兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

文字の大きさ
上 下
32 / 86

◯丁度いい関係。

しおりを挟む
「よくここで呑んでると聞いて」
 誓二せいじさんは隣の席に着くなりそう言って、ニヤリと笑った。そこ、高志たかしさんの指定席。だがこんな時に限って高志さんは来ず、店はめちゃくちゃ混んでいる。盆休みの中日なかび、どうせ空いてんだろと思って出てきたら、当てが外れた。
「ウイスキーのロックをダブルで」
「かしこまりました」
 茜はすっかりプロの手付きで酒を作り、誓二さんの前に置いた。その横で真咲まさきが、
「かまえなくてすまんのぅ」
 と、俺のグラスにボトルの残りを全部注いだ。
「おっと、手が滑ったわ。次のも同じやつでいーい?」
「いいけど、今の間違いなくわざとだろ」
 真咲はゲラゲラ笑いながら俺の前にブランデーのニューボトルを置き、誓二さんに「ごゆっくりどうぞ」とウインクして去った。茜もボックス席の接客に戻っていった。
「さっきの背の高い子が、お前の将来の嫁さん候補?」
「っせぇなぁ。断ったよ」
「賢明だな。彼女は実直そうだ。後ろ暗い秘密を抱えて生きるには向いていないだろう。俺も断ったよ」
「なんだよ、祖父じいさんの野郎、結局あんたにも勧めてたんか」
「彼女のことを余程気に入ったらしい。自分の手元に置いておければ、彼女の相手は誰でもいいんだ。そうすれば、智也ともや一択になるのかな」
 誓二さんはしれっと言った。俺の番が知玄とものりだと気づいてるよっていう仄めかし。俺はシカトして水割りに口をつけた。めちゃめちゃ濃い。くそう、真咲め。当分同伴してやらねぇ。
「ところで、例の話はどうなった?」
「面接だけ受けに行った。髪黒く染めねえで行ったんに、ちょっと喋っただけで内定だって」
 俺が煙草を咥えると、
「おめでとう」
 誓二さんはすかさず火を差し出した。貰い火をした煙草は、一服だけしてすぐ揉み消してやった。
「まだ先方に返事してねぇし」
 自分のジッポで、新しい煙草に火を点ける。よその会社に修行に出るだなんて、あまり気が進まない。
「内定祝いに飯奢ってやるよ。いつがいい?」
「じゃあ今がいい。ラーメン食べたい」
「随分安上がりだな。もっと我儘言っていいんだぞ」
 『ゆりあ』を出て、近くの二十四時間営業のラーメン屋まで、ひと気のない道を二人で肩を並べて歩く。
「ここらも星が見えなくなったな」
「夏だからじゃね。冬場はまだそこそこ見えるよ」
「蛍ももういない?」
「多分」
「なぁ、アキ」
「何だよ」
「お前が就職したら、二人で住もう。丁度、大学の同期から、東京で事務所を開くから一緒に独立しないかって誘われていてね。新しい勤め先、東京からなら電車で通えるだろ」
「断る。ぜってー俺に家事全部押し付ける気だろ」
 誓二さんはわははと笑い、俺の背中を叩いた。色気皆無の仕草。そして色気皆無の会食。俺がラーメンを啜るのを見守る誓二さんの目は、可愛い甥を見る叔父のそれ。あるべき関係に戻った感じ。なのに、誓二さんは言った。
「待つよ、お前のαがお前に飽きるまで。お前だって俺の方がいいだろう? 俺達は幸せを約束された運命の相手同士。番わないとばちが当たる」
 俺は首を横に振った。俺は、誓二さんとはそんな関係じゃないほうが好き。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...