔らかそうな頬に押し上げられ、細くなった目。それは笑みの形に歪んでいたが、その奥の瞳はまったく笑っておらず、威圧的な視線を放っていた。
「こんなこと相談できる相手なんて滅多にいないんだ。ちょっとは恩を返してくれてもいいと思うんだけどね?」
「…………はい。マム……」
苦渋の決断なのだろう。涙目のスティードは奥歯を噛み締め、震えるほど固く拳を握りしめながら、了承の言葉を吐き出した。
先の言葉の通り、彼は元々他の街のギルドマスターだった。それもアダド帝国ではない、隣国のペルデュ王国の、アマダン伯領のギルドマスターだ。
そんな彼がなぜ、アダドで副長をやっているのかと言えば、ギルドマスター時代に不祥事を引き起こしたからである。
彼はアマダン伯領の権力者や部下の言葉に従って、よく考えもせずに冒険者に指示を出した。
その結果、他の者たちが行った不祥事の煽りを受け、黒幕の怒りを買う結果となった。降格や減俸はなかったものの、ペルデュ王国のギルド本部に異動させられ、飼い殺しの状態になった。
異動してからの彼の仕事は、メモ用紙を作ることだったらしい。
来る日も来る日も、ひたすら同じ大きさに紙を切り揃えるだけ。裁断機も使わせてもらえず、ハサミでずっと紙を切る。歪まないように紙を見つめ、ひたすらハサミを動かす。最終的には精神に変調をきたし、白い紙が黄色や紫など様々な色に見えてきたそうだ……。
その状態に耐え切れなくなり、彼は昔の縁を頼って、アダド本部のギルドマスターに助けを求めた。
すると彼女は手を尽くして彼を引き抜き、何とか今のサブマスターの仕事に就かせてくれたのである。
ギルドマスターからサブマスターになるのは表面上は降格だが、国をまたいでの異動となると一つ下の役職からやり直すのはよくあることなので、この国の人間は誰も気に留めていない。
しかも、アマダン伯領と比べれば、地下大迷宮を管理しているこのギルドは格上となる。なにせ、前任地ではサブマスターの役職もなく、ギルドマスターの下は各部門の主任たちとなっていた。そのことから考えても、規模の違いが分かるだろう。
そんな格上のギルドに行くのだから、役職が下がるのも当然とも言えた。おかげで、ここのギルドでは、彼が以前不祥事を起こしたことを察する者もおらず、平和に暮らせている。
そんな大きな恩があるギルドマスターに、スティードが逆らえるはずもなかった。
「それでなんだが、これを読んで意見を聞かせてもらえるかい? 理解し難い内容で困ってるんだよ」
「……はい」
スティードは差し出された手紙を嫌そうに指先だけで摘まむと、広げて目を通した。
「……小熊の周りで起こることは全て無視しろ……何ですか? これは?」
読んでから、苦い薬を飲んだような微妙な表情をギルドマスターに向けた。
「読んだ通りだよ。小熊というのは、最近ネレウスからやって来た冒険者パーティーのことだろうね」
「ああ、黒い全身鎧を着て、剣聖ゲルトの隠し子という触れ込みでやって来た、怪しげな男のパーティーか。そういや、名前が小熊ちゃんだったか……」
スティードは最近この街にやって来た、見るからに怪しげなAランクの冒険者パーティーのことを思い浮かべた。
この世界には大陸が一つしかなく、大陸の言語は統一されている。千年ほど前に統一されたらしいが、それまで各地で使われていた言語は古語として扱われるようになっている。
古語を使う機会はあまりないが、一部の例外もある。
その例外の中で最たるものが、名前だ。伝統的な名前は古語を由来としているものが多く、自然と古語が残ることになったのだ。
そして、小熊ちゃんという名も古語であり、ある程度の知識を持っている者であれば意味を理解できる程度には馴染みがあった。
「あのパーティーは全員が正式な偽造ギルド証を持ってたからね、元々手出しできないんだけどねぇ」
「そうだよなぁ」
正式な偽造ギルド証。冒険者ギルドが正式に認め、身分を偽るために作られたギルド証である。
