夏休みの終わり

板倉恭司

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牧場

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 夜禍島の大半は、緑に覆われている。記録上、島民が住んでいるのは西岸とその付近だけだ。
 かつて、この島には人間が寄りつかなかった。人を食う鬼が出る、という言い伝えのためだ。もっとも、江戸時代には罪人たちの流刑地として使われていたという話もあった。
 本格的に人が住むようになったのは、明治時代からである。新政府の命を受けた開拓団が島に上陸し、人が住めるように西岸とその付近の森を切り開き、荒れ地を耕していった。その際、流された罪人たちの子孫が原住民として接触してきた、という記録が残されている。
 それから月日が経ち、夜禍島の風景も様変わりした。現在、島へ旅行する者の目当ては会員制の風俗店である。無論、公にはなっていない。ネットで調べても、怪しげな話がいくつか見つかるだけだ。
 この店には、遊び慣れた男ですら魅了してしまう女たちが揃っていた。

「一度、夜禍島の女を抱いたら……他の女なんか、もう抱く気になれない」

 島でもっとも古くから通っている常連客は、そんなことを言っていた。
 この男は八十歳になるが、今でも年に一度は島を訪れている。とはいっても、さすがに若い頃のような真似をするわけではない。若い女たちをで、店の雰囲気を楽しむのみである。夜禍島の店に通える……それだけでも、会員たちに一種の特権意識をもたらすのだ。
 そんな古くからの常連客ですら、知ることのない秘密がある。日本でも、ごく一部の選ばれた者しか知らされていない。そこで行われていることこそが、夜禍島の最大の秘密だった。一見すると、豊かな自然と美しい女性たちが目につく。しかし、裏では地獄のような光景があることを誰も知らない。夜禍島の最大の暗部である。
 今、ひとりの外国人が、その夜禍島の裏側へ足を踏み入れようとしていた。

 ・・・

 夜禍島を訪れる旅行者の泊まる宿は、基本的にニ種類しかない。安い民宿と、高級ホテルだ。風俗店の会員たちは、みな高級ホテルへと泊まる。民宿の方に泊まる者は、島の伝説に引かれて旅行しに来た物好きだけだ。
 ホテルにしろ民宿にしろ、そこから十メートルも離れると、完全に森林地帯である。
 特に夜は、完璧な暗闇に覆われる。街灯がないため、文字通り一寸先は闇という状態である。したがって、どちらも夜の外出は禁止されている。
 過去には、ライトなどを用意して夜禍島の探検を試みる者もいた。だが、すぐに連れ戻されている。どこからともなく島をパトロールする自警団のような者たちが現れ、抵抗する間もなく駐在所に引き渡されてしまうのだ。
 

 
 そんな環境にもかかわらず、ペドロは森の中をすたすた歩いていた。迷彩服の上下で、しかも長袖だ。夜とはいえ、気温はかなりの高さであるが、彼は気にも留めていないらしい。背中には、リュックを背負っている。
 暗闇の中、彼は明かりも持たずに進んでいった。やがて、目的地に辿り着く。
 そこには、木製の小屋が建てられていた。造りは古いが、まだまだ使えそうだ。ペドロは、慎重に中へと入っていく。
 小屋の中は、六畳ほどの広さだ。壁に沿って木製の棚が設置されているが、他には何もない。棚の上は空っぽで、埃が積もっている。
 ペドロはしゃがみ込むと、床板の隙間に手を入れる。
 直後、強い腕力で板を引き剥がした。すると、下に隠れていたものがあらわになる。床はコンクリート製で、中心にはマンホールの蓋のようなものが設置されていた。
 慎重に蓋を持ち上げていくと、そこには穴が空いていた。下に降りるための梯子はしごが、脇に付けられている。中は暗く狭いが、人ひとり通るくらいなら何の問題なさそうだ。
 ペドロは、梯子を降りて行った。下に到着すると、前方に視線を凝らす。完全な暗闇であり、明かりはない。
 それも仕方ないだろう、ここは、かつて夜禍島に住んでいた鬼たちが造りあげた地下通路なのである。
 彼らは、日光を浴びれば死んでしまう。当然、陽の照っている時間帯は活動できない。そのため、昼間は陽の当たらぬ洞窟に避難していた。
 しかし、洞窟での生活は不便なことも多い。鬼たちは、まず地下に通路を作ることにした。
 強靭な腕力を活かし、人間には有り得ないスピードでトンネルを掘り進んでいく。あっという間に、長大な地下通路が出来上がった。さらに鬼たちは、通路のみならず居住スペースも作っていく。やがて、広大な地下帝国が出来上がった。
 一方、人間と鬼との関係も変化していった。最初、鬼は人間を捕まえ食べていた。両者は、食う者と食われる者の関係だったのである。人間にとって鬼は、完全なる天敵であった。
 それが変化したのは、江戸時代からである。島流しと称して、夜禍島に罪人が送り込まれるようになっていた。島に来た罪人たちが、本土に帰ることはない。最終的には、鬼の食料となってしまった。
 歴史には伏せられている事実だが、密かに人間と鬼との間で条約が結ばれていたのも、この頃である。幕府の中でも、上の地位にいる者たちは、鬼の存在を古くから知っていた。しかし、彼らは鬼を敵として根絶やしにするという道を選ばなかった。むしろ、鬼と手を結ぶことを選んだのである。鬼女は、人間の女より美しい。また、鬼の中には特殊な能力を持つ者もいる。その能力を、人間のために活かすことにしたのだ。
 その後、ふたつの世界大戦を経て、日本は大きく様変わりしていく。そうなると、鬼の生活も変わっていく。結果、鬼の存在を知る人間も増えた。しかし、世間の人々に知られることはない。あくまでも、おとぎ話の中の登場人物として扱われていたのである。

