お隣さんがパンツを見せろと言うからプロ意識を持ってそれに応える

サトー

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【番外編】リンちゃんの彼氏(1)

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なんかさー、無性に彼氏欲しくなる時ない?たまには落ち着きたくなるよねー、と久しぶりに訪れたゲイバーでゲイ友から言われた。

「……全然。欲しいと思わない」
「出た!リンって、いっつもそうだよね。あのリーマンとも別れたんでしょ?」

ユウイチのことか、とすぐ分かったけど「え?どのリーマンのこと?」ととぼけておいた。
数日前にユウイチが住んでるマンションまで行った。
その時にユウイチの彼氏だか彼氏候補生だか知らないけど、若くて可愛い男と会った。

名前はマナトで、20歳、ユウイチの隣の部屋に住んでる。
「彼氏じゃない」とユウイチとの関係を否定して、グダグダ言ってたけど、食べられるのも時間の問題だろうなと思える程、ユウイチに惚れてるようだった。

もう美味しく食べられちゃったかもしれないなー、と「リンちゃん」と可愛く笑いかけてくるマナトの顔と柔らかかった頬の感触を思い出していた。



「ハッテン場やビデボで、その場限りの穴や竿との出会いもいいけどさー、たまに、特別な存在が欲しくなるんだよね。
やっぱ、そういう人がいると安らげるよねー」
「ふうん。そうなんだ」
「まあ、リンには分からないか。愛人活動で忙しいもんね」

本当に分からなかった。もう、ずっと前から生きるためにセックスをして、恋人っぽいことをしているせいなのか、恋愛することが安心や癒しに結び付くという感覚が全く理解出来なかった。

……俺にはわからないけど、この間会ったマナトはもしかしたらユウイチにとってそういう人なのかもしれない、という気はした。



「……全然分からない。そういうのメンドクサイ」

でも、あの席の人さっきから、ずっとリンのこと見てるよ、とゲイ友に言われても、確認する気力も湧かなかった。
ろくに顔も見ないで「タイプじゃない」とだけ答えて、黙ってタバコを吸うことに専念した。




なんでもいいから、早く死にたかった。でも、苦しんで死ぬのは嫌だから、自分の存在なんて始めからこの世に無かったように、ある日突然、スッと消えてそのままいなくなってしまいたかった。





25年間生きてきて、就活どころか一度もまともに働いたことは無いけど、俺は今、終活中だ。
今日もよく通っていたゲイバーに足を運んで、もう二度と会わないであろうゲイ友と別れてきた……とは言っても、「俺もう死ぬから、バイバイ。サヨウナラ」と挨拶をしたわけではなく、ただ、なんとなく最後に顔を見たいと思っただけだった。



今まで、たくさんの男から部屋の鍵を貰ったから、終活の一環として、一人一人に会ってちゃんと突き返してきた。

数日前に返しに行ったユウイチの家の鍵が最後の一本だった。
俺が「いらねえよ」と凄んだにも関わらず、「違う違う。俺がリンちゃんに、家の鍵を渡すというイベントを経験したいだけだから」と無理やりユウイチが渡してきたものだった。

ユウイチの家には2回しか行ったことはないし、そもそもユウイチが不在時にわざわざ訪ねたりなんかしないから、結局一度も使わなかった。

きっと、あの鍵でマナトはユウイチの部屋に入っただろうし、上手く仲直りしたに違いない。
俺に「鍵をやっぱり返せ」と言われるんじゃないかと、ビクビクして顔色を窺ってくるマナトはとっても可愛かった。
きっと、今頃はマナトがあの鍵を使っているだろうし、持つべき人間の所へちゃんと渡ったってことじゃん、はー、良かった良かった、と気分は悪くなかった。





ゲイバーの外でタクシーを捕まえて、家からまだ遠く離れた場所で下車した。
時間は朝の4時で、外を出歩いてる人は一人もいなかった。車もろくに通らないし、誰にも邪魔されずに一人でフラフラ歩くのに最適な場所と時間だった。

コンビニに寄ろうかな、とも一瞬思ったけど、もう生きていたくないのに食事のことを気にしてどうする、とそのまま通り過ぎた。

今日、あの汚いアパートの汚い部屋に戻ったら、二度とあそこから出ないでそのまま死にたい、ということを歩きながらずっと考えていた。

どうやったら死ねるんだろう。何も食べずに、部屋の暖房もつけずに、ずっと横になっていたら、いつの間にか消えていなくなることは出来るんだろうか。
それとも、結局は死ぬことへの恐怖を克服出来ないまま、子供の頃みたいにどんな手を使ってでも生き延びようとしてしまうのだろうか。