矛盾している存在だが、冒険者ギルドの業務をやっていると時々それを持った人間が現れる。
そんな物を発行できる権力者は限られているため、冒険者ギルド職員たちは気付いても見なかったことにすると同時に、関わらないようにするのが慣例になっていた。
「ああ、そうか!」
ふと、何かを思いついたようにスティードが声を上げた。
「今日、うちの勇者パーティーが慌ててダンジョンに入っていったんだよ。様子がおかしかったから調べたら、どこかから初心者イジメを依頼されたらしくてな」
「なるほどねぇ、初心者イジメねぇ」
スティードの言葉に、事情を察したらしいギルドマスターはため息を漏らした。
「うちの勇者パーティー」というのはもちろん、アダドの勇者パーティーであり、男一人に女性が複数というハーレムパーティーのことだ。彼らはアダドの有名人であり、挙動は常に監視されていた。
勇者パーティーはいわゆる各国の冒険者ギルドの象徴のようなもので、実力だけで選ばれるわけではない。将来性や、話題性、見た目の良さも選考理由に含まれている。
だが、決して実力がないわけではない。勇者パーティーと言われるだけの最低限の実力は持っていた。
そんな勇者パーティーに依頼をしてイジメさせるほどの、実力を持つ『初心者』となると、一気に数は絞られる。
他国ではそれなりの経験を持っているが、この街のダンジョンでは初心者として扱われる者たちだ。
つまるところ、勇者パーティーは、あの小熊ちゃんという名の剣聖の隠し子がいるAランクの冒険者パーティーを狙うように依頼を受けたのだろう。
そして初心者イジメと言葉を濁しているが、実際は初心者狩り……要するにダンジョン内での殺人依頼だったに違いない。
「あの子たち、まだそんな後ろ暗い依頼を受けてるのかい」
「今までの柵ってやつだろうな。勇者パーティーになるために、色々なところから援助を受けてたようだから仕方ないんだろう」
「いいように使われてるねぇ」
ダンジョン内での殺人は、余程の事情がない限り、冒険者ギルドも黙認するのが通例となっていた。
実力の足りない冒険者が殺されても、ある意味自業自得。そもそも、冒険者は命のやり取りをする仕事だ。生き死に一つに大騒ぎをしていてはギルドを運営できない。
それに、ダンジョンで死亡すれば、証拠どころか死体までいつの間にかキレイに処理されてしまい何も残らないのだから、調査のしようがない。人を秘密裏に処分するには、ダンジョンは最適の場所であった。
「それじゃ、この手紙の内容は、小熊が命を狙われても傍観して手出しするなという意味ってことかい?」
「たぶんな」
「剣聖の隠し子ねぇ。ネレウスの剣聖はこの国にもファンは多いけど、恨まれてもいるからね。おおよそ心の狭い連中の逆恨みだろうね。隠し子さんも大変だねぇ」
同情しているように言っているが、ギルドマスターの表情に憂いはない。まるで世間話のように言葉を続けた。
「でも、その程度のことで、わざわざフィクサーが手紙を寄越してくるかね?」
ギルドマスターが疑問を口にした瞬間。トントンと、ノックの音が響いた。
ギルドマスターとスティードは同時に周囲を見渡す。一般職員から隠さないといけない者がいたはずだからだ。
だが、その者……黒幕の連絡員である可憐小竜のブルトカール君の姿は消えていた。
いつの間にいなくなったのか? ブルトカール君は神出鬼没なため、いつも誰にも気付かれずに現れ、姿を消す。
「入りな」
とにかく、一般職員に見られてはいけない者がいなくなってくれたことに安心し、ギルドマスターは答えて返した。
「失礼します」
入って来たのは、受付主任の女性だった。
「あ、サブマスもこちらにおられたんですね。助かります」
受付主任はスティードのことも探していたらしい。ドアを開けてから彼の姿を見て、ホッと息を吐いた。
「何かあったのかい?」
