夏休みの終わり

板倉恭司

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地下で見たもの

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 その日は、大橋のこんな言葉で始まった。

「悪いけど、しばらくの間は屋敷を出ないで」

 突然そんなセリフを聞かされ、さすがに零士も困惑する。いったい、何事が起きたのだろう。



 今朝は、いつも通りにふたりで朝食を食べた。だが、食事が終わると同時に、大橋からこんなことを言われたのである。

「な、なぜですか?」

 さすがに、はいそうですかと受け入れられず聞き返した。だが、大橋は表情ひとつ変えず即答する。

「危険な人間が、島をうろついているらしいの。とにかく、私がいいというまで外に出ないこと。わかった?」

「は、はい! わかりました!」

 思わずビクリと反応し、そう答えていた。彼女の言う危険な人間とは、間違いなくペドロのことだろう。どうやら、あの男の存在が島の人間たちにも知られることとなってしまったらしい。
 しかし、話はそれで終わりではなかった。

「あとね、きのう上野さんが亡くなった」

「えっ……」

 それきり絶句し何も言えない零士に、大橋は険しい表情のまま話し続ける。

「こんな時だから葬式は行えないけど、落ち着いたらお墓に花でも備えてあげて」

「ま、待ってください。なぜ死んだんですか?」

「事故だよ。ガス爆発に巻き込まれて亡くなった。とにかく、今は外に出ないでね」

 そっけない口調だった。しかし、大橋の目には涙が溜まっている。それを悟られまいと思っだのか、彼女はそっと顔を背けた。



 零士は、虚ろな表情で自室に戻った。床に座り込み、テレビの画面を見つめる。
 誰かが、何かを喋っているのはわかった。だが、何を言っているのかはわからない。喋る声は、すべて雑音にしか聞こえなかった。頭に浮かぶのは、上野のことだ。

(統志郎さんと零士くんが、この島で一緒に仕事する……あたしは、そんな姿を見てみたいな)

 上野の言葉が、脳裏に浮かぶ。
 気さくで、いつもニコニコしていた。背が高く堂々としており、カッコいいお姉さんでもあった。ふたりでドライブしたのは、ほんの数日前だ。あの時のことは、楽しい思い出として記憶にはっきりと刻まれている。
 それなのに、今はこの世にいない──

 母の突然の死をどうにか受け入れられたのは、つい最近のことだった。にもかかわらず、また身近な人が亡くなってしまったのだ。零士は、この事実をどう受け止めればいいのかわからなかった。



「零士くん、ちょっといいかな?」

 いきなり声が聞こえてきた。間違いなく、あの男のものだ。
 零士は、慌てて顔を上げた。どこから入って来たのだろう、と周囲を見回す。
 窓が開かれ、外からのかすかな風の音が聞こえている。その窓の前に、ペドロは立っていた。先日と同じく、Tシャツに短パンだ。

「ど、どうやって入ったんですか!?」

 思わず叫んでいた。それに対し、ペドロは落ち着いた口調で答える。

「時間短縮のため、窓から入らせてもらった。それよりも……」

 言いながら、ペドロは近づいて来た。

「待たせたね。君が、全てを知る時が来た」

 そう言うと、呆気に取られている零士に何かを差し出してきた。見れば、鍵のようである。中世ヨーロッパ風のRPGに出てきそうな、洒落たデザインのものだ。

「これは何ですか?」

「この屋敷の中に、地下へと続く通路があるんだよ。そこに行くための鍵だ」

「地下?」

「そうさ。島の最大の秘密は、広大な地下帝国にある。この島の元々の住民たちが、地下を掘って作り上げた国だよ。君の父上である茨木統志郎氏も、そこにいるはずだよ」

「父さんは、地下にいるんですか?」

 びっくりして尋ねると、ペドロは頷いた。

「そうだよ。統志郎氏がそこで何をしているのか、自分の目で見てきたまえ」

 言われたものの、零士は躊躇していた。勝手にそんなことをしてしまっていいのだろうか。それに、大橋から言われたこともある。

「いや、大橋さんから、この家を出るなと言われてます……」

「大橋さんは、今は外出中のようだよ。この機を逃してしまったら、この島の秘密を知ることは出来なくなる。それでいいのかい?」

「で、でも大橋さんが言っていました。今は、その時じゃないって。いずれ、何もかもわかる時が来るとも言いました」

「なるほど、そう言われているのか。だが、いずれとは何年後なのだろうね。具体的な数字を教えてもらったのかい? 本当に、その日は来るのかな?」

「いえ、それは……」

「前にも言ったはずだよ。人間は嘘を吐く生き物だ、と。大橋さんが、真実のみを話してくれているという保証はあるのかな?」

 零士は目を逸らした。言われてみれば、その通りだ。大橋が嘘を吐いていない、という保証はない。
 一方、ペドロは容赦なく詰めていく。

「もうひとつ聞きたい。その日が来るまで、今の平和な生活が続くと、そう思っているのかい? だとしたら、俺が君に今まで言ってきたことは、全て無駄だったということになるね」