 ペドロは、通路を進んでいく。まっすぐな一本道であり、迷うことはない。しかし、辺りは完全な暗闇に包まれている。普通の人間なら、一歩前すら見ることが出来ないだろう。
 しかし、ペドロには前が見えているらしい。何の苦もなく歩いていく。
 どのくらい歩いただろうか。通路は行き止まりになっていた。目の前には、金属製の扉があるのがわかる。頑丈そうなものであり、蹴飛ばしたくらいではビクともしないだろう。
 扉の取っ手を掴み、捻ってみた。やはり動かない。鍵がかかっている。
 ペドロは、針金のようなものを取り出した。鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。
 ガチャリという音がした。ペドロは取っ手を掴み、慎重に引いていく。
 途端に、扉の向こうから光が漏れ出てくる。目に映る情景が一変してしまった。

 通路は、完全な暗闇に包まれていた。だが扉を開けると、そこからは別世界である。光に照らし出された空間は異様なものであった。
 ペドロが今いるのは、コンクリートの壁に覆われた巨大な地下施設である。向こう側まで、三十メートルから四十メートルほどはあるだろう。幅は五メートルほどだろうか。長方形になっており、向こう側の壁にも金属製の扉がある。
 天井には電灯が設置されていて、強い光を放っていた。左右の壁には、金属製の扉がある。それも、ひとつやふたつではない。両側合わせて、二十ほどあるだろうか。等間隔で設置されている。
 扉の上部には、楕円形の強化ガラスが付けられている。スマホくらいの大きさだ。どうやら、扉を開けることなく中をチェックするための小窓になっているらしい。
 ペドロは、扉に近づき中を覗いてみた。部屋の広さは、六畳ほどだろう。外と同じく、コンクリートの壁に天井だ。室内には、全裸の男性が入っていた。いや、入れられていると言った方が正確かもしれない。扉には鍵がかかっているが、中からは鍵をかけられない構造になっている。
 それは、この部屋だけではない。他も同様だった。ひとつの部屋にひとりずつ、計二十人が小部屋に入れられているのだ。
 男たちは全員、何をするでもなく床に座り込んでいる。その顔には、恍惚とした表情を浮かべていた。明らかに、普通ではない状態だ。
 ペドロは、背負っていたリュックを下ろした。中から、映像撮影用のカメラを取り出す。
 カメラを構え、ひとつひとつの部屋を映していく。同時に、何を映しているのかを解説していた。

「ここは牧場となっているようだ。鬼の食料にするための人間を飼育している。全員が恍惚とした状態だが、大麻のような効果がある麻薬を投与されている可能性が高い。俺が今いるブロックには男性しかいないが、女性のいるブロックもどこかにあるものと思われる」

 喋りながら、ゆっくりと歩いていく。さらに他の風景をも映していった。

「おそらくは、交尾させるための部屋もあるものと思われる。したがって、子供のいる区画もどこかにあるはずだ。残念ながら、そこを探している時間はない」

 そんなことを言いながら、ペドロは施設内を進んでいく。やがて、ひとつの扉の前で立ち止まった。
 そこには、覗くための小窓がない。扉の外観も、明らかに他の部屋とは違っている。ペドロはカメラを床に置き、その場にしゃがみ込んだ。針金のような器具を手に取る。
 鍵穴に差し込み、慎重に動かしていく。一分もせぬうちに、カチャリという金属音が聞こえた。ペドロは立ち上がり、取っ手を回してみる。
 金属音とともに、扉は開いた。

 中は、さらに異様な空間であった。
 コンクリートの壁に囲まれた部屋は、先ほど見てきた独房のごとき小部屋と比べるとかなり広い。田舎の小料理屋くらいはあるだろうか。数人の人間が、ぶつかることなく歩き回ることも可能だ。
 部屋の真ん中には、大きなテーブルが置かれている。金属製で、飾り気のない無骨なデザインである。ただし、椅子は置かれていない。上に設置されているライトは大きく、光が強いものだ。
 部屋の隅には、事務用の机と椅子があった。さらに、壁にはモニターが付いている。机の上を見れば、メスやペンチや注射器といった手術用の道具が置かれていた。
 そんな室内を、ペドロはカメラを持ち撮影していく。

「飼育された人間の中には、様々な実験に使われる者もいる。人体実験というものは、新しい手術方法や新薬のみならず、武器や兵器の開発においても重要だ。この部屋は、主に飼育された人間を使い薬品や手術方法を試すためのものだろう」

 喋りながら、ペドロは部屋の隅々を映していく。

「しかも、ここに閉じ込められている人間には戸籍がない。彼らは、地下で生まれて地下で育つ。やがて食料になるか実験材料として使われるか、そのどちらかの末路が待っている。しかも彼らは、法的には存在していないはずの人間たちだ。ここで飼育された人間が、何人死んだところで警察は動かないし、動きようがない。したがって、どんな非道なことであろうと可能だ」

 やがて、ペドロは部屋の外に出る。扉を閉めると、別のブロックへと進もうとする。
 だが、その足が止まった。背負っていたリュックを降ろし、中にカメラを入れる。次いで、金属製のシガーレットケースを取り出し、タバコを一本抜き取る。口に咥え、マッチで火をつけた。
 やがて、足音が聞こえてきた。かなりのスピードで、こちらに近づいて来ている。だが、ペドロには逃げる気がないらしい。タバコを吸いながら、平静な顔で待ち受ける。
 やがて、通路に通じている扉が開いた。背の高い男が、施設内に入ってくる。

「そこにいるのは誰だ?」

 言ったのは、茨木統志郎であった。この地下には似合わぬスーツ姿で、ペドロを睨みつけている。




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