「実は、複数の冒険者から聞き捨てならない報告が上がってきたので、お知らせしようと思いまして」
「聞き捨てならない報告? なんだい?」
受付主任の思わせぶりな言葉に、ギルドマスターは眉を跳ね上げた。
「まあ、狭いダンジョンの中での大きな魔法は危ないけど、被害が出ないような魔法を使えば……」
ダンジョンは閉鎖された空間だ。炎の魔法を使いまくっても問題ないくらいには換気がされているようだが、それでも広さに限りがある。大魔法の余波を食らって、全滅などということも起こりかねない。
それを避けるために、攻撃魔法ではなく被害が出ない種類の魔法を使えばいいと思うのは、当然の考えだろう。しかし、今の問題はそこではない。
「だから! 違うって。さっき、性悪グリフォンが使えるのはリーダーの魔力だけって言ったろ? その逆で、性悪グリフォンの魔力を使い切るには、リーダーが魔法を使わないといけないんだよ! バカリーダーが、そんな大魔法を使えるわけないだろ!」
「あっ……」
コルネリアも、やっと状況を察した。
チェンジリングの魔法で身体と精神を入れ替えられた今。グリおじさんの膨大な魔力を使い切るには、ディートリヒが魔法を使うしかなかった。
しかし、魔法が苦手なディートリヒである。
普通の攻撃魔法すら、ほとんど使えない。せいぜい使えるのは、初歩と言って良い風の刃くらいのものだ。独自で魔法式を組むことも満足にできないのだから、大魔法など絶対に無理だ。
グリおじさんの膨大な魔力は、初歩の魔法をどんなに大量に放っても尽きることはない。自然回復の方が早い。
「大変じゃない‼」
「そうだよ! 最悪だ‼」
叫んだところでどうにもならないが、コルネリアに釣られてクリストフも大声で叫んだ。
性悪グリフォンの魔力を使い切らないとチェンジリングの魔法は解けないが、その魔力を使い切る手段がないのである。ダンジョンの中にいる限り、元に戻す手段がない最悪な状況だった。
それになにより、どうやらグリおじさんが今の状況を楽しんでいる雰囲気があるのが最悪だった。
「そ、そうよ! ルーとフィーに大人になってもらえば! ほら、塔の時みたいに!」
城塞迷宮の塔の中で戦った時、双子はグリおじさんの魔力を使って大人の姿になった。その時はグリおじさんの魔力を使い切っていたはずだ。
あの時のように、双子に魔力を使い切ってもらえば……。
「それは……無理だな」
「無理だぞ」
クリストフと、ディートリヒの身体を使っているグリおじさんの声が重なった。
クリストフも、双子に魔力を奪われて動けなくなったグリおじさんの姿は目にしている。当然のように、双子に魔力を使い切ってもらう発想は浮かんでいた。
「我らと繋がっている魔力回廊は、小僧の側で妖精王によって閉じられたままだ。ルーとフィーが我の魔力を使うことはできぬ」
ロアと従魔たちの繋がりが切られている現在、その方法は使えない。
双子がグリおじさんの魔力を使えたのは、あくまでロアを経由してのことだった。魔力を奪える道そのものがないのだから、どうすることもできない。
「…………」
コルネリアは黙り込む。深く眉間に皺を寄せて必死に考え込む。だが、そう簡単に良い方法を思いつくはずがなかった。
「なに、気にするな。いずれ我が元に戻す手段を考えてやろう! 寝坊助! いい加減に立ち上がれ‼」
「ヒュー……」
グリおじさん……の身体を使っているディートリヒは、まだ立ち上がることすらできずにいた。
身体の構造の違いから、力の入れ具合がよく分からないようだ。特に人間の身体にはない大きな翼をどう動かして良いのか分からず、身体が安定しない。何度か立ち上がろうとして転んでいた。
おかげで泥だらけだった身体が、さらに泥に塗れている。
「普段無意識にやっている行動……つまり、立ったり歩いたりは、下手に意識するとできなくなるぞ。身体が覚えていると言うであろう? 意識せず、身体が自然に動くのに任せるのだ。貴様の足りない考えが、我の身体の可憐な動きを邪魔しておる。脳筋なのだから下手に考えようとせず、身体が覚えている動きに任せよ」
