兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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○ごめんな。

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 カシャンと音がした。それが何の音なのか、寝惚けていた俺は気づかなかった。抱き寄せられ、背中をすっぽりと包み込まれる。ふわふわの猫っ毛が頬を擽った。知玄とものり! さっきの音は部屋の内鍵を下ろす音か。親父とお袋にバレないように? おい、昨日の今日で何しようとしてんだよ! いや、無防備に寝てた俺が悪いのか。去年のあの日の夕方と同じ。俺は無意識のうちにαの匂いを感じ、警戒を解いて待ち受けていたのかもしれない。業の深いΩの身体が、おチビを喪った埋め合わせを望んでいるのか? そんなの、節操が無いにもほどがあるだろ。
「ごめんなさい」
 その声が、湿気っぽく震えている。知玄は俺の首筋に顔を埋めたまま言った。
「驚かせてごめんなさい。ただ、お腹が痛いのかなと思って……」
 知玄の手は、腹に当てた俺の手の甲の上にある。近頃の癖で、俺は腹に手を当てたままうたた寝をしていた。病院からおチビを連れて帰ったら、どっと疲れが出た。展開が速い。一日が長い。昨日の今頃はここにまだおチビはいたのに、どうして……って思ってるうちに寝入っていたんだな。
 熱くて大きな手が俺の腹をゆっくりと擦る。その下では、おチビを喪って用無しになった臓器が、未練たらしく疼いている。知玄の体温に包まれて、徐々に緊張が解けていくのと同時に、知玄相手に馬鹿みたいに緊張していた自分に嫌気がさす。
 知玄はαらしい甲斐甲斐しさで俺を気遣いながら、メソメソ泣いている。俺は抱かれているのに、おんぶしている様な気分になってきた。
「なに、誓二せいじさんに何か言われたん?」
「ううぅ、何も言われていましぇん」
「言われたんだな。よぅ、何言われたんか言ってみな。兄ちゃんが後でまた、誓二さんをぶん殴ってやるよ。いい年したおっさんの癖に、若者いたぶっていい気になってんじゃねぇってな」
「殴るなんて止めてください。僕、言われたから泣いてるんじゃなくて、ただ、おチビちゃんの為に何も父親らしいこと、出来なくて……僕本当にどうしようもなく、役立たずで……」
 とうとう、知玄は声を上げて泣き出した。俺は知玄の腕の中から抜け出し、シーツに俯せになった知玄を膝の上に乗せた。ぼさぼさになった前髪をかきあげてやる。俺に似ず男らしく精悍な顔立ちが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「悪かったよ。俺が勉強べぇで何も出来ねぇくせにとか言っちゃったから、気にしたんだろ。本当は違うよな。お前はちゃんと出来るんだって、兄ちゃん知ってっから。なのに、意地悪言ってごめんな。色々隠してごめんな」

「ねぇ、お兄さん」
「なに?」
「赤ちゃんが出来たのが分かった時、どう思いました?」
 あー、最初は驚いたし、ぶっちゃけおろした方がいいのかと思った。でもさ、病院でエコーを見せられて、小さい心臓がピコピコ動いてるのを見た時……、
「なんか、まぁいいやって思ったよな。拘りとか迷いとか全部、棄ててさ、コイツを生かしてやろうと思った。だって、すげー頑張って生きてるし」
 そうか、俺が一人占めしたのは責任だけじゃなかったんだ。そうだな。おチビの為にも、俺がちゃんと知玄をおチビの父親にしてやらないとな。
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