そんなことを考えていたら、真っ暗だった道路に眩しい光が差し込んで来た。
特に気に留めることもなく歩き続けていたら、それなりの速度で走行していた軽トラが俺の側に着いた瞬間に、そのままピッタリと張り付くように、急減速した。

軽トラの方へ顔を向けると、窓が開いて「乗れよ」と怒鳴るような声が聞こえた。

無視しようとも思ったけど、そうだ、もうどうせ死ぬし、一応最後にコイツにも会っておくか、という気になった。



「ねえ、この軽トラそろそろ買い替えたら?よく車検通ってるよね?闇工場みたいなとこに持って行ってるの?」

シートは固いし、狭いし、本当に今まで乗った車の中で、ダントツで最低な乗り心地だった。思ったことを正直に言っただけなのに、軽トラの所有者である運転手に思い切り舌打ちされた。

「……タクミ、なんでこんな時間に外にいんの?」
「……仕入れ」

ボソッとそう答えた後、「リン、お前はどうせ遊び歩いてたんだろ」と吐き捨てるように言われた。

「そうだけど?それが何?タクミになんか迷惑かけてる?」

煽るようにそう言うと、ギッとタクミが一瞬だけ俺のことを睨んだ。
俺が整形手術を受けたことを知っている人間は、この世に三人だけしかいない。
金を払ってくれたオッサンと、マナトと、それからこの古い友人のタクミだけだ。

「テメー、毎日毎日よく遊び歩いていられるよな?どうせ、あれだろ……。男相手にまだ、……売春みたいなことしてるんだろ」
「……そうだよ。だから?」
「……リン、お前、本当に……。本当にやってんのかよ」
「やらないで、どうやって生活すんの?……ねえ、俺がオッサンと何してたか知りたい?」

返事は無く、タクミは黙ったままだった。
コイツ、本気で怒ってる時はいっつも黙りだよな、と窓の外を眺めながら子供の頃のことを思い出していた。






母親と二人で過ごしていた子供の頃の記憶には、一つとしてろくなものがなかった。

水商売をしていた母親は夜は働きに出て、昼はいつも寝ていた。
働いているにも関わらず、母親の彼氏のような男が金を巻き上げてしまうせいで、家にはいつも金が無かった。
だからボロくて汚いアパートにしか住めないし、家には食べられるものなんてほとんど置いていないし、母親はいつも泣いていた。
子供の頃、俺はいつも腹を空かせていた。朝起きた後、何か食べられるものを家中探しまわって、学校に通っていた。



タクミとは中学校に入学してから知り合った。
リン、という名前と女みたいな顔だから、という理由で俺をオカマ呼ばわりしてきたから、ぶん殴ってやった。
あの頃はタクミの方がずいぶん大きかったけど、腹が立っていたから油断しているところを容赦なく本気で殴った。

タクミは意外と弱くて、「ごめん、悪かった」とすぐに謝ってきた。
両親がいなくて花屋を営む祖父母と同居しているというタクミと、母親と二人暮らしの俺は、クラスのはぐれ者どうしなんとなく一緒にいるようになった。

タクミは釣りが好きだったから、よくそれにくっついて二人で漁港へ行った。
タクミの持ってる疑似餌に「キモイ」と顔をしかめながらも、釣りをするタクミの側に座っていた。

たまに、タクミが小さい蟹を捕まえて「ほらよ」と押し付けてくるのに悲鳴をあげたり、一緒に海に入って水浸しになったり、二人でいる時間が、一番楽しかった。

一緒に悪さもたくさんして、その度に学校で叱られた。
教師に何度呼び出されても、俺の母親は絶対学校へ姿を現さなかったけど、タクミの家はいつも、じーちゃんかばーちゃんが迎えに来た。
同じようなはぐれ者でも、こういうとこで俺達にはハッキリ差がある、と感じずにはいられなかった。

けれど、タクミは「お前も来い」と必ず俺を自分の家へ連れて帰った。
タクミの家でばーちゃんが作ってくれた、トンカツだとか、肉じゃがだとかを食べて、一緒に眠った。

「リン、同じ布団で寝よう」と何度も言われた。何をするという訳でもなく同じ布団にただ横並びになって、朝までぐーぐー眠った。
タクミの家に連れて帰って貰えた時だけ、温かいご飯が食べられたし、一人で眠らないですんだ。





「……じーちゃんと、ばーちゃんは?元気?」

死んだよ、と即答された。正確にはじーちゃんが亡くなって、ばーちゃんは具合が悪くてずっと特養で過ごしている、ということだった。

「そっか……」

十数年程度で何もかも変わってしまったようだった。俺もタクミも、あんなにベッタリだったのに、今では年に数回、こうやって夜中にたまに拾ってもらう時くらいしか顔を合わせなくなった。