「ピー……」
そう言われても……と言いたげな情けない顔で、グリおじさんはディートリヒを見つめた。最も、中身は逆なのだが。
「その内に慣れるであろう。身体に慣れた後は、我の膨大な魔力を使って魔法を使う鍛錬をせよ。なに、我の種族的な特性は風の魔法。貴様も風の魔法の適性があり相性がいい。我が意識せず使っている魔法は高度だからな、身体が覚えている無意識の魔法が馴染めば、元に戻っても多少は使えるようになるであろう」
「羨ましい……」
グリおじさんの言葉を追うようにポツリと呟いたのは、ベルンハルトだ。
グリフォンの膨大な魔力と、魔法に適した肉体を利用した魔法訓練。魔術師としては喉から手が出るどころか、内臓全てから手が出て来そうなほど羨む状況だろう。煮えたぎるような嫉妬の視線をグリおじさんの身体に向けた。
「貴様の身体は、我が面倒を見てやる。貴様の無様な剣筋も修正して身体に叩き込んでおいてやる。魔力制御も無意識の部分が大きいからな、そちらも鍛えてやる。総魔力量も、増やせる限界まで増やしておいてやるぞ。元に戻るのを楽しみにしておけ」
「ピー……」
グリおじさんの身体のディートリヒは、不安げに鳴いた。自分の身体を性悪グリフォンに好き勝手にされるのだから、不安で仕方ないだろう。
「そうだ!」
不意に考え込んでいたコルネリアが声を上げた。やけに嬉しそうだ。
「グリーダー! グリーダーっていうのはどうかしら?」
「……何がだよ?」
話が見えない。クリストフは聞いたことがない単語に首を傾げた。
「呼び名よ、呼び名。見た目がリーダーで中身がグリおじさんなんだから、どう呼んでいいの分からないでしょう? だから、グリーダー‼」
「ああ……グリおじさんの『グリ』に、『リーダー』で『グリーダー』か……」
クリストフが遠い目で宙を仰ぎ見る。必死に魔力を使い切る手段を考えているように見えたコルネリアは、すでに別のことを考えていたらしい。
難問の回答が見つからず、現時点で役に立ちそうなことを考えることにしたようだ。難問から逃げたとも、開き直ったとも言う。
最近のコルネリアはリーダーの悪い影響を受けている気がする。いや、元からか? ……と、考えながらも、まあ複雑な状況なのだから今までとは別に呼び名は必要だろうと、クリストフは受け入れた。
「良かろう! しばらくは我をその名で呼ぶのを許そう!」
中身がグリおじさんなディートリヒこと、『グリーダー』が偉そうに宣言した。
「じゃあ、コルネリア。こっちはどうする?」
クリストフがグリおじさんの身体を指差す。何とか立ち上がろうとして、ヨタヨタとふら付いている。実に情けない姿だ。
「うーん……バカグリフォン……?」
「よかろう!」
「妥当かな」
「……」
「ヒューイ! ヒューーーー‼」
若干一名から激しい鳴き声が上がるが、ちゃんと言葉になっていないものは反対意見として認められない。
こうして、入れ替わったグリおじさんとディートリヒの、一時的な名前が決まったのだった。
冒険者ギルドのアダド本部は、一見平穏な日常が保たれていた。
だが、どんなに平穏に見えようが、騒動の種はどこにでも転がっているものだ。今回の場合、それはギルドマスターの部屋の中にあった。
この国の『本部』は、他国で言う『本部』とは意味合いが違っている。
アダド最古のギルドであり、他の街の相談役をしていた過去の名残……慣例として『本部』と呼ぶことが許されていたが、実質的には、現在は地下大迷宮の管理のための冒険者ギルドに過ぎない。
アダド帝国全体のギルドを統括管理している、つまり本来の意味での本部は、アダド帝国統括管理本部という名で、帝都の別の場所で運営されている。そちらは区別のために『統括本部』や『統括』と呼ばれていた。
「マム。御用ですか?」
