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3巻
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しおりを挟む第九話 新しい旅の前に
ペルデュ王国王都にある、冒険者ギルド・ペルデュ王国本部内、大会議室。
そこに十数人の人間が円卓に集い、話し合っていた。
老人が大半だが、中にはまだ初老と言っても良い人間も混ざっている。彼らは王国の冒険者ギルドを運営している重鎮たちだ。
「だから、どうすればいいと言うのだ!」
大会議室に怒号が響いた。
昼過ぎから始められた会議は難航し、すでに夕刻に差し掛かろうとしていた。
議題は『勇者パーティー壊滅の後始末』。
今から一カ月ほど前に、今年選出されたばかりの勇者パーティー『暁の光』の壊滅が報告され、調査を経てやっと議題に上がってきたのだった。
大量のゴーレムとの戦闘で暁の光の大半は死亡、生き残った者たちも再起不能となったのだが、それだけであれば問題はなかった。勇者パーティーに選出され、すぐにそのパーティーが壊滅した例は過去にもあったからだ。
そもそも、冒険者などいつ活動できなくなるか分からない商売なのだ。壊滅だけなら気にするほどのことではない。
しかし、今回は話が大きく違っている。
暁の光が従えていた従魔たちが問題だった。
鷲頭獅子と双子の魔狼。
特にグリフォンは暁の光の最強の戦力であり、冒険者ギルドが彼らを勇者パーティーに選出した最大の理由でもあった。
暁の光自体の評価は、今まで勇者パーティーに選ばれた他のパーティーに比べて低かった。しかし、高位の魔獣のグリフォンを従魔にしているということは注目を浴びやすく、冒険者ギルドとしても宣伝効果が高いと判断して、評価を水増しして勇者パーティーに選んだのだ。
ところが、そのグリフォンと双子の魔狼が、『従属の首輪』が外れた状態で暁の光から逃げ出したという。壊滅前か壊滅後かは判明していないが、この事実がすでに問題だった。
冒険者が従魔を従属させるのに使っている従属の首輪には安全措置が施されている。
従属させたい魔獣が、首輪にこめられた精神操作の魔法を受け入れない場合は、首輪自体が弾かれて装着できない。
従魔化に失敗した時に、すぐに討伐に切り替えられるように、目に見える形で分かるようになっているのである。
次に、たとえ従魔師の指示があったとしても、従魔自身が従属の首輪を外すことはできなくなっている。外せるのは従魔師か、従魔師が世話役として登録した人物だけだ。それ以外の者が外そうとしても、従属の首輪は外れない設定になっていた。
さらに、外す権利がある者たちであっても、従属の首輪と同じ効果を持つ『従属の結界』の影響下でしか外せない。これは、外した時に暴れたり、逃亡したりするのを防止するための措置だ。
そして、あまり知られてはいないが、従魔師が死亡するか、従属の首輪が破損した場合は、その従魔は死亡するように細工されていた。それは呪いと言って良いほど強力な精神操作の魔法だった。
本当にグリフォンが逃げ出し、平然と生きているなら、それらの従属の首輪の効果がなかったことになる。
グリフォン自ら首輪を外したとしても、事故によって首輪が破損したとしても、その事実は変わらない。それは従属の首輪を独占して製作し、販売している冒険者ギルドにとって大問題だった。
「逃げ出した事実を隠蔽するしかないだろう。従属の首輪の効果を疑われるわけにはいくまい」
「だが、万能職が保護して従属し直しているのだぞ? その事実は隠せないぞ」
また、逃げ出した従魔たちが保護を求めた人物が問題だ。
グリフォンと双子の魔狼は逃げ出した後に、暁の光を追い出された万能職の少年に保護され、再び従属されていた。
従属から解放され、それでもなお人間に保護を求める魔獣などありえない。だが、報告を聞く限り、それは間違いなく事実だった。
従属の首輪の効果と関係なしに、その万能職の少年が従属させていたという可能性はあるかもしれない。弱い魔獣ならば、首輪なしで従属されている前例はあるのだ。
グリフォンが従うとは思えないが、極わずかな可能性はあるだろう。そう思うしかない。
しかし、もしそうなら、グリフォンと双子の魔狼の本当の主は、万能職の少年だったということになり、それはそれで大問題なのだ。
冒険者ギルドでは、すでに一人前の専門職になっていれば、魔獣を従えられた時点で従魔師への職業変更が認められている。しかし、見習い、もしくはそれ以下の立場でしかない万能職が従魔師として認められることはない。
専門職の誰かに師事して一人前と認められない限り、万能職は万能職以外にはなれないのだ。それは、師弟制度を持たない従魔師においても同じだった。
その万能職がグリフォンを従えた超一流の従魔師だったとするなら、師弟制度が無意味ということになり、冒険者たちに混乱が起こるだろう。
さらに、暁の光が勇者パーティーになった力の源が万能職だったなど、笑い話にすらならない。『勇者』という称号や、『冒険者ランキング』の制度すら崩壊につながりかねない。
……どうやって、誤魔化すか。なかったことにできないのか?
