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2章『転生×オメガ=当て馬になる』
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しおりを挟む「――真緒っ!!」
「ぁ……」
私の名を呼ぶ声がした。ああ、愛しい人の声、だ。
「あ、在昌さ…」
「気安く名前を呼ぶな」
今まで聞いた事が無い程、怒りに塗れた声だった。
静かな部屋にツカツカと革靴の底だけが響く。誰もが口を出せない状況だった。在昌さん以外、誰もが恐怖で震えている。
「――そこのお前、ナニをやっている?」
「お、俺はっ…!」
ひぃ、と情けない声を上げながら私から引き抜いた性器は情けないくらいに縮こまっていて。そんな様子を私は他人事のように見ていた。
愛しい香りが私の鼻腔を擽る。まるで上塗りするかのように、私の鼻腔を撫でていく。
「……在昌…さ、」
情けなくて、怖くて、どうしようもなくて。
在昌さんの存在に触れるのが怖かった。ああ、汚れてしまったんだなって思ったから。
在昌さんが私に近付く度に、私は痛む身体を起こして後ずさる。怪訝な表情をした在昌さんに気付かない振りをして、必死に距離を取った。
「真緒」
「……」
「大丈夫だから」
震える私に向かって両手を広げる在昌さん。ごめんね、怖かったねって優しい声で私に言う。
「おいで。ぎゅうってさせて」
「っ…在昌、さ…っ!!」
私は痛みを無視して立ち上がり、在昌さんの胸に飛び込んだ。途端に強ばっていた身体の力が抜けていく。そんな私の身体をキツく抱きしめながら在昌さんの掌が汚れた素肌を撫でた。
「怖かっ…た!っ…!ふ、ぅう…っ」
グズグズに泣き崩れる私の旋毛に何度も唇を落としながら、在昌さんが来ていたジャケットを私に掛け、横抱きにした。
それから何度も何度も顔にキスをしながら眉を顰める。
そんな時、奥から聞き慣れた声が私達を呼ぶ。ハッとして顔を上げようとしたが、在昌さんによって拒まれ、引き続き広い胸に顔を埋めた。
「在昌ー。取りあえず二人とも捕獲しといたよー。…多分警察に行ってもアルファとオメガの暴走って話で終わると思う。
だからさ。うちの院で預かって良い?」
「すまん。頼んで良いか?」
「うん、喜んで。オメガの実験体は貴重だからねぇ。…真緒ちゃん、ごめんね。助けるのが遅くなって」
…やっぱり有沢さんの声だった。不穏な会話をした後、私に声を掛けてくれたが、パシンとたたき落とす音と共に暫しの沈黙と、喉で笑う音がした。
きっと在昌さんが有沢さんの手をたたき落としたのだろう。
「何さ、俺は真緒ちゃんの心配もさせて貰えない訳ー?」
「いらん。俺だけで十分だ」
「いやいや、真緒ちゃんは俺にも心配されたい筈だし」
「されたくねぇ」
やいやいと言い争う二人の声を聞いていると先程の事が夢なんじゃないかと思ってきた。
けれどそれはまやかしで、体と頭の痛みが現実を教えてくれる。
「…真緒。ぎゅーしててあげるから、ね」
「在昌さん…」
「ずっと傍に居るよ」
「……」
子どもをあやすかのようにゆらゆらと緩やかに揺らされれば、じんわりと眠気が襲ってくる。眠気と疲労感のコンボだ。
「…起きたらいっぱい抱くから。大丈夫、優しく、ね。だから今は何もかも忘れて休みなさい」
「ン……」
ゆらゆら、ポンポンとされる度に瞼が降りてくる。ここは安心する場所だ。誰も襲ってこない。だから、深く、深く堕ちていける。
――じわりと広がる幸福感に包まれながら私の瞼と意識は完全に落ちた。
*****
『今すぐ工場に来て欲しい、場所は送る』
怒りを抑えた声が受話器越しにビリビリと感じた。ああ、これはキレているな、と思った。
恐らく真緒ちゃんに何かあったのだろう。在昌の感情は真緒ちゃんのみにしか動かないのだ。
「馬鹿だな」
先日、会話に出た桃ちゃんとやらが動いたのだろう。在昌曰く厄介な相手との事だ。何故そんな奴を秘書に置いているのかと疑問を投げかけたところ、社長の親戚らしい。良いねぇ、超有名企業にコネで入れて。
俺は万が一の事を思って縄と強力な抑制剤を鞄に入れた。後、スタンガンも。何故スタンガンなんてものを持っているのかって?優秀なアルファの貞操はいつも危険が付き纏っているのだよ、諸君。
携帯に在昌からメッセージが入る。地図アプリで確認したら車で五分という近場だ。勿論、地図なんか見なくても行ける。通勤で毎日通っているからね。
「ちょっと出かけてくるねぇ」
「ちょ、有沢先生!?後少しで会議が始まるんですけど!?」
「うん、うんこしてますって言っておいてよ」
後輩にばちり、とウインクをしながら俺は車の鍵をポケットに入れ、叫び声を背に指定された工場へと向かった。
…後輩には焼き肉奢りって事で許してね。
――…で。予想はしていたけど、在昌のキレ具合は凄かった。そして真緒ちゃんへのデレデレ具合も凄まじかった。ギャップって言葉で済ませて良い話じゃないよね。
「てめぇ、俺の真緒にナニしたんだ?あ?」
「お、俺は悪くない!!このオンナの指示でヤっただけだ!」
「ンな事聞いてねぇよ、頭ン中蛆でも湧いてんのか?」
俺の華麗な縄捌きでご用になったアホ二人が涙を溜めながら在昌に懇願している。許してください、と。俺は、私は悪くないんです、と。
すぅすぅと眠る真緒ちゃんには見せられない修羅場だ。真緒ちゃんが起きていたらガタガタ震えながらも、キレる在昌さんも素敵っ!なんて思いながら赤くなったり青くなったりしているのだろうか。笑える。
「在昌さん!目を醒まして!貴方はその悪魔に洗脳されているの!」
「……」
「この世界は私が全てなのに!その悪魔は異分子なのよ!私が!!在昌さんと!!」
宗教かな?
…、という冗談は置いておいて、先程からこの桃ちゃんとやらの言っている事が引っかかる。それは在昌も同じのようで、女の暴言に青筋を浮かべながら何も言わず聞いている。
「この世界にはあの女は存在しないのに!当て馬ですら登場していない!なのに!!」
この女の話を真に受けると、この桃ちゃんも転生をしているという話になる。確かに、真緒ちゃんの話と辻褄が合うのだ。
だとしても、この世界の在昌は――…
「お前がそのオメみつのヒロインだとしても、この世界の俺は全く興味ねぇよ」
「――!!?在昌さん!?オメ蜜を知って…まさか!!」
可愛らしい顔を醜く歪ませた女がキッと真緒ちゃんを睨むが、在昌の冷徹な視線に怯んだ。
因みに男は気絶している。まぁ、話が済んだら起こすけどね。
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