そのアダド本部のギルドマスターの部屋の扉を叩き、一人の男が呼びかけた。
男の名はスティード。このアダド本部の副長である。彼は叩き上げの人間であり、引退して冒険者ギルドに勤めるようになるまでは上位の冒険者だった。
髪に白いものが混ざる初老に差しかかかった年齢だが、筋肉に覆われた身体に衰えは見えず、まだ現役でも通じそうな見た目をしていた。
「入りな!」
間もなく部屋の中から鋭い女性の声が掛かる。スティードが呼びかけた「マム」は母親ではなく女主人のことであり、この部屋の持ち主のことを指していた。答えた声の主は、もちろん部屋の主であるギルドマスターだ。
「失礼しま……」
スティードがドアを開けると同時に中を見て息を呑む。
「……失礼しましたぁ……」
そして、ゆっくりとドアを閉めて立ち去ろうとした。部屋の中に、彼にとって災難の元凶と言って良いものを見てしまったから。
「なに帰ろうとしてるんだい? さっさと中へお入り!」
「……へぇ……」
ドアを半ばまで閉めた時点で呼び止められ、仕方がなしにスティードは部屋の中へと入った。
中にいたのは女性が一人。ふくよかな体形をしており、長い髪を後頭部で丸く一纏めにしている。女性ギルドマスターを指す「マム」の呼びかけが「お母さん」や「おっかさん」の意味と勘違いされそうな見た目だ。
彼女がこのアダド本部のギルドマスターだった。
そして、部屋の中には彼女以外にもう一匹……。それはギルドマスターの執務机の上に座っていた。
「あんたにも読んでおいて欲しくて、呼んだんだよ」
「きゅい!」
もう一匹は片腕を挙げて、スティードに向かって挨拶をする。その姿を見て、スティードの大きく見開かれた目に涙が浮かんだ。
「オレはもう、ギルドマスターじゃないんで! 無関係‼ フィクサーの命令なんて、関わりたくない‼」
スティードは叫んだ。しっかりとドアを閉め、外に音が漏れないようにしてから叫んだのは、わずかに残った理性が働いたのだろう。叫びの内容は、冒険者ギルドの機密に触れている。もし他の職員に聞かれれば、大騒ぎになりかねない。
彼が見つめる先にいるのは、可憐小竜。
小さなポシェットと郵便配達員のような固い布地の帽子を身に着けた、濃いオレンジ色の猫くらいの大きさのドラゴンだ。
その名を、ブルトカール君と言う。
スティードとは顔見知りで、いつも彼が聞きたくもない話を持ち込んでくる存在である。
聞きたくもない話とは具体的に言うと、黒幕と呼ばれる、決して表には出てこないものの冒険者ギルドを影から操っている絶対的な権力者の命令のことだ。
ブルトカール君は、その黒幕の従魔であり、連絡員だった。
「きゅい?」
叫んだスティードに向かって、首を傾げる。どうしたの? と言いたげな心配そうな視線だった。
「いや、ブルトカール君に不満があるわけじゃない……」
穢れのない視線を向けられ、スティードは思わず言い訳をしてしまった。
「きゅい?」
「いや、その……」
だったらどうして嫌がるの? ……と、言いたげな視線をブルトカール君に向けられ、スティードは返す言葉が思い浮かばず言い淀んだ。
「大の男が情けないねぇ。それでもギルドマスターをやってた人間かい?」
「ギルドマスターをやってたから、フィクサーの手紙なんて見たくないんだよ! オレの知らないところでやってくれ! もう二度と関わりたくない‼」
「あんたがやらかしてペルデュ王国本部で飼い殺しにされてたのを、昔のよしみで助けてやったってのに、薄情だねぇ」
「それは……」
ギルドマスターはニッコリと微笑む。
ふくよかで柔らかそうな頬に押し上げられ、細くなった目。それは笑みの形に歪んでいたが、その奥の瞳はまったく笑っておらず、威圧的な視線を放っていた。
「こんなこと相談できる相手なんて滅多にいないんだ。ちょっとは恩を返してくれてもいいと思うんだけどね?」
「…………はい。マム……」