重鎮たちは頭を抱える。
「……万能職なのだろう? 暗殺してしまえば……」
誰かの口から、誰もが言いたくても言えなかった言葉が漏れた。
万能職など、本来は石ころ程度の存在なのだ。邪魔なら蹴飛ばして目の届かない所にやってしまえばいい。
「……できるのか? そいつ自身は万能職とはいえ、グリフォンに守られているんだぞ?」
「一人になる時を狙えば……今度こそ従属の首輪が正しく発動すれば、万能職を殺した時点でグリフォンも始末できる……」
重い空気が広がる。
誰一人、言葉を続けようとしない。
だが、会議は一つの結論を出そうとしていた。
結果として、その万能職の住処に暗殺者が送られることになる……。
同じく、ペルデュ王国王都。
とあるレストランの一室では、商人ギルドの王国支部の、定期役員会の打ち上げが行われていた。
豪華な料理がテーブルに並び、数十人の役員たちが立食形式で好き勝手に語らいながら、酒杯を傾けている。堅い話はすでに定期役員会で語りつくされているため、この場での話題はお互いの近況やたわいもない噂話が中心だ。
「……それでは、あの治癒魔法薬の出所はコラルド商会で間違いないのですね?」
「ああ、どうもコラルド商会のお抱え錬金術師が新たな作成方法を作り出したらしい」
「またあの商会か……頭の痛いことだ……」
数週間前から王国内で出回り始めた治癒魔法薬。
それは従来のものより五割近く高い効果があると噂されていた。
魔法薬は適正な材料を正しい比率、正しい手順で加工してはじめて効果が現れる。例えば、効果が出る決め手になっている薬草の成分が多く入っているからと言って、それで効果が上がるというものではない。
そんな魔法薬の分野で五割の効果上昇は異常だ。ありえないと言っても良い。
まだ手に入れていない者たちは宣伝のためのデマだと疑い、手に入れて鑑定した者たちは鑑定結果すら疑った。
しかし、それは事実だった。
「あれは脅威ですねぇ。作成方法を公開させることは不可能ですかね?」
「オリジナルレシピですから、難しいでしょうねぇ。しかも商会が管理している作成方法となると……」
治癒魔法薬の基礎的な作成方法は公共性が高いため公開されている。しかし、そこから派生した独自の作成方法は独占することが許されている。これは全世界共通のルールで、変えられるものではないはずなのだ。
あくまで、表向きは、だが。
「なにか適当な理由をつけられませんかね?」
「まず、どの錬金術師が考えたか特定するのが先ですね」
「……そう言えば、コラルド商会が違反スレスレの手段で生産者ギルドに登録させた錬金術師がいるそうですなぁ……」
「はあ、なるほど」
商人ギルドの役員たちは、貼り付けた笑みをそのままに、互いの顔を見合わせる。誰も何も言わないが、考えていることは同じだった。
その錬金術師を手に入れれば……。
その先を妄想し、お互いに目の前にいる競争相手たちを出し抜く手段を考え始めるのだった。
「ところで、アマダンの冒険者が魔獣の森の中でシルバーゴーレムを討伐して、コラルド商会に大量の銀を買い取ってもらったとか。盗賊に入られたら色々困りそうですねぇ」
「盗賊は困りますよね。盗賊など出たら、領主様が許さないでしょうな」
「いえいえ、なんでもそのシルバーゴーレムは、アマダン伯領で新たに発見された銀鉱山に湧いたもので、あまりに大量に湧いたものですからせっかくの新鉱山が枯渇してしまったらしいですよ。それをコラルド商会がほとんど買い取ってしまったものですから、面目を潰された領主様もかなり怒っておられるようで」
「ほう」
「コラルド商会に盗賊が入れば、領主様も溜飲が下がるのではないですかなぁ。それに盗賊に入られてコラルド商会の不正の証拠でも出てくれば、財産を没収できて喜ばれるんじゃないでしょうかねぇ」
「ああ、そういう考えもできますね。件の錬金術師も、勤めている商会がなくなれば別の商会に移籍するしかないですしね」
こうして、コラルド商会には盗賊たちが押し寄せることになったのだった……。
とある国、とある王城、とある部屋。
「ふーん。じゃあ、そのグリフォンは勇者パーティーが従えてたものだったってペルデュ王国が公式発表したんだね?」
「はい」
「それで、まだ公式には発表されてないけど、勇者パーティーは死んじゃったんでしょ? でもグリフォンは他の人にくっついて街に帰って来たんだよね? 意味が分からないよね」