「どういう意味ですか?」

「これも、前に言ったはずだよ。危機は、こちらの意志とは無関係に、何の前触れもなくやってくるものだ……とね。君は、みんなが秘密を語ってくれるその日まで、今の生活が何の問題もなく続くと思っているのかい?」

 確かに、そんなことを言われた記憶がある。
 実際、この一月あまりの間に、零士の生活はまるきり変わってしまった。普通に生活していたはずなのに、予想もしていなかったことが次々に起きた。気がついたら、夜禍島で生活している。
 しかも、今日は上野の死を知らされた。そんなこと、昨日まで想像もしていなかった。
 人は皆、いつ死ぬかわからないのだ……。
 何も言えずにいる零士に、ペドロは静かな口調で語り続ける。

「まあ、君がどうしても嫌だというなら、これ以上は何も言わないよ。俺は、君に強制する気はないからね。では、失礼する」

 言った直後、ペドロはくるりと向きを変えた。何のためらいもなく、窓へと歩いていく。
 零士は、思わず叫んでいた。

「ま、待ってください!」

 その声に反応し、ペドロは動きを止めた。

「その鍵を、貸してください」

 零士に言われ、ペドロはこちらを向く。

「では、君は島の秘密を探る決意をした……そう捉えてよいのだね?」

「は、はい!」

「では、付いてきたまえ」

 そう言うと、ペドロは歩き出す。零士は、慌てて後を追った。
 この時、零士はペドロの言うがままになっていた。冷静に考えれば、おかしな話なのだ。この家の住人でもないペドロが、なぜ屋敷の内部のことを知っているのか。だが、零士は何の疑問も抱かず彼の後に付いて行った。



 ふたりは、一階の廊下を歩いて行った。当然、零士が足を踏み入れたことのない場所である。
 やがてペドロほ、廊下の突き当たりで立ち止まる。そこには、古い木製の扉があった。
 ペドロは、扉を指差す。

「ここが、地下帝国に通じる扉だ。この鍵で開けてみたまえ」

 言いながら、鍵を差し出した。零士は、神妙な顔で受け取る。

「では、気をつけて行きたまえ。俺は、ここで失礼する」

「えっ、付いてきてくれないんですか?」

「申し訳ないが、俺にも用事がある。ここから先は、ひとりで行くんだ。自分の目で、真実を確かめたまえ」

 そう言うと、ペドロは向きを変えた。零士に何か言う間を与えず、さっさと歩いていく。
 ひとり残された零士は、どうしたものかと迷った。だが、一瞬で心を決める。うかうかしていると、大橋が帰ってきてしまう。チャンスは一度きりだ。
 上野の死が、臆病なはずの少年に妙な勇気を与えていた。零士は、そっと鍵を差し入れてみる。回してみると、がチャリという音が聞こえた。
 ドアノブを、そっと引いてみた。ドアは、きしみながらも開く。
 そっと覗いてみた。中は暗く、何も見えない。
 どうしたものか考えた。家のどこかに、懐中電灯はあっただろうか?
 くまなく探せば、見つかるかもしれない。だが、そんなことをしている間に、大橋が帰ってきてしまっては面倒だ。思いきって、そのまま入ってみることにした。

 暗く、何も見えない。だが、慎重に歩いていくうちに視界がひらけてきた。最初のうちは一歩前すら見えなかったのだが、今ではかなり先の方まで見えている。暗いことに変わりはないが、進むだけなら問題ない。
 これが、目が慣れてくるということか……などと思いつつ、通路を歩いていった。緩やかな下り坂になっており、進むほど地下へと降りていく構造になっているらしい。
 だが、零士はわかっていなかった。特殊な訓練をしたわけでもない普通の人間が、こんなに早く闇に慣れることはないのだ。
 にもかかわらず、今の零士には目の前がはっきりと見えていた。陽の光の下にいる時ほどではないにしろ、視界はかなりクリアになっていたのだ。
 普通なら、絶対に起こりえない現象である。にもかかわらず、零士はその異常さに気づいていなかった。いや、知識と経験不足ゆえに気づくことが出来なかった。



 通路を進んでいくうちに、金属製の扉に突き当たる。取っ手を引いてみたが、鍵がかかっていた。
 ペドロにもらった鍵を使ってみた。と、ガチャリと音を立てた。取っ手を捻り引いてみると、金属音とともに扉が開く。
 同時に、強い光が零士を襲う。眩しさのため、思わず目を細めた。
 直後、異様な光景が視界に飛び込んでくる──

 そこは、映画やドラマなどで観る刑務所に似ていた。両側の壁には、金属製の扉がずらりと並んでいる。扉の上部には、透明のアクリル板らしきものが付いている。アクリル板は長方形で、スマホくらいの大きさだ。
 恐る恐る扉のひとつに近づき、アクリル板を見てみた。途端に、予想だにしなかった光景を見てしまう。
 そこは小さな部屋になっていた。中には、全裸の男がひとりいる。薄ら笑いを浮かべて、床に座っているのだ。どう見ても、まともな状態ではない。
 あまりの異様さに、零士は慌てて飛び退いた。

 な、なんだあれ……。

 ショックのあまり、その場にへたり込む。あまりにも衝撃が強すぎたため、こちらに近づく者の存在に全く気づかなかった。
 




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