苦渋の決断なのだろう。涙目のスティードは奥歯を噛み締め、震えるほど固く拳を握りしめながら、了承の言葉を吐き出した。
先の言葉の通り、彼は元々他の街のギルドマスターだった。それもアダド帝国ではない、隣国のペルデュ王国の、アマダン伯領のギルドマスターだ。
そんな彼がなぜ、アダドで副長をやっているのかと言えば、ギルドマスター時代に不祥事を引き起こしたからである。
彼はアマダン伯領の権力者や部下の言葉に従って、よく考えもせずに冒険者に指示を出した。
その結果、他の者たちが行った不祥事の煽りを受け、黒幕の怒りを買う結果となった。降格や減俸はなかったものの、ペルデュ王国のギルド本部に異動させられ、飼い殺しの状態になった。
異動してからの彼の仕事は、メモ用紙を作ることだったらしい。
来る日も来る日も、ひたすら同じ大きさに紙を切り揃えるだけ。裁断機も使わせてもらえず、ハサミでずっと紙を切る。歪まないように紙を見つめ、ひたすらハサミを動かす。最終的には精神に変調をきたし、白い紙が黄色や紫など様々な色に見えてきたそうだ……。
その状態に耐え切れなくなり、彼は昔の縁を頼って、アダド本部のギルドマスターに助けを求めた。
すると彼女は手を尽くして彼を引き抜き、何とか今のサブマスターの仕事に就かせてくれたのである。
ギルドマスターからサブマスターになるのは表面上は降格だが、国をまたいでの異動となると一つ下の役職からやり直すのはよくあることなので、この国の人間は誰も気に留めていない。
しかも、アマダン伯領と比べれば、地下大迷宮を管理しているこのギルドは格上となる。なにせ、前任地ではサブマスターの役職もなく、ギルドマスターの下は各部門の主任たちとなっていた。そのことから考えても、規模の違いが分かるだろう。
そんな格上のギルドに行くのだから、役職が下がるのも当然とも言えた。おかげで、ここのギルドでは、彼が以前不祥事を起こしたことを察する者もおらず、平和に暮らせている。
そんな大きな恩があるギルドマスターに、スティードが逆らえるはずもなかった。
「それでなんだが、これを読んで意見を聞かせてもらえるかい? 理解し難い内容で困ってるんだよ」
「……はい」
スティードは差し出された手紙を嫌そうに指先だけで摘まむと、広げて目を通した。
「……小熊の周りで起こることは全て無視しろ……何ですか? これは?」
読んでから、苦い薬を飲んだような微妙な表情をギルドマスターに向けた。
「読んだ通りだよ。小熊というのは、最近ネレウスからやって来た冒険者パーティーのことだろうね」
「ああ、黒い全身鎧を着て、剣聖ゲルトの隠し子という触れ込みでやって来た、怪しげな男のパーティーか。そういや、名前が小熊ちゃんだったか……」
スティードは最近この街にやって来た、見るからに怪しげなAランクの冒険者パーティーのことを思い浮かべた。
この世界には大陸が一つしかなく、大陸の言語は統一されている。千年ほど前に統一されたらしいが、それまで各地で使われていた言語は古語として扱われるようになっている。
古語を使う機会はあまりないが、一部の例外もある。
その例外の中で最たるものが、名前だ。伝統的な名前は古語を由来としているものが多く、自然と古語が残ることになったのだ。
そして、小熊ちゃんという名も古語であり、ある程度の知識を持っている者であれば意味を理解できる程度には馴染みがあった。
「あのパーティーは全員が正式な偽造ギルド証を持ってたからね、元々手出しできないんだけどねぇ」
「そうだよなぁ」
正式な偽造ギルド証。冒険者ギルドが正式に認め、身分を偽るために作られたギルド証である。
矛盾している存在だが、冒険者ギルドの業務をやっていると時々それを持った人間が現れる。
そんな物を発行できる権力者は限られているため、冒険者ギルド職員たちは気付いても見なかったことにすると同時に、関わらないようにするのが慣例になっていた。
「ああ、そうか!」