西日が差しこみ金色に輝く豪奢な部屋の中、それに負けないほど美形の青年が楽しげな声で言う。彼の前には、片膝をついて頭を軽く下げた武骨な軍人風の男が控えていた。
「従属の首輪には逃亡防止の措置がされてたはずでしょ? その、死んじゃうやつ?」
「はい。従魔を逃がして他に被害を与えるようなことがあれば、冒険者ギルドの責任問題になりますから、間違いなく逃亡防止の即死系魔法が仕込まれています」
彼らはペルデュ王国のアマダン伯領に現れたグリフォンについて話していた。
そのグリフォンはアマダン伯領の上空を飛び回り、そしてすぐに飛び去って行ったという。ほぼ一カ月前の話だが、遠方の出来事だったこともあり、調査を経てやっと詳細な報告が彼らの下まで上がってきたのだ。
「それじゃ、勇者パーティーのグリフォンのはずがないんだけどねぇ。うーん。嘘つきなのはペルデュ王家の人たちかな? でもあの国の人たちは、うちの密偵が入り込んでもまったく気付かないバカだからねー。隠し事ができるとは思えないよね。じゃあ、冒険者ギルドの人たちかな? どちらにしても、そのまま信用しちゃうわけにはいかないね。調査は継続してね」
「承知」
「あ、君が行ってくれても良いよ。楽しそうじゃない? グリフォンだよ? グリフォン。僕が行きたいくらいだなぁ。でもダメなんでしょ?」
「おやめください」
「だよねぇー」
武骨な軍人風の男は、美形の軽口にも微動だにせず一切表情を変えない。まるで岩のような男だった。
「城塞迷宮のグリフォンだったらいいなぁ。あそこに動きがあったら、色々楽しいことが起こりそうだしねぇ。楽しいの、君も好きだろ?」
「はい」
男は事務的に答えるだけだ。本当に楽しそうな美形の青年とは対照的だった。
「それから。そのグリフォンを連れて帰って来た人、ロアくんだっけ? 彼のことも調べてね。それで、面白そうな人だったらうちに取り込んじゃおう。色仕掛けなら、皆幸せになれて良いよね。時間かかっても良いから、その方向でね。でも面白そうな人じゃなかったら、サクッと始末しちゃって」
「承知」
「楽しみだなぁー」
間延びした美形の青年の声だけが、豪奢な部屋に響き渡った。
ペルデュ王国のアマダン伯領、夕日が差し込む家の中。
「今日は鹿肉にするか」
ロアは腕まくりをして夕食の仕込みを始める。夕食と言っても従魔たちの夕食のことだ。ロア自身は、コラルド商会の従業員食堂で食事をとっている。
ロアの従魔たちは調理した食事を好むのだが、それでも味付けは人間用よりかなり薄くしないとあまり食べてくれない。人間用の食事は味が濃過ぎて、時々食べる嗜好品扱いなのだ。
従魔用の食事を人間用に味付けし直すと二度手間になるため、ロア自身は従業員食堂で出る料理を買って食べることにしているのだった。
「モモ肉かな? 骨がある方が良いよね?」
ロアが流し台の向こうに問いかけると、「ばう!」とキレイに揃った二つの吠え声が返ってくる。
流し台の向こうはすぐ土間になっており、土間を挟んだ反対側には、積み上げた寝藁の上に寝そべる双子の魔狼の姿があった。
双子の魔狼は、嬉しそうな表情でロアを見つめてシッポを振っており、その動きは見事に同調していた。ロアはそれを見て軽く微笑むと、巨大な食品保存用魔道具から鹿のモモ肉を二本取り出して料理の準備を始めた。
ロアは、アルドンの森から帰ってすぐに一軒家を購入していた。
ロアが森で巻き込まれた騒動は、アルドンの森・ノーファ渓谷騒動と呼ばれている。ノーファ渓谷で大量発生したシルバーゴーレムが、勇者パーティー『暁の光』を壊滅させ、アルドンの森にまで溢れた騒動だ。
ロアはその時、アルドンの森に冒険者パーティー『望郷』のメンバーたちと入っており、巻き込まれてしまった。
その結果、ロアは元々暁の光で世話をしていた従魔たちを正式に自分の従魔にし、副産物として大量のゴーレムの素材を手にしたのだった。
アルドンの森で従魔を得た後、最初に問題となったのは、従魔たちの住処のことだ。
ロアは、現在自身が雇われているコラルド商会からかなり広めの部屋をあてがわれていたが、それでも従魔と一緒に住むことは難しい。
悩んでいた時に商会長のコラルドから手持ちの一軒家の購入を提案され、それに乗る形で購入するに至った。