運転しているタクミをまじまじと眺めてみる。…顔つきはあまり変わっていない。
目尻が上がっている大きな目、きりっとした細い上がり眉、小さい鼻。
口角が下がった厚めの唇は、ふっくらしているせいか、ふて腐れている子供みたいな口許をしている。
だから、いつまでもガキ臭いんだよねー……悪くない顔なのに、と正直に言ったらほぼ確実にタクミが不機嫌になるであろうことを考えていた。

「あのさ…」
「あ?」
「……なんでもない」

タクミはもうずっとずっと俺に怒っている。
なんで怒っているのかも分かっているし、俺が正直に話せばもしかしたら許してくれるのかもしれないけど、もう何もかもどうでも良かった。




15歳の時に男とはじめてセックスをした。
タクミと同じ、試験で名前さえ書ければ誰でも合格出来るような高校に進学したばかりの頃だった。

朝寝坊をしてしまって、普段なら金がもったいないから絶対に乗らない路線バスにその日は乗った。
何も食べないでバス停まで走ってきたせいなのか、気分が悪くて、いつの間にか眠ってしまい、終点のバスターミナルで運転手に起こされた。

今から戻ったって午前の授業にはどうせ間に合わないし、そもそもここはどこなんだろう、と途方に暮れていると「……車で送る?」と運転手に聞かれた。

いいんですか、とか何か返事をした気がする。今日はもうあがりだからいいよ、と言われたから、素直に着いていった。

運転手は若くて親切だった。「お腹空いてない?」と聞かれたから正直に頷いたら、マックを食べさせてくれた。
滅多に食べないうえに、その日の朝も前日も
ほとんど何も食べていなかったから感動するくらい美味しかった。



その後、ボロい悪趣味な内装のラブホテルに連れて行かれて、俺のことずっと見てたよね、と言われながら抱かれた。
見てないし……と否定したかった。

客が席についていないのに発進したり、急停止が多い、ハズレの運転手だとずっと思っていたから、そのことを言われているのかもしれないな、という気はした。



終わった後、一万円を渡された。
援交なんてしたことないし、やってる知り合いもいないけど、相場というものよりなんとなく安いような気がしたから、安すぎると怒鳴り付けて、もう二万円貰った。

お腹はいっぱいだったし、ずっと欲しかった金も手に入った。
気分は悪いけど、こうやればずいぶん簡単に食べ物と金が手にはいるんだ、としみじみ思った。
もう子供の頃みたいに、家中、食べ物や小銭を探しまわったりしないで済む。
良かった、とホッとした。



そのまま、だんだん高校にも行かなくなって、せっせとオッサンに会うようになった。
金があると、携帯が手に入るし、出会い系で10代だと言うと、オッサン達はすぐに飛び付いてきた。

タクミはいつの間に俺とオッサンがいるのを目撃したのか、なんとなく俺が何をしているのか気がついていたみたいで、具体的にハッキリと「何を」言わないけど「やめろ」と一方的に怒っていた。



俺が高校を辞めた時は本気でキレてきて、大喧嘩になった。
その時に俺は、タクミにはじーちゃんとばーちゃんがいるじゃん、と言った気がする。
タクミは「だからなんだ?それが、お前のやってることの理由になるのかよ?え?」とすごい剣幕で胸ぐらを掴んできた。俺への怒りと憎悪で歪んだ顔には殺される、と一瞬思うほどの迫力があった。

「じゃあ、どうすればいいんだよ?やめろやめろって、タクミがなんかしてくれるの?」
「俺は…」
「なんにも出来ないだろ!ほっとけよ!俺が援交してようが、お前に迷惑なんかかけてないだろうが!」
「…………リン、なんで、なんで、お前は…」

しばらく黙った後、汚い、と言ってタクミは俺に抱き付いて大泣きした。
泣かれると、俺の方も怒りをぶつけることが出来なくなってしまい、そうだね、俺は汚いよね、タクミが正しいよ…と泣き止むまでずっと背中を擦り、慰めてから家まで送ってやった。
その日は「お前も来い」とはもちろん言われなかった。
それっきり、ずっとギスギスしたままだ。


十代の頃はとにかく非効率的で、めちゃくちゃな金の稼ぎ方をしてしまった。
俺が18の頃、母親が男と一緒にどこかへ消えてしまい、汚いアパートでいよいよ一人で生きていかないといけなくなったということもあり、少し気負いすぎていたのかもしれない。

悔しくて眠れないような目にもあったし、何日もソワソワして過ごす時もあった。タクミとは顔を合わせる度に、険悪か気まずいか、どっちにしたって愉快ではない雰囲気になった。




ユウイチと知り合ったのは25歳の時で、顔を整形した後のことだった。



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