ふと、何かを思いついたようにスティードが声を上げた。
「今日、うちの勇者パーティーが慌ててダンジョンに入っていったんだよ。様子がおかしかったから調べたら、どこかから初心者イジメを依頼されたらしくてな」
「なるほどねぇ、初心者イジメねぇ」
スティードの言葉に、事情を察したらしいギルドマスターはため息を漏らした。
「うちの勇者パーティー」というのはもちろん、アダドの勇者パーティーであり、男一人に女性が複数というハーレムパーティーのことだ。彼らはアダドの有名人であり、挙動は常に監視されていた。
勇者パーティーはいわゆる各国の冒険者ギルドの象徴のようなもので、実力だけで選ばれるわけではない。将来性や、話題性、見た目の良さも選考理由に含まれている。
だが、決して実力がないわけではない。勇者パーティーと言われるだけの最低限の実力は持っていた。
そんな勇者パーティーに依頼をしてイジメさせるほどの、実力を持つ『初心者』となると、一気に数は絞られる。
他国ではそれなりの経験を持っているが、この街のダンジョンでは初心者として扱われる者たちだ。
つまるところ、勇者パーティーは、あの小熊ちゃんという名の剣聖の隠し子がいるAランクの冒険者パーティーを狙うように依頼を受けたのだろう。
そして初心者イジメと言葉を濁しているが、実際は初心者狩り……要するにダンジョン内での殺人依頼だったに違いない。
「あの子たち、まだそんな後ろ暗い依頼を受けてるのかい」
「今までの柵ってやつだろうな。勇者パーティーになるために、色々なところから援助を受けてたようだから仕方ないんだろう」
「いいように使われてるねぇ」
ダンジョン内での殺人は、余程の事情がない限り、冒険者ギルドも黙認するのが通例となっていた。
実力の足りない冒険者が殺されても、ある意味自業自得。そもそも、冒険者は命のやり取りをする仕事だ。生き死に一つに大騒ぎをしていてはギルドを運営できない。
それに、ダンジョンで死亡すれば、証拠どころか死体までいつの間にかキレイに処理されてしまい何も残らないのだから、調査のしようがない。人を秘密裏に処分するには、ダンジョンは最適の場所であった。
「それじゃ、この手紙の内容は、小熊が命を狙われても傍観して手出しするなという意味ってことかい?」
「たぶんな」
「剣聖の隠し子ねぇ。ネレウスの剣聖はこの国にもファンは多いけど、恨まれてもいるからね。おおよそ心の狭い連中の逆恨みだろうね。隠し子さんも大変だねぇ」
同情しているように言っているが、ギルドマスターの表情に憂いはない。まるで世間話のように言葉を続けた。
「でも、その程度のことで、わざわざフィクサーが手紙を寄越してくるかね?」
ギルドマスターが疑問を口にした瞬間。トントンと、ノックの音が響いた。
ギルドマスターとスティードは同時に周囲を見渡す。一般職員から隠さないといけない者がいたはずだからだ。
だが、その者……黒幕の連絡員である可憐小竜のブルトカール君の姿は消えていた。
いつの間にいなくなったのか? ブルトカール君は神出鬼没なため、いつも誰にも気付かれずに現れ、姿を消す。
「入りな」
とにかく、一般職員に見られてはいけない者がいなくなってくれたことに安心し、ギルドマスターは答えて返した。
「失礼します」
入って来たのは、受付主任の女性だった。
「あ、サブマスもこちらにおられたんですね。助かります」
受付主任はスティードのことも探していたらしい。ドアを開けてから彼の姿を見て、ホッと息を吐いた。
「何かあったのかい?」
「実は、複数の冒険者から聞き捨てならない報告が上がってきたので、お知らせしようと思いまして」
「聞き捨てならない報告? なんだい?」
受付主任の思わせぶりな言葉に、ギルドマスターは眉を跳ね上げた。
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