一軒家と言っても、コラルド商会の敷地の片隅にある、元々馬小屋だった二階建ての建物だ。コラルド商会を立ち上げた当時に建てられたもので、手狭になったため使われなくなり、今では不要物の物置にされていた。
ロアはそれを、併設された小さな運動場や畑ごと譲ってもらい、従魔たちとの住処として改築した上で暮らし始めた。
一階が従魔たちの寝床と調理場、二階が錬金術用の作業場とロアの居住スペースになっている。
調理場は従魔たち用の大きな食材を扱うためとても広く、流し台や調理台、コンロなども全て大きい。そのため、通常であれば壁伝いに一直線に設えられる設備がL字に配置されており、土間側にある流し台の向こうに、従魔たちの寝床が見える位置関係になっていた。
必要に迫られてこういった形になったのだが、従魔たちの姿を見ながら調理できるこの配置は、ロアのお気に入りだった。
この家の購入費用には、今までコラルドに預けていた、ロアが魔法薬で稼いだ金の一部を充てた。
これは、以前はロアが金を持っていると、暁の光のメンバーに奪われる可能性があったため、コラルドの金蔵で保管してもらっていたものだ。
ロアは魔法薬を売って得た金から一定の金額を、コラルド商会を通して故郷へ仕送りしており、その残りを貯金していた。彼自身はそこまでの金額があるとは思っていなかったが、その額は予想に反して多く、コラルドが若干の割引をするだけで家を購入できたのだった。
ロアが調理を進めていると、ふと、その姿を楽しそうに見つめていた双子の魔狼が立ち上がった。
その目は玄関のドアに向けられていた。耳はピンと立っており、シッポは大きく速く揺れる。
「……また?」
その反応を見て、ロアは呆れたような声を上げた。
双子はドアの前に素早く移動すると、器用に留め金を外し、ノブを咥えて待機する。そして、タイミングを計り、一気にドアを開けると外に飛び出していった。
「うわぁあああ!!」
それと同時に、男の間の抜けた叫び声が外から聞こえてくる。それは驚いているというより、半分笑い声が混ざったような、わざとらしい大げさな叫び声だった。
「元気だなぁ……」
ロアはポツリ呟いて、何事もなかったように食事の準備を続けた。
しばらくロアが無言で夕食の準備を進めていると、今度は土間が淡い光を放ち始める。土間は調理場と従魔たちの寝床の間に一直線に延び、玄関の前まで繋がっているが、その全体が光っている。
数秒すると、土間の地面に大きな穴が現れた。
〈む! 鹿か!!〉
その穴から顔を覗かせたのは、グリおじさんだった。
〈我は骨と野菜はいらぬぞ! 全部双子に譲ってやる〉
土間に空いた穴の下は階段になっており、グリおじさんはゆっくりとそれを登ってきた。
「肉はちゃんと骨なしの所を切り分けるけど、野菜は食べないとダメだよ」
〈我は小鳥ではない……〉
「そういうこと言ってるとメシ抜きにするからね」
〈……〉
グリおじさんは不満そうな視線をロアに向けるが、ロアは気にする素振りすらない。
そもそもグリおじさんは野菜が入っていると文句を言うくせに、野菜をなくして肉だけにすると食が進まなくなるのだ。それなのにどうして野菜嫌いを自称しているのか、ロアには理解できなかった。
「グリおじさんでもロアさんには頭が上がらないのですな! やりこめられている姿は、なんというか、可愛げがありますなー」
グリおじさんの後ろに続いて穴の中からハゲ頭が姿を現す。コラルド商会の商会長であり、今現在のロアの雇い主でもあるコラルドだ。
〈商人……我を愚弄するつもりか? むしるぞ?〉
「ほう。しかし、私にはもうむしれるようなところは残っておりませんぞ?」
〈横と後ろにまだ残っておるであろう! 全部むしってやる!〉
グリおじさんは器用に嘴を歪めてニヤニヤと笑い、コラルドは余裕のある微笑みを浮かべたままで言い合っていた。
この二人は、やけに仲が良い。
アルドンの森から帰ってすぐに、ロアが引き合わせたのだが、その時からなぜかやたらと意気投合していた。馬が合ったとでも言うのだろうか。とにかく、気が合うらしい。時にはロアを完全放置して、オジさんコンビでなにやら密談をしていることもあった。
コラルドはグリおじさんの声を聞くことができる。
どういった法則でグリおじさんの声が聞けるようになるのかは分からないが、引き合わせた時点から聞こえていた。
コラルドは最初はグリおじさんにかなり怯えていたようだが、しかし会話ができるとなるといきなり普通に話し出した。商人の特性らしく、交渉可能な相手だと分かれば怯えも吹っ飛ぶそうだ。
今現在、グリおじさんの声を聞くことができるのは、ロア、望郷のメンバーたち、コラルドの六人だけだ。
望郷のメンバーが聞くことができた時に、従魔契約の場に立ち会っていたからだろうとグリおじさんは推測していたが、コラルドの存在がそれを否定していた。
今のグリおじさんの推測は、「ロアが心から信用している人間が聞けるのではないか?」というものだ。
実際のところはまだ誰にも分からないが、ロア以外の人間に共通している部分と言えばそれくらいしかなかった。
「それでグリおじさん、地下室の整備は進んだの?」
じゃれ合うようにコラルドと言い合いをしているグリおじさんに、ロアは問いかける。料理をする手は止まっておらず、切り分けた鹿肉に下ごしらえを施して、オーブンの中に入れたところだった。
〈ん? うむ。もう地下八階層まで作ったぞ〉
「八階って……作り過ぎじゃ?」
〈何を言っておる? この国の王城など地下二十階層まで設備があるらしいのだぞ? 負けるわけにはいくまい?〉
「いや、王城と比べられても……」
ロアは困ったような表情を浮かべて、横で聞いているコラルドに視線を向けたが、コラルドはやけに良い笑顔で軽く頷いて返したのだった。
最近のグリおじさんの趣味は地下室作りだ。
今までグリおじさんの使える魔法のうち、適性が高かったのは風と雷、少し劣って光だった。しかし、従魔契約をしたことでロアの魔力によって補正され、今は土や火など他の属性の魔法も高い適性値になっていた。
その中でも特に、今までまったく使ったことがなかった土魔法に興味を持ったグリおじさんは、今はそればかり使っているのである。
風や雷と違って、形が残る物を作り出せるのが楽しいのだろう。最初は土魔法で穴を掘り、ちょっとした倉庫用の地下室を作っただけだったが、調子に乗ったグリおじさんがそれで終わらせるわけがなく、現在は地下深くにまで及ぶ大きな空間になっているという。
「いやぁ、地下倉庫は温度管理がし易くてありがたいですからねぇ」
コラルドがとぼけた声で言う。この言葉で分かる通り、グリおじさんの暴走を後押ししているのはコラルドだ。
言葉巧みにグリおじさんを調子づかせ、ロア個人の地下室だけではなく、今ではコラルド商会の地下倉庫まで作らせていた。
先ほどグリおじさんとコラルドが地下に行っていたのも、その相談のためだ。高位の魔獣さえ楽々と手玉に取るコラルドの口車は凄まじい。いや、むしろグリおじさんが、魔獣の癖に人間に乗せられやすいのかもしれない。
もっとも、グリおじさんの方も抜け目なく、相応の対価はもらっているらしい。ロアはその対価の内容までは把握していなかったが、コラルドと交渉する姿は幾度となく見かけていた。
〈この街ならば五階層以降は他の地下設備ともかち合わぬからな。広げたい放題だ。この街の地下全てを制圧することも容易いぞ!〉
「ほう。それは面白そうですね」
「いや、ダメでしょ?」
グリおじさんの言葉にコラルドが同意したのを、ロアが慌てて否定した。グリおじさんが本気なのは間違いないだろうが、コラルドがどこまで本気で言っているのかはロアには分からない。コラルドはいつも通りの笑みを浮かべている。
「……冗談ですよね? コラルドさん?」
ロアは思わず確認してしまう。冗談だとは思うものの、その言葉にどこか本気の響きが混ざっている気がしたのだ。
「……さて、私は帰らせていただきますね。夕食時に長居はご迷惑でしょうから」
コラルドはロアの問いかけには答えず、グリおじさんに軽く目配せをしながらそう言った。
あー。この二人って悪だくみが好きなところが似てるんだな……。
目を合わせてちょっと悪そうな笑みを浮かべている一人と一匹を見て、ロアはそんな感想を抱いた。
グリおじさんの悪だくみを止めるのは簡単だが、コラルドが絡むとそうはいかない。気にしたところでどうにもなりそうにないので、ロアは諦めて軽くため息をつくだけで終わらせる